新米冒険者   作:Merkabah

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第四話

「よっ、朝から鍛錬とは精が出るな」

 

雲が空を覆い隠し、街の声が賑わう時刻に人っ子一人も通らないアモルの家の裏庭で短剣を握り身体を動かす左目は深紅、右目は蒼黒の少しお人好し度が高い、耳を隠したショートカットの少女ティアにタオルを投げ渡す。

 

一休みかと思ったがやり始めて一時間で今日は止めるそうだ。 これから自分の分の、朝食を作るからと短剣をそのままタンマツに収める。

 

──ティアの瞳の色が変わってから一日経ったある時、夜同じベットで寝ているティアが静かに目覚め窓から月明かりを見つめている姿を、薄目で見たことがある。

 

あの時…………まるで別人がティアの中にいるのではと、疑心暗鬼が晴れぬまま今日こうして後ろを付けていた。

 

「なぁ、……あっと…」

 

「? もしかして……」

 

ギクリと今までの行動が気づかれていたかと冷や汗をかきそうだったが、見慣れた笑顔で「用意した朝食が足りなかったの?」と斜め上の質問でガクッと膝が折れる。

 

「そうだなーやっぱり朝は細かくてもいいから肉を使ってくれよ。牛でも猪でもいいからよ!」

 

ガシッと肩に腕をかけ空いた手で(こめかみ)に握りこぶしをグリグリと押し当て、「なんでなんで!」と困った顔でジタバタ暴れる。

 

「さっさと飯食っちまって、今日も依頼をサクッとこなしちまおうぜ」

 

身体から離れさっきまでの悩みが嘘のように消え釣られて笑ってみせる。

 

「軽く考えたら大怪我するからダメだよ。 …あ、何か聞きたいことあったんじゃない? 見当違いの事聞いたからグリグリしてきたんでしょ?」

 

「大したことじゃねぇからいいさ。 いつものティアで一安心したかっただけさ」

 

「?? あ、そうだ。 皆と一緒に朝ごはん食べた?」

 

「んや、鍛錬に励む可愛い新米さんを眺めていた。 飯の気分よりも鍛錬中にドジ踏んで、怪我してないかの方が気になってな」

 

「もう…折角の料理が冷めちゃうから食べて欲しかったのに。 それと私はドジじゃないよ」

 

頬っぺたぷくっと膨らませてはいるが照れているようにも見え笑う。

 

額から頬にかけて流れる汗が結果となり今後に行かせればいいな。 と声を掛けると満面の笑みで肯定した。

 

「最近アミちゃんの動きも取り入れたいと思って自分の身体能力補助技能(スキル)を身体に叩き込もうとしてたんだけど、中々直ぐには無理だね…」

 

「牙はまず無理だし、そうなれば爪……」

 

縦横無尽に木々を蹴り飛び移り、獲物の背後から振り下ろした腕、指先にある伸縮自在(ファング)で首を切り落とす。 接近だけでは、すぐに弱点が見破られる為、空気をも裂く、遠距離型斬撃に似た技能(スキル)も併せ持つ。 一撃で仕留めるよりも、怯ませるのによく応用している。

 

「うーん脚だね。 完全に再現は地面を蹴る力が、この筋力じゃ耐えられず、脚を駄目にする。 せめてもの案は三分の一の力を意識して、木だったらアミちゃんの真似になるけど、(シャドウ)の背中に乗るかな」

 

「いいじゃねえか! 後退する時にも脚はものを言うからな。 手助けが必要なら手を貸すぜ! 」

 

腕を広げ胸を張りドンと来いと言った顔。

 

「出来れば脚を……」

 

「知ってるわ! ……そういやちょっと前に右脚だけ炎を纏って固くしてたが、あれを利用出来ないのか? 『鋼鉄炎(スティールフレイム)』だっけ? 飛び乗る時に、首をはねるとかなら、一撃で済むだろ」

 

「あれは皮膚や筋肉を一時的に鉄にする技能(スキル)で、骨までは効果は無く、落とす前に頑丈さに負けて、落とされるかも。 だから短剣が一番無難かな」

 

