空の魔法使い   作:ほしな まつり

16 / 19
これは出迎えであってデートではない、はず…の第十六話


空の魔法使い・16

何度聞いても、聞く度に温かい気持ちになる声で「キリトくん」と呼ばれて目を開ければ、何度見ても飽きない笑顔が目の前にあって、寝起きで理性が働かないまま手を動かすと、逃げるように遠ざかりつつ「早く起きてね」と優しく笑う彼女が甘い残り香だけを残してベッドから抜け出して行く。

無駄なあがきと思いつつも伸ばした手で何度も宙を掻くがアスナは引き返すことなく、それでもちょっと心が揺らいだのか「ダメ」と自身に言い聞かせるように拒否を示した。

 

「…アスナぁ……」

 

寝起きのせいか幾分子供っぽくグズるキリトの声にアスナの柳眉が僅かに歪む。けれどここでその手を取っては時間がなくなる、と彼女は振り切って寝室の扉を開いた。

 

「キリトくんは軽くシャワーでも浴びたら?」

 

体温に問題はないようだが、熱めのお湯は身体を温めるだけではなく目をシャキッと覚ます効果だってある。

少し離れた場所から聞こえてきたアスナの声で浴室にはバスタブだけでなくシャワーも完備されている事を知ったキリトが今度はさっきよりもハッキリとした声で「アスナは?」と問い返してきた。

 

「私?、私はキリトくんが帰って来る前に浴びたの」

「そっかぁ」

 

その残念そうな声が意味するところは何なのかしら?、と疑問に感じたアスナだが、時間がないのだと思い出してのろのろと起き上がりかけているキリトに笑顔を贈る。

 

「私はその間にお弁当の支度をしちゃうから」

 

黒髪に隠れていた耳がピクッ、と「お弁当」というパワーワードに反応して動いたのに気づいたアスナが小さく笑ってから「照り焼きサンド、作るね」と言って寝室から去って行くのをしょぼついた目で見送ったキリトは「なんで好物ってバレたんだ?」とベッドに座り込んだまま、はて?、と首を傾げたのだった。

 

 

 

 

 

空の魔法使い達の家が集まっている場所を通り抜ける道の方が広いし歩きやすいんだ、と説明したキリトだったが、アスナに説得されて反対側の毎日『夜空の魔法使い』として使っている獣道のような狭い道を案内する。

「周囲の様子はだいたい分かるし通い慣れているキリトくんと手を繋いで歩けば大丈夫」と押し切られてみたものの、確かにゴツゴツと大小入り混じったサイズの石が不規則に転がっている悪路をアスナは一回も躓くことなくひょい、ひょい、とまるで見えているかのように避けて難なく目的地である『転移の泉』に到着してしまった。初日にアスナを案内した道だと家を出て魔法使い達の集落を抜け、城を通り過ぎた先が泉となるので距離的にも遠回りになるし、アスナと二人で歩いているところを他の魔法使いに見られて眉をひそめられるのはなんとなく避けたかったので結果オーライというところだろう。

泉のほとりは開けていてピクニックシートを広げるのに丁度良い草原が広がっている。

昼前、家を出る時に当然のようにアスナから渡されたピクニックシートとアスナの手料理が詰まっている蓋付きバスケットの出現は今更言及するまでもないだろう、と素直に受け取ってここまで持って来たキリトはシートを広げ、アスナは泉を覗き込んでいた。

 

「あんまり乗り出して落っこちるなよ」

「……ここ、お水があるのよね?」

「だから泉って呼ばれて……え?、アスナ?……」

 

まさか泉の水が見えないのか?、と聞こうとして言葉を飲み込む。元々、アスナの目は開いていないのだから、水どころか正確には何も見えていないのだ。けれど彼女はキリトが言いたかった事を当たり前に受け止めて返事をした。

 

「うん、昨日のお風呂はちゃんと浴槽にお湯が溜まっているのがわかったのに、この『転移の泉』には何もない空間って感じしかしないの」

「スゴイな……確かにここは泉って呼ばれてるけど実際水をすくえるわけじゃない。手を入れても濡れないしな」

「そうなの?」

 

しゃがんで泉と呼ばれている空間に指先を伸ばしてみるが確かに何も感触は得られない。

 

「ちなみにオレの目には、今、アスナが水の中に指を入れているように見えてる」

「へぇ、面白い……じゃあこうやったら?」

 

泉に浸した手を少し乱暴に動かすアスナの元へと歩み寄りながらキリトは「水が跳ねてるように見えるよ。まぁ、服が濡れる心配はないからいいけどさ」とその隣に立った。

 

