街が活気で充ちる前の早朝に起きたティアは仲間の分と自分の朝食を調理していると後ろから誰かが身体を預けてもたれ掛かってきた。
顔を向けるとそこにはいつものコートを着たバイオレットカラーの瞳と部屋の明かりで白髪がいつもより煌めいてた。 見とれていたせいで時間差でビクッと肩を浮かせるとアモルは微笑み頭を撫でた。
「火を使って危ないんですからびっくりさせないでくださいよ〜」
「魔力を秘めた特殊な鉱石…『魔石』。 今では街の市場でも安値で入手できて便利よね……」
「朝から哲学ありがとうございます。 温かい珈琲用意しますね」
こくっと頷き「珈琲だけでいいと」答えたがすかさず首を横に振る。
「一緒に朝食も食べてください。 アモルさんの一日一食スタイル変えますので!」
念を押して言ったのだがアモルからすれば妹みたいな年頃の女の子の小言として受け取られ頭をまた撫で「はいはい」と流されリビングにある椅子に腰掛けた。
作り終え珈琲も用意しテーブルで向かい合って食事をしていると珈琲を注いで間もないカップを口に運ぶアモルが興味なさげに問いかける。
「今日は……友人と酒場で会う約束だったのよね…」
「突然でごめんなさい…明日からはしっかり依頼をやりますので」
「そんなに張り詰めなくていいわよ。 他にも冒険者は…数え切れないほどいるのだから…一人で背負い込む必要ないわ。 それより…どんな友人なの」
パンを口に運び噛みながら視線を上に向け顔、性格、と思い浮かべ飲み込む。
「名前は『モリス』で私より、えっと年齢は……失礼なので伏せておきますが年上のおっとりした人ですね。 魔物…猫と魔女のハーフで銃を得物として扱ってます」
「…故郷にいた頃からの友人かしら」
「はい」と返事をしながら過去の記憶を思い出す。
母は
母はその後すぐに亡くなり遺体は忽然と消えたらしい。 その現場に立ち会ってなかった為詳しくは無いが、形見と言って渡してくれたのが最初の友達『モリス』だった。 『短剣』は僅かに魔力を帯びていてまるでいつも母が私の中から見守っている気持ちになる。
そして顔を虚ろだが覚えていると言うよりも冒険者になる前はひとつきに一回夢で応援してくれている朧げな姿だったが、今は黒い靄が薄れハッキリと顔、姿、衣装まで理解出来る夢を三日に一度見るようになった。 何かを伝えたいのか心の奥での想いが強いのかは定かではない。
それもあり
と、思い出に浸っていたが「どんな子?」と低い声で聞かれ彼女との触れ合いを思い返し口に出す。
「小顔でピンク色ほっぺをプニプニしたい時には不在でこちらが忙しい時に構ってアピールしてくる気まぐれな性格ですね」
「………四足歩行の猫が友達なのね」
珈琲を飲み終えたカップを置きすぐに新しいのを注ぐと手で感謝の意味を伝えた。
「アモルさん時々私の事変な子扱いしますよね」
「天然な妹として扱ってるつもりよ」
「むー! お姉ちゃんが出来たみたいで嬉しいですけど私はしっかりしてます!」
「はいはいしっかりさんですね」
哀れみの目を向けられ頬膨らませる。 ふっといつもの無表情に戻り上に指を立て「あの子…」と言葉を発する。
「上でまだ寝てる犬…部屋を荒らしたりしてないわよね…私は一階に自室があるから…状況が……」
「アミちゃんですか? 特に変わった様子はないですよ。 あっ寝る時は一緒のベッドでよく眠るんですが、尻尾がふわふわできもち……きゃっ!」
テーブル越しに両頬を親指と人差し指で引っ張られ怪訝な表情に一変した。
「だだだ誰とななっっの!!?」
「あふぃちゃんとでふぅ」
「今日から枕を持って私の部屋に来なさい…あの犬…」
パッと離されたが痛みがジンジンと残り摩りなぜ熱が入ったのか考えてみる。
「アミちゃんの尻尾触りたいですか?」
「天と地がひっくり返っても有り得ない」
「え〜ふわふわもふもふで気持ちいいのに」
「ティア……あなたの胸も………ごほん。 失礼聞かなかったことにして」
口元をハンカチで拭いつつ口角の上がったのをティアには見えないように隠していた。
──────────
依頼所に入ると受付の人とカウンターを挟んで会話する毛艶が整った尻尾を左右に振る後ろ姿を見つけ背後から声をかける。
大きいスカートを靡かせ、胸元を出したドレスの様な衣装を着こなしカールのかかった金髪でおさげヘアーの少女。
