新米冒険者   作:Merkabah

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第三話(中編)

街が混雑する日中にティアとアミは肩を並べいつも依頼を受託する酒場へと向かう途中ティアが大きな声を上げあたふたする。

 

「どうしたよ。 トイレか? そういや珈琲よく飲んでたもんな」

 

「ち、違うよ! タンマツを忘れてきたみたいで…すぐ戻ってくるから先に酒場で待ってて!」

 

「おー前見て走れよー………ふぅ」

 

目と鼻の先に酒場に入ろうとしたが中に入れば料理と酒の香り漂う誘惑に負けるに違いないと判断し外で待っておこうと決め柱に持たれ歩く人の波を数秒眺めた後空を見上げる。

 

春と呼ばれる季節の空は雲が漂うが風が程よく日差しが体を温め脳の信号を緩める。

 

足元に何か当たっている感触に視線を送れば魔獣の中で一番危害を加えず人に飼われる事もあるネコが全身黒い毛並みでアミのブーツに身体を擦り付けていた。

 

動きやすさを重視した革製のショートパンツに入れていた手を出ししゃがみ頭を撫でそのまま流れるようにぽっちゃりとした腹もめちゃくちゃにし笑っていた。

 

「いいよな人間に愛される魔獣は。 さぞかし美味い物毎日食ってんだろこのこのっ」

 

「ンニャ~」

 

長らく足を止めてネコに触れる行為をしていなかった為触れていると物心ついた時からずっと旅をしていた小柄な青髪の魔女少女をぼんやりと思い出す。

 

「そういえば『ファンス』のやつネコが大好きで三角帽子にネコの魂を宿してたな…魔法使えるやつは変な所に知識を使うって言うが…」

 

いつも影の討伐、飯を調達する時は後ろに隠れ、得意の魔法を発揮するタイミングはいつも家事の時ばかりで戦闘不向きだったが、憎めず今となっては可愛い妹的存在だ。 無愛想で口数が少ない。 目を離しちゃいけない雰囲気があった。

 

 

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冒険者の資格を得られる、二百歳(人間年齢で二十歳。 魔物魔女は一年間で十歳分の年を重ねる)になりお互い偶然出会うまで、違う道を歩もうと希望したが、 ファンスは一週間駄々こねた…。

 

「ん? このネコそういえば首輪着けてるな」

 

思い出に浸り手が止まりネコは自分の首に巻かれた首輪をよく思ってないのか爪でガリガリ引っ掻く。

 

「アタシも最近までつけられてたから分かるがいい気分はしないよな」

 

「ニャ?」

 

「アイツも…アモルさんもこの位柔らかければ絡みやすいんだがな…」

 

ふとっ昨日ティアが就寝した後アモルと約束した会話が脳裏に思い浮かぶ。

 

──────

 

家から外へ出て裏にある外観に破損が一切見られない木材の小屋の前に立たされアモルだけが壁へ持たれかかりながらアミは大きな声を出し目を丸くしていた。

 

「悪魔も蘇ってるだって!? ティアの魂は亡くなった人の身体で生きている。 悪魔も同様な方法で同じ時間を過ごしてるのかよ」

 

「一部が正解で不正解。 ……必然的に生まれるのよ。 悪魔ルシフェルは天使の負の感情が増大し分裂し実態化した存在。 優しいあの子が幾ら怒ったり憎んだりせずとも魂が彷徨うあの場所できっと肉体を生成しているでしょうね」

 

「生まれる運命は繰り返されるって訳かよ。 しかしそいつもティアみたいに善人に変わっていたら無害じゃないか?」

 

「馬鹿ね。 ティアは人間の魂と融合したから今の状態であって悪魔は一つの魂……つまりは」

 

「皆まで言うなよ、要はそいつに警戒しなきゃならないんだな」

 

「殺しなさい………と言ってやりたいけどアナタの未熟な力じゃ足止めも不可能ね。 せいぜい囮で十秒持つか持たないか程度ね」

 

