空の魔法使い   作:ほしな まつり

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ユージオ、両手に花だね、の第十一話


空の魔法使い・11

吸ってぇ、吐いてぇ……すぅっ、はぁっ、と深呼吸で自身を落ち着かせたユージオは先に話の通じる相手としてアスナを選んだ。

 

「彼女を君に紹介するから、ちょっと手を離してもらっていい?」

 

昨日と同様に感情が高ぶったせいで思わず握ってしまった相手の手を今回は、ぱっ、と離したアスナが「ご、ごめんね」と謝る。

それに対して気さくに笑ったユージオは、次にその自由になった手で腕にひっついている魔法使いの少女の手を、とんとん、と労るように軽く叩いた。

 

「お疲れさま、今日戻ってきたのかい?」

 

ユージオの言葉にすぐさま反応して顔をあげ「うんっ」と元気良く返事をした少女は、たった今気付いたとばかりに彼の向こう側にいるアスナを見て少々つり目気味の瞳を丸くする。

 

「ユージオ、この人、だれ?」

「アスナって言うんだ。昨日この城にやって来たばかりの魔法使いだよ……アスナ、彼女はシャーリ、『白雨(はくう)の魔法使い』さ」

「初めまして、アスナです」

「あっ、さっき皆が話してたっ。すっごい美人なのに目が見えなくて、それに魔法が使えないって!」

「シャーリ!!」

「だって本当なんでしょ?」

 

悪びれもせず真正面から言葉をぶつけてくるシャーリにアスナは、クスッと笑ってから「ええ、本当よ」と彼女と顔の高さを合わせるため、膝を折って姿勢を低くした。

 

「でも自分が美人かどうかは目が見えていたとしても判断は難しいけど」

「大丈夫っ、私が知っている魔法使いの中で一番の美人よっ」

「ありがとう。シャーリちゃんもふわふわの髪の毛に大きな瞳でとっても可愛いわ」

 

どうやらアスナより年下らしいシャーリは今まで目上の女性魔法使いから「シャーリちゃん」などと呼ばれた事がないのだろう、さっきよりも更に大きく目を見開いて「シャ、シャーリちゃん!?」とびっくりした声を跳ね上げた。

それから自分の頬にかかっているクルクルと丸まった白銀の髪を指に絡めジッ、と見つめた後、アスナの顔を見て「ユージオっ」と未だ、ギュッ、としたままの腕の持ち主を見上げる。

 

「アスナは本当に目が見えないの?」

「今、アスナが本当だって言っただろ?」

「他の魔法使い達も皆そう言ってたけど、私の髪の毛がふわふわだって……」

「アスナは見えなくてもある程度はわかるんだって」

「へえぇっ」

 

どこか感心したような口調に加え大きな瞳の輝きが増した。

 

「すごいのねアスナって。それなのになんであの『黒の魔法使い』のキリトと一緒にいるの?。そうだっ、城長に『もう大丈夫』って言えば皆と同じ場所に新しい家を用意してもらえるよっ」

 

全く他意のない純粋な言葉にユージオもアスナも困ったように眉尻を落とすが、そんな二人に構わずシャーリはニコニコと誘い続ける。

 

「私はあんまりこの城にいないけど、他にも色んな魔法使いが暮らしてるからあんなヤツと一緒にいるより楽しく過ごせるしっ」

「シャーリ……」

 

静かにユージオが『白雨の魔法使い』の名を呼ぶが、シャーリの口は止まらなかった。

 

「だって空を黒に染めちゃうキリトは嫌いっ。それに自分だけ夜に魔法が使えるなんてズルいもんっ。一緒に暮らすなんてアスナが可哀想っ」

 

今までの眩しいほどの笑顔を一転させ泣き出しそうに眉を歪ませたシャーリは同意を求めるようにユージオへと背伸びをする。意外にも何も言い返さず真っ直ぐシャーリを見つめるユージオの瞳の色に呼応したのか、空の青が少し薄くなった。

きっとシャーリの今の言葉が魔法使い達の共通認識なのだと感じたアスナは困り顔のまま「シャーリちゃん」と呼びかける。

 

