空の魔法使い   作:ほしな まつり

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睡眠と食事は大事だよね、の第十五話


空の魔法使い・15

「ほら、見て見てキリトくん。オーブンっ」

 

ジャジャーン、と効果音が鳴りそうな仕草でアスナが示した指先のその先にあるのは更なるキッチンの充実ぶりに一役買おうと満を持して登場したようなレンガ造りのオーブンだった。それを目にしたキリトは驚きの「ぅおっ!?」を誤魔化すように「ぅおおーっ!」と感嘆の言葉に変える。

内心「えー、ちょっと城の魔法ってアスナに甘くないか?」と思っているのだが、当のアスナは喜びが止まらないらしく無駄に笑顔をまき散らかしていた。

 

「あったらいいなぁ、って思ってたの」

「…よかったな」

「これで色んなパンが焼けるし……あ、お城の魔法さんが用意してくれるパンも美味しいのよ。でも、ほら、やっぱり自分で色々作ってみたくて」

「…色々って?」

 

今回の魔法はかなり嬉しかったようで『城の魔法』にさん付けまでしているアスナのウキウキが少しずつキリトにも伝染する。

 

「生地に木の実を練り込んだり、ドライフルーツを混ぜたのもいいわよね。それにミートパイも焼けるし……あ、キリトくんは甘いの好き?、だったらクリームパイやお菓子も作れるでしょ」

 

今度こそ心から感嘆の「おおーっ!」を吐き出したキリトにアスナは「それでね」と言ってからオーブンの取っ手を掴んだ。

 

「初めてだから上手く出来たかわからないけど……」

 

パカッ、と開いたオーブンの中からすぐに香ばしいパンの香りが漂ってきて、スゥッ、と吸い込んだ匂いに反応したらしくキリトのお腹がぐうぅっ、と鳴る。アスナもまた取り出したパンの表面を確認して納得の頷きを繰り返した。

 

「うん、いい焼き色。火加減はお城の魔法さん任せだけど材料の配合や生地を捏ねて成形まではちゃんと自分でやったのよ」

「早く食べようぜっ」

 

さっきまでぼんやりとしていたキリトの目にピカッ、と光が宿っている。その顔にアスナもまた焼き上がりのパンを見た時より笑顔になってホカホカのパンをカゴに移したのだった。

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」を言い合った後、アスナが用意してくれたコーヒーを一口啜ったキリトは「はぁ、うまかった」と満足そうに笑って「ありがとう、アスナ」と感謝の言葉を捧げる。アスナにとっては料理の美味しさよりその言葉を貰った事の方が嬉しかったのだろう、こちらも「おそまつさまでした」と返す口元はこれ以上ないくらいに喜びを表していた。

 

「それでね、キリトくん……あのね…えっと……、ちょっと提案があるんだけど…」

 

珍しくも少しもったいぶった切り出しにキリトはカップを手にしたまま「ん?」頭を傾ける。

 

「こうやってゴハンを食べると魔法力、回復するんでしょう?」

 

自分の魔法が何かも分からないアスナは当然魔法力の増減を実感した事がないので自然と疑問形になってしまうが、睡眠と食事が魔法力の回復方法だと城長から得た基礎知識の再確認にキリトは短く「ああ」と肯定して続きを待った。

 

「キリトくん、『夜空の魔法使い』のお仕事でたくさん魔法力を使うみたいだし…」

 

瞳は開いていないのにキリトから視線を外して頬がほんのり色づいているのは昨日、今日と睡眠による魔法力回復という行為にアスナがキリトの抱き枕になっているからだろうが、当の本人は今朝の体勢すら偶然と処理しているので彼女の朱に全く心当たりがない。

どちらかと言えばほぼ力を使い切って帰宅している自分の姿がアスナにはどんな風に感じ取られているのかが気になって……ヨレヨレヘロヘロはさぞかし情けなくてかっこ悪いだろうな、と想像したキリトが俯きそうになった時、おずおずとした声が耳に届く。

 

「お弁当……とか……せめて暖かいスープ……を……」

「へ?」

 

パッ、と顔を上げるとアスナのピンク色の唇が未だにもごもごと動いていて、そこに目が吸い寄せられ思わず腰を浮かしそうになったキリトだったが、意を決したアスナの顔がキッ、と睨むように勢いを付けてこっちに戻って来た。

 

「だからっ、折角パンも焼けるようになったからっ、サンドイッチとかっ」

「えぇっ?!」

「じゃっ、じゃあっ、スープっ。具だくさんのスープっ…………なら、お仕事中でも、口に…できる?」

 

全部…全部、オレのため?、夜空の時間にオレの魔法力が枯渇しないようアスナが考えてくれた……胸の真ん中あたりがポカポカしてきて、それがどんどん全身に伝わり気付けば顔まで熱くなって、その熱に押し出されるようになぜか目から涙が零れそうになる。

 

「嬉しいよ、アスナ……ありがとう」

「うん、毎日用意するね……あ、でもお弁当持ってお出かけもしたいな」

 

そんなはにかんだ笑顔でお願いされて断れる男がいるのだろうか?

