ショートランド泊地でソロモン方面の警戒監視にあたっていた金剛・比叡率いる艦隊は、静寂に包まれた同方面に違和感を覚えつつも、中央=横須賀から下される命令の到達を待っていた。平和裏に進められるガウ島への輸送作戦と並行して、サボ島にも着々と司令部施設建設の資材が移送されていた。そんな折──。
「水雷戦隊規模の敵部隊が出現したわ」
突如ブイン航空隊によって発見された深海棲艦による抵抗活動。急ぎ大淀を旗艦とする迎撃部隊が編成されたが……。
「敵機来襲!」
索敵報告と相反し、実際には航空戦力を伴う敵勢力が出現。土壇場で大淀は真相を探るべく、作戦続行を宣言。果たして大淀率いる迎撃部隊は、この難所を切り抜けられるのか。
無秩序が生み出した歪な均衡は、蔓延する末法思想に有効に作用する劇薬として、過剰な同族意識と排除のロジックを人々にもたらす。つまりそれは「ラバウル」であり、メラネシア海域に確かに存在する一大軍閥の登場である。
ソロモン諸島とは、南半球に位置する大小様々な島々で構成されている島嶼郡のことである。この地では、第二次大戦において日米間で熾烈な勢力圏争いが繰り広げられ、おびただしい量の血が流れた。今でも当地には、戦争行為によってつけられた渾名がそのまま地名として残っている。先の戦争の傷痕が癒えぬままに、ソロモンは新たな戦争を迎えていたのだった。
「戦闘陣形に移行、複縦陣!」
旗艦大淀以下駆逐艦五隻が、来襲する敵機の降下爆撃を切り抜けながら、迅速に配置転換を行った。
「対空射撃開始! 砲門一斉射!」
駆逐艦に備わる高角砲が一斉に火を噴き、頭上を飛び回る敵機を撃ち落としていく。それでもなお、敵機は繰り返し急降下と急上昇を繰り返した。
「おかしい……、艦載機の挙動ではありえない」
もしも艦載機であれば、復路の燃料確保のために野暮な飛行は控えるはず。例えそれが深海棲艦の飛ばした航空機であろうと、無駄な資源の減損は望まないであろう……。
「大淀さん、これではキリがないですよ!」
しかし、目前の敵機は、持参の爆弾を落としきるまで、執拗に高度の乱高下を続けていた。撃ち落とされたものはいざ知らず、駆逐艦たちの対空射撃を切り抜けた敵機が再び上昇し、さらなる急降下を試みている。そうしている間に第二波第三波の攻撃陣がやってきて、執拗に爆弾投下を開始するのだ。
「帰る意志を放棄している……。あいつら、母艦に帰艦することを捨てて、何がなんでも私たちを沈めるつもりかっ!」
不知火の驚嘆に、睦月も如月も生唾を呑み込んだ。
「大淀さん!」
望月の張り上げた声に、大淀は凝り固まった思考を打ち砕いた。出した答えは、実に滑稽なものだった。
「母艦を……叩きます!」
「お言葉ですが、敵が捨て身の作戦で仕掛けてきている以上、こちらにも多少なりとも損害が出るのは必定。ここは撤退を!」
不知火の意見具申に、大淀は決して首を縦には振らなかった。
「如月ちゃん、危ないっ!」
刹那轟く衝撃音、睦月が手を伸ばした先には、高さ一〇メートルにも及ぶ水柱。
「そ、そんなっ!?」
不知火の言葉に、山風は震える声を抑えながら猛抗議した。
「だ、だから、無茶、無茶なんだって……!」
大淀の強気な、無謀な現場指揮で、ついに轟沈艦が出てしまった、山風も不知火も、そして望月さえも、作戦続行の危険性を察知したその時。
「いったあ……、全く、何なの……」
水面につぶれた水柱の影から、全身を濡らした如月が姿を現すと、睦月は精一杯の声で如月の名を叫んだ。
「どういう……ことだ」
不知火の疑問に解を与えたのは大淀だった。頭上を飛び交う敵機を指差して、大淀は嘆息した。
「あれは、たぶん爆弾を積んでいません」
「積んでいない? なら、さっきまで水面を突き刺していた轟音や、水柱の正体は?」
その時、山風はハッとして先刻の水柱が立った場所を凝視した。機体の残骸と思われる黒い板が数枚、海面に舞うように浮上した。
