「──ふむ"ティア"か覚えたぞ。 お主の気を感じ取ったが、地に立ったばかりで世を知らぬ雛鳥といったところか」
腕を組み仁王立ちをするその姿はあたかもこの国の頂点に君臨する王女の風格以上の圧迫感に、私は喉を鳴らし自分の足元を見つめグチャグチャになりそうな頭を抑える。
私はこの人を知らないが私の中にいる"わたし"が、理解し直感的に私の手が震え目も合わせられない。
街の人々の声がある空間にいるはずなのに静寂と威圧感だけの場所に取り残された気分になる。
「誰ですか……?」
口を開けたが弱気が勝り口が籠もる。
「真名を名乗れというなら聞かせよう。 だが我に得は無いだろ? そしてお主にも」
「何者かと質問してその答えはどうかと思いますが」
「ククッ、結果に急ぐとは薄々は感じているのだろ。 お主であり我である。 言わば我の片割れだ」
今にも接触する距離まで近づき顔を寄せる。 ブラウンカラーの髪が私の髪と重なるも目を離さず、今にも命が吸われそうになったところで引き剥がす。
「さっぱりわからんが騎士さんはこの黒猫のクロスケを回収しに来たんだろ? ならさっさと連れて帰ったらどうだ?」
すると鼻で笑い擦り傷が残る手で髪を靡かせ企みも裏もない笑みで猫を持つアミに反応する。
「仲間の危機を感じて場の空気を和ませようとするとは…愛しいなお主は。 ますます気に入った」
「? 仲間つぅか…友でもあってだな…否定しないが……あー小難しい話はやめにしてくれ!」
「ウルフの子に免じて立ち去るとしたいが、雛鳥はそうもいかぬと言った面だが?」
動くだけで短いスカートの陰から下着が見えそうな赤い模様の入った白いドレスに、アミが抱えていた黒猫を抱き寄せると首輪に取り付けていた金の鈴が、人混みの声をかき分け耳元で鳴り響いたと脳が勘違いし、耳を塞ぐ。
(頭の中で何度も鳴って耳障り……頭が可笑しくなりそうだ……)
それが引き金になったのか、鼓動の心拍数と重なり合う共鳴音に、強ばっていた顔が痛覚を我慢する様に胸を抑え心の奥深くにいる"人"の後ろ姿がぼんやりと見え、立ったまま意識が途絶えた。
「ほぉ腐ってもあの下種の生まれ変わりか」
アミが顔の前で手を振るも目の光が失った上、無気力状態にどうしたらいいかと素振りを見せる、その後ろでボソリと呟いた言葉は誰にも反応は無かったがニヤリと笑う。
──────────
意識だけが宙に舞う状態のままあらゆる情報が目に入るが知らない景色では無かった。
それは現代とは変わり過ぎている、鉄の瓦礫の山ばかりので街とは到底呼べない程、硝煙があちこちで立ち込め、地は乾き水分がないのか植物、雑草までもが枯れ果てている。
太陽も紅く染まった空に隠れ更に不気味さを増す。その空の近くで宙が地のごとく歩き、小さく映る街を手に収める仕草をしては微笑み眺める人。
白く美しく鳥よりも大きく束ねた翼が背中の左右から生えている、どこか温もりが宿る蒼と深紅のオッドアイを薄く開くその者。
(この人が天使のルシフェル。 そして私の中にある魂)
白銀のローブで身を隠し、ウェーブのかかった髪が腰まで伸び、蒼、深紅と、瞳と同じ二色がふわりと舞う一枚の鳥の羽の如く、舞い上がる。
(あれ、耳元の近くに二つ髪飾りがあるけどもしかして私のと同じじゃ…でも私が身につけてるのは一つだけ)
左に付けている羽飾りに触れ今では当たり前のように身につけていた。 もう一枚の行方も気になるが、今は重要では無いと思い彼女の行動から目を離さず目視し突然髪がふわりと風で舞い上がる。
「久しいな片割れよ………この世界も終焉の時が近い。 "あやつ"の来る前に互いの望む結末を創ろうではないか」
南方から天使と悪魔の翼計二の四翼を広げた深紅の瞳の女性だった。