 

「どこか行きたい場所とかあるのか?」

「うんっ、『転移の泉』」

「あそこって昼間は本当にただの泉だけど、魔法使いが使う時しか……そうだっ、明日の午後なら地上から魔法使いがやってくるはず」

「そうなのっ?!」

「ああ、オレの知り合いの『鉄の魔法使い』が…」

「キリトくんのお友達?」

「友達ってほどじゃないけど……偶然出会ったのがきっかけでそれから忘れた頃に顔を見せにくる程度だから」

「それでもキリトくんに会いにこの浮遊城まで来るんでしょう?」

「まあ、暇なんだろ……この家まで押しかけられると面倒だから『転移の泉』で出迎えて適当に追い返そうぜ」

 

いつもなら「顔、見たし、さっさと帰れよ」とそっけない態度しかとらないキリトがなんとなくあのお調子者の『鉄の魔法使い』を出迎えもいいと思ったのはアスナの提案が嬉しくて、つい気分が良かったからだ。だから自分よりよほど社交性の高い彼女が弾んだ声で次に思いつく内容など予想出来るはずもなく……。

 

「だったら『転移の泉』のほどりで皆でお弁当を食べましょっ」

「ええぇーっ」

 

初めてのアスナの弁当をなんでアイツと分けなきゃいけないんだっ、と上げそうになった抗議の声は目の前でオーブンの出現よりも更に抑えきれないワクワクを大量放出している彼女を前にあえなく消え去ったのである。

 

 

 

 

 

こんなに確かな足取りと鮮明な意識を保ったまま玄関まで辿り着くとは……と『暁天の魔法使い』に空を明け渡したキリトは自分の家の前で感動にも近い何かを覚えていた。扉の取っ手に伸ばす手だって少しも震えていない。

さすがに疲労感はゼロではないが、今までを思えば体調はすこぶる良かった。だから家の扉をゆっくりと開ける。

もしもアスナが先に寝ていたら、という気遣いができるほど余裕があるからだ。けれどそれは全く無用の長物で、開いたドアの向こうには薄暗い部屋の中でもそこだけが輝いているような錯覚を覚えるくらい眩しい笑顔のアスナが立っていた。

 

「おかえりなさい、キリトくん」

 

途端に鼻腔を擽る甘い香りが漂ってくる。

ああ、やっぱり……と思いながら「ただいま、アスナ」と応えてから腰に下げていた水筒を取り出した。

 

「これ…本当に……」

 

まとまらないまま浮かんだ言葉を並べているキリトの口から「本当に」の次が出てくる前にその身体がふわりと包まれる。温かい、と思って気が緩むとやはり少し身体が傾いた。するとキリトを包んでいる温もりから小さな声がする。

 

「やっぱり、ちょっと冷えちゃってる。スープだけじゃダメかなぁ」

 

悔しそうな声が少しだけ可笑しくて可愛くて、心のままキリトはアスナを抱きしめた。睡眠促進効果でもあるのだろうか?、と疑いたくなるくらいアスナの匂いをかぐと眠気が一気にやってくる。

 

「も、ねむぃ……」

 

アスナとしてはお風呂を勧めるつもりだったのだが、既に身体を不安定に揺らし始めたキリトをこのまま湯船に入れされるわけにはいかない、と判断して「しょうがないんだから」と抱擁を解き背中に回る。

 

「はい、コート脱いで……グローブも……」

 

多分言われなくてもいつも通りキリトは着替えをするのだろうが、いつもと違いその口元は穏やかで浅い息継ぎもしていない。いつもなら放り投げられるそれらもアスナの手によってきちんとした場所にしまわれた。最後だけは変わらずぺしゃり、と潰れたようにベッドに横になったキリトだったが、既に半ば夢現なのだろう、片腕を上げて本能で「アスナ」と欲しい名前を呼ぶ。

呼ばれたアスナは少し呆れて、少し恥ずかしそうに、けれどそれ以外の全部は嬉しそうにしてまだ少し体温の戻りきっていないキリトの腕の中に収まり「おやすみなさい、キリトくん」と告げると、寝息のような「ん」という声が返ってきて彼女の身体を引き寄せたのだった。




お読みいただき、有り難うございました。
微妙な温度調節も「どんなもんだいっ」と自信満々にこなす
お城の魔法さんデス(笑)
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