空の魔法使い   作:ほしな まつり

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やるべき事をやろう、の第十三話


空の魔法使い・13

「もう…時間が…………キリトくん、お出かけしちゃう?」

 

自分が風呂に入っている間にキリトが居なくなってしまうのが嫌なのか、迷うようにキリトと扉の交互に顔を振ったアスナを見てユージオも「キリト」と声をかけた。『影濃天』が近いせいもあって茜空の時間は瞬く間に終わりもうすぐ夜空の時間がやってくる。キリトが夜の間いつも『転移の泉』へ行っているのは知っているが、多少遅くなっても問題はないだろうし、このまま家にいてもいいじゃないか、とユージオの翡翠色の瞳が訴えていた。

アスナの問いより少々圧のあるユージオの声と視線を跳ね返す力もなく、キリトの眉尻が落ちる寸前、アスナの何かを振り切ったような声が二人の間に割り込む。

 

「いってらっしゃい、キリトくん……でも、あまり無理はしないこと……それと、ちゃんと帰ってきてね」

「アスナ……」

 

キリトを困らせるのは本意ではない。食事の時にキリトは昨日の夜が通常だと言っていたのだから、自分の為に無理にその行動を変えさせたくはないし、そもそも外出について即答できないキリトが既に答えだ。

 

「ゆっくりお風呂に浸かって、このお家で待ってるから」

 

綺麗な曲線を描いている口元を見てキリトも少し辛そうではあったが同じように淡く微笑む。

 

「ちゃんとあったまるんだぞ。それと眠くなったら先に寝てていいから」

 

アスナは小さく頷いてからもう一度「いってらっしゃい、気をつけて」と言い残して新たに出現した扉へと消えていった。その後ろ姿を見送ってから少し待ってみるが、引き返してこないところをみると本当にあの扉の先は浴室で特に足りない物もないらしい。

ふぅっ、と肩の力を抜けばすぐ隣からも同様の雰囲気を感じてキリトは戸棚からタオルを引っ張り出し、ユージオの頭にそれをポイッ、と放り投げた。

 

「ありがとう、キリト」

「『青空の魔法使い』が形無しだな…………でも、ずぶ濡れになったのは……オレのせいか?」

 

目線を逸らし罪悪感を滲ませたような声にユージオは、くくっ、と明るい笑い声を上げる。

 

「まさかっ、なんでキリトのせいでびしょ濡れになるのさ」

 

キリトが想像している理由を察してユージオはわざと気付かないふりで陽気に肩をすくませた。

 

「実は城の図書室どころか魔法使い達の集落にもたどり着けなかったんだ」

「え?」

「その手前でシャーリに逢ってね」

 

『白雨の魔法使い』の名を聞いて途端にうんざりとした目になったキリトにユージオの笑顔にも苦味が混じる。けれど実はキリトがそれ程シャーリを嫌っていない事には気付いているのだ。

なぜなら他の魔法使い達はキリトの存在を無視する者がほとんどで、時には顔を合わせるとすれ違いざまに皮肉めいた言葉や謗言を吐いてくる魔法使いもいるのだが、シャーリに限ってはキリトを見つけるとわざわざ近寄って来て真正面からケンカを売ってくるからである。いや、本人は真剣にケンカを売っているのだろうがキリトは全く相手にしないのでユージオから見れば「売られているって気付いてないのかな?」と思うほどだ。

だからと言ってシャーリにもっと違う売り方を、とアドバイスするのも違う気がするので結局二人が出会ってしまうとその場にいればユージオが仲裁に入り、そうでなければキリトと遭遇した後にシャーリがユージオの元までやって来て悔し泣きをしつつ文句をぶつけてくるのである。

 

「どうせアスナにオレの事を卑怯だとか嫌いだとか言ったんだろ」

「まあ、そうなんだけど……あ、でもアスナの事は綺麗だって褒めてたよ」

「ふーん」

 

