空の魔法使い   作:ほしな まつり

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魔法使いって不思議だらけだね、の第十話


空の魔法使い・10

「魔法使いは使える魔法が最初から決まってるから、それはどうしてなのかなぁ?、って……」

 

最初から決まっている……そうなのだ、アスナにもアスナにしか使えない魔法が備わっているはずなのだ。何となく忘れかけていた図書室行きの目的を思い出したアスナがこっそり、しゅん、と項垂れる。

 

「そうよね…そうなのよね……」

「うん。それで魔法使いの最初って不思議だよな、って考えてたら、魔法使いになる前は人間だったのかも、って思って……」

「魔法使いなら自分の魔法がわからないなんておかしいのよね……」

「えっ?、あれ?、アスナ?、どうしたの?」

「うううん、何でもないの」

「それでね、僕はアスナがキリトと一緒に暮らしてくれる魔法使いで本当に嬉しいんだよ」

 

いきなり話が飛んだ気がするが、アスナはそれに構うことなくユージオの口から飛び出した『キリトと一緒に暮らしてくれる魔法使い』という言葉に「えっ?」と顔を強張らせた。

私の魔法って『キリトくんと一緒に暮らせる魔法』なの!?、と思いっきり見当違いの方向に思考が埋め尽くされる。

そんな魔法が本当に自分の魔法だとしたら……彼の睡眠に寄り添い、彼の生活環境を整え、彼の食生活を健全化させる為の魔法と考えれば昨日からの自分の行いを振り返って妙な説得力に「ううっ……」と僅かな唸り声しかでてこない。

 

「だけど……魔法なんて使ったつもり全然ないのに……あっ!、だから?…だからキリトくんにしか私の魔法力、わからないの!?」

 

混乱が小声で漏れ出している事すら気づかないアスナは俯き加減で拳をおとがいに当てつつ自問自答を繰り返している。

突然、挙動不審に陥ったアスナを心配してユージオが顔を近づけ、「……アスナ?」と声を掛けてると、ほぼ同時に彼女がバッ、と顔を起こし情けない声を発した。

 

「それじゃ、私、『空』の魔法使いじゃないってこと!?」

「?……何言ってるのさ、アスナは『空の魔法使い』だよ」

「ふぇ?、だ、だって、ユージオくんが……」

「僕が?、とにかく落ち着いて、アスナ。ホントにもう、心配してた通りだな」

 

ふぅ、と溜め息と共に両肩を落としたユージオが小さく「キリトのやつ、やっぱりちゃんと説明してないんじゃないか」と予想していたらしい親友の落ち度に諦めに近い声で文句を零した後、ぴっ、と姿勢を正しアスナに向き直る。

 

「いいかい、アスナ。ヒースクリフにも聞いたと思うけど、君は正真正銘『空の魔法使い』だ。これまでの記憶がないのに生きていく為の知識は持っているし、『転移の泉』に意識を失ったまま自分の意思ではなく顕現したんだから」

 

そこまでは理解して、納得してくれた?、と陽の光に照らされたユージオの瞳が翡翠のように優しく煌めくが、その美しさを正確には捉えきれないアスナの目は精一杯の頷きで信頼の証を示す。

 

「そして魔法使いは夜に魔法を使えない……たった一人を除いてね」

「…『夜空の魔法使い』のキリトくんね」

「そうなんだ。大半の魔法使いはね、自分の魔法を自己の存在意義と考えているから、それが自由に使えない状態をとても嫌うのさ」

「でも、その魔法を使う為の魔法力の回復に、睡眠は必要でしょう?」

 

正確には睡眠と食事によってだが、キリトのようにほぼ睡眠のみで力を回復させる事は可能なのに対し、食事のみで魔法力を回復させようとする魔法使いはまずいない。食事だけだと用意する時間と手間がかかる上にかなりの量を摂取しなければならないからだ。

昔、この城に食事のみで魔法力の回復に挑戦した魔法使いがいたらしいが、結果、力が増幅すると共に体重も増量し、体型も膨張して空を飛べなくなったという話が言い伝えられており、特に若い女性魔法使い達にその話の浸透率は高い。