「あ、ティアっち久しぶり〜。 一年ぶりかにゃ〜?」
両手を上げ緑色の瞳をキラキラさせ笑顔で抱きついてきた少女こそティアのタンマツに手紙を送って会う約束をした幼なじみ『モリス』だ。
両耳もピーンと張り尻尾が先程よりも動きが激しくなっていた。
やたらと頬ずりされティアは戸惑いながら尻尾を掴むと「んにゃ!」と声を上げた。
「ごめんごめん、暫く会ってなかったから興奮してたにゃ」
「ううん。 尻尾を触りたかったから気にしてない」
「んにゃーセクハラはダメだよ〜」
「モリスちゃんだから遠慮なくやったんだよ」
「にゃんだふる〜大胆な発言っ」
まだ離れない二人に周りの視線が集まり受付の女性が咳払いする。
「あのおふた方…もしそれ以上の行為を行うのでしたら近くの宿で……」
「あ…はい…騒がしくしてすみません…」
「にゃーん…」
ポリポリと右手で頬をかき頭を横に振り頭をリセットしティアから離れた。
「とりあえず積もる話も依頼を受けてからしようかにゃ」
「そうだね。 優先すべきは困ってる人を助ける事だから!」
森林から現われるクマの
モリスから少し離れた斜め後ろをついて行くティアの視線は、右太ももにベルトで固定していた革製のホルスターに装着した装弾数七発の、
「銃の調子はどう?」
「最近はこっちでやってるにゃ」と親指と人差し指だけ立てた右手を見せてニヤリと笑みを浮かべた。
モリスは魔女の血を継いでいる為、人間にとって解読困難の魔法が書き示された魔導書を読み習得できる素質がある。
「あたちは純魔女じゃないからちょびっと悩んだけどやっと習得したにゃ。 でも周りからは実物でやった方が命中率飛距離精神面でも〜ってネチネチうるさいにゃ」
「弾数は精神力が切れるまで撃てて実弾と同じ威力の無属性、炎、氷…他にもある様々な属性混じりの弾を使えるなら私はいいと思うけど」
「うんうんそうだよね〜にゃっ!」
突然脚が止まり心臓の上の胸元に指を突きつけられ慌てると「じょーだんじょーだん」と、はにかんでいた。
「今使えるのは
「解読出来ないから使える人は皆凄いって尊敬してたけど、話を聞いて奥が深いんだね魔法って…仲間の人も使ってるけど…気になってる点があってね」
「んにゃ?」
躊躇いはしたが今は冒険者同士の争いは無い、それなら打ち明けてもいいかとティアは手入れされていた雑草へと目を配り俯き顔を合わせる。
「あくまで冒険経験が五年って聞いただけなんだけどその年数でこの世界の全ての魔法を習得するのは可能…?」
冗談を言ってる顔じゃないとすぐ分かって貰えたのはやはり幼なじみこその取り柄でこめかみをトントンと指で叩き手を広げた。
「魔女でも全てを詰め込んだら処理できず脳みそぶちまけて死んでしまうにゃ。 その人は…というか人なにゃの?」
「うん…証明できるかって言われたら私の目と耳で体験した内容だけしか伝えられないけどアモルさんは人だよ。 とってもいい人」
「ティアっちはやっぱり人を引きつける魅力があるにゃ〜あたちなんて思ったら口から吐き出すから困ってるにゃ〜」
「吐き出すって…それもモリスちゃんの個性であり特徴だと受け止めて私は接するけどなぁ…」
「じゃあ今夜ベッドで抱いてくれる?」
「うーん…優しく(尻尾を抱くの)は出来ないよ」
「にゃあうん」と甘い声を出しモリスは自然な流れで場の空気を変えてくれた。 それから他愛もない話をしながら歩いていると森林に到着し中部まで歩を進める。
森林内部は木々の隙間からの日差しが無かったら灯りが無ければ洞窟や洞穴と同じ暗闇だ。 足元に目をやれば雑草が伸びこの場所だけ雨が降った痕跡として地面の土がブーツをつける度ぐちゃと音を立てる。
原因は不明であるが月に二度森林のに雨が降る。 それは
形見の『短剣』を両手に握りなるべく気配を察知し消しを意識しながらゆっくりと進むとぐちゃ、ぐちゃと二メートル程後ろを歩くモリスが眉を落とし落胆する。
「雨で濡れて足元悪いにゃ、この音でシャドウクマが気づいていきなり出くわすかもしれないから要注意にゃ」
「いつ他の
「んにゃ、クマシャドウ相手にかにゃ?」
「モリスちゃんにしかお願いできない連携攻撃をおみまいしてみようって作戦」
「あたちはまず、膝を崩して歩く自由を奪う、そこからティアっちは──」
「いつものパターンAか、新たなパターンで、ダウンしてる隙にこの短剣を腹、食道辺りを突き刺しそれを足場に登り……ん!」