なんでそこでキリトがまんざらでもない顔をするのさ、と言いそうになった口をユージオは両手でぺたり、とふさいだ。それからタオルで髪や顔を拭きながらこっそり友の顔を盗み見る。城長からアスナを頼まれた時は他の大勢の魔法使い達が見ている前だったし彼女も望んでいたようだったから断ることはないと思っていたが、たった一日一緒に生活しただけで随分と彼女を受け入れているし、アスナの方はキリト以上に分かりやすく好意を抱いているようだ。

ただ、アスナは未だに自分の魔法がわからないようで、それだけが気がかりなのだが……次こそはちゃんと城の図書室まで案内して一緒に手がかりになりそうな本を探そう、と固く決意したユージオの心の内を読み取ったようにキリトが「アスナの魔法力なんだけどさ」と話しかけてくる。

 

「うん」

「さっき、少しだけ出てたの、見たか?」

「本当っ!?……全然気付かなかったよ」

「そっか……一瞬だったしな」

 

少し残念そうな口ぶりなのは、きっとユージオの意見が聞きたかったからだろう。

 

「でも、ちゃんと魔法力が出せるなら後はコントロールが出来るようになれば何の魔法使いなのかわかるね」

 

アスナの雰囲気からすると一体どんな魔法だろう?、キリトは眠っている彼女を見て閃くような強さを感じたらしいけど、と想像しようとしたユージオは自分で言った「コントロール」という単語にシャーリを思い出して話を戻した。

 

「そうそう、それでシャーリがね、アスナの言葉に驚いて、つい魔法を暴走させて……」

「またか。これまでだって何度も暴走させてるだろ。あいつ、そろそろ本当に他の魔法使い達から嫌われるぞ」

 

会えばいつも突っかかってきて嫌悪の言葉を吐いてくる魔法使いに対して、心配を口にするキリトをユージオは目を細めて「わかってる。僕が面倒みるから」と約束する。

 

「ユージオは優しいかならぁ。今度アリスが戻ってきたらシャーリの相手を頼んでみたらどうだ?」

「うーん、それはちょっと……」

 

『金風の魔法使い』アリスは自分にも厳しいが他者にも厳しいのだ。一瞬で二人の関係が爆発しそうな予感がしてユージオは「やっぱり僕がみるよ」と弱々しい声で頷く。アリスとシャーリの相性など気にもしていないキリトは「まあ頑張れよ」と友を応援してから首をかしげた。

 

「でもシャーリが暴走するくらい驚いたアスナの言葉って、何を言ったんだ?」

 

そこでユージオはその場面を思い出し、思わずタオルで顔を隠した。あの時のアスナは頬を初々しく染めて、嬉しさが伝染しそうなくらい甘い声でキリトと出会えた喜びを口にしたのだ。もし瞳が開いてそこに幸せの色が宿っていれば、それはもう極上の笑顔となっていたに違いない。

 

「うん、キリトには教えない」

「なんだよ、それ」

 

これはきっと僕が伝えていい言葉じゃないから、とユージオは珍しく隣の友の専売特許とも言える悪戯っ子の笑みを浮かべる。今、傍にいないもう一人の気心の知れた仲である『金風の魔法使い』は強くて真っ直ぐで、それでいて実はちょっと不器用なので、さっきのアスナみたいな、はにかんだ表情や素直な気持ちは中々自分の手元に零れ落ちてこないから正直キリトが羨ましいとか、そういうのじゃないから、絶対に……と内心懸命に言い訳をしているユージオへ少し不満げなキリトの顔が近づいてきた。

 

「ユージオ」

「教えないからね……どうしても知りたいなら直接アスナに聞きなよ」

 

アスナからは既に「一緒に暮らせて幸せ」との言葉を貰ってたが、まさか自分のいない場で初対面の魔法使いに「キリトくんに会えた事が一番嬉しかった」と言われているとは思いもせず、しかも普段は温厚な友が頑なに要求をはねのける不可解さもあり、ついでに自分の知らないアスナをユージオが知っている事実になぜかもやっ、とした気分になったキリトは暗い声で「わかった」とだけ告げて黒い指ぬきグローブを手に取りいつものように外出の準備を始めたのだった。




お読みいただき、有り難うございました。
アスナが何を言ったか……シャーリに聞く、という選択肢はない(笑)
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