だから、どの道魔法使いにとって眠りの時間は必要不可欠なはずなのに、と訴えてくるアスナにユージオは「そうだね」と肯定してから眉尻を落とした。

 

「でも、自分で魔法を使わないのと、強制的に使えないのとでは、やっぱり違うんだよ。まぁ、夜空の時間以外でも魔法を使えない魔法使いがこの城には三人もいるけどね」

「え!?」

 

綺麗な細い眉が素直にぴょっ、と飛び跳ねる。

 

「一人は僕、『青空の魔法使い』。それに『暁天の魔法使い』と『茜空の魔法使い』さ。僕達は自分の空の時間にしか魔法が使えないんだ。例えば『茜空の魔法使い』がどんなに頑張っても夜を拒む事は出来ないし、逆にキリトの夜空を『暁天の魔法使い』が勝手に奪い取る事も出来ない。僕達四人に互いの空の時間は不可侵なんだ」

 

ならばユージオはキリトの「夜空」を挟んで「茜空」から「暁天」の時間までは魔法が使えないという事になる。

初めて聞いた「天空」を司る四人の魔法使い達の有り様に相づちすら忘れていたアスナだったが「だから僕は他の魔法使い達みたいな夜空に対する拒否感がないんだと思う」……困っているのとは違う、複雑な顔で笑うユージオの真意は何なのか、その時のアスナが完全に理解する事は出来なかった。

 

「じゃあ…………キリトくんが今以上に魔法を使う事は、ないのね」

 

今朝の意識のないキリトの姿を思い起こしたアスナが願うようにユージオへ問いかければ、僅かな間を置いて何かを数えたユージオの答えは肯定でも否定でもなく、これまたアスナが初めて知る事柄だった。

 

「あと少しで『影濃天』の日だから、その日が一番大変かな」

 

「えーこくてん?」

「一年で夜が一番長くなる日のことだよ。ちなみに昼間が一番長い日が『栄晴天』って言って僕がヘトヘトにな日さ」

 

さすがのユージオもその日の疲労度を考えると笑顔に苦味が混ざる。

それからアスナに「ちょっと手の平借りていいかい?」と聞き、ゆっくりと差し出された白い手に指先を滑らせた。

 

「元々は『永黒天』と『永青天』っていう字でね。どっちも空の色を表してて、単純にその色が長いって意味だったのに夜空への忌避と、逆に昼の空を讃える風潮が続いて今ではこっちの文字が定着しちゃったんだ」

 

それぞれ二種類の文字の並びを理解したアスナが感心したように「ユージオくんは物知りなのね」と言うと「実はこれも図書室で調べ物をしてた時に偶然知ったんだけどさ」と少し照れた声が返ってくる。ユージオにとっては「永青天」でも「栄晴天」でもあまり印象に違いはないらしいが、キリトの方は随分と負の感情を背負っている文字だ。直接的には文字も見えないアスナだが、自然とこみ上げてくる感情は怒りと悲しみが混ざり合っていて、それが時折ユージオが発している物と同種だと直感し思わず繋がったままの彼の手を取る。

 

「キリトくんの夜空はユージオくんの青空と同じくらいとっても綺麗なのにっ」

「わわっ、ア、アスナ?!」

 

文字を理解してもらう為に軽く触れていた指先がいきなりギュッと握られて、盛大に慌てたユージオの声が青空の下、無駄に響き渡った。その直後ユージオの声が呼び寄せたのか「みーつけたッ」と無邪気な声が頭上から降ってきて「ユージオっ」と名を呼ぶ高い声と共に小柄な少女が空から舞い降りてくる。

少女は軽やかに片足で着地した後、そのままの勢いでユージオの腕にしがみついた。

 

「ユージオっ、今日のユージオの空、とっても気持ちよかったっ」

 

片方の手の指をアスナに握られ、もう片方の腕を小柄な少女に掴まれたユージオは「ええっ!?」と正面を向いたまま素っ頓狂な声を上げたのだった。




お読みいただき、有り難うございました。
もうアスナは…『キリト(くん)と一緒に暮らせる魔法使い』で
いんじゃね?(笑)

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