空の魔法使い   作:ほしな まつり

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やっぱりこの二人は仲良しさんだな、の第一話。


空の魔法使い・1

「キリト、キリトっ、起きてよっ」

 

急いていてもどこか優しげな友の声が顔の上から振ってきて、キリトは「うぅっ」と寝ぼけ気味の唸り声を漏らす。

 

「……あと五ふ……ん……」

「だーめっ、もう皆、集まってるんだからっ」

 

みんな?、みんなってナンダ?……と回らない頭に浮かんだ疑問をそのまま眠気の中に溶かして、ゆっさゆっさと自分を揺らす友の腕を掴もうと片手を彷徨わせながらキリトはうっすらと瞼を押し上げた。

 

「……ユージオ……」

「うん、おはよう……なのかな?。今は『茜空の魔法使い』の時間だけどね。とにかく、起きてっ、キリトっ」

 

キリトにとっては数少ない、友、と呼べる少年、ユージオは勝手知ったるキリトの家、とばかりに寝室まで普通に入って来て、亜麻色の髪が振り乱れるのも構わずに名前を呼び続けたにもかかわらず力尽きた手をぱたり、と落とし再びその真っ黒な瞳を隠してしまった寝ぼすけの肩を揺すっている。目の前の寝ぼすけキリトは「ううぅっ」と言葉にならない声をその振動に合わせ、口の端から零していたが、そのうちガクンっ、ガクンっ、と容赦ない揺さぶり方になってきた事で観念したのか、ボソボソと「わかった、起きる」と言って大きな欠伸をひとつした。

ほっ、とした表情に緩んだユージオは次に翡翠色の瞳を輝かせる。

 

「ほら早くっ、きっと僕らが一番最後だよ」

 

掴んでいた肩をそのまま少しスライドさせてキリトの両腕を握ったユージオはそのまま勢いよく友の上半身を引き上げた。その反動でぐらり、と大きくキリトの頭が前後に揺れたが、それでようやくしっかりと目が覚めただろうと思ったようで、ユージオが笑いながらその手を離す。こうなってしまっては、とキリトも目を擦りながらもそもそと起き上がり、寝間着を脱ぎ捨てて手近にあった服に着替えながら顔だけを友に向けた。

 

「さっきから何の話なんだ?、ユージオ」

「新しい仲間が来たんだ」

 

ユージオの弾んだ声を聞いたキリトは一瞬、その瞳を見開いたものの、すぐに興味を静め、それでいて何かを納得した顔になる。

 

「あ……ああ、そっか……」

「キリト?」

 

突飛で不可解な言動はこの友の専売特許なのだが、その度に関心を寄せて説明を求めてしまうのもユージオのいつもだった。

意味を問われたキリトが珍しくも少し照れたように天井の隅を見ながら頬を人差し指で引っ掻く。

 

「もう……オレ、彼女に会ったんだ……」

「ええっ!?」

 

キリトは昨日の夜、自分の腕の中でスヤスヤと眠る長い睫毛の少女の寝顔を思い出して誤魔化しがきかないほど頬を赤らめた。

 

「『転移の泉』に現れたのが夜だったからさ、たまたまそこにいて……」

「あー、なるほどね」

 

決して懇切丁寧とは言えないキリトの説明に、それでも付き合いの長いユージオは大筋の内容をくみ取って頷く。

要はこれから仲間として皆に紹介されるだろう新参の魔法使いは女性であり、珍しくも夜に、ここ『空の魔法使い』達が住まう浮遊城アインクラッドの『転移の泉』に現れたというわけだ。通例ならばその顕現を察知した長が泉に迎えに行くのだが、今回は『夜空の魔法使い』であるキリトが既にその場所にいたのだろう。彼が真黒の夜に泉の近くで空を眺めているのは珍しい事ではないらしいから本当に偶然、魔法使い誕生の場に立ち会った事になる。

 

「夜にやって来るなんてキリト以来かな?」

「そうだな」

 

『空の魔法使い』の活動時間はほとんどが者が日中のせいか『転移の泉』に誕生する時間も昼間である者が圧倒的に多い。今現在、アインクラッドに住んでいる魔法使いで夜に現れたのは『夜空の魔法使い』のキリトだけだった。だからキリトはこの浮遊城では『青空の魔法使い』であるユージオが起きている時間にベッドに潜り、空を司る魔法使いが『茜空の魔法使い』に代わる頃、その日の役目を終えた友が家に寄ると少しの時間、お喋りをしたりする。そして家路につく友の後ろ姿を見送った後、夜の間、自分の役割を果たし、まだ薄暗さが残る明け方には全くもって不似合いな『暁天の魔法使い』の清々しい笑顔を見届けてから、ひとつあくびを零して再びベッドに潜り込むのである。

