ただ、歌が聴こえた。逃げ遅れた俺が見たその景色には似つかわしくない、綺麗な歌。胸を熱くするような、そんな歌が、この空間を支配している。流石ツヴァイウィングの二人だと、そう感じてしまう。
十三年前に特異災害として認定されたノイズ。俺達普通の人間はノイズに対抗する手段は無く、突然現れるのだから被害は甚大である。災害と言うからにはそれだけの恐ろしさがあり、ノイズに触れられた者は炭になって死んでしまう。一応地下にシェルターはあるが、先述通り突然現れてしまうからまず間違いなく何人かは被害に遭う。……俺の両親がそうだった。何も出来ず、ただ理不尽に炭になっていく親を時間切れで消えたノイズと共にただ呆然と見ていた。
全てが収まった時に、俺は泣いた。大好きな人にもう二度と会えない悲しみというのは、あの時の俺には多大なもので、疲れ果てて寝るまで泣いていた。目を覚ましたのは夕方で、辺りに人の気配は無かった。きっと救助活動は終わっていたのだろう。晴れて天涯孤独となった俺はまた泣きそうになったが、灰の中に紅く光る何かがあることに気づき、灰を払う。
「……何、このネックレス……」
そこにあったのは紅いネックレスのようなものだった。どちらかが持っていたのだろう、明確に遺った物はこれだけで、俺は独りじゃないとそう伝えてくれているようだった。
時間軸は戻って現在。ノイズに囲まれて絶賛走馬灯中だった俺はそろそろ死を覚悟していた。このネックレスを強く握っても何も浮かびはしないし、ライブ中にノイズが現れたのだから時間切れもまだ無い。そんな時だった。
「__Gatrandis babel ziggurat edenal
Emustolronzen fine el baral zizzl__」
また、歌が聞こえた。けれど、今度の歌はさっきの歌とは違う。ツヴァイウィングの片翼、天羽奏が今唄っている歌は、最後の歌。自分の全てを出し尽くすそんな悲しい歌。
「__Gatrandis babel ziggurat edenal
Emustolronzen fine el zizzl__」
ノイズに囲まれた俺は、奏さんの顔を見ることは出来なかった。けれど、俺が持っていたネックレスが光っていて、それと同時にある歌詞が急に頭のなかに浮かんできた。
「__Croitzal ronzell Yaenojing zizzl__」
その歌詞を唄い切ったあと、俺は凄まじい勢いの衝撃波に吹き飛ばされた。炭になったノイズと違い、生身の俺は壁に叩きつけられて意識を失った。何かよくわからない、一本の槍と共に。
※
今から始まる物語は、あの事件から二年後の事である。その二年の間にあの事件はとても大きな騒ぎとなった。たくさんの人間が犠牲になり、天羽奏が亡くなった。ツヴァイウィングは解散となり、風鳴翼一人で歌手を続けていた。
そんでもって、俺はと言えば何も変わっちゃいない。あの惨劇の奇跡の生還者って言えば聞こえは良いが、被害者遺族からすればなぜお前なんだと言われかねない。そういうのを危惧しているのか、災害の関係者の人に同意書を書かされた。どうにも他言無用ということだったようだ。
「……風鳴翼……買ってみるか」
そんなことを思い出してしまったのは、この一枚のCDを見つけたからだった。独りになった翼さんだが、それでも変わらず歌を唄っていた。片翼だけになり堕ちた鳥が、もがきながらも気高く凛と強く立つ様な歌は、格好よくもどこか寂しそうに感じた。まぁ、ただの一般人の思考なんて違って当然。むしろ合ってる方が奇跡だろう。
「これ、お願いします」
「かしこまりましたー」
妙に間延びした声の店員にちょっとイラつきながらもCDを購入。どうやら初回特典が豪華で大きめの袋に入れてもらった。別に聴くわけでもないし、寧ろあの機械動くっけなと思い出しながら店を出ていくと、炭になった人がいた。
まるで用意されていたようだと舌打ち一つ。それに重ねて女の子の悲鳴が聞こえてくる。
「…………流石に三度目は死ぬかなぁ……」
ノイズを見ながら呟く。二度もノイズの襲撃に生還してきた。けれど、その度に誰かを犠牲にして生きているという事実に頭を抱えた。きっと俺は神に嫌われているとさえ思っていた。けれど、三回目である今回は。今回こそは。
「この命に代えても、俺が誰かを助ける番だろ……!」
