カーテンの隙間から差す日差しにアミは目が覚めもう一度寝ようと寝がりを打つが寝つけずベットから上体を起こしながら今日一日の予定に思いふけていた。
「今日はティアが別件でいないから自由行動言ってたな…ふわぁぁ…」
長く尖った爪で器用に顔をかきながらアモルから貰った、文字入り(読めないがいい言葉ではないのは分かる)Tシャツ一枚と普段から着用しているショートパンツの格好で部屋を出て、左手の爪をカチカチ鳴らしながら十三段ある木の階段を降りているとリビングから視線を感じ残り四段で足を止めた。
「アモルさん…お、おはよ────」
「……随分と遅い起床ね…さぞベッドは昼間まで眠れる位寝心地がいいのかしら?」
アミが少し笑みを浮かべたが返ってきた言葉は冷たく言い方までも冷めていた。
部屋の時計を見ずに体感時間でまだ朝を迎えて三時間程度と気に止めていなかったがリビングの壁に貼られた丸い時計の針を見て昼を過ぎていた。
「あー…うん」
「………馬鹿と間抜けの違い分かる?」
結局その答えの返事はしないまま残りの段も降りアモルと同じ床に立つ。
ティアとアモルに出会ってから一週間経ったが相変わらずの苛立ちを見せるアモルに頭を抱えていた。
悪い印象は直ぐに解消されないのは当然なのだが露骨に嫌われている。
ティアは場をまとめる仲介人であり、その人物が不在となれば必然的に二人きりになる。 アミがまた上に行けば文句を言われるのは承知だがこの場にいる方がいこごちが、悪く胃が痛む。
腕を頭の後ろに当て「もう一眠り」と言いかけたがアモルが先に口を開いた。
「これから…資材の調達に行ってくるから……大人しく番犬してなさい…」
「外に行くのか?」
「家の裏にあるもう一つの小さい…家ね」
「随分と儲かる依頼を達成してるんだな、流石あく………なんでもないです」
ろくな事を言わない口と知られているせいで後に言う言葉は、アモルを不快にさせる引き金とバレてしまい鞘に納めた太刀の先を鼻の先に向けられ身を縮める。
「ドブネズミから番犬に昇格したんだから…ワンワン吠えてるだけでいいの……」
太刀を降ろし羽織っていたコートの下の服装がいつもと違く首元まで隠されたセーターに変わっていたが聞く前に目の前からアモルは消えた。
「また
捨て台詞の様で情けなく思うが実際手も足も出ない相手でありこの家の主である以上反抗も出来ない。
そして…仲間でもあるから危害を加えるなんて…もってのほかだ。
洗面所で川を流れる冷たい水を洗浄したのが出る蛇口を捻り、顔を洗いティアが用意してくれたと思われるベーコンと青野菜のレタスがパン二枚に挟まれたのが二個皿に載せられているのを、食材保管庫から見つけ上機嫌に歌いながらリビングへ振り返る。
「きゃんきゃーんふーんふーんうおっ!?」
木材で出来たテーブルに赤い布と毛糸と他に金属部品を並べたまま腕を組み立つアモルの姿に驚いたが、その主はピクリともせず横顔のままであった。
「は、早かったな。 目当ての物は見つかったのか? もぐもぐ」
「……一つ足りなかったわ」
後ろを通りながら手に持ったパンを一個頬張っていると素早く太刀が目の前を塞ぐ。
「バカ犬の躾」
「腹が減って我慢できなくてさ…! ごっくん…わ、悪かったよ…だからこの太刀しまってくれると助かるなーなー」
「………後で掃除しなさい」
胸を撫で下ろしていると、また腕を組み設計図を頭で描いているのだろう苦悶の表情は見せないが何か複雑な物を作ろうとしてるのは分かる。 料理は下手で不味いんだから努力はそちらに振って欲しい。
「おっと今の口に出てないよな」
「は? ……五月蝿い上にジロジロ見られてると気が散るから武器でも手入れしてたらアナタの為になるんじゃない?」
「ごもっともー」
材料が並べられたテーブルの近くの椅子に座り背中を見せる状態になり、皿を持ったままパンを食べ終えた。
立ち上がり皿を洗い保管庫からボトルで保存していた珈琲に水を低温で冷やした丸い氷を手のひらから三個同時に入れ、食器棚から金属性の取手の付いたグラスを持ちまた同じ椅子に腰掛ける。
「アモルさんも飲むと思って持ってきたけどどう?」
「………自分で入れるわ」
「あいよ」
グラスに注ぎ終わるとボトルを渡されると思ったがテーブルに置いていた私のカップにまで注いでくれた。が。
「あのさなにもグラスの淵ギリギリまで注ぐことないだろう」
「表面張力が…見たくなったの。 零さず飲みなさい…」
「私の手の爪長くて取手掴まないで飲んでるの知ってるよな? 嫌がらせだよな? な?」
それ以降目も合わせず布を中に浮かせ弄り始めたのでこれは無視されたと分かった。
やっとのことで零れないラインまで珈琲を口に入れ一息つくとアモルの目が合う。
「番犬……文字読めるの?」
「いやさっぱりだ。 言ってるのは理解出来ても読み取りは出来ない」
「その今着てるTシャツの文字が分からないなら幸せ者よ。 ティアが用意した可愛い…ぷっ…服なのだから…」
「笑ってんじゃねえか! どうせろくなもんじゃねえのは知ってるさ!」
「ティアの服を着てる時点で……羨ましいのに文句を言う口…ふざいであげようかしら。 丁度ここに針に糸もある」
「……あぁそうか……アンタもしかして嫉妬してるのか。 アタシとティアは胸が同じくらいだから問題ないがアモルさんが着たらさぞ別な意味でお似合いだもんなーなー」
