空の魔法使い   作:ほしな まつり

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雨に濡れた時の魔法使いは?、の第十二話


空の魔法使い・12

「困ったな……『白南風(しはらえ)の魔法使い』でもいれば暖かい風で乾かしてもらえるんだけど」

「そうだっ、お、お風呂っ、お風呂に入ればいいと思うのっ」

 

衣服まで全てぐっしょりと雨水が染み込んでしまったアスナはぶるり、と身体を震わせてユージオに提案する。

 

「折角誘ってくれたユージオくんには悪いんだけどお城の図書室はまた今度にして、今日はもう帰りましょう」

 

確かに予定外のシャーリとのお喋りで大分時間を食ってしまったようで、ユージオも自分の空の時間の終わりが近い事に気づいていた。それにしても魔法使いの不思議を考えた時と同じように、今、水気を含んでしまった栗色の髪を束ねてギュッ、と手で絞っているアスナを見てユージオは首を傾げる。例えば彼女が雨の魔法使いならシャーリと同じように雨に濡れても平気なはずだし、風の魔法使いなら雨を弾くはずだ。雪や雷の魔法使いだとしても同様に影響を受けることはない。そうでなければ空で自分の魔法が使えないからだ。

しかしアスナはユージオと同じようにシャーリの魔法力の制御不足のせいでどこもかしこも見事にびしょびしょである。

素直に気象の魔法を受けてしまうのはユージオやキリトのような、要するに天空を司る四人の魔法使い達だけなのである。

とは言えこの城で暮らしている分にはそうそうこんな目に遭う事はないのだが…………自分の亜麻色の前髪から、ぽたり、と垂れた雨水と一緒に「はぁっ」と溜め息を落としたユージオは、シャーリの力の制御特訓の必要性をひしひしと感じながら「そうだね」と力無く頷き、来た道をアスナと共に引き返したのであった。

 

 

 

 

 

音を気にして出来るだけ静かに扉を動かす。

本当にキリトが眠っていたら、と思っての気遣いだったが、眠っているとしたらその場所は寝室なのだろうし、そもそも『夜空の魔法使い』の出番が近づいてきているので本来なら寝てもらっていては困る時間だ。それでもアスナは城に行くためにこの家を出た時のキリトの様子を思い出し、更に城までたどり着けなかった気まずさも重なって、そっと家の中に入った。

誰もいないと思われたリビングには窓からは優しい茜色が入り込み、その一角だけ淡い火が灯ったような暖かさで室内を色づけている。その光色になぜか泣きたくなるような懐かしさを感じたアスナが時を止めていると、黄昏の斜光が届いていない場所から小さく「アスナ?」と頼りない声が浮き上がった。

 

「っ…キリトくん……ただいま。そんな所で寝てたの?」

 

部屋の薄暗さはアスナには関係ない。すぐさま声の方へと足を向け、そこが昼間、一緒に食事をした時に彼が座っていた場所だとわかって思わず駆け寄った。キリトが言うにはテーブルも大きくなったらしいが彼はそこに一人ぽつんと腰掛けていたのだろうか。

そしてキリトも足早に近づいてくるアスナを迎える為、カタリ、と立ち上がった。

昨日、初めて城前の広場でその存在を認識した時のように、その胸に飛び込んでしまいそうな勢いでキリトの元へ一直線に辿り着いたアスナは見えない目でその表情をうかがう。

自分を呼んだその声が迷い子のように少しだけ震えていた気がしたからだ。

怯えや不安、臆病さなんてキリトには似合わない。

眠ってなどいなかったのはすぐにわかったが、アスナはふっ、と頬を緩めると自分より少しだけ高い位置にある黒髪に片手を伸ばした。

 

「髪の毛、跳ねてるよ」

 

くすくすと笑いながら乱れてもいない髪を丁寧に梳く……まるで泣いている子の頭を撫でるように。

 

「アスナ……」

「どうしたの?、寝ぼけてる?、あ、それとも私達が遅いから心配した?、ごめんね、時間ギリギリになっちゃって……」

「アスナ」

 