天使の前に現れては地上から、上空目掛けて真っ直ぐに飛び込んできた血色に染まる剣。 片手で扱える代物だが想像していたより軽々と掴み取り、縦横無尽に振り、剣先を顔へ向ける。
その人物は先程まで威圧を放っていた女性だ。 この記憶が恐怖の根源。
(身なりからあの凛々しい顔まで全てが今と同じだ。 じゃあこの悪魔は誰の体も使わず魂だけで蘇ったんだ。 どんな執念があって現代に現れたのか……聞かなくちゃいけない)
呆気に取られてるかと思いきや、ただの強風が来たという扱いで乱れた髪を細い指で整えた。
「死に恐れ人の言葉も話せぬか。 だが地にいる者達は天使の悲鳴を欲して止まない。 意識が切れようが鳴き続けよ」
声が聞けると耳をすませたが、口を小さく開いたが固く閉ざし顔色変えぬまま遥か上空へと一直線に飛び立った。
「貴様の血をこの地上へ降り注いで、我が下僕の屍の祝杯にしてやろうぞっ!!!」
不吉な台詞を吐き捨て追いかけていき姿は見えずとも剣と同等の武器がぶつかり合い斬撃の残像が飛び火するまでに争いが始まった。
空を覆うものを裂き轟音と、背中に生えた翼に必要な羽が数え切れないほど風に流され、地に降り注ぐ。
(これが天使と悪魔の闘い……ここまでになった経緯……)
この場所、刻にいるが手を伸ばしても全ては過去への干渉でしか無く存在価値が無い自分。
目の前の景色がぐにゃりと歪み、即座に黒一色の世界が身体を包む。
──────────
明かりが一つも無い真っ暗闇で立ち尽くす、白髪の女性。 顔に血が付着し、出会ってから毎日観てきた白髪にもその色が付くアモルが太刀を握ったまま膝をついていた。
髪の間から覗かせる横顔しか見えないが、口から吐血、床を流れる出血量から瀕死に近い状態にティアの意識が混乱し始める。
(アモルさんはまさか一人で二人を……)
「地球上に存在し散っていった人類……天使にも悪魔にも魂を売らなかった者達の力で、全てを無に、返してやったわよ……中立神-ハ-ェ」
耳を介して聞き取れる筈の中立神の名が潰れた文字を読み上げたのかと耳を疑う。 呼吸が更に乱れ、うつ伏せで倒れる。
アモルの周りに光の粒子が降り注ぎ傷は癒え赤で染められたコートが暗黒に変わる。
一分ほどで完全に立ち上がれるようになり天を見上げても見えないが、腕を高く上げ、太刀を暗闇へ放り投げる。 落下した音は帰ってこなかった。
そのまま掌を上げ続ける姿は誰かに助けを求める姿にも思え、哀しさが立ちこめる。
振り切ったのか腕をゆっくり降ろし虚空へ声を上げる。
「やはり神様なんて神話、空想の存在で良かったわ。 外からの存在が火種を持ち込み拡散するなんて、二度とごめんだわ」
「───人間同士の醜い争いの無い世界。 それがあの子が一番望んだ世界。 でも人は火種を自ら生み、下らぬ競争を始める。 どう足掻いても不可能だって分かってる」
─────ならいっそ二人の世界を創るか?
天からの言葉が声もなく頭に浮かび上がる。
「見守ってあげられる世界も悪くないわ。 でも、それじゃあの子は喜ばない」
─────ならこれまで通りの世界でいいのか?
「私に力を分けてもう完璧な世界を築く力も無いくせによく言うわ。 ……新たな世界での不祥事は私が対応する。 だからアンタが出し切れる最大最高の世界を創れ。 私なりの気遣いよ」
──────人間風情の情けなどいらぬ。 応えようその願い。 ……いずれまた我とお主で会える日が来ると、いいな。 違う形でな。
「どっちが人間風情よ…バカ」
会話が終わりを迎え、最後に囁いた言葉が震えていたアモルは頬を伝わる雫を拭い真っ直ぐと暗闇を歩み始めた。
これが三代神の戦いの結末……。 残された一人が手に入れた、
想い人の"あの子"もこの場にいないという事は……。
次々と連想してしまい、あまりにも悲しい結末に涙を流していたティアは遠くなる背中を追いかける。
(アモルさん………きゃっ!?)