「じゃあ改善すればいいじゃねぇか。 スキルてのは、要は本人のイメージで成り立ってんだ。 後は点と点が繋がる感触を掴んで習得。 だろ?」

 

本人は頭ごなしに考えないと言う性格なはずだが、ティアに対しては、期待も兼ねて熱心に強引な解決案を提出する。

 

「簡単に言うね……でもそういう考え好きだよ。 常に使う力は最大限まで引き出してこそ自分のモノになり、攻めにも守りにも繋がる」

 

拳を作り(まぶた)を重ね、炎を纏うイメージを脚じゃなく肩から腕、掌に込める。

 

短剣にも流れる力はまだ持ち合わせておらず、ロウソクの火に近い弱々しい炎は、そよ風で消えてしまった。

 

「誰かを救う力が私にはある。 失われない限り戦い続けるよ。 冒険者として」

 

「なぁ、フェルムと会って一人で先行して街の外に出た後、魂は天使のって前に言ったろ。 そいつに(そそのか)されたのか?」

 

視線を落とし握り拳を作った手の力を抜き頬指で(さす)る。

 

──あの時は頭に血が上り周りが見えず、一人になる前にアミが掛けた言葉も真と受け止めなかった。 フェルムと接触したのが原因か不明だが、普段は出せない『怒』の感情が目覚めた。

 

そして、重なっていた魂も目覚めさせてしまった。 天使『ルシフェル』に身体を使われると頭を抑え、宿る意識に集中した。

 

不思議と彼女はただ私の魂を包むだけでフェルムの横暴さもなく力で抑え込むことも無かった。……ただ暖かく安らぐ魂だった。

 

気が昂っていたのが、スッと消え目覚めたルシフェルの力の一部が右眼に宿った。 これから先も侵食されるかもしれない。 その事に恐怖は無かった。 時の流れにルシフェルも人と同じで変化しているのかもしれないと、信じてみると誓った。

 

「これまで全く感じなかった天使が……私の中で長い眠りから目覚めて、力を分けてくれたんだ。 今はこの右眼に彼女の力が宿っているだけで、眠っているよ」

 

頬かき尻尾を下に向け喉を鳴らし始め、目を丸くする。 自分でも気味の悪い話をしていると分かっている。

 

それに対してアミには一つ極僅かに似たケースがあり、視線を逸らす。

 

魂が増える類の話では無いが、アミの持つ身体能力を一定時間倍増させるあの力。 身体の速度についていけず意識だけが、置いてけぼりにされタイムリミットを過ぎれば自我を失い、目に入る生物全ての息の根を止めるまで暴走し続ける。

 

一度だけ経験し、余程強敵の(シャドウ)に手こずらない限りは時間を超えないが、あの時の恐怖心がまだ縛りつける。

 

以前やり合った相手が、強者でありながら加減を知るアモルでなく、暴君フェルムであるなら、嬉々として、腹を突かれるか首を斬られるかもしれない。

 

段々と俯くアミにティアは視線を合わせる為顔を覗き込み手を振る。

 

「大丈夫? 気味悪い話で嫌になった…かな」

 

ティアは知らないというより、話せば熱心に相談に乗り手合わせしてくれるかもしれない。 だがまだ華奢で他のエリアにも行ったことも無い半分世間知らずの少女には、刺激が強く、余計な心配をかけるに違いない。 それこそ、また天使の力を増幅させ負担を掛けるとなれば、本人よりも周りにいる者達に痛めつけられる。 はず。

 

「アタシはいいーんだよ! 昨日一瞬だけ眼球全部が深紅に染まった時は焦ったが、今こうして目の前にいるのが、アタシの知ってるティアなら気兼ねなく弄れるって訳だ!」

 

「いたいよー! 汗かいてるから汚れちゃうよー!」

 

「でもなティア。 一人でそうやって抱えず、天使だってまだ白と決まってねぇから、相談しろよ。 困った時の支えになるからよ」

 

「ありがとうアミちゃん……」

 

「じゃ、一人で突っ走った分今から弄り倒してやる!」

 