「自ら望んで海面に激突しているのか……?」
望月の言葉に、大淀はゆっくりと頷いた。しかし、直後に首を横に振りながら。
「何らかの意図があります。これまで輸送艦隊に何のアクションも取ってこなかった深海棲艦が、ここにきて猛烈な反撃を試みてきた。きっと、何か意図があるはずなんです」
敵機の突撃を交わしながら、艦隊はなおもガウ島に向けて進撃中だった。
「何か、何かがあるはず……!」
繰り返し突撃を敢行する敵艦載機だったが、その殆どが法則性のある動きに従っていることに駆逐艦たちは程なくして感づいた。
「まず、何処からともなく現れた敵機は、しばらく上空で滞空する」
上空で旋回飛行を続ける敵機を指さして、山風は呟いた。幾らか気も和らいだのだろう、きつく結ばれていた唇も程なくして緩み、安堵の表情を浮かべた。
「見てみな、ありゃ鷹だ。いや……トンビかな」
「うわっ」
気が抜けたように空を見上げる山風に、望月は後ろから肩に手を回した。
「確かに、内地ではよく見る光景……ね」
不知火も、生まれ故郷──浦賀の空に旋回していたトンビを思い浮かべて、静かにほほ笑んだ。
「まあ、目的は捕食ではなく自殺だけど」
「……やっぱり、薄気味悪いわね」
望月の言葉に現実へと引き戻された不知火だったが、他の駆逐艦たちも同様に心配事は去ったのだと思った。
「こうなると、後は作業だね」
睦月の安堵した声のトーンに、自慢の髪がびしょ濡れの如月もヤレヤレといった様子で同意した。
「……?」
しかし大淀は楽観視できなかった。法則性のある特殊な落下に、非武装の航空機。ソロモンという地域性と、累重する戦争惨禍の歴史。要素と要素を繋げて、点と点が線になったとき、大淀の脳裏にある真実が浮かび上がった。
「そんな、まさか!?」
大淀の思考に一つだけ、当てはまる事象が存在した。それはまさしく、深海棲艦が建国をする段階。まもなくこの地域には深海棲艦が孵化する──!
「皆さん、聞いてください。私たちはこれから、やはりガウ島へ向けて進撃します!」
「が、ガウ島へ?」
予想だにしない決断に、不知火も望月も意表を衝かれたように同じ言葉を繰り返した。
「敵の軽空母はどうするんですか?」
例え敵機の目的が海面激突だとしても、そういった事象を確認しておきながら放置するということは無責任ではないか。いずれこの不可解な行動は、自分たちのよく知る現象に繋がっていくのではないか。大雨の時、河川が氾濫しないように堤防を築こうと考えるように、不知火も望月も、事象の原因を根本から絶つべきだと主張した。
「これは……すみません、これも私の推測に過ぎません。ですから、皆さんの意見を聞かせてください。これは、これからのソロモン海域での作戦行動にすら影響しかねない判断になるからです」
大淀の真剣な言葉に、駆逐艦たちは息を呑んだ。
「深海棲艦が、平定した海域に再び現れる理由、その原因が明らかになるかもしれません……否、既に私たちはその過程を目の当たりにしているのかもしれません」
「どういう……ことですか」
睦月の額に、一滴の汗が滴る。
「ずっと気になっていたことです。私たちが一生懸命戦い、平和を取り戻した海に、絶望の象徴たる深海棲艦が再び出現してしまうのか。これは、感染症における細菌やウイルスの挙動と同じ、伝染そのものかもしれないんです!」
伝染、即ち全く別の場所からやってきて、自らを増殖させ、さらにそこから別の場所へと自らを
「後方を確認してみてください、水柱が消えた海面を……」
それは、恐怖の一本道で後ろを振り返るときと同じ焦燥感を駆逐艦たちに与えた。冷や汗が頬を伝い、僅かに震える唇は人差し指の安寧を求めた。
「そこにあるのは残骸、否、あれこそ怨みや絶望の播種そのものなんです!」
大淀の指差す先には、機体の残骸に群がる無数の小魚。しかし、よくよく目を凝らしてみると、それは紛れもなく深海棲艦のうちイ級と称される低級駆逐艦だった!
