短い旅行   作:ぺんとら

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2. 研究所へ

朝、7時。ポケギアは…、と無意識に手が携帯端末を探すが、落として画面を割ってしまったので、移木博士に修理を頼んだことを思い出す。

よろよろとベッドから身体を起こす。さっと顔を洗ったあと、下に降りる。

昨日の口論のあとだったから、少し気まずさが残っている。しかし降りないことにはしょうがない。

 

食卓のテーブルには今日の弁当と、その残りからとった朝食が置いてあった。ご飯までよそってある。ユズルは箸を手に取り、茶碗を左手でとる。

母さんはキッチンには見当たらない。ジャー、と部屋の向こうから水音が聞こえる。洗濯しているのだろう。

なんとなく無言で食べるのも気まずくて、側に置いてあったリモコンでニュースをつける。知らない土地の、知らない人たちの事件を、ただ見続ける。

 

殺人事件のニュースが流れていた。犯人の顔写真が映る。若い。息子が、父親を包丁で刺した事件のようだ。加害者は18歳。自分より3つ年上。何かに不満があってたまらないような、それとも真面目な顔をしているが特に何も考えていないような、判断のつかない表情だった。自分とこの人、何が違うだろうか、とふと思う。例えば、もし、ここで包丁を持って母さんを一度刺すだけで、自分はこの人と同じ位置に立つことになる。何も違わないのではないだろうか。少なくとも自分に今その気がないだけで。

 

食べ終わったので、食器をキッチンへ持っていくと、そこで母さんと鉢合わせになった。

「あ…」

と声に出すが、その先は続かない。母親は立ち止まって、無表情で、こちらを見下ろすように立っている。

「…おはよう」

なんとか声に出すと、

「おはよう」

と応えてくれた。無言で立ち尽くす。母親に背を向けて部屋に戻ろうか、と一瞬悩んだ。

「移木さんから、ポケギア直ったから取りに来て欲しいって。あんた、ポケギアの修理、移木さんに頼んでたのね」

「あぁ、うん、直してくれるって言うから」

「そう。今度、お礼にお菓子持っていかないと」

「え、いや、いいよ」

口が滑った、と言ってから気づいた。

「お世話になっておいていいとは何?そんなことも…」

と続かないうちに

「わかったわかった、僕が渡しておくからさ」

と先手を打つ。これ以上くだらないことで喧嘩をするのは避けたかった。母親に背を向けて階段を登る。

綺麗に畳まれて、部屋の前に置かれているワイシャツを着て、制服を着る。そして、ヒノアラシのモンスターボールをそっと、ポケットの中に忍び込ませた。

 

ポケギアがないので、誰かが自分にメッセージを出していても気づかない。まぁ、大した用事もないだろう。あまり気にしないことにする。どうせ大した用事はないだろう。部屋の時計を確認すると、そろそろ出発の時間だ。家を出る。家を出るときにちらりとキッチンの方を見ると、無言で洗い物をしていた。

風が強い。髪の毛が崩れる。ところどころに設置されている風向機を見ると、そのどれもが東を指し、一定のリズムで回っていた。

 

外を見ると制服を着た男女が歩いているのが見える。隣の吉野村の方面から着ている人も少なくない。この村は人口こそ多くないが、若葉村に学校が全て集結している。そのため、近隣から学生が集まってくる。学校のある時間帯は、この村の人口の半分は学生なのではないだろうか。

ユズルは、学校に行く群れの中に混じりつつ歩く。周りの奴らは隣の友達と話しているか、そうでなければポケギアを操作している人ばかりだった。周りに知り合いはいない。道にあった石ころを蹴りながら進む。どうも気が重たい。

ふぅ、とため息を一度つく。学校、生きたくないな。一度そう思ってしまうとその考えは纏わりつくように頭から離れない。どうして皆、何も思わずにあんな場所に毎日行くことができるのか不思議でならない。

 

少し強めに石ころを蹴ると、石ころはコンクリートの地面を不規則に転がり、はるか右に逸れていってしまった。わざわざ石ころのために自分の進む方向を変えるのも何だか癪で、まっすぐ歩く。車一台が入るかどうかわからないくらいの、小さな道。

前には2人の女子。顔を寄せて仲が良さそうに話している。後ろを振り向く。男子が二人、それぞれのポケギアに集中している。近くにいるのはその二人だけだった。

右の道に入っていっても、どうせ気づかれないだろう、とユズルの頭の中ではすでに寄り道をする算段を立てている。

何気なさを装って道の右側に寄る。前にいる女子は話に夢中だ。ちらりと後ろを見るが、まだ後ろの男子二人はポケギアに夢中になっている。

曲がり角のところで、何気なさを装って右に曲がる。こういうときは自然さが大事だ、とユズルは思う。たとえ見られていなくても。そこから先は少し早歩きになる。できるだけ後ろから見えない位置に移動したい。すぐそこの民家の生垣の低い場所に身を寄せる。そして、その隙間からちらりと後ろを覗く。後ろを歩いていた二人はこちらを振り向くことなく前に進んでいた。よし、見られなかった、と少しの達成感。