またじゃれつき、頭を軽くグリグリといじっていると裏口のドアが開き、日中に姿を見せるのが珍しい、ティアの母、リエルが目の下のクマを気にせず、ローブを肩にかけながら、声をかけてきた。

 

「すっかり仲良しね。 ティア、お友達が尋ねてきたわよぉ。 私の顔見ただけで、プンプンに怒ってる子よ」

 

首を傾げているとアミが嫌味混じりに「あー分かった」と詰め寄る。

 

「いきなり変な魔法使ったんだろ。 足の匂い嗅いだ時の猫の顔になれとかよ」

 

「そういうのも良いわねぇ~。 今度寝ている所にビビ~とかけてみようかしらね~」

 

「へぇーアモルさんにか? 笑いこらえられるか不安だぜ」

 

「アモルは感情表現が下手っぴだから見てもつまらないわよ。 やるならやっぱりアミちゃんね~。 今夜一緒の部屋で過ごしましょうね~」

 

「勘弁してくれよ……。 宿で寝るか…」

 

「ふふっ…待たせてるの申し訳ないので行くね」

 

二人からそっと離れ家に入り玄関で待つ人物の元へ駆け足で向かった。

 

遠くなる後ろ姿を口をへの字にしているアミをからかい始めた。

 

「………なぁにアミちゃん。 ティアの外見が変わってからじっと見るようになったけど好きになったの?」

 

「は、はぁ? な、内面まで変わったんじゃないかと疑ってただけで、豹変して寝首掻かれたら嫌だからな! は、腹減ったからアタシも中に戻るぞ」

 

僅かに照れ隠しの表現なのか尻尾を横に振っているのにも、本人は気付かぬまま横切

りリエルの細い指でなぞられ、ゾワゾワと毛を逆立たせた。

 

「素直じゃないわね。 アモルに似て。 それよりも、アミちゃんの朝食フェルムが食べちゃって無いわよ」

 

「……。その現場を見てたのか?」

 

「珈琲飲んでる横でサンドイッチを一口でペロリと平らげて満足気だったわよ」

 

「イッチだけに一口ってか!」

 

「お日様隠れてただでさえ寒いのにこれ以上冷やすなワンコ」

 

突然のアモル似の声と口調で罵倒され「似てた?」と言われたがそっくり過ぎて、真顔でぎこちなく首を上下させ、腹の虫が静かに鳴り、リエルのニヤケた面を拝める羽目になった。

 

────────

 

一度洗面所に入り軽く汗を拭き、リビングに向かうと、いつも食事するテーブルの少し離れた所にある三人まで座れるソファーに、私が夕食後よく読む、『お菓子造り』のレシピ本が三冊散らかっていた。

 

「アミちゃんなら一声掛けるし、アモルさんとかじゃないからフェルムかな…。 今日はクッキー作ろうと思ってたから食べてもらうおう」

 

片付けながら、夜はよく食べ朝も残さず綺麗に食べてくれるフェルムの顔を浮かべる。 少し人間らしさが出始め、環境になれたと思っているけど、よくアモルさんに叱られては反省せずを繰り返す。

 

でも食に夢中になってくれてるなら、まだ未経験のお菓子を食べさせてびっくりさせたいな。

 

「あっ! お客さんが待ってたんだ」

 

ソファーの向かいにあるガラステーブルに三冊重ね、外に通じる表の出入口扉が開いたままになっており、扉の影から黒い猫耳と尻尾をゆっくりと左右に振る後ろ姿で、すぐさま客人が誰か理解する。

 

耳の下でまとめるおさげの毛先にカールが掛かっている幼なじみの『モリス』に気さくに朝の挨拶をする。

 

「にゃにゃ! ティアっちおはようにゃ~!」

 

高い声で振り返りすぐさま抱きつかれ頬ずりされる。 以前冒険した時にこの場所は教えていたから訪れたのは不思議じゃない。

 

「わわっ、今日も元気そうだね! ごめん汗くさいまま出迎えて…」

 