「まさか、憑依しているのか!?」
不知火はこの時、初めて深海棲艦に恐怖を感じ取った。それまで、純粋な敵としてしか認識していなかった深海棲艦に、奇妙なほどの合理性と整合性を読み取ったとき、不知火は初めて深海棲艦を「気味が悪い」と思った。
「あれ、そういえば空襲こないですね」
睦月に促されるまま頭上を見上げた一行は、それまで敵機に覆われていた暗黒の空と打ってかわって、南国らしい晴天が一行を照らしていることにようやく気がついた。
「あれは、やはり私たちを攻撃していたのではありません。勢力範囲を広げるため、極めて事務的に行われていた繁殖行為でしょう」
墜落した機体から、湧き出るように深海棲艦の低級艦たちが生まれては、消滅を繰り返している。運良く水面に這い出た個体は別の個体に喰われ、生き残った個体はまた別の個体を捕食した。
「うえぇ、気持ち悪い」
ありのままの深海棲艦の成長過程を目にした望月は、眼鏡を外して瞼を擦った。もう一度眼鏡をかけ直して現場を再確認しても、変わらず深海棲艦の増殖が行われていた。
「先を急ぎましょう。ガウ島へはもうすぐです」
大淀の仕切り直しで、一行は再びガウ島へと進路を採った。
《ザ・スロット》での遭遇戦は、望月からの打電で事態を把握した金剛からラバウル基地へと報告された。大淀率いる迎撃部隊が目撃した深海棲艦の増殖過程については、同様にトラックへと報告が為されたのだが、それ以降この件について語られることはなくなった。大淀は箝口令が出されたのだと解釈し、自分の口からこの事を話すことはなかったし、他の艦娘たちも同様にこの事に触れることはなくなった。
迎撃部隊がガウ島に到着したとき、付近に深海棲艦らしき姿は一隻も確認できなかったという。それどころか、現地では派遣された陸自隊員たちと現地住民が一緒になって物資の搬入作業を進めている最中だったという。もちろん深海棲艦が出現したという確たる言質を取ることもできなかった。
ブイン航空隊が視認した敵とは、不自然なほどの静寂状態が招いた単なる虚像だったのか。あまりにも静かな空間に身を置くと、時たま砂嵐のような、ありもしない幻聴が聞こえてくるようになるというが、まさしくその状況にソロモン方面隊の皆が陥ったというのだろうか?
「……とにもかくにも、依然ソロモンは沈黙を保っていました。特異的事象も、同様に」
ショートランド泊地に帰還した迎撃部隊は、金剛からの聴取に皆口を揃えてそう応えた。既に無線及び電報で《スロット遭遇戦》のあらましを聞かされていた金剛と比叡は、それ以上迎撃部隊のメンツに質問をしようとはしなかった。
「ご苦労様、下がって」
比叡の言葉に促されて、大淀はじめ駆逐艦の面々も、そぞろに執務室を後にした。
「……、ウエは何を考えているのでしょう?」
南中高度に昇り詰めた太陽を見上げる金剛に、比叡は閉められた扉を背にして尋ねた。
「さあ? 私はただ、パニックを引き起こさないための予防線を張っているだけだと思うネ」
窓枠に据えていた腰を下ろして、金剛は解読された電報の用紙を躊躇なく暖炉に投げ入れた。
「あっ、お姉さま!」
金剛の意外な行動に、比叡は慌てて暖炉に手を伸ばそうとしたが、用紙は比叡の手のすぐ先で灰と化した。
「気のせいかもしれないし、本当だったかもしれない。もし本当なら、引き続き深海棲艦側によるアクションは行われるはず。そのときまでに、提督は答えを用意すると」
「お姉さまはウエの事を随分信用してらっしゃるんですね」
「ひょっとして妬いてるの? 可愛いネ」
「話を逸らさないでください!」
赤面して扉を後ろ手で叩く比叡に、金剛は呆気にとられた表情で咄嗟に両手を掲げた。
「わ、悪かったネ」
「第一、そのウエ……提督とやらに、私は会ったことがありません。お姉さまだって、書類上でしか会ったことないじゃないですか」
荒い足取りで机上の書類を手に取った比叡が、書類右上の署名欄を指差した。「巨瀬室口」という達筆な字で連ねられた署名を人差し指で突きながら、比叡は二の句を継いで抗議した。
「この巨瀬という人物、海軍の階級章を持っていないそうじゃないですか。オブザーバーに指揮権を任せるなんて、どうかしてます」