目も開けられない眩い閃光と風圧に流され私の意識は途絶えた………。
──────────
「!……………ここは?」
顔を触りながらキョトンとするアミがいてあの悪魔がいる状況に戻ってきたと感じ取る。
「記憶旅行は有意義だったか?」
「二千年前の記憶を閲覧し、ほんのひとカケラでも"ルシファー"と認識出来ただけ一つの悩みが消えました」
「はぁ!? こいつが力ある人間だけを引き連れてた悪魔のルシ……ほぶっ!!」
慌てて口を自分で塞ぎ大声だったことに焦りながら街の人々に聞かれていないか大きく見渡す。
前髪をかきあげ雑に戻すとルシファーの瞳が深紅に瞳孔の黒の二色だけに染まりティアは自分と全く同じ現象になったと息を飲んだ。
「罪を知らぬまま我が手で滅びていればよかったものを。 お主生粋の阿呆か?」
「本音は私の命を断ちたい。 それがこの現世に蘇った訳か」
ティアの瞳にも光が消え深紅に染まり戦場に立たされていると解釈した。
「同じ者は二人も不要だ。 どちらが
「あぁそうか。 てっきりアモルさんに斬られ、敗北したと勝手に思ってたけど、その口ぶりからして天使にやられ、仕返しなんだ。 ……"現代の私"はアナタじゃない」
「それに争う時代はアモルさんが終わらせ、二度と私とアナタが起こした悲劇は繰り返さない為に、世界を創り変えた。 その中でアナタだけがその輪を乱そうとしている……」
「さっき様子が変だったが、天使の頃の記憶でも思い出したのか?」
アミが問いかけ相槌を打つ。
「一人だけ道を外れ、我だけが特別という扱い…。 素晴らしいな! ワッハッハハ!!」
「このわからず屋がっ………!!」
歓喜の笑いに初めて見る怒りで顔を歪め更に深紅の浸食が進行し結膜までもが変化したティアにアミが気づき、今にでも目の前にいる悪魔を殺すかもしれない気に肩を掴む。
アタシにも我を忘れ怒りに任せる力があるだからこそ、今のティアが危害を加えるとは思わないが止めなくてはならないと手が勝手に動く。
「街の中で騒ぎを起こすのはやめろ!」
アミが割り込みお互いの胸に腕を伸ばし触れる。
「──場所を外に変えて二人だけで話をするから安心してアミちゃ…………ぐっ」
強烈な頭痛に襲われ頭を抑える。 心臓の心拍音がやけに五月蝿い。 音と音が重なり始める。
また変な様子になったとアミが肩を揺らすと、気が和らいだのか微笑みながら瞳が完全にいつもの光がある状態へとなる。
肩に手を重ね、「ありがとう。 でも話だけはさせて」と肩から降ろし先行して門へと向かった。
腕を伸ばすが今の自分の立場を考え躊躇う。 もし、揉めること無く笑顔でティアが帰ってきても表向きではそう振りまいて一人で抱え込む。 まだ数週間だがそんな奴だ。
「甘ちゃんだからなアイツ。 だけど、前に助けられた恩もある。 止める理由には足りてるだろ」
今すぐに追いかけようと身を乗り出しつつ、腕を組んだままのいつの間にか頭上に黒猫を乗せた悪魔を睨み大きく息を吸い込む。
「余計な口出ししないって約束しろ!」
「ウルフの子よ有意義な刻というのは短く速いものだ」
「今が楽しいって言いたいのか? 悪趣味な奴だな…」
足踏みしながらため息をつき悪魔の頬を指でつつくと思っていたより柔らかく沈んていく。
「ふが…にゃんのつもりだ?」
「馬鹿な行動を起こす前に頭を冷やしたんだよ。 本当はチョップしてやりたいが……頭の上の猫に罪は無いからな」
「ふっつくづく……むっ。 ネコ公よ人が語ろうとするのを手で邪魔するでない」
行動の意味が理解出来なかったらしく、考え込む姿を見せられ、アタシは戸惑ってしまうがペースを乱す前に強く釘を刺す。