「くんくん…全然気にならないにゃ! 体調崩したりしてない? ご飯は毎日食べてるか……にゃ。 ん?」

 

「にゃえ…どうして胸元のボタン外して谷間見せてるにゃ?」

 

「動く時に胸元苦しくて……」

 

落ち着きを取り戻し、ゆっくり四歩後退し更なる変化に着目する。

 

まじまじと蒼の右目ばかり見られ視線を逸らしたが両頬を手で押さえつけられ首の動きを止められる。

 

似たケースを幾度か経験しているので、予想がつく。 前にも一緒に住んでいた時に、畑を荒らす猪の捕獲を一人で行い、傷を負いながらも成功し、そのままモリスちゃんに会うと、最初は不安な顔で、みるみる内に……。

 

「遅めの反抗期が来たにゃ…にゃわわ……」

 

「い、いやこれはね…」

 

手が離れたが今度は両手の人差し指だけを立て左右から頬を続き始め、怒り混じりの混乱の癖の症状が出る。

 

「次はどこをイメチェンするにゃ!! 髪か! あたちとお揃いの金髪……はっ! それはそれで悪くない。 んにゃ。 やっぱりティアっちはそのままが良いにゃ! 早く戻すにゃ!!」

 

「んぐぅ…、今は私よりも用があって来たんじゃない? 何時もなら事前に連絡してくれるのに、急って事は重要な話で」

 

押さえ込まれ、タコみたいな口になりつつも、話題を逸らすべくモリスちゃんの両肩に手を乗せ荒ぶる感情を何とか宥めると、ジワジワと涙目になりまた身体が密着し胸に顔を押し当てる。

 

「うにゃーん! 聞いてよティアっち! あたち見ず知らずの人にベタベタ触られたにゃーー!!」

 

「怪我とか武器を向けられたとかしてない!?」

 

黒く毛並みのいい長細い尻尾から触り露出している肩や顔に傷が無いか触れながら確かめる。 どうやら古傷はあるが大丈夫そうで、本人からも無事と告げられる。

 

「その人の特徴は覚えてる? 目立つ物を身につけてたとか?」

 

「頭の左側に…そうティアっちと同じ位置にドラゴンの横顔みたいな、紅くギザギザした髪飾りつけてたにゃ。 無地の白リボン付きにゃ」

 

「…………。 ほ、他には心当たりは」

 

 

 

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先程まで個人的に考えてた人が思い当たったがまだ確信出来ないので取り消す。 でもいつかは巡り合う時が訪れるとは考えていたが、説明するまでは至らず困った。

 

幼馴染だから互いの行動と発想は読み、読まれてしまう。 なら、心苦しいが誤魔化すしか無い……。 なるべく自然な素振りを意識して…意識して…。

 

「髪色は茶色で、後頭部の髪がバサバサしてて、ティアっちに、ににに!」

 

似てると言いたい気持ちと、気を遣って言えなくて困るが入り交じり腕をバタバタ振る。

 

「モリスちゃん。 そこにソファーあるから休んでいって。 ごめんね、すぐに気づいてあげられなくて」

 

上目遣いで口を濁し眉を落とす。 気まずそうな鳴き声しか返ってこない。

 

不安な気持ちのまま帰るのはきっと心苦しいだろうと、右二の腕に巻く革のベルトで固定したタンマツに指を置く。

 

タンマツを通して手紙を送る機能があったがまだアモルのタンマツナンバーを聞いていなかったティアは腕を下ろし、まず目の前で塞ぎ込んでいる親友を慰める。

 

すると、鼻の頭に当たっていたモリスの猫耳がピーンと真っ直ぐ伸び何事かと思う前に、後ろから二人分の足音と話し声が耳に入る。

 

「リエルさんはもう食ったから後は、ぐーたら夜までおねんねするだろ? いい身分だぜ」

 

「随分辛辣な言葉を投げるじゃない。 私はアモルより手厳しいわよぉ」

 

裏口から外にいたリエルとアミが雑談しながらこちらに向かってきたが、まだモリスには気付かず会話を続けていた。

 

「なら今日は夜まで起きてるのか」

 