「なら比叡は、あのときのままで居続ければ良かったと思うの?」
「そ、そんなことは……ないです、きっと」
今度は歯切れ悪く呟く比叡に、金剛は深く息を吐いて、人差し指を立てた。
「信じてみるのデス。出るべき時は出て、下がるべき時は下がる。サッカーもそう、自分ところのゴールにボールを入れられたくないからといって、誰も相手の陣地に行かないなんてこと、ないデショ」
「サッカーで例えるのはちょっと……」
「もう、我が儘ネ、比叡は」
口を膨らませて不満そうな表情を浮かべる金剛を見て、比叡は段々と表情筋が弛んで、しまいには吹き出してしまった。
「あは、お姉さまがそう言うんなら、私は信じます。その代わり、もしものこともキチンと考えることが条件ですからね」
譲歩してもなお予防線を張る比叡に、扉の外で盗み聞きしていた睦月と如月は、「抜け目ない」と感嘆するのだった。
昼下がりの食堂に、非常ベルがけたたましく鳴り響く。
「出動だ、急げ!」
非常とはいえ、もはやこの基地にとっては非常ベルが鳴る風景こそ日常そのものだった。
「ブインの奴らは暇してて羨ましいよな」
「全くだ」
ラバウル基地に敷かれた滑走路を駆って、数機の局地戦闘機が大空に飛び立った。間もなく機体は雲の中へと消え、地上にはむさ苦しいエンジン熱の余韻と擦れたゴムの匂いが残存した。
「無事出撃完了っぴょん。しれーかん、見てた?」
「見ていたとも。妖精さんには頑張ってもらいたいものだよ」
滑走路から少し離れた場所で、ピンク髪を引っ提げた艦娘は小刻みに飛び跳ねながら、戦闘機が飛び上がった空を見上げた。
「妖精さん言葉が乱暴だったぴょん。そーいえばソロモン方面は平和なんだっけ?」
「平和? 馬鹿いうんじゃない、今回の敵機接近警報は、ソロモン方面からの発報だったのだぞ」
「へーえ、そっか。ま、いーけど」
ラバウル基地には、主にメラネシアと呼ばれる海域を管轄する方面艦隊の司令部が置かれている。メラネシアとは、ラバウル基地が置かれているニューブリテン島をはじめ、ソロモン諸島のある海域を指す。つまり、ブインもショートランドも、まずはこのラバウル基地に指示系統が接続される。謂わば中間管理的立ち位置に座するのが、ラバウル基地司令、詰まるところの南東方面艦隊司令長官なのである。
「……気になる。《スロット遭遇戦》で視認された深海棲艦の増殖行為……、見間違いでは決してないだろうに……」
「横須賀に報告するぴょん?」
「待つんだうーちゃん。焦るな、今の横須賀にこの情報をおめおめと引き渡すほどの価値があるか?」
葉巻を口に咥え、深く息を吐く艦隊司令長官──留原司令──は、安物のマッチに火を付けると、覚束ない所作で葉巻の切り口に火を灯した。
既に高齢の留原は、一度は退役して予備役に編入されていたのだが、深海棲艦に大海の安寧を脅かされつつあった頃にいち早く艤装の小型化を提唱。「艦娘計画」に参画した一人でもあり、その功績もあって南東方面艦隊司令長官の座を得た。無論、この人事を決定した海軍省にとっては、不要な人材を墓場に送るためのものだったのだが、艦娘の強力さに推される形で、不本意なことに留原に人望が集まってしまう結果を招いた。現状、留原が率いる南東方面隊は、海軍内部ではトップレベルの戦績を残している。それ故、一部の将校から「メラネシアの小国家」と呼ばれてもいた。
「しかし、巨瀬の奴。俺を通さずにショートランドに直通ラインを持ちやがって」
指示系統でいえば、ショートランドもブインも、まずはラバウルに接続され、そこから横須賀、そして海軍省へ繋がる。
ところが巨瀬室口──海軍省統合参謀官は、ソロモンへの前哨基地たるショートランドの動向を逐一把握するべく、ラバウル→ショートランドの上下関係に自らを割り込ませた。
「なーにが《統合参謀本部》だ、偉そうに。結局のところ軍令部が看板を掛け変えただけ、海軍省が軍令部を呑み込んだのではなく、軍令部が内部から海軍省を捕食しているのだ」
実際、一大攻勢作戦を立案し、実行に向けて動いているのは軍令部、否、統合参謀本部である。本部は、作戦を成功させるには指示系統を一本化するべきと考えているが、その際に障壁になりかねないのが小国家の長たる留原の存在そのものだった。「艦娘計画」時代から反駁し合っていた留原と巨瀬は、ここにきて再びメンチを切りあっているのだった。
