アモルの自宅にて四角いテーブルを囲み一人は脚と腕を組み一人の様子を眺め、一人は胸にかけていたペンデュラムを外し置く。
視線が集まっていたのはティアの横でタロットカードを裏面に並べ決して心の底からの笑顔ではない表情を浮かべた髪色瞳の色だけが全く一緒で腰まで伸びる真っ直ぐなヘアーの人こそ、ティアの母『リエル』。
アミへ捲るように指でテーブルを叩き促す。
「やだよ。 捲ったらいきなり炎吹いたら自慢の耳が焦げちまいそうだし」
「察しがいいのねアメちゃん」
「アミだ間違えるな。 というか……本当にティアの母親なのか? 似てないが」
「そうやってすぐに外観で判断する人間の癖は刻が進んでも変わらないのねぇ。 中身を透かして観察する力を身につけなさい」
「中身の前に下着が見えちまうだろ」
「あら〜小さい脳みそなのね〜」
「アモルッ! ………さんこいつどう思う」
「正論。 ド正論としか言えなくて笑いが込み上げてきた。 母だけにハハ」
興味が無いから話を振るなと言う投げやりな口調で眼を閉じた。
それに対して、多くの疑問を抱くティアは心が落ち着かず緊張の面持ちを隠しきれず顔に出ているのが周りにもハッキリと気づかれており、アミとアモルは暫く口を閉ざした。
酒杯に注がれた赤紫で葡萄から発酵し熟成期間が長い上等品のワインを口にしたリエルは満足気な表情で酔いしれていた。
「アモル、この自家製ワインの熟成期間は?」
「…………答える意味があるかしら」
「アモルの年齢が大体二千百歳だとして…まぁ二百年物かしらねぇきっと」
「アモルさんの年齢が…? リエルさん何言ってるんですか」
「人の子じゃないって聞いてるでしょ? この子は」
テーブルの下から足で蹴飛ばす騒音にティアとアモルは驚きその主へ恐る恐る向ける。
興味が無いのでは無くフリをしていたアモルの目はこの場にいる一人を除いて見た事がない怒りで今にもいつも肩身離さず握っている太刀を振りかざしそうだ。
「他人のフリをしていれば…人の情報をベラベラと。 昔から気に入らないのよリエル」
「別に年齢位いいじゃない。 それともサバ読みしていたの?」
「これ以上余計な話をするのだったら首を撥ねるわよ」
「おいおい物騒な発言するなよ…別にアモルさんが人間だなんて一度も思ってなかったぜむしろ悪魔以上の化け物じゃないかぁ? あははは………にゃっ!!?」
壁際まで椅子ごと蹴飛ばされたアミは背中を打ちつけ「くぅ〜ん」と言いながら目を回しガクッと気を失った。
「アナちゃんって天然で怖いもの知らずなのね〜可愛いじゃない。 でも事実なのに攻撃するなんて素直じゃないのね〜」
「調教してやらないと治らない頭だから衝撃を与えたまでよ」
(魔女や魔物の血を引く人でも長齢の記録が千歳までしか残っていないって聴いたけど…さらに上回ってる……アミちゃんが今言った悪魔の類いの可能性も……ううんそれは失礼だ)
いつもなら真っ先に心配や気を配るティアも尊敬していた人が自分の知識よりも遥か上を往く人だとは思ってもおらず唖然と口元に指を当てた。
「人間でも魔女でも魔物でもないわよ。 アモルもティアも私も」
「どういうことですか」
「簡潔に答えを言うとティアは天使の魂が入った私の子供なのよ。 アモルと私は天使悪魔の間に立つ中立者として選ばれたの。 運命のイタズラでね」
馬鹿げてると口を尖らせて言いかけたが二人の顔とこれまでの実力をまじかに見てきたのを思い出し並の人生では不可能だと頷ける。
「でも私はリエルさん…お母さんの娘ですよね。 魂はお母さんのお腹で生まれたなら同じ中立者では」
「本当の娘わね…七歳の時に
「何年前……いえすみません私の年齢が今二十歳なので十三年前ですね。 でも今はリエルさん存在してますが魔法で……」
「落ち着きなさぁい。 ほら」
ワインが少し残った酒杯を勧められたが断り自分で注いだ温くなった水を喉に通し「続けてください」と告げる。
「察しの通り肉体が滅びても魂をアナタの中に残す古代の禁じられた魔法の一つ『残留思念』。 あと影を倒す度、お気に入りの『短剣』に魔力が蓄積されていく魔法で肉体を再構成し現れた」