素早く姿勢を低くし物陰から前方へ続く足跡を見つけタンマツをかざすと依頼対象の
(昔はあたちの後ろに隠れていたのに随分成長したんだねティアっち…元々強い心を持っている親の血を引いてるから似たのかにゃ)
先頭を歩くティアに過去の面影を重ねてしまいつい気が散漫していると正面に腕が伸びたのにも気づかず胸がぶつかり停止する。
「発見したよ」
同じ姿勢で
ティアも両足に
「お互いの実力を見せるまたとない機会にゃ! それじゃーレッチュゴーにゃ!」
「いくよッ! 」
左へ回るべく地面を蹴り出した音に気づいたのかクマシャドウは食事中にも関わらずビリビリと身体の頭からつま先まで痺れる咆哮を放ちティアへ四足歩行で向かう。
「我ニ従イシ古ノ隠サレシ銃ヨ……今こそ現れよ! 『インビジブル・エターナル』ッ」
足元に魔法陣が描かれ身に纏った白き輝きは伸ばした右腕の先にある右手へ流れ幻術の様に指と銃の形が重なり合い対象へと二発発砲する。
膝を音もなく撃ち抜かれたクマのシャドウはティアと中距離の所で膝をつき事態の混乱し思考が乱れた。
(喉よりも視界を潰して更に……)
「まずはこの短剣で左目をっ!」
左手から直進で放たれた『短剣』は発言通り刃が隠れるほどまでめり込み続けて片手からも放つ。
「ここからが全力!!」
ティアの瞳から光は消え深紅で染まった。
手から放った短剣は二秒後喉に刺さると想定し横へ回り込み死角から飛び、身体を三百六十度回転させながら、魔獣と同じ感触のする眼球から短剣を取り、鋼鉄をイメージした脚と炎を纏った横蹴りで、頭を吹き飛ばし大樹に叩きつけ頭は黒い砂を散らし消滅した。
突き刺した短剣を引き抜き地に力強く着地し後退し距離を置きながら状況を見る。
「再生までの時間はおおよそ一分その前に核の心臓を………」
『グアアッ!!!』
「まさ……!?」
脳が無くてはパニックになり動きが止まる。 そう誤認していたせいで防御に遅れ巨体で突進され、今まさに自分が行った行為と同じ状況に陥った。
(ま、まさかいや私の判断ミス……あくまでシャドウは影で戦闘本能が強く視覚や聴覚が無くても攻撃者へ考え無しに攻撃をする…!)
大型は初めてだからという言い訳はこの戦場では無意味に等しい。 己の無能さに浸る暇もなく大樹に叩きつけられた身体は地にうつ伏せで倒れる前に膝をつき酸素を入れようと活発になる。
肋骨、肺が破れたのか血を吐き呼吸がままならない。 地面の血溜まりが出来ていると絶望した直後、また迫ってきたシャドウを横へ寸での所で回避する。
立ち上がれず横に転がる形で回避出来たものの爪が振り下ろされたらどうなるだろうか。
(右…左…あるいは両腕振り下ろし逃げ場を作らせないつもりなのか…さっきみたいに短剣を投げて心臓へ……いや狙いが定まらず無駄になりそう)
視線を後ろへ配ったが回避出来ても衝撃で身体が飛ばされ二の舞の恐れがある。
「はっ! それ…よりもモリス…ちゃんが!」
先程蹴りをする直前視界に入った姿を見た時オオカミの
「うにゃあああ!! 当たれ当たれー!!!」
「っ! モリスぢゃ…その傷ぐっ」
身を乗り出したモリスの頬には他の
額には汗が零れて作り笑顔を見せる。
「先輩のあたちの心配よりまず自分! まだまだ甘ちゃんに言っておくにゃ! 戦場で敵のお勉強なんて命が何千個あっても足りないにゃー!! 次からはしっかり予習しておくにゃ」
己の未熟さに唇を噛み締め血で濡れた指でタンマツを操作し短剣を握りしめ今にも倒れてしまいそうな膝へ全神経を込める。
「ごふっ! そうだねモリスちゃん……すっごく正しい。 冒険者の記録を熟知したって相手も知能を持ち未発見だらけで……この痛みと危機感は戦場じゃなきゃ分からないよ!!」
「そして困ってる人を助けるのに無傷で熟練者になろうなんてこれぽっちもない!! 私は皆を護る冒険者になる!!」
《よく言ったわ我が愛しの娘…ティア》
「えっ声が…うっ」
口から零れる血を拭い突如聞こえた大人びた声で魂が抜けた感覚に襲われ眩暈で視界がぐるりと一転したが持ちこたえ頭を押さえる。
《ここからは私の出番よ》
「この温もりを感じる声………夢で何度も聞いた…………母さんと同じ……」
「ティアっち頭が復活して向かってくるにゃ! 早く短剣を構えるにゃー!!」