「ぶあっくしっ!」
突然のくしゃみで、留原の口に咥えられていた葉巻が地面に落ち、火種も消え去った。
「あーあ、言ったらつけてあげるのに」
呆れながら地面に落ちた葉巻を拾った卯月は、そっと留原のごわついた手のひらに置いた。
「構わん。火種は自分で見つけて、きっちり燃やしてやるんだ」
「しれーかん、何かわるーいこと、考えているぴょん」
「今は悪いことでも、やがてとんでもなく
ラバウル基地には現在、睦月型駆逐艦四番艦「卯月」と、同じく睦月型三番艦「弥生」が詰めている。他に、現在は内地へ出張中の川内型軽巡洋艦一番艦「川内」、高雄型重巡洋艦四番艦「鳥海」も基地所属の艦娘である。
「しれーかんと〝横鎮〟って、ほんっと仲悪いっぴょん。何かされたの?」
卯月の質問に、留原はすぐには答えなかった。一頻り煙を吐いたかと思うと、すぐさま葉巻を咥えて大きく吸い、今度は小刻みに煙を吐ききった。震えているのだろうか、それとも嘲っているのだろうか。卯月にとっては、そんなことはどうでもよかった。
「いいや、何もされてない。強いていうなら、これから何かをされるから予防的に仲を悪くしているというところかね」
屋外テント脇のガラス製の灰皿に葉巻を置いて、留原は卯月を手招いた。
「一番ソロモン方面を知っているのはどっちかな?」
「もっちろん、司令官だぴょん」
一歩、卯月が近づく。
「なら、ソロモン方面に関する作戦を立案し、実行する権限は誰が持つのが一番かな?」
「だーかーら、それは司令官だっぴょん」
さらにもう一歩、卯月が軽快に飛び跳ねながら留原に近づく。
「遠く離れた横須賀から、果たして正確に迅速な判断を下せると思うか」
ピンと突き立てた留原の人差し指に、卯月はとびきり跳ねた勢いで小指を絡ませた。
「そんなことできないぴょーん」
卯月の回答を聞いて、留原ははち切れんばかりの笑顔で頷いた。
「そうだろう……そうだろう。誰もこの堅固な信頼関係は覆せんのよ」
留原の言葉は、至極正しかった。例えば、川内がとある作戦に参画するべく内地へ一時帰国するという時にも、まず留原の意見を聞くことが条件になっていたからだ。堅固な信頼関係とは、要するに「誰の言うことを聞くか」ということである。内地へ戻るということは、川内に対する指示系統がそれまでの留原メインから、内地の誰かの下につく誰か、というサブに切り替わるということ。上下関係も所詮は人間関係であるため、お互いの性格が合わなければギクシャクした関係に終わってしまい、それはそのまま戦時下では不都合に働くということだ。海軍省も、そのような事態だけは避けたい。その結果、円滑な人事異動を進めるためにも、留原との良好な関係構築が必要になる。
留原の存在は、現場での艦娘と指揮官との間の信頼関係が、そのまま中央への交渉材料と指揮官自身のアドバンテージになるという実像、その証左を明白に示すものだった。
「おっ! 司令官、卯月さんと何してるんです?」
「青葉さんだぴょん~」
青葉型、或いは改古鷹型とも称される重巡洋艦「青葉」も、ラバウルで留原麾下の艦娘である。
すかさず青葉にすがり付く卯月に、司令官はただ空っぽの笑みをこぼすだけだった。
「いやいや、ついさっき局戦が飛びましたよね。非常ベルもじりりりぃ。敵襲かと思いきや、うーん……?」
首を傾げる青葉につられるように、卯月も意味もなく首を傾げた。
「ゴシップネタ探しか?」
呆れた様子でそう尋ねる留原に、青葉は遜色なく手を横に振って応えた。
「いえいえ。探しているのは明日への希望ですよ、いささか臭いセリフですけどねー、ここで見つかるんじゃないかと」
胸元からペンと手帳を取り出して、青葉は留原の正面に立った。
「いつ、やるんです?」
「さて、いつがいいかな」
「川内さんが帰ってきてからはどうでしょう?」
「それだと遅いな、もっと早くだ」
「なら、サボ島を落としてから、ですね」
青葉のしたり顔に、留原は合点がいったように深く頷いた。
「うーちゃん、楽しみだっぴょん」