「朝の一杯呑んだから寝るわよ~」

 

「そうか。 アタシは痛い目に遭わなくて済んで、事実が証明されてダブルオッケーって訳だ」

 

「寝る前の軽いお仕置を………あら朝から抱き合ってるわ。 まだ怖い顔してるのね。 私は安全よ~」

 

ティアの横に並び、ニコニコしながら手を伸ばしたリエルは、猫耳の先端に触れたが手首を掴まれ、尖った牙で噛まれ、振り払われた。

 

いきなりの行動に唖然と見守るティアとその後ろでモリスの外見を眺め、派手な髪色と露出の高い衣装に、イメージしていた友人像を超え、呆気に取られるアミ。

 

 

 

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「熱い歓迎ね~興奮して出血大サービスってところかしら」

 

「アルコール含んでるから出血量多いんだろ…耳がピンッと張ってんだから怒ってるって分かるだろうよ。 ふつう」

 

「茶目っ気よ」

 

「その台詞言える歳はもう終わってるぜ(なるほどね)」

 

しかし、目を細め横目でモリスに、視線が移り、怒られるなら自分がと、ティアは前に身を乗り出しリエルの傷を観察しながら、傷薬、絆創膏をタンマツから選び取り出す。

 

(深い傷じゃないみたいだけど、このまま不仲は良くない。 二人を仲良くさせる方法は無いのかな)

 

「本音と建前逆だよアミちゃん」

 

怒りと不安で情緒不安定になる彼女に注意するよりもまずは気を鎮めてもらわないといけない。

 

道具を手から取り処置は自分でやるからと、軽傷だからか平気そうに塗り始めたので、沈んでいるモリスちゃんの肩にそっと手を乗せ近くのソファーまで一緒に歩き、座らせた。

 

床に視線を向け続ける。 同じ目線位の位置で片方の膝を床につけ、正面から笑ってみせる。

 

「少し座って落ち着こ? ね?」

 

「………にゃ」

 

「話せる状態になったらまた話を聞かせて。 それまでずっと休んでていいから。 紅茶淹れてくるね」

 

台所まで音を立てない動作で静かに歩くも、木板のギシギシが響き後ろから着いてくるアミは気にせず普通に歩き、結局いつも通り台所へ着く。

 

なるべく聞かれない奥で真っ先に耳打ちし、どうしたのかとアミちゃんが問い掛けてきた。

 

「さっき、街を歩いてる所いきなりフェルムに撫で回され怖くなって、私に相談を……。 モリスちゃんはフェルムを知らないのと、私が知ってる事はまだ話してない…」

 

「アイツ犬猫には目が無いとは思ってたがまさか魔物…人型にも手を出すとはなぁ。 アモルさんも見当たらないが二人で出掛けてるのか」

 

「そういえばそうだね。 部屋からも物音しないから……わぁと!」

 

ポンっと絆創膏と傷薬を投げ渡したリエルは、上の階の階段へ上がり、手すりから顔を覗かせ手を振り口角を上げ、「おめめが覚めたわ~って伝えておいて~」の言葉を最後に、姿を消した。

 

素早い行動にポカーンとしていたがアミの大きなため息で元に戻る。

 

「全く年長者はどうも自由だな」

 

こちらは呆れた顔で腕を組み右手の親指、中指の爪をカチカチと鳴らす。

 

「でも目的に真っ直ぐなのは羨ましいよ」

 

「この家にいるふんぞり返る奴とか見て、そうは思わんが」

 

ワインを毎日呑み絡み酒してくるリエル。 猫に独り言を話、飽きれば唐突に決闘申し込んでくるフェルム。 どちらも素直だがあぁなりたくない。 とボヤきながらマグカップを用意する。

 

「ほら紅茶用意するだろ。 ついでにアタシは珈琲な」

 

「うんありが……」

 

ぐー ぐー

 

顔を見合せ腹の虫が二匹鳴りティアは恥ずかしく頬赤く染め、アミは笑って誤魔化す。

 

「せ、折角だから三人分のサンドイッチ作るよ」

 