「見た目が違うってモリスちゃんが言ってたのは?」
「イメージチェンジよぉ。 どうせ創れるなら理想の肉体がいいじゃない?」
「は、はぁ……」
母の死に立ち会った町の人達は肉体が光の粒となって消えたと言っていたのは、魂がティアに宿りという訳だった。
一つ納得出来る答えを得られまた水を飲んでいるといきなり脇腹を指でこそばゆい触り方をされ吹き出しアモルにかかる。
「ご、ごめんなさい! すぐに拭きますので……」
「気にしないでいいわ。 話を続けなさいリエル」
舌打ちをしながら顔を拭いているがその目はリエルから離さない。
「娘の身体は空っぽですごく軽かったわ。 血が通ってない人間を抱えながら……終わりのない
リエルの瀕死という言葉にティアは今となっては育った故郷となっている小さな町を思い出し顔を上げ喉を鳴らす。
「…………まさか私が育った町の近くに」
「ご名答、ティアを育ててくれたあの町よ。 死ぬなら誰かに娘の身体を埋めてもらいたくてね……心が澱んでない綺麗な人に」
「でも今はこうして生きてますが、息を吹き返したんですか?」
「ふふっ、『過去の産物』って場所はねぇ天使と悪魔と中立者が争った場所なの。 そして天使の悪魔の魂が放浪している場所でもあるの」
この世界で古くから伝えられているこの世界を形成した神、悪魔「ルシファー」と天使「ルシフェル」はティアも知っていたが実在しない架空の神として聞かされていた。
神に祈る人は教会にいるがどちらの神へ願いをこうのかは人それぞれで揉め事はあまりない。
「神様は元々同一人物。 ある時分裂し二人になったのよぉ。 天使だったルシフェルが影に飲まれ、虐殺非道如く人類を滅している姿から悪魔と呼びルシファーと呼ばれたの」
「本にも書かれてない中立神は……何と呼ばれているんですか。 二千年前の戦争ではお二人が勝利し今のこの世界が成り立っている
「口に出してはいけないし記載しては駄目なのよ中立神は」
「えっ?」
アモルとリエルが中立者なのだから名乗ってもいいのではと首を傾げたが深く追求しなかった。
「話を戻すと、過去の産物で死んでいた娘は突然息を吹き返して体にも血が流れ喋るくらいまでになったわ僅か五分でね」
指を五本立て親指からゆっくり一本一本折り最後の小指で止まりそのまま指を向けた。
「どうしてか、天使が入り込む前に自分で名乗ったのよ『依代』 があり器としても十分だからってアナタがね。 有無を言わさず勝手な "ティア"が」
死を迎えた人間に自分勝手な意思で入り込む者を天使と呼ぶべきなのか。 またこの星で争いを起こしたいのか、それともただの人間として生きたいのか今のティアにその答えを聞いたところで無意味と分かってか
、両口角を不敵に上げた笑みを見せているが背筋が凍る程の殺意が込められた言葉に死を悟り目を閉じた。
「ごめんなさい。 記憶が無いから知りませんでは済まない話ですよね」
「あら〜その通りよ〜」
「どのような結果であれ…死を迎えた体に何を考えてるか分からない魂が……血が繋がってる体が使われるなんて」
「始末するなら遠の昔にやってるわよ。 でもアナタは今を生きている。 この意味……理解出来なきゃダメよ」
胸に指を押し当て殺意が消えた言葉と笑みを見せ空になった酒杯をアモルの方へ押し付けた。
「…………いつまでも過去の呪縛から逃れない愚か者の甘さを忘れず生きていればきっと幸せな死を迎えられるわぁ。 それじゃ床に就くわ」
二階への階段へ向かった所でティアは慌てて立ち上がり声を上げ止める。
「自己中心的で偽りの…私を娘として……愛を持ってずっと傍にいてくれてありがとうございます」
母が居ないと認識し始めた年頃、表向きでは強気な面を周りに見せていたが、心の内では寂しい気持ちがあったが夢の中で抱きしめてくれた温もりを思い出し、下唇を噛み堪えた。
「冷酷な人間にお礼だなんて天使様も随分と丸くなりましたねぇ…それとも…本当に血を引く魂に染まったのか。 どっちにせよ愛してるわよティア」