「良い子にしていれば、必ず来るんだからな」
留原麾下の艦娘たち。その強固な信頼関係 は、何者をも寄せ付けない。留原の下についた艦娘は、一ヶ月を待たずに皆忠誠を誓うという。
「…………っ」
簡易庁舎の影から、留原たちを見つめる艦娘がいる。睦月型駆逐艦三番艦「弥生」は、ただ一人留原に警戒心を抱く艦娘。
「……ポピュリスト」
「メラネシアの小国家」は、今日も今日とて隆盛の一途に自らの運命を浮かべていた。戦争という非常事態が、継戦による国民の厭戦気運が、サブチャンネルとしての軍閥の登場を容認した。
太陽は、東から昇り、西へと沈む。そんな当たり前の事象を、やがて海軍省は自らの運が尽きようとする寸前の時に否が応にも思い知ることになる──。
第2話、メラネシアの小国家でした。
あとがきの場を利用して、物語の関係図を解説したいと思います。
まず、物語の主軸はショートランド泊地に停泊している艦娘たちです。対深海棲艦戦争に転機をもたらすため、海軍省は一大攻勢作戦を計画します。が、海軍省は本来内閣の一員として政治的な権能を有しており、実際に戦略を立てたり作戦を考案するのは海軍省とは別の組織である軍令部が行います。今回、統合参謀本部という名称になっているのは、この物語の世界観が《海軍省単独政権》という形になっているからです。前回の最後に海軍省附属内務省という単語が登場しましたが、日本列島の実効支配、そして統治権を執行しているのは「海軍惣鎮守府将軍」です。私の中二的心情は仰々しい肩書きを羅列させることですので……。
この国のトップは海軍省のトップです。ということは、三軍といっても陸軍空軍は海軍の指揮下にあるということです。陸軍は作戦の立案といえば参謀本部ですが、ここでは海軍が「統合参謀本部」という役所を設けて三軍の指揮を採っている、ということになります(事情は異なりますが、例えばイギリス海軍が〝先任軍〟と呼ばれていたり。島国のサガ?)。
海軍省は、三軍はおろか三権も掌握しています。三権、つまり立法・行政・司法です。分立などしていません、深海棲艦に絶滅寸前まで追い込まれておきながら、悠長に選挙で政治家を選び、選ばれた政治家から内閣を組閣させるなんて、そんな暇ありません。少なくとも2ヶ月はかかってしまう。戦時政権は、ただし文官によって組閣されるもの、としています(そういえば第二次大戦時戦時内閣を率いたウィンストン・チャーチルは第一次大戦時に海軍大臣でしたね……)。追い詰められた国民が残した僅かな良心でしょうか。非情な決断を下せるのはいつも銃後の文官の執政者でしょうし。
巨瀬室口はオリジナルキャラです。彼は「メラネシアの小国家」を統率する留原司令とは同期の人物です。「艦娘計画」を留原と共に立案し、自らも傍らに初月を従える提督です(作中の比叡の言うとおり、巨瀬自身は海軍省とはいっても背広組、且つ艦隊の指揮権を持ってはいないので厳密には提督ではありませんが)。
列島全体を代理統治している海軍省ですが、何やらとてつもない夢を抱いているようです。それが何なのかは分かりませんが、ただ一つ言えるのは、西太平洋を掌中に収めたいのは確かです(おっと)。ドイツと国防ブロックを接続したいという願望が「艦娘計画」の始まりですので、当たり前といえば当たり前ですが。あ、ちなみに物語の時系列的には、既に日本には「Uー511」が来日済です。ゆーちゃんがいれば百人力。
そして、留原が口にした「横鎮」。そう、横須賀鎮守府です。鎮守府の司令長官は、史実であれば天皇に直隷するそうです。軍令部や海軍省ではないんですね、はじめて知りました(←遅い)。
戦争は、人間対深海棲艦だけではありません。戦争が政治の最終決定手段であるように、戦争の方向性を決定する大いなる力は政治力です。政争は国を強くする、軍をより強靭なものに進化させます。そして戦争は、組織の結束を高めます。損傷した筋肉が修復され、より隆々とした筋肉が作られるように。
《第3話 海峡の吹雪》、お楽しみに。
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組織と組織のぶつかり合い、政治闘争が大好き、スキマニウムでした。