「私はこのお城にきてまだ一日しか経っていないけど全然可哀想じゃないよ?…シャーリちゃんやユージオくんみたいに素敵な魔法使いさんに出会えたし、これからもっと沢山の魔法使いさん達に出会えるんだもの」

 

自分より年上の魔法使い達がよく見せる「あーあ、仕方ないわね、シャーリは」「ほんと、お子様なんだから」「はいはい、わかったからキャンキャン叫ばないでちょうだい」と適当にあしらうような声ではなく、穏やかだが対等に向き合ってくれているアスナの声にシャーリは笑顔を取り戻した。それなら、あんな『夜空の魔法使い』の家に居なくてもいいはずだ、と次に聞こえてくるはずのアスナの言葉に期待した彼女だったが、目の前の盲目の魔法使いは白磁の頬をほのかな薄紅色に染め「けどね」と続けた。

 

「一番嬉しかったのはキリトくんと出会えた事なの」

 

「はぁぁっっ?!」と仰天の大音声、それを吐き出すに相応しいサイズの大口にこれ以上は開かないだろうと思われるほど見開かれた瞳、と同時に何千、何万という細い長針のごとき真っ直ぐな雨が突然、ザァッ、という雨音と共に一気にその場に降り注ぐ。

 

「うわっ」

「きゃっ」

 

雨雲さえ必要ない『白雨の魔法使い』はその名の通り、空を明るい晴天のままこの場所のみに雨を降らせると、数刻後にはまるでなかった事のようにピタリと降り止ませ、するり、とユージオの腕を開放し、やって来た時と同じように、すすーっ、と空に浮き上がった。

 

「シャーリっ、こらっ、逃げるつもりだろ。まったく君は魔法力の制御が甘いんだから」

「私のせいじゃなくてアスナのせいよ」

「私っ!?」

「アスナがおかしな事を言うから、熱でもあるのかと思ったの。どう?、頭、冷えたでしょ?」

 

自分でもかなり苦しい言い訳だという自覚があるのだろう、その証拠に大好きなユージオから必死に距離を取ろうと目も合わさずに、まごまごと空を漂っている。

 

「頭を冷やすどころかアスナも僕もずぶ濡れじゃないか」

「ふっ、ふぅっ、へくちっ」

 

赤みがかっていた頬も驚きで色をなくし、頭のてっぺんからつま先まで見事に濡れ鼠となったアスナはもう一度盛可愛らしいクシャミをした。さすがにマズイと思ったのだろう、既にかなり上空まで移動したシャーリは「ごめんね、アスナっ」と叫んだ後「でも気が変わったらいつでも大歓迎よ」と言い残して飛び去って行く。その姿を最後まで追いかける事無くユージオは「大丈夫かい?、アスナ」と急いで駆け寄った。

 

「だ、大丈夫。『空の魔法使い』の魔法、初めてだったから驚いちゃった」

「うん…白雨は晴れた空で降る雨だから長くは続かないけど結構勢いのある魔法なんだ。今のはシャーリの感情の乱れで瞬間的に降っただけなのにこの有様だからね。普段から魔法力の制御の仕方をもっと訓練するよう言ってるのに……ごめん、アスナ」

「ユージオくんは悪くないし、シャーリちゃんだって謝ってくれたから。それに、私、最初から怒ってないのよ?……言ったでしょ、ビックリしただけ……でも、晴れた空に降る雨の魔法使いだから、あんなにユージオくんを慕ってるのね」

 

もちろんユージオの優しい人柄なら好意を寄せてくる魔法使いは多いだろうが、魔法の性質を教えてもらうとシャーリの懐きっぷりも余計に納得ができる。

 

「まあ、妹みたいな存在かな。彼女の場合、雨雲も従えないし一時降る雨だから他の雨の魔法使い達から軽んじられる事が多くて。それで僕の所によく来るんだけど……」

 

そう説明している間も合いの手のように、くしゅんっ、とクシャミを繰り返しているアスナを見て、ユージオは誰かを探すように首を巡らせた。




お読みいただき、有り難うございました。
「白雨」とは「にわか雨」です。

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