蠢くノイズに触れられないように女の子の元に走っていく。ただでさえ今自分がどこにいるかすらわかっていないのに、女の子を助けたいという意思が体をつき動かしていた。
「大丈夫、お姉ちゃんが助けてあげるから!だから泣かないで!」
女の子を見つけると、俺と変わらないくらいの年の少女が既に居た。
「大丈夫か!ってかさっさと逃げるぞ!」
「うん!さ、行こう!」
俺が先陣切って走っていくと、少女は後ろをついてくる。こういう所は男が体を張らなくてどうするんだという小さいプライドがそうさせる。
「ついてこれてるか!?」
「平気、へっちゃらです!」
走りながら声をかけるとちゃんと返ってくる。そんなことに何よりも安心してしまう。いやだって、俺だけ生き残りました。なんてそれこそ目覚めが悪すぎる。
そこからは、とにかく走った。水中に逃げたり高い所に登ったりと、ノイズが追って来れないようにと行動を続けた。
「ねぇ、私達死んじゃうの……?」
走りに走って走りまくった結果、俺達は追い込まれていた。幼いながらに結果を察したのだろう、女の子が泣きそうな声で聞いてくる。正直不安材料しかないが、こういう時に安心させないと男的には失格だろう。
「「大丈夫。だから生きるのを諦めないで!」」
間接的にとは言え、奏さんに助けられたこの命。今度は、俺が名前も知らない彼女達を助けたいと思った。だからなのか、あの時みたいに胸の奥から歌が浮かんできた。
「Balwisyall Nescell gungnir tron__」
「Balwisyall Nescell Yaenojing tron__」
隣にいる少女が口ずさんだ歌と似ている。けれどハッキリと一部が違う歌。苦しむ彼女に対して、大した変化のない俺。メカメカしくて若干エロくなった少女と違って、服装に変化が無ければなんかオレンジ色っぽい手袋を付けてるだけの俺。
さて、俺は戦力になるのだろうか。わからないことが多すぎるが、たった一つノイズの見え方が少し違うことに気づいた。
「君はこの子を頼む」
「わかった!けど、大丈夫なの?」
「任せとけ。こういう無茶無謀は男の仕事だ」
それだけ言ってノイズに近づいていく。さっきまでは半透明だったが、今はくっきりと姿が見えるノイズ。という事は攻撃すれば通るはずだと勝手に思って拳を突き出す。
「……どうやら、俺の推測は合ってたみたいだな!」
拳が当たったノイズは炭になった。という事は、ノイズに攻撃をすることが出来て、尚且つ母さんが遺したこの力で誰かを守ることが出来ることがわかった。
「さぁ、ここからが勝負だぜ?ノイズさんよォ!」
次から次に接近してくるノイズを殴り、蹴り、ぶん投げて炭へと変化させる。少女の歌と似ていたという事は少女が持つであろう能力と似通っているはず。という事は一撃さえ与えてしまえばノイズは簡単に葬れる、この絶望を打ち砕くことが出来る。
けれど、ズブの素人では体力に限りがある。鍛えてないのだから当然だとは思っていたが、ただ手袋のようなものを着けているだけなのにいつもの倍疲れている現実にため息一つ。それよりも、問題は少女の方だ。突然の非日常で、武術の心得もなければクタクタになるまで走った後なのだ。女の子を守りながら戦うなんて無理以外に選択肢があるだろうか。
逃がす選択肢もあったのだろうが、今の俺にそれを実行するだけの余裕もない。対抗する力もここまで、無力だという悲しい現実だけを押し付けられそうになった時に事は変わった。
「……バイク?ワッツ?」
突然俺の真横を通り抜けるように無人バイクが突っ込んでいった。と言うか、
「__Imyuteus amenohabakiri tron__」
……親方、空から女の子が!寧ろ見たことがある美人の女の子がやってきましたぜ!と、巫山戯ることが出来るくらいの衝撃に唖然としてしまった。
「風鳴、翼……」
「惚けない。あなた達、死ぬわよ」
空から降ってきた女の子、もとい風鳴翼は俺達を置いて走っていった。そこからの流れはトントン拍子で、刀で斬るし空から刀を飛ばしていた。もうここまで来るとなんでもありだと思いながら、ノイズに突き刺した剣の上に佇む彼女をまた呆然と見ているだけだった。
だいぶ雑に切りました。話も急展開なので次からは少しずつ落ち着くはずです。