「また戦争をやろうって言うんなら今の百倍の力でやるから覚悟しておけよ」
「どうやら勘違いしているようだな。 我はあやつの偽りで無いと証が欲しいのだぞ」
追い越され、更には手招きをされたアミは距離を置きつつ着いていく。
───────
街の外に出て三百メートル離れたところからまた会話が再開された。
「証は我が好む戦いでしか得られないと、思っておるが案があるなら聞くだけはしてやろう。 それと、"盗み聞き"していた者もしっかりつけておるな」
身体ごと後方へ向けると気配も音も全てをかき消していた者が太刀を握り締めたままアミより先にいる悪魔を見据えていた。
「今登場な訳ない…か。 最初からいたならそう言ってくれよ。 アモルさんも人が悪いぜ」
「あの子の様子がおかしくなった時から話は聴いていたわ。 その……悪いことをしたわね」
「謝るなんてらしくない。 槍の雨は勘弁してくれよ」
無表情で謝るもののまとまった前髪で隠れている眉間には皺が寄っていた。
開いていたコートの内側に手を入れタンマツを取り出した。 真新しい白い背面と正面の液晶は小豆色。 見覚えのないタンマツを指で挟む。
「タンマツを置き忘れたのは好都合だったわ…あの子のタンマツのロックを強引に解除し"外では必要な物"を抜いて"ここ"に収納した」
芝居にも見える薄ら笑みのアモルにアミはティアにとって使用する物を考え、ハッと驚く。
「それって武器………じゃティアは今!!」
後ろにいた悪魔がゴンゴンと腕を組んだ状態で背中に当たり始めアモルの視界に入る様、避ける。
「あやつの所有物なぞどうでも良いが、随分と無粋な真似をしてくれるではないか中立の者よ。 再会を期してやりあ……」
「────」
左脚が土の上を滑ったと思えば抜刀を終え左手には鞘を、右手には透き通り穢れを知らぬ刃が、戦を望む者に差し向けられていた。
「ティアに危害を加えたい欲求を今発散させてあげるわ。 不足しないはずよ」
「ふっ、二ミリ程眉間には届いて居らぬが、慈悲なら要らぬぞ。 ここは
「一分三十秒」
囁いた言葉に目を開き腕の組みをやめる悪魔に鞘を握る空きのある人差し指を伸ばし中指を半分曲げる。
「一分三十秒で満足させてあげるわ」
「戦場で二言は無礼行為、しかと聞いたぞ中立の者よ。 ウルフの子よネコ公と共に視界から消えよ」
「あ? …うあっ!?」
言葉が伝わるのか知らないが黒い毛が顔にのしかかり、アタシは尻尾を掴まれた感触を味わった時には宙に浮き、首から着地しかけ、両方の腕を伸ばし後方転回を済ませ、頭上に柔らかい毛の感触が伝わる。
「無事だったかクロスケ!? 今は余裕が無いからここを離れ……」
頭から下ろし抱こうとしたが、腹部まで隠れている紅色コートの中にすっぽり入り込み顔だけ出し上機嫌に鳴く。
顎下がムズムズするが我慢してやるか。
二人を囲み地の砂、花が舞い上がり埃を起こしその中で紅蓮一色で染まった
一分程自我で暴れていた剣は悪魔の手中に納まり今度は納めた者が振りかざす。
鍔と握りが一体化したレイピアにも似たロングソードを、間髪入れず互いに片手のみで、一閃、二閃と蒼炎が紅蓮とぶつかり合う。
離れていても肌を切り裂かれる風と砂粒が目に入り二人の動きが見えないアミは脚の力を抜けば街の防壁に激突しかねないとかがみフードを被る。
(片方は荒々しく力任せに扱っているが確実に首を狙って、アモルさんは全部受け流して一歩も動いてねぇ…)
次第に勢いが増し地響きが胸に響き身の危険から叫ぶ。
