空の魔法使い   作:ほしな まつり

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もしかして「鉄の魔法使い」はお邪魔虫かな?、の第十八話


空の魔法使い・18

ひょんなきっかけで知り合いになった魔法使いが天空を司る四人の内の一人だったと知った時は驚いたが、クラインがもっと驚いたのは同じ『空の魔法使い』であるはずのキリトに対する浮遊城アインクラッドでの扱いだった。城長は無干渉らしいが、彼と普通に会話を交わす魔法使いをクラインは二人しか知らない。

一人は『金風の魔法使い』と言うらしいが会った事はなかった。

もう一人はキリトと同じ天空を司る魔法使いの一人で『夜空』とは相対する位置に在る『青空の魔法使い』である。

クラインがキリトの家を訪れていると、そろそろ『茜空』と交代だろうから俺は帰るぜ、と思う頃に決まって彼がやって来て「今日はちゃんと起きてるんだね、キリト」と翡翠色の瞳を細めるのだ。

その台詞で普段のキリトの所行も推し量れるというものである。

そのキリトが今日は午下に魔法力の回復不足による疲れも見せず真っ黒な瞳を輝かせて用意してもらった食事を美味しそうにぱくついていて、その隣ではそれを嬉しそうにしている少女がいる。彼女の目が見えないとは言え、この城にいる『空の魔法使い』の殆どがキリトに向ける嫌悪すら孕む視線とは雲泥の差だ。

目の前の微笑ましい光景に気が緩んだクラインはどうにか落ち着いたらしいキリトと、安堵の息を落としているアスナへ何の気なしに今日の食事の礼にと誘いを投げかけた。

 

「今度はお前達が地上に来いよ。俺のいる鉱山周辺も色々面白いぜ」

 

案内してやる、というクラインの言葉にアスナは両手をギュッと握りしめ「本当にっ?!」と喜びを表す。

 

「ついでに今日、俺を『転移の泉』に突き落とした鍛冶師にも会ってみるか?」

 

頼もしく笑うクラインに人間の女の子を紹介してもらえると聞いてアスナは栗色の髪が乱れるのも構わずコクコクと頷いた。けれどそこに躊躇いがちのキリトの声が入って来る。

 

「悪い、クライン……さっきも言ったけど、アスナはまだ何の魔法使いかわかってないんだ。当然、魔法力も転移の泉を通れるほど使えない」

「あー……そうだったな。すまねぇ、うっかりしてた」

 

失言だったと謝るクラインに、ついさっきまでの期待を萎ませて、しゅん、と俯いたままのアスナの頭が小さく動いた。

 

「クラインさんのせいじゃないです。私がちゃんとした『空の魔法使い』になっていれば……」

「そんなに思い詰めるなよ……そのうち『転移の泉』だって自由に使えるようになるさ」

 

キリトが言葉と同時に慰めるようにアスナの肩を優しく撫でる。そこにクラインも続いて明るい声をかけた。

 

「ああ、それどころか『転移の泉』を使う必要すらないかもしれないぜ」

「あっ、そうだな……」

「空を飛行できないのは天空を司る魔法使いだけだから、よほど離れた場所へ急ぐなら使う時もあるだろうけど、普通は自分で空を飛んで移動するだろ」

 

だからずっと『転移の泉』のほとりにいても他の『空の魔法使い』がやって来ないのだと気付いたアスナはシャーリが言っていた言葉を思い出した。

『私はあんまりこの城にいないけど』……魔法力を自在に操れるようになれば『空の魔法使い』として地上のあちこちに行かれるようになるわけだが、それは同時に今のようにずっとキリトの傍にはいられないという事だ。初めから城長にもこの城での生活に馴染むまでと言われていたし、キリト自身もアスナのサポートは自分が必要な時までと強く決めている節があった。

アスナだって『空の魔法使い』でありながら魔法を使えないままは嫌だしキリトのお荷物にもなりたくはない。けれど一人前になる事が同時にキリトと距離を置く生活になるのだと改めて突きつけられたアスナの心はこの《浮遊城アインクラッド》に来て初めてと言っていいほど揺れ動いていた。

キリトとの会話に出てくる魔法使いはダントツにユージオが多いのだが、彼ほどではないにしろ『金風の魔法使い』もよく話題に上がる。どちらかと言えば彼女の場合は単体ではなく決まってユージオとセットになっているのでアスナはまだ会ってもいないアリスに対してなんだか微笑ましい印象さえ持っていた。

そう、それくらいキリトとの思い出がある彼女さえ、アスナが顕現してからはまだ一度も《浮遊城アインクラッド》に戻って来ていないのだ。ユージオに聞くと「そろそろ帰ってくるよ」と笑っていたから、特別長期で留守にしているわけではないのだろう。

『空の魔法使い』として独り立ちしたらキリトと顔を合わせない日が何日も続くかもしれない、と想像したアスナが思わず隣にあった黒いシャツの裾を握ると「アスナ?」と不思議そうな声と共にキリトが顔を覗き込んできた。

 

「どうした?、疲れたのか?」

 

ちゃんとした『空の魔法使い』にはなりたいけれど、今のキリトとの生活も続けたい、と我が儘めいた望みが口に出来るわけもなく、アスナは黙って頭を振る。

 

「空の魔法が自由に使えなくても、魔法力は減るんだから…アスナはもう少し食べた方がいいと思うんだよなぁ」

「寝てばっかりのお前がそんな事を言う日がくるとはな……」

 

嬉しい変化ではあるのだが今までの自分に対する雑な扱いに比べると、随分と盲目の魔法使いに対しては気遣いをみせているキリトに半ば恨めしげな視線を送ったクラインは、次にキリトがそのまま自分の前髪を手で掻き上げてアスナと額同士をくっつけるとこれ以上ないくらいに目を剥いて仰天の声を飛ばした。

 

「なっ!、キリトっ、おめぇ何やって……」

「何って、魔力が不安定だと熱が出たり目眩がしたりするだろ。アスナの場合、目が見えてないから症状が出るとすれば熱かな、と思って」

「だからって…………」

 

どこをどう見てもお年頃の女の子にいきなりしていい事じゃねーだろ、と諭そうとしたクラインは、遅ればせながらアスナの表情を見て口は開けたまま声だけを無音化させる。驚くとか照れながら怒るくらいの反応が妥当だと思っていたのだが、当の彼女はほんのりと頬を赤らめたまま勝手に触れられても特に気にする風でもなく、それどころか「大丈夫だよ」とキリトの気遣いを受け入れているのだ。

まさか目の前の