感情が籠った最後の言葉に微笑んだが振り返ること無く階段を上がり見えなくなっても一点を見つめ続けていると気を失っていたアミが目覚め後頭部をさすっていた。
「んー…水飲むかぁ……」
台所へ向かう姿を横目で見つめアモルと目が合う。
「もう知られたから補足しておくけど、リエルは悪魔の欲に負け偽りの
天使と悪魔の羽を広げた悪魔は人類を選び殺した。 対象は悪魔を信仰する者を生かし闘いの駒に利用者反逆者には死。 そうして悪魔が選んだ駒で生存した者は殺さずこの世界で生かす。
天使は人類の傲慢な生き方に冷酷な処罰を下すと宣言し言葉通り全生物を、自らが従える七大天使を行使し葬り新たな世界を創ろうと目論んだ。
「真の
「中立神の魂を持つ私を散々罵ったと思えば戦争になり、無理矢理舞台へ立たせ闘え、殺せ、世界を護れって欲にまみれた薄汚い人間を見て天使の新たな世界を望みかけたわ。 …でも人間はどう足掻いても心が汚い生き物って自分が一番わかってるのよ」
「目論みのある誘いと分かっていても自分が弱っている時に手を差し伸べられたら甘えたくなると思います…私が初めてアモルさんと出会った時の様に」
胸に手を当て瞼の裏に焼き付く酒場での出会いがなければきっとこの会話は無く別な道を辿っていたはず。
「偶然で巡り会えた事が素敵ですよね」
「…………そう、ね」
歯切れ悪そうに返事する姿を他所に酒杯を持ち先程までリエルが座っていた席にドンと座り足を組みアミは頬を膨らませた。
「羨ましいなー二人だけの世界を作ってさぁー」
「もちろんアミちゃんとの出会いがなかったらこうして楽しく話せなかったよ」
「そ、そうか? いざ面と向かって言われると恥ずかしいな冗談だったのに」
「ってそれよりもアタシが気を失ってた時の話聞かせてくれよ。 三人の事気になるし」
「知るのは構わない。 でも口外したら……」
「わ、わかってるよ! 黙っておけばいいんだろ…一々太刀向けるなよ! いつか手違いでぶった斬られそうで怖いから…」
鞘に納めた太刀はテーブルの下に隠れたのを眺めアミへ一通りハッキリとした部分だけを説明した。
「────ようするにティアが『天使』の魂と死んだ『人間』の魂が融合して存在してる」
「アモルさんとリエルさんは『中立』の魂そのものと……だから底知れない強さを持ってるのか」
眉の間に皺を寄せながら理解したのか無くなったが組んでいた腕はまだ解けない。
「ティア自身はどう思ってんだ? 天使といえば悪行を働く言わば悪魔みたいな存在だが嫌じゃないのか?」
「いつも守らなくちゃいけない人達を滅ぼそうとしていたから嫌いだけど………まず自分が誰なのか分からない」
「迷走だってするよな…いままで生まれた魂で生活してきたと思えば、急に天使だの死んだ人間だの言われたら」
真っ黒でグチャグチャになる頭を抑えようとしたがアミの手で遮られ顔を上げる。
「あまり思い詰めるなよ、自分を見失って暴走されても困るからな。 とち狂ってる仲間を傷つける行為だけはしたくないんだ」
「アミちゃん…」
「ま、ティアは根は強いから大丈夫だろ! 戦闘は怪しいがっ」
場を和ませてくれたアミの腰から生える尻尾は左右に揺れていた。
「強くなればきっと……この世界で困ってる人達を多く救える……!」
「じゃその為にも明日からまた依頼をドンドンやっていかないとな。 アタシも手伝ってやるよ」
「ありがとうアミちゃん!」
「ティ………っ」
「?」
思い詰めたアモルは一瞬口を開いたが強く閉じ言い留まる。 その様子を見逃さなかったアミは不審に感じたはしたがその場で口には出さずティアへ視線を戻した。
「もう今日は休みましょう。 ティアもこの番犬の言う通り一人で悩まずすぐに教えなさい。 力になるわ」
そう言うとティアは頭を深く下げ二階への階段を登っていった。
「………さてティアがいなくなったからさっき言いかけた内容教えてくれよアモルさん」
二人きりになりすぐにアミが先程の件に口を出した……………。
-つづく―