そして、少しの不安。もし学校から家に連絡が入ったら、とユズルの頭はすでに言い訳の算段を立てている。また母さんにぐちぐち言われるんだろうな、という嫌な気持ちが頭をよぎる。目的は達成できたが、そこまで気分が晴れるわけではなかった。

 

そして、今来た道を戻って行く。学校とは逆方向。できるだけ誰も通らない道を選ぶ。目的地は決まっていた。

10分ほど歩いて行くと、村の境の付近に出る。そこに着くまでに、誰かと出くわすことはなかった。

村の端っこにある、きっちりと真四角な、グレー一色の建物。横に長い3階建ての建物だ。無機質なその大きさの形状、そして塀までも同じ色であることが、他の建物とは少し違う雰囲気を醸し出している。ユズルは「移木研究所」と白い文字が書かれた透明な自動ドアから、中に入った。

 

中は、外観より明るいグレーで、照明も多い。一階は電気がついている部屋がいくつかあったものの、人の姿は見えなかった。移木の研究室は二階にある。階段を上がり、ガラス張りの椅子が列んだ部屋の奥にある部屋の前に行く。入り口のドアには難解そうな文章がなぜか沢山貼られている。

3回ほどノックした後で、ドアが開いて、眠そうな男性が姿を見せた。目が少し閉じている。

「はいはい、勝手に入ってって…、あ、ユズルくんか」

移木の目が少し開いた。彼にとっても意外な来客だったのだろう。

突然現れたことを、嫌がられなかったことに少し安心して、笑みがこぼれる。

「まぁ、中に入ってよ、ほら」

ドアを開けて中に入れてくれる。移木はユズルの後ろでドアを閉める。

「そうだな、何か飲む?っていってもコーヒーしかないんだけど」

「うん、コーヒーでいい」

「オーケー、ちょっと待ってて」

移木はコーヒーメーカーまで近づいて、スイッチを押す。ガー、と喧しい音の後にコーヒーが注ぎ込まれて行く。その間にユズルは部屋の様子を眺める。部屋の中は、コンピュータの乗ったデスクで占められていた。そのデスクの、小さな隙間を敷き詰めるように大量の書類、そしてポケモンのぬいぐるみが置いてある。ムウマにゴースト、何故かゴーストタイプのポケモンの人形ばかりだ。

そして、部屋の隅にあるソファーで、一人の男性が、口を開けたまま、毛布をかけて横になっている。移木博士の助手のイサキさんだ。何度か話したことのある顔だった。

「イサキ君の論文発表が近くてね。僕も、その直しのためにずっと起きてるってわけ。結構有名な投稿誌に載るなんて機会、滅多にさせてあげられないから、こっちとしても全力で見てあげなくちゃなってね」

移木は頭の後ろをガシガシとかく。眠さのためかその手の勢いが意外に強くて、ユズルは少し不安になる。

 

「ごめん、…タイミング悪かった?」

「あぁ、いいよ、気にしなくて大丈夫。最近はいつものことだから」

はい、とコーヒーの入ったマグカップを渡される。

移木は部屋の奥にある自分のデスクに座る。他のデスクと違って隙間が沢山ある。ただし、机の上に大量の書類が積まれていることには変わりない。

ユズルは座れる場所を探して、結局、イサキさんが寝ているソファの開いているスペースにちょこんと座った。

「…で、きょうはどうしたの?」

「え、あ…僕のポケギア、直ったんだよね?」

学校をサボってきたことは言わないことにする。

「あぁ、そか、そうだったね、ちょっと待ってて…」

今この時間にきたことについて、追求はされなさそうだ、とユズルは少し安心する。

移木はデスクの後ろにある引き出しを開けて、携帯端末を取り出した。

「はい、これ。まぁ中のアップデートがうまくいってなかったから、一回初期化してやり直しただけなんだけどね。まぁ部品が壊れてなくてよかった」

「へぇ、ありがとう」

電源をオンにすると、ポケギアが立ち上がった。

「どういたしまして。で?こんな時間に来るってことは…サボりかな?」

「うっ」少しよろける格好をする。既にバレていたみたいだ。

「ふふ、どうやらその通りみたいだね」

そう言って移木はコーヒーをすするように飲んだ。

 

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