《今こそ深淵を照らす光とならん》
「母さん……ずっと…ずっと…
「はにゃ? うわあああああ!!!!」
ティアを中心に閃光が辺り一面を照らし
「一体なんなのにゃ!!」
風を巻き起こしこの森林全体がざわめき魔獣も異変に気づき鳥は枝から大群で空へ飛びといっぺんに嵐が迫ってきた状況を飲み込めない。
五分経過し静けさと枝から落ちた葉が地についた所にモリスは膝を折り大きくため息を吐きティアへ顔を向ける。
「ティアっちー…生きてるかにゃー? こっちはクタクタにゃーこのまま横になりたいにゃ〜」
傍に駆け寄ってきたティアはまず包帯を取り出し左腕の負傷箇所へ薬草を擦り絞り出した液を瓶詰めしていたのをかけ巻きながら笑みを浮かべる。
「かすり傷は残ってるけど治癒してもらったから平気、染みるけど手当てだから我慢してね」
「んー!? しみるにゃにゃにゃ! あの光はなんだったのにゃ? それに深い傷どころか血痕まで消えて誰に手当てしてもらったにゃ…」
「───私から説明するわぁ可愛い子猫ちゃん」
「誰にゃ! っ……(魔力がそこを尽きてる…けどフェイク戦術にゃ)」
巻かれている途中で右手で形を造り声の方向へ構えた途端異変に気づき唖然とする。
「そ、空に浮いてるにゃ……あれは古代の魔法の一つの…」
「解読どころか書物の居場所すら解き明かせない砂糖菓子の様に刺激が無ければ甘い人生を歩いてる者には何万光年かかっても見つかりはしないわ」
真っ黒いローブで身体を隠し地に脚をつけローブを肩から外し埃を払う仕草をする。
「そのままとどまるにゃ!」
隙をみてホルスターから慣れた手つきで得物を構え照準を前髪の中心をまとめ口元まで伸びる女性の眉間に狙いを定めた。
それに対し気にも止めず首にかけていた漆黒のペンデュラムを触り、空中にいた時に身にまとっていたタロットカードの様な物を数十枚まとめて取り出した。
「さっきの回答をしてあげるわ、あの光は魂の共鳴でティアと私が生んだ閃光。 傷は私が不完全だけど治してあげた。 ……それにしても相変わらずこの世界の空気は不味いわねぇ」
「…………」
怪訝な表情でピクリとも動かない姿を見かねティアが銃を下ろすよう腕に触れる。
「あの人は………私のお母さんだよ…昔と面影が違うけど紛れもなく」
「どうしてそう言いきれるにゃ! あたちはティアよりも長く生きていてティアのお母さんが故郷に来た時の顔をハッキリと覚えているにゃ!! こんな人相悪くて薄気味悪い笑いなんて………」
「質問ばかり五月蝿い子猫ちゃんねぇ。 いっそここでしていた事を無にしてあげてもいいのよ?」
「やめてください! 二人が喧嘩する理由なんてないですから!!」
険悪な状況に堪らず抑えようとするティアに二人は顔を合わせもせず下がる。
「子猫ちゃんが否定してるのは構わないけどあのままティアが私を感じなかったらこんな風に逝ってたのよぉ」
薄い紙のタロットを無造作に選び二人の胸に投げ捨てるとティアの喉にシャドウの爪が深く刺さり血と涙を流している光景がセピア色で数秒目に焼き付いた。
「最悪の道から最善の道へ歩ませたんだから感謝しなさい」
タロットは真っ黒に焦げ消滅しモリスは眼光を向ける。
「……今の光景があんたの作った幻影だとしたら?」
「好きに受け取るといいわ…今はこうして話してるから教えられた。 もし最悪の道を辿っていたなら愉しくお話なんて出来ないんだから」
「いちいち腹立つにゃ……兎に角あたちはティアのお母さんなんて認めない」
「勝手になさい。 それじゃあ私は愛しの娘の胸の中にいるから」
ローブを再度纏いティアに近づき肩に触れ目の前から消えた。
「謎が多いにゃ…ティアっちは、アイツの存在に気づいてたにゃ?」
「微かに温もりというよりかは、傍で見守ってる存在はあったけど…まさか実体化するとは思ってもなかったね」
「……あたちはティアっちが好きだし嘘を言うとは絶対に思ってない……けどアイツには油断しちゃ駄目だにゃ…約束にゃ」
小指を立て昔からお互いに約束事をする時の決まりで指切りを済ませ森の出口へ向かった。
その間日に日に、
結局、町に戻るまでピリピリした空気が続き折角の再会がよくない終わりになったがモリスは別れ際に気にしてない振りを最後に見せ街の宿へ向かい、ティアは買い出しを済ませアモルとアミが待つ家へ帰ることにした…。
―つづく―