自分で送り出したくせに、もう帰って来ないかも、と、ほんの僅かな可能性がずっと頭から離れず、結局彼女が不在の間ずっとイスに座っていただけのキリトはアスナの言葉に更に顔を歪めた。他の魔法使い達との交流を勧めたのは自分だ、アスナなら皆とうまくやっていくだろう、夜に眠らないのなら自分は『夜空の魔法使い』なんだから、その夜を守ればいいだけだ、と…………しかし頭ではそう判断出来るのに自分のもっと奥深いところでは聞き分けのない子供のように「イヤだ」と叫ぶ声がする。

けれどこの世界の全てから忌み嫌われている自分がいつまでも彼女の傍にいられるわけはない、と、それどころか彼女からも避けられるようになるのではないか、と勝手な思いが膨らんで自分の願いを嘲るのだ。

それなのにアスナが帰って来て、当たり前のみたいに真っ直ぐ自分の所まで駆けてきてくれて、迷うことなく触れてくれれば暗い気持ちが一気に消え去った。

 

「ああ、遅いから…………」

 

なんとかつっかえながらそれだけを伝えると、それでアスナは全てを理解したらしく、ふふっ、と笑ってもう一度「ごめんね」と謝ってから黒髪を弄っていた手で前髪とおでこに触れる。すると彼女の手の平から魔法力が滲み出し目映い光に目がくらんだキリトは「わっ」と反射的に目を瞑ってから「んっ?」と顔面を硬直させた後いきなりカッ、と目を見開き、ガシっと彼女の手首を掴んだ。

 

「なっ、なんでこんなに冷たいんだよっ」

「ぺくしゅっ」

「あー……」

 

キリトから顔を背け、掴まれていない方の手で口元を隠してクシャミをしたアスナとその後方、未だ戸口に立ったままのユージオがバツの悪そうな声を発したのは同時だった。

 

「ユージオっ」

 

飛んで来た声には明らかに戸惑いが混じっていて、彼女の身を預かった責任上ユージオは素直に「ごめん、キリト」と眉尻を下げたまま二人に近づく。

 

「キ、キリトく…くしゅんっ、違うのっ、これはユージオくんの…しゅんっ、せいじゃ、なくて……」

 

一度破裂し始めてしまうとクシャミは止まらなくなり、ついにはキリトとユージオに挟まれて言葉を発せなくなったアスナは下を向いて肩を跳ねかせながら口元を押さえ続けた。クシャミに同調して揺れる髪の不自然さにキリトがその一房を握り、湿っている感触に目を丸くする。そのまま彼女の全身に目を走らせれば頭からつま先までぐしょ濡れで服は完全に色が変わっている事にようやく気づき、キリトの黒瞳も愁いの色に染まった。

 

「大丈夫か?、アスナ……」

 

そうだっ、タオルをっ、とアスナの手と髪を離したキリトが身体を反転させようとすると、ようやくクシャミの収まったアスナが下を向いたまま鼻声で小さく「……お風呂」と呟く。

 

「へ?」

 

何と言ったのか聞き返すためアスナの顔を覗き込もうとしてしゃがんだキリトの目の前にバッ、と顔を上げたアスナの顔はクシャミのしすぎで真っ赤になっていたが、それはそれで可愛らしいものだった。

 

「キリトくんっ、ここのお家、お風呂あるっ?」

「う゛…………」

 

必死の様相なのに、なぜかそれを至近距離で見せられたキリトの頬まで僅かに色づいてしまい、思わず視線を逸らせば見覚えのない扉が目に飛び込んでくる。そのタイミングといい視界の先に現れた角度といい「城の魔法」の優秀さに「ぅぐっ」と唸ったキリトだったが、すぐさまその扉を指さしアスナに「多分、あそこ」とその存在を伝えた。

 

「ありがとうっ、使わせてね」

 

扉を確認してから再度キリトに振り返り、嬉しそうな声を発するアスナにキリトもまた苦笑で返す。使わせても何もアレはアスナの為に現れた扉だ。そして一目散にその扉へ向かうと思われたアスナだが、何を思い出したのか「あっ」と戸惑いをひとつ零して風呂への期待を一旦止め、眉と一緒に閉じているの瞼にキュッと力を込めた。




お読みいただき、有り難うございました。
またまた増改築された『夜空の魔法使い』の家(笑)
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