空を司る魔法使いは四人。

常に誰かが自身の魔法で空を維持しているのだが、別に終始呪文を唱えているわけでもないし、空に向かって両手の平から何かを放出し続けているわけでもない。ただ空の下で意識を保っていれば普通に空は維持できるのだ。

同様に魔法使いもそこにいるだけで魔法使いである。

望んだわけでもないし、学んだわけでもない。

『空の魔法使い』の場合はある日突然、浮遊城アインクラッドの『転移の泉』に現れた者がすなわち『空の魔法使い』なのである。

誕生した時の年齢や性別にも規則性はなく、子供であったり老人であったりと様々だ。それでもこの城に来れば自分が何の魔法使いなのかは自然とわかるし、魔法も使えるから戸惑いはない。

文字通り空に浮いている城に住む『空の魔法使い』達は空を司る魔法使い達だけではなく、むしろ他の気象を司る魔法使い達の方が大勢いて、彼ら、彼女らはアインクラッドを拠点として世界各地を飛び回り魔法で気象状況を操作している。例えば「霧」を発生させる魔法使いなら「山霧の魔法使い」「海霧の魔法使い」「川霧の魔法使い」と複数の魔法使いが存在していて、けれどどの魔法使いも共通している事がひとつ……それは何も見えない夜空の下では魔法が使えないという事だ。

だから『空の魔法使い』はもちろん、浮遊城を見上げながら日々の営みを紡いでいる多くの普通の人間達や動物達も更に彼らと関わり合いながら暮らしている地上の魔法使い達も夜の訪れと同時に眠りにつき、夜空の下では皆等しく目を閉じた真っ暗闇の中『暁天の魔法使い』が魔法を使うその時を待つのである。

 

「彼女は何の魔法使いなんだろうね」

 

城の広場へと早足で移動しながらユージオは隣の相棒へ問いかけた。

キリトの方はユージオの歩みにつられるように足を動かすだけで精一杯なのか、返答もせずにまだまだ寝足りない顔をむぐむぐと動かしている。どうやら眠気をかみ殺しているようだ。ユージオは構わずに今現在空席になっている『空の魔法使い』の名を羅列する。

 

「不在なのは……『五月雨(さみだれ)の魔法使い』に『淡雪の魔法使い』、あとは……」

「多分、だけど……違うな」

 

期待していなかったキリトからの声にぼんやりとした中にも芯を感じて、光沢のある翡翠の瞳が驚きで大きくなった。

 

「へぇ、そうなんだ」

「ああ、眠ってたから言葉を交わしたわけじゃないけど、もっと一瞬で閃くような強さのある魔法使いだと思う」

「『金風の魔法使い』アリスみたいな?」

「そーいや最近見てないな、アリス」

 

ほぼ同時期にこの浮遊城アインクラッドへ顕現したキリト、ユージオ、アリスの三人は歳が近い事もあって「親しい」と言える間柄だが、アインクラッドから居場所を移動させる必要のないキリトとユージオとは違い、アリスは「風の魔法使い」であるから、世界各地の空を飛び回っていて城に戻っていない日も珍しくない。

 

「あと数日もすれば帰って来ると思うけど」

「ふーん、相変わらずユージオには知らせてあるんだな」

「それはっ、ほらっ、アリスが城を出る時ってだいたいキリトが寝てる時間だからっ」

 

なぜか慌てて説明をするユージオの横顔を興味なさげに見たキリトはうっかりと小さな欠伸を漏らして、誤魔化すように息を吐いた。

 

「別に。ただアリスがいないと静かで昼寝もしやすいなぁ、って思っただけだよ」

「キリト…………それ絶対アリスに言っちゃダメだからね」

 

そうなのだ、自分達の活動時間である昼間に睡眠をとっている『夜空の魔法使い』の元へわざわざ出向いて親交を深めようと思う魔法使いなど、この城には二人くらいしかいなかったのである。




お読みいただき、有り難うございました。
キリト、ユージオ、アリスの三人分しか名前が出てないので、
アリシ編みたいだ……。
「金風」は「秋の風・秋風」の事です。
金の字を使いたいだけで決まった「金風の魔法使い」(苦笑)

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