「腹が減っては何たらかんたらだしな……。 それくらいならアタシがやるから、飲み物運んで二人でお茶しとけ」

 

「アミちゃんの手料理食べた事ないから楽しみにしてるね。 材料は昨日買った物床下の冷凍室にあるから」

 

尻尾を振り返事代わりだと確認し、紅茶と珈琲を二人分用意し猫背になっているモリスの後ろを覗くと、ガラステーブルに置いていた雑誌を読んでいた様で、傍にマグカップを並べる。

 

「昔一緒にお菓子いっぱい作ったね。 どれも美味しくて楽しかったね」

 

「ティアっちも覚えが早くて、アレンジもすぐに加えるから逆に教えられる側になったにゃ」

 

「昔から作り方を知ってる感覚で材料は違えど複数のパターンが思いついただけだよ。 それにモリスちゃんだから出せる、愛情が一番の調味料だよ」

 

「にゃー恥ずかしい台詞を簡単に言ってこの~! たまには帰ってきて料理を振舞って欲しいにゃ。 勿論あたちもその調味料を、これでもかと盛り付けるにゃあ」

 

肯定しながら隣に腰掛けるとカップに手をかける寸前で右肩に体重がかかる。

 

どうやらモリスちゃんが頭を預けたからだ

 

黒い猫耳を綿あめに触れる感覚で撫で、そのまま金色の髪に手を置く。

 

「ねぇ…何か隠してない?」

 

耳元で喋る声量で予想していた質問が飛んできた。

 

「無いよ」

 

「嘘にゃ。 質問されるの予測して即答するって決めてたにゃあ?」

 

やはり読まれていた。

 

「ごめんなさい…」

 

「やっぱり。 畏まって謝るなら尚更大事な内容にゃ。 怪我とか大事な物を無くしたとかにゃ?」

 

「……あのね」

 

神話に記されている天使の魂が宿る私。 そして天使から生まれた堕天…悪魔の人がモリスちゃんにイタズラした人。

 

言えない。 彼女はこれまでティアとして長年付き合ってくれた大切な友人。 真実を伝え彼女が失望したら、きっと積み重ねた関係は一瞬で崩れ、また積み上げるのも不可能になるかもしれない。

 

「なーんてにゃ。 無理に言うのが辛いなら良いにゃ。 でもいつかは教えて欲しいにゃあ。 万が一の時じゃ遅いからにゃ」

 

肩が軽くなり湯気の立つ紅茶をグイッと飲み「あちちっ」と舌をぴょこと出す。

 

横目で動きを眺め、隣に並べた珈琲入りのマグカップに手をかけ唇に触れさせる。

 

「昔話にゃんだけど。 ティアっちが故郷の町『ファレスト』に来て次の日に二人で裏山に行ったの覚えてる?」

 

熱が喉を抜けテーブルに戻し首を横に振る。

 

亡くなった『ティア』と一つになった翌日と、言うよりかは物心付くまでの記憶が曖昧だ。 それは他の人も同じかも知らない。

 

「怖い記憶あるのは、あたちだけか…」

 

ユラユラ揺れる紅茶に反射する顔をじっと見つめ口角が下がる。

 

「太陽が照りつけてたから裏山は大丈夫って思って、落ち込んで黙りだったティアっちを連れ出したんだけど、獣も狩れない子どもが行くのは無謀だったにゃ」

 

「襲われたの?」

 

「……狼がじゃれつくつもりでも、子どものあたち達なら大怪我にゃ。 それを、ティアっちに背中を押されて助けられ、その拍子に右肩を負傷してるのを見ても、怖さが勝って腰が抜けてたにゃ」

 

脳裏に焼き付く景色が今でも夢に出るといい耳が垂れていく。

 

今まで聞かされていなかった過去。 後遺症があるのも知らず、私はモリスちゃんを連れて狩りをしていた記憶に、申し訳なさが込み上げてくる。

 

もしかしたら彼女はこれまで狼と対峙が怖かったかもしれない。

 

 

 

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その後は偶然通りかかった冒険者に助けられ傷も直して貰い町に帰ると大人に怒られたそうだ。