「んだと…!」

 

服の上から胸ぐらを掴みにじみ寄る。

 

「煽られてこの状態になったら真っ先に死ぬわよアナタ。 この手退けなさい」

 

「アタシだってプライドがあるさ! 馬鹿にされて黙って頷く訳じゃないんだよ」

 

握りしめていた太刀を右指で器用にも回転させ腹を鳩尾(みぞおち)へ押し当てられ身動きが取れなくなる。

 

「…いい加減アタシの実力を見せてやる。 奥の手ってヤツを」

 

「へぇ…さぞかしあっと驚く特技なのね」

 

「見た後すぐに目ん玉がくり抜かれてるかもしれないが問題はないよなぁ!」

 

「いいわ。 泣きべそかいて後悔した時既に終わってるわよ? いいのかしら」

 

声、風の音全てを聞き流し集中力を高め、頭に浮かべるのは怒りの記憶だけ。 するとアミは雄叫びを上げ、アモルの前髪が靡く。

 

「……ウルフは威嚇で雄叫びを上げ敵を翻弄し襲いかかるけど……まさか自分を鼓舞し士気を上げている?」

 

太い尻尾の毛が逆立ち頭から見える耳までも尖らせ目が鋭くなる。 張り付けた緊迫感に答えるべく三歩下がり、鞘を抑えていた人差し指が浮く。

 

「待ってられないわ喰らいなさい」

 

右肩目掛け太刀が手から離れ、ブーメランの様に回転し手元に戻った得物に付着した赤黒い血を拭おうとした所で、身体を突き抜けるドス黒い風を感じ取り後ろへ後転する。

 

「グア………肉……を喰らい……アタシは勝つ。 勝ってやル」

 

「何千年ぶりに回避する程の相手に出会ったかしら……半分自我を失ってまで憎まれているのね……」

 

「シャッ!!」

 

上から振り下ろされた爪の鋭さは変わらずとも速度が付けば殺傷能力は格段に上がり太刀を軽く握る右手の甲の皮より深く白い骨が微かに見える切れ味までなっていた。

 

(わざと傷を作ろうと思って手を出したけどまさか肉まで持っていかれるとはね……人間とウルフのハーフと言えど所詮は魔物に変わりない…けど狂犬混じりのこの力を持つ存在はこの世界にいないはず………)

 

三秒で五メートル距離を取り血が滴る地面を見つめたと思えば口角を上げ、屈みながら風を切り突進仕掛けてきたが接触する数ミリ前で左右に身体を動かし爪撃(そうげき)を躱し、六撃目で右足だけを地に着けたまま転ばせる。

 

「無鉄砲な行動は馬鹿丸出しの無意味だと知りなさい」

 

「ウ……る……ころす!」

 

「ほら私の血よ」

 

「!? メが…ジャマくせぇ…!」

 

「中々取れないわよそれ。 皮膚から離れた時、ペンデュラムから蜘蛛の糸を呼び出して目の前で調合したのだから」

 

顔がこちらへ向いたと同時に溜まりが出来るほどまで出血した方の腕を横へ振り顔へ付着させたのが、効いたのか、目潰しを受け裾で血を拭っている隙だらけのアミの顔を踵で真っ直ぐに蹴り飛ばす。

 

小屋を背中にしていたが突き破る威力に今度は仰向けになった身体を、砂埃まう中状態だけ起こした表情は怒りと痛みが混じり歯を食いしばりながらアモルを睨みつけていた。

 

「獲物を前に視界を自ら塞ぐなんて逃げて下さいって言ってるのよ?」

 

「まダ……まだ……っ!!」

 

「敗者という立場が確定していても立ち向かえる勇気……どこから湧いてくるの(自我が戻りかけてる。 ある程度制限されてる力のようね)」

 

「喰らい尽くしアタシは…つよく……ナッテ」

 

アモルは憐れみを向けながらもティアとアミの関係性が産んだ目には見えないある物の存在をよぎる。

 

「………ナって………ち、がう。」

 