「もうやめろーー! これ以上は街にまで被害が…………!」
喉の奥がつまり叫ぶのもやっとで、割込めば五体満足で抜け出せず無惨にも刻まれた自分を悟り、恐怖に震える脚を真っ直ぐ立てるもまた折れる。
叫びも届かず地面を剣先で抉りあげ歓喜の舞と言うべきか血が付着したのかも識別出来ぬ得物が突きに変わる。 リーチの長さで勝る太刀も防御となれば動作に遅れが生じる。
アモルも重々承知で左腕は臨戦態勢を常に保ち、鞘の
「人の子は年々腕が落ちるなぁ!! 我が領域に足を踏み──」
「鬱陶しい」
鍔迫り合いとなり二人の距離がゼロになり鐺で顎下に命中させ後ろへ引かせはしたが、口元から血が垂れても尚、挑発的な態度をやめない。
「その程度では無いだろ中立の者。 昂りが感じられぬぞ! 我を満たせッ」
「……ちっ」
怒りだけが込められた舌打ちを鳴らし、ステップを踏み後退し、大きく距離を離し蒼炎が纏われた太刀を顔の前まで運び瞼を重ねる。
「心ノ臓を滅却し全てを零から無へと運ばんとするその太刀の名───っ!?」
「ぬっ!?」
二人の顔が強張り同時に同じ方向へ顔が向けられた。
「ほぉ、つい先程まで雛鳥だった者が…くっくっそうか愉快だなぁ中立の者」
何かを感じ取った二人から離れて見ていたアミは前方を目を凝らしてよく見るとティアが短剣を両手に持ち向かってきた。
二人の間にゆっくり歩を進め腕を伸ばせば指先が届く距離で悪魔の正面に立ち、タンマツに短剣をかざし収納する。
「私から生まれたもう一つの心ルシファー。 正しく理解したよ」
「では受け入れるか? 貴様が偽りであると」
「真偽なんて関係ない。二人の人間が存在している。 私では無いアナタ自身が。 それでは駄目なの?」
ギラリと真紅の瞳が見開き剣先を小麦色の肌に突き刺す。
が、左手で剣身を握り込み抑え込む。
肉が食い込み血が滴るも痛みを堪え、左目を閉じたティアは眉を上げ悪魔から視線を外さない。
アモルの傍へ駆け寄り事が起きて止めに入ろうとしたが、毛が逆立つ尻尾を握られ動きが停止する。
「この後はどうする? 手を引かれ指を失うか? 天使の魂を持つ悲鳴なら歓迎するぞ」
「『
「お主より劣る事は有り得ぬ。 安心して逝くがいい!」
「それは……どうかなっ!!」
更に右手でも握り込みそのまま体重をかけ腰をひねり、右脚へ神経を集中させ
「鋼鉄が真横から当たれば脳が揺れて当然だよな…悪魔といっても人の姿相手にティアも容赦ないぜ…まるで別人だ」
「お灸を据えてあげないといけない奴なのよ…"フェルム"は(というか何で胸元にネコをしまってるの)」
「ふぇろもん?」
「四つ耳は飾り
完全にイラッとした声と罵声で尻尾を握っていた手の力が増す。
「いででで! …ふぇ、"ふぇるむ"!…フェルムってあの悪魔の名前か?」
「……この世界になってから一度は遭遇してその時にルシファーって名前じゃまた騒ぎになるから名付けたのよ。 深く考えてないわよ」
尻尾が自由になり四歩横に離れ痛みが残り摩りながら半笑いで無表情のアモルへ指を指す。
「気にはかけてるんだな、しかも無愛想で適当な名前つけそうなのに」
「……。 前を見て脚に力入れておきなさい」
口を滑らせいつもの癖で茶化してしまい後退りし頭を腕で隠したが何もしてこないアモルさんを隙間から覗き、
「? ……うおっっ!!!? 」
背中からフェルムが胸に吹っ飛んできたが咄嗟の判断で後ろに倒れ、退けようと短いスカートの上から大きめの尻を手探りで触り軽く手のひらで叩く。
乱れた髪から顔を除くと、頭から大量に出血し素肌が露出した腕も擦り傷で痛々しい状態でまだ口元は緩んでいた。