「……そんな風に見えてるんだ」

 

今までなら見えていなくても大丈夫、と明るく笑っていたアスナの珍しく少し沈んだ声に、キリトは気付かぬふりでスッと泉の一点を指さした。

 

「あの辺だったかな。アスナが顕現した場所」

 

指し示す方向に顔を向けいつもの優しい声に戻ったアスナが「キリトくんが見つけてくれたのよね」と微笑む。

 

「ああ、あの夜はこの泉がすっごく静かでさ……」

「いつもは、静かじゃないの?」

 

ふと浮かんだ疑問と共に見えない瞳を真っ直ぐに向けられ、いかにも口を滑らせた、と言わんばかりの慌て声で「そっ、そういうんでもないけどさ、と、とにかく驚くほど静かな夜だったんだっ」と説明するキリトの隣ではこちらも全く信じていない口ぶりで「ふーん」という声が返ってくる。

 

「で、オレはいつもの……あ、あそこっ、あの岩に座って泉を眺めてたら……」

 

キリトがいつもいるという岩を確認してから再び泉に顔を向けたアスナは泉の内側に小さな違和感を感じて「え?」と思わず隣にある腕にしがみついた。しかしキリトはその時の様子を話すのに必死なのか依然として口を動かし続けている。

 

「水面に小さな波紋が浮き上がってさ、それがどんどん大きくなって……」

 

話すタイミングに合わせるようにキリトの指し示す場所から泡がぷくり、と浮き上がってきて、それがポコポコと数を増していった。

 

「えっと…キリトくん?」

「そしたら、まるで水の中で眠っていたみたいにゆっくりとアスナの全身が浮かび上がってきたんだ」

 

彼女が顕現した時の姿をキリトが夢中で話している間も泉に湧き出ている泡は量と大きさをどんどん膨らませ、ついでに音さえもゴボッ、ゴボゴボゴボと不気味さに拍車を掛けている。

何もない空間から大量の泡が溢れ出てくる様に「ひぅっ」と声を詰まらせていると、ようやくキリトが自分の腕にしがみついているアスナの手の必死さに異変を感じ取り意識を戻した。

 

「アスナ?」

「キリトくんっ、キリトくんっ、あれっ、あれっっ、私もあんな感じだったのー!?」

「は?」

 

アスナの指し示す水面を見たキリトはその異様な光景に「げっ」と頬を引き攣らせると泉から庇うように彼女の肩を抱き、半歩ほど後ずさる。その間も泉の水は沸点を越えた熱湯のように巨大な泡を次から次へと弾かせ続けていて…………

 

「ぷはぁーっ!!、げほっげほっげほっ!」

 

突然、その泡の中から何かが飛びだしてきて、思わずアスナは「きゃぁっ!!」と叫んでキリト本体に抱きついた。

同時にキリトもアスナをしっかりと抱きとめて「うえぇっ!?」と声を上ずらせる。

キリトの視線とアスナの閉じた瞳の先には泉のほぼ中央に立ち、身体を折り曲げて盛大にむせている一人の青年がいて、咳き込みが止まらないせいで俯き、片手で口元を押さえたまま「げふっ、ごふっ」と揺れながらキリトとアスナのいる岸へと向かってヨロヨロ歩いてくる。

出迎えるつもりだった二人が無言のままその様子を見守っていると、ようやく岸に辿り着いた青年が下を向いたまま「ぅう……溺れるかと思ったぜ……」と呟いてふと足を止めた。泉のほとりに人がいたのだとようやく気付いて「ん?」と顔を上げ、キリトを見てパッと表情を明るくし、続いてその隣にいるアスナを見て「あ゛?」と咳すら忘れて全ての動きを止めた。

それを見たキリトがそっとアスナから片手を離し、そのまま青年に向けて少し持ち上げ「よ、よう、クライン」と挨拶をする。何の反応も返ってこないことを訝しんでいると胸元から小さく「キリトくん」と自分を呼ぶ声がして、当然、キリトはその声を優先させた。

 

「どうした?、アスナ」

「みんな『転移の泉』にこんな感じで来るの?」

「まさか。普通はもっと普通に来る」

「よかった。あんなふうにはならないのね」

「なってたまるか」

 

至極当たり前に身体を寄せ合って不安そうな声のアスナの腰を片腕で支えているキリトに喉の痛みも忘れてクラインの声が飛んでくる。

 

「キリトっ!、どーゆーことか、説明しろー!」




お読みいただき、有り難うございました。
ある意味、とても派手な(?)登場となったクラインです(苦笑)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。