アミの髪の毛尻尾全ての毛の逆立ちが消え正気に戻ったのか立ち上がるも覚束無い足取りで手を伸ばせば簡単に届く距離まで近づき、痛みが残る腕を抑えながら牙を見せ答える。

 

「昔だったら何も考えず強くなり…たかった。 けど今は友達を……守りたいじゃ……不足か?」

 

「! ………そう。 ティアの事ね」

 

「アイツだけじゃないさ……アモルさんだって友達だか……ら」

 

小さく開いていた口が大きく開き大量の血を吐きアモルに寄りかかるように倒れ支えられる事なく地面に倒れた。

 

「…………冗談じゃない…仲間の関係だけで十分よ………孤独を好む存在の狼風情が…つまらない言葉を吐くの」

 

心を覗かれた気持ちで煮たりきったまま、コトが切れたアミを見下しアモルは太刀を握りしめたままで腕を振り上げ蒼髪の隙間から見える首筋へ振り下ろす。

 

 

 

──────暗闇で僅かに鳴り響いた音は固く舞うのは血では無く砂粒であった。

 

「くっ………友達なんて……私には……場違いの立場だわっ! 私はただ、昔のティアへの感情が捨てきれない汚れた中立神の面汚しなのよ…!」

 

吐き捨てた言葉にピクリとウルフの耳を動かしたのを見逃さず再度太刀を振り上げたが、気を配っていなかった死角かつ暗闇から青く揺らめく炎が、傷を負った手へ直進し衝突すると瞬時に消えたが僅かな痛みで太刀を手放す。

 

雲に隠れていた月が顔を見せ明かりに照らされる白い肌を露出し、左腕を後ろへ回したリエルが不気味な笑みを浮かべ歩を進めアモルの横で立ち止まる。

 

黒一色のローブを肩に掛けたまま人差し指を立てクイッと曲げるとアミの身体を起こし丸まっていたアモルの背中に乗せる。

 

「新米冒険者いびりがすぎるわよ~実が育つ前にちぎっちゃアミちゃんとティアが塞ぎ込むじゃない」

 

「…………擁護するというならアナタも相手になると捉えていいのかしら?」

 

頭上からバケツ一杯分の冷水が降り注ぎアモルは黙り込む。

 

肩にかけていたローブを背中に手を回し取り呆れきった表情でため息を吐く。

 

 

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「人間同士の戦争を禁じたのは誰? 最後まで立ったアナタでしょ。 ルールを歪めてしまっては概念が崩れあの子が蘇るわよ」

 

「やっぱり知っていたのねリエル。 だからティアの魂に欠片を残してまた現れ、また悪魔に媚びるのかしら」

 

また水が降り注いだが一粒も当たることなく物体をも跳び抜ける魔法空間跳躍(ワープ)でリエルの背後に移動するも振り返り顔を合わせる。

 

「ものすごく頭を冷やしなさい。 私にはもうそんな感情ないのよ。 我が子の成長を見守る母として生きていくだけよ。 アナタもティアを片時も離れず遠くから守っていたじゃない」

 

「はっ! …罪人の私達は一生当たり前の生き方は不可能って言ったくせにふざけた口ね……それにあの子はアンタの子じゃない! この世界でそういう役割を与えられた駒に過ぎない!!」

 

「いい加減自分の創り変えた世界に従順になりなさい!」

 

「貴様は悪魔に信仰し、私はティアの姿をした天使に愛を覚えた時点で創造主は既に中立神を捨てたも同然なのよっ!!」

 

(やかましいから見てみれば二人が喧嘩してるが…殺し合いに発展しなればいいが黙って寝たフリしておこう。 にしてもリエルさんの子供じゃないって本当か? それをティアが知ったら…)

 

数秒だけ見た景色だが、普段声を荒らげる姿など到底考えられない二人が口論していた。 月にまた雲がかかり暗闇が包むと我を忘れかけた二人は息を切らし、肩を落とす。

 

「………フフフ……アハハ!!」

 