 

その助けた者は町の入口まで送り届けると姿を消した。

 

特徴は無口で長髪、若いのに珍しい白髪、太刀を納める鞘は黒。 着込んでいたコートも同色だった。

 

「今日もまたその人に助けられたにゃ! 髪ぐちゃぐちゃにされてる所を、変質者の後ろからチョップして、引きずって何処かに消えたにゃ」

 

「あの時と今回の分のお礼したかったけど、この町にいるって分かったし、生きてる間に会えそうにゃ!」

 

背中を反らせ紅茶を一気に飲み干し落ち込んでいたとは思えないくらい元気になり立ち上がり肩を回し、はにかむ顔で人差し指中指だけを伸ばした形を見せる。 完全に吹っ切れた様子にひと安心する。

 

 

 

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アモルさんと思い込んでいたが、よくよく考えれば歳を取らないのも不自然だ。

 

今日のお礼を兼ねてさりげなく聞いてみるのもいいかも知れないと、一人で頷いていると、暖かい手が頬に触れる。

 

「あたち、あのお姉さんに助けて貰って、実はそんなに気にしてなかったにゃ。 ただ…失礼な女が、ティアっちに似てて……」

 

「何処か遠くに行った気がして、心配と不安で胸が苦しくなって…会いに来たにゃ」

 

「ありがとう。 ()を見てくれて。 大丈夫。 一人で消えたりはしないから。 安心して」

 

握られていた手を包むように指先から触れ不安に縛られていた、二人に心の底から笑みがこぼれる。

 

「……あのねモリスちゃん。 大事な話があるの。 聞いてくれる?」

 

親友以上のモリスちゃんが軽蔑すると思っていた、数分前の自分を叱りたい程、私は馬鹿な想像をしてしまっていた。 今知りうる全てを彼女に打ち明けて、隠し事を無くして、素顔を見せよう……。

 

───────

 

ソファーの後ろで調理を終えたアミが椅子に腰掛け、テーブルに肘を付けてサンドイッチを口に運びながら、聴こえないフリをし続けていた。

 

(さっきまで天使の話が出てたが、終わった途端黙っちまった)

 

二人の分を残し皿を持ちながら近寄り難い空気を出す、間から腕を割り込ませる。

 

「飯が冷めちまうだろ。 早く食えよ」

 

「はみ出してる尾びれ見えて、焼いた魚の匂いするけどこれ…」

 

「でかいパン合ったからそのまま挟んだ、魚パン。 いや…秋刀魚パンだ! 脂がパンに染みて最高だぜ!」

 

盛り上がるのを冷めた目で尾びれを指で何度も弾き、「骨ごと食べる勇気は無いにゃ」と顔を背けた。

 

「ならしゃぶれよ! それなら口でも出来るだろ!」

 

ガタッ!

 

「おふっ!」

 

猫耳を張りソファーから飛び上がった拍子に、横にいたティアはビックリし、口元に当てていたカップの手元がズレ、珈琲を顔に浴びる。

 

「はぁ!? いきなり大声で何言ってるにゃ! 不埒! 変態!」

 

「は? 骨を舐めるのも味が染みてて美味いぞって意味でだが……ひどくねぇか?」

 

よく飴の代わりに骨をかじったりすると自分の愛用の猪の骨を取り出す。

 

「モリスちゃんどう受けとったの?」

 

 

 

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「ん…んにゃーん? んにゃ!? 珈琲まみれになってどうしたにゃ!?」

 

一人だけ茹でたこ状態になり慌てふためいていたが、衣服に珈琲が付着しているのに平然としているティアに驚く。

 

「これくらいシャワー浴びればすぐだから、気にしないで。 ちょっと離れるね」

 

手を振りモリスの傍を離れ洗面所に姿を消した。

 

持っていた皿をひとまずテーブルに置き腰を捻らせ音を鳴らす。

 

「あーいう所昔からあるのか?」

 

「自分より他を優先って意味?」

 