アミは自分では邪魔と思っていた胸を両手で掴み揺らす。 アモルはそれすらも出来ないほどの薄さ。
ブチッと何かキレる音がし、アミはバックステップを踏み距離を取り両腕を前に構え中腰になる。
「……二つチャンスをあげる。 這いつくばってあの時のように泣いて謝るか…反抗の発言をした直後首を捧げる」
「へっチャンスなら自分で見つけてアンタの首を掻っ切るさ!」と言い放ったが地面を蹴る前に動きが止まり顔を伏せる。
「………やっぱりやめた。言いすぎた…アタシも大人気なく苛立ってた」
ティアに会う前のアタシなら負けようが怒りに任せて特攻していたが脳裏にティアがチラつき腕を上げ降参する意志を示す。
「………」
「ちょっと部屋で頭冷やしてくる……別に後ろから刺してくれたって構わない…アタシは所詮仲間という肩書きで同伴してるクズだからさ…」
しかしアモルはその背中を黙って見つめるだけで終わり作業を再開した。
──────────
日も落ち夕方になり武器の手入れを借りてる部屋で済ませ身体を伸ばしながら階段を降りリビングを見るとあれだけ並べていた物がコンパクトに二個にまとまっていた。
声をかけるのも気まづかったが自然な流れで…自然な流れでと心の中で言い続け、
「お…おつかれまだ飲む?」
空になったボトルとカップを持ち台所に行こうとした。
「いらない。 これアナタが持ちなさい」
赤い布を顔に投げられ手の物を戻し手に取り表裏と眺めてみる。
「……これフードが付いたコートだけど胸辺りまでしか隠れないタイプだな。腕も通さないし」
「動きやすさを重視にした上に心臓を保護できれば十分でしょ。 小型の魔獣の
「おお…色も赤でカッコイイな! すげえー!!」
「単細胞の喜びかたね」
「いや……本当に……嬉しくてさ。 あれ…なんか目から……ぐすん」
散々な目に合って嫌われていた人からの突然のプレゼントに涙腺が緩んで涙が出てきた。
「なにいきなり泣いてるのよ……や、やめなさいよ……ほら……」
ハンカチを差し出され受け取り、見えないように顔を覆い隠していると「そのままでいいから聞きなさい」と聞こえ頭を一回縦に振る。
「冷たい態度を取ってたけど…あ、あ、アミは一応仲間だから…死なれたら困るのよ………ティアから…作って欲しいってお願いされて…べ、別に私は仲間と思ってないから」
「アイツちゃっかりしてるな……でも作ってくれたのはアモルさんだ。 嬉しいよアモルさん」
ハンカチを避け顔を向けると耳まで赤くしたアモルが見え…。
「見るなっ」
「〜〜〜〜!」
鉛のような重量のあるデコピンをおデコされ悶絶した。
「その痛みは…さっきの暴言の分よ…後は気をつけなさい」
「わ、分かった…いてて…」
痛みがズキズキと残る箇所を手で抑えているとため息を吐き腕を組み熱が冷めたアモルがボヤく。
「全く……ティアが来てからずっとあの子の雰囲気に飲まれがちだわ…」
「………魔物の血が少なく人間の血が多く流れるアタシが言うのも変だけどさ…ティアは魔物のエリアに連れて行けないよな」
人間と魔物のハーフと言いながらもアミとは逆の者も存在しているのは当然だ。 そんな地にティアがいけば対話で解決しようとして隙をつくりやられるのが見えてしまう。
「あの子を……いいえ…皆を護るのが私とアナタとティアの使命よ。 後ろ向きな考えは捨てなさい」
「そうだな。 ははっアモルさんに好かれるようにアタシ頑張るよ」
アモルが目を大きく開きまた怒られそうになったが玄関の扉のドアノブが回る音が聞こえ入ってきたのは土だらけの服を着たティアだった。
「ただいま帰りました…あれアモルさんにアミちゃん……なんだか優しい顔して何か楽しい会話してたんですか?」
「うん」と答えたアミの横から割り込み「違うわよ」と耳まで赤くして大きめな声で返事するアモル。
「やっぱり二人は仲良しですね〜」
「それよりティア肩に擦り傷あるけど痛くないの? あぁ…顔にも…」
さっきまでとは違う勢いでティアに迫るアモルの姿に根はいい人なんだと胸の中にしまいアミはコートを着てた。 そしてテーブルに置かれたもうひとつに目が止まる。
(これタンマツか? ティアと同じ形状だが…)
ティアの傷を癒して振り返ってきたアモルが答える。
「それもアナタにあげるわ…文字は浮かぶけどアナタの脳に直接語りかけてくる…タイプだから他の者に聞かれずに済むわ」
「………ありがたいけど探りを入れさせてもらう。 本当にただのベテラン冒険者か?」
高等技術の持ち主でもこのタンマツを制作するには半月はかかる。 しかし、それは魔女の話であってアモルはただの冒険者だ。
「聞いてどうするの? それにアナタは今…得をしているのに今から損したい?」
睨み合いが続き重い空気が流れる状況にティアは気にせず自分のタンマツから買い出しした沢山の食材をテーブルに出す。
「お腹すいたのでご飯作りますね。 今日はお魚でーす。 アミちゃんの骨まで好きなお魚だよ!」
「だ・か・ら…私は狼だよ!!」
一瞬で亀裂が入り和やかな空気になった事によりこの話題は一時中断となった。
(この犬に優しいすぎたかしら…考えなくてはね……)
アモルは胸元のペンデュラムを強く握り天井を見上げていた。
ーつづくー