突然腹を抱えて大笑いするリエルに対し、アモルは息を整え、地に落ちていた太刀を広げた掌に呼び寄せ掴み取る。 まだ高笑いする姿を傍観する。

 

「若い子のケンカみたいに張り切りすぎて思わず吹き出しちゃったわぁごめんなさいね~」

 

「珈琲を沸かす時間より無駄な時間を過ごして最低の気分よ」

 

アミに近づき腕を引っ張り上げ、背中に担ぎこの場に響く舌打ちをする。

 

「思い出に花を咲かせるほどの余裕もないのぉ?」

 

「はぁ……この背中に乗ったケモノ持ち変わってくれる? 重い、汚れる、の連鎖で辛いわ」

 

「『お願いしますぅ~リエルちゃん』って可愛く媚びてくれたら考えるわぁ」

 

「死んでも無いわ」 とバッサリ答え背筋を伸ばし狸寝入りしていたアミは床に落とされ、新たな痛みで動けなかったが目覚めていたのが、バレる。

 

「ところでリエル。 重大なやり取りを見られた、聞かれた、告げ口されそうな時はどう対処してたか記憶ある?」

 

「そうねぇ~何者で在ろうと生命の線を切るだったわね~例え対象が負傷してい・て・も」

 

「く、くぅーん。 ネテルゾー……チラッ」

 

意識がハッキリしていたアミ狸寝入りで流そうとしたが悪魔の笑みを浮かべるリエルといつもの無表情に影がかかったアモルが見下し手を伸ばし………。

 

 

 

──────────

 

「うあっ!! ぼっーとして思い出してたら鳥肌が止まらねぇ!!!」

 

「ニャーン?」

 

「あ、あーうるさかったよな? そうだかじり骨舐めるか? 気が紛れて落ち着けるからアタシはよく口に入れてるぜ」

 

腰のポーチから液晶以外青の光沢で目立つタンマツを出し人差し指で不慣れな操作をしていると日差しが人の影によって遮られたのに顔を上げる。

 

まず目に入ったのは真紅の瞳ではあるが黒いまつ毛が長く伸び色気を更に引き立てる。 見入ってしまう容姿にアミは反応が遅れぼーっとしていると、黒猫は四足歩行で歩きその人物の高価そうな白銀のブーツに身体を擦り付け待っていたとばかりに鳴く。

 

「………お主、我が下僕が世話になったな。 名はなんという」

 

「え、あ、アタシか? おっととと!」

 

イメージ通りの低くめの声が耳に入りようやく行動しようとしたが足が痺れ立ち上がれず尻尾の上に尻もちをつく。

 

「その耳、尾……ほう初めて見るがウルフの子か。 ふむ…」

 

自力で立ち上がりつつ腕を組み悩む様子を見ていると目を開き指を刺される。

 

「お主も我の下僕…家来にしてやろう!」

 

「ヤダよ」

 

「なっ…節穴か! 三食付きだぞ!」

 

「正常だし耳もバッチリな上で回答したんだが……お前どこかの騎士…にしてはポンコツそうだな」

 

「騎士などという忠誠心で動く駒と一緒にするでない。 我が名は───」

 

「アミちゃーん! 待たせちゃってごめんねー!」

 

コンクリートを蹴りながら駆け寄って来たティアの声に振り返ろうとした。

 

「………ほぅ」

 

背中を見せる形でいるアミよりも先に凛々しい女は肩を押し前に出た。

 

「あれ? アミちゃんの友達…ですか?」

 

「この者の名は何という? ウルフの子よ」

 

「ティアって言うが? ん……そういえばお前ら目元の形違うけど色はそっくりだな。 偶然か」

 

「なるほど確かに似ておるな…………」

 

そっくりで済ませたアミだったが二人は第三者には伝わらない不思議な気を感じ取ったのか片方は表面上自然な笑み。 そしてティアは頬伝わる汗が冷や汗だとは気づくことなく地面に零した。

 

 

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ーつづくー

 

 


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