「交えれば交えるほど力が増幅しているな……!」
「お前ボロボロじゃねえか! ティアも攻撃をやめ……って目どうしたんだよ……!」
胸元のボタンが解れ、僅かに露出し片手で剣を握るティアの左目が蒼に染まり困り果てた表情のまま歩み寄りフェルムと視線を合わせる為腰を下ろす。
「…アミちゃん。 一撃目は私が剣を奪還する為に蹴りはしたけど……」
「三大神との戦いで敗北した我は
「悪い。 見てなかったんだが…攻撃以外でここまでボロボロになるもんか?」
「石に
「………ドジっ子なのかアンタ」
「ふっ我の因果が発現しただけだ」
何故誇らしげなのか。 重いので降りて欲しいが重症のフェルムをまだ乗せておこう。
「魔法は使えないのでタンマツにある傷薬を使いますから…それとこの剣を返します」
「無様な姿を目の前に情をかけているつもりか? 余計に昂らせるだけだぞ」
「違う。 私もルシファーの立場になり考えたんです。 大切な短剣がもし奪われ、その人に使われたらどう思うか」
タンマツに触れる前に乾いた血が付着した手で止められ顔に血を吐き捨てられる。
「つまらぬ。 人の子を見下すお主はどこに行った?」
「…………もう過去はここにいる三人しか知らない。 だからこの世界で罪を償いやり直そうルシファー」
「ティア、やはり馬が合わぬな。 この程度目をつぶっていれば治る。 過去がそうだったようにな」
ようやくアタシから離れたルシファーは覚束無い足取りで地面に足をつけ前髪をかきあげ、初めて純粋で人間くさい笑顔をみせる。
「お主をここまで変えた世界。 人間の情がこびり付いたお主に興味が湧いたぞ。 暫し観察させよ」
「ルシファー……!」
胸の前に手を置き満面の笑みでティアは顔を上げる。
「ごふっ!」
「うわぁ!?」
ティアが喜んだ矢先、口から多量の血を吐きティアに倒れ込み意識を失った。
──────────
夕日が沈む時間になり、気を失うフェルムを背中に抱えるアミと何度も気にかけ代わろうと持ちかけるティアの正面を不機嫌そうに先行するアモルは家の前に到着すると、ペンデュラムに収納していたロングソード絶臉を取り出す。
「起きてるんでしょフェルム。 これ捨てておくわね」
「う…言い方があるであろうが阿呆。 地に返しておけ…」
弱りきったフェルムが背中越しに怒りの声を上げるが聴こえてないフリのままアモルはコンクリート床に狙いを定め剣先を突き刺す。
弾かれるかと思われた剣は忽然と四人の前から消えた。
横目で疲労しながらも微笑むティアの目は元に戻っていないが本人が気にしないでと言っていた限り深くは追求しないと、頭では考えているがやはり気になる。
気を逸らす話題をとゼツレンの話を家の中に入るアモルの後ろに慌てて着いていき振る。
「なぁゼツレンは誰が創ったんだ?」
「天使の中から悪魔ルシファーが現れ真っ先に消そうとした天使が自分の血を犠牲にし創造した物よ。 今では悪魔の血を多く吸収してるけど」
「やべぇ代物じゃねぇか!」
「器が小さい者が握れば剣に斬られ、気に入られれば血をじわじわ奪われる…"魔剣"と呼んでいたわ」
「あ、フェルムが四六時中『負っけーん』って騒いでたから魔剣って呼んでた訳じゃないわよ」
「は?」
「アモルさん」
「ぶっ! ごぶっ!! 傷が開いたではないか!!」
和ませるはずが場の温度を劇的に下げ、アミとフェルムが騒ぐ羽目になった………。
──────────
その日の夜、アミが一人で聞いた話ではタンマツに隠したのは糸が解れたティアの下着だった。
―つづく―