「アタシも初めて会った時悪さしてな。 自業自得で怪我したってのにずっと心配されたよ。 今じゃどっちがお節介か分かんねぇ」

 

金髪のおさげが揺れ、アミの前を塞ぎそのまま頭を下げる。

 

「ティアっちをどうか宜しくお願いしますにゃ。 田舎暮しで世間を知らない、箱入り娘な子だけど…ずっとサポートしてあげて欲しいにゃ!」

 

かしこまった対応に腰を引くが、一緒に成長した家族同然の関係であるから、モリスも気が気で無いのだろう。 しかし、本人が決めた道を閉ざすのは無礼でもあり、成長を止める事になる。

 

「言われずともそうするさ。 モリスちゃん」

 

「その呼び方はティアっち限定にゃ。 アミちゃん」

 

普通にツッコミを入れられ拍子抜けしたが、咳払いしさっきの話を入れながら会話を続ける。

 

「前の世界を破壊した力を持ってるティアが"怖い"じゃなく、力に飲まれないか"怖い"ってのは分かる」

 

「だがな、アイツはそれを抱えて自分の道を歩んでるぜ。 聞いただろ? 天使とも上手くやっていくって」

 

「分かってるにゃあ…。そうは言っても、最後は一人で背負い込む性格にゃ…」

 

ポツポツと昔話を始め、耳を立てる。

 

冒険者になる前日の夜、人間年齢一歳年上で、先に様々な場所を見て回ったモリスは共に旅をしないかと誘い出した。

 

お互い冒険者になる前は未開の地に行くなど語り合い、了承されるのは間違いないと手を差し伸べたが、握り返され無かった。 ほぼ毎日会っていながら、隠していた気持ちを喋り出す。

 

足でまといになる等を伝えられたが納得出来ず、言葉は全て耳から通り抜け、いつも人前で弱音を吐かない口へ視線が移り、頭より先に身体が…………。

 

話が止まり指で唇をなぞり始め、アミはどうなったのか頭に思い浮かべる。

 

「! ガムテープで口を塞いで、勢いではがしたんだな! たらこ唇になるわな!」

 

「ウマシカにゃ?」

 

「ウルフだよ」

 

「まだ知識が無いなら言わないでおくけど、…最低な行為だったにゃ」

 

(寸前で手で遮られ、未然で済んだ。 脳裏に焼き付くその後の顔。 照れくさく笑い、「心配かけてごめんね」の一言で済ませ、翌日には一夜のやり取りを空白にして、怒りもせず笑顔。 笑顔。 笑顔)

 

血が滲みまで唇を噛み、過ちを責めて欲しいと何度願ったか……。

 

あの日のやり取りはお互い忘れたフリをして過ごしている。……鉄の味を舌で感じると思い出される記憶と罪悪感。 独り占めしようとした罰だろう。

 

「んー昔話は置いといて。 内緒で一人重荷を背負ってんなら、怒鳴ってやればいいんだよ」

 

「不運な道を歩んでるアイツに同情したくなるさ。だが、大事な局面でも甘さが出ちゃ自己犠牲を許しちまう。 なら目覚めの拳を当てるしかねぇだろ」

 

「火に油を注ぐにならないと良いけどにゃ」

 

「殴った後に目一杯謝って、最後には褒めてやればいいんだよ」

 

固くなっていた身体が和らぎ口元を緩ませるモリス。 アミも普段口にしない言葉を連続で発した恥ずかしさに頭をかく。

 

「アミっち。 これからは力合わせて苦労しようにゃ」

 

「おぉっ……あ? 力合わせるのはそこか?」

 

握手してから首を傾げ、はてなマークを頭の上に無数浮べる。

 

「友達も増えたしティアっちも気苦労してくれればいいにゃーにゃはは」

 

すっかり吹っ切れたモリスは片足を軸にその場でクルクル回り出す。

 

「そうだな」と共感し好奇心から肩を押し更に回転数を増やしていくと顔が青くなり止まった。

 

「おえ~アミっちのいじわる~」

 

また座らせてしまう状況を作ってしまい、気まずく頭をかいた。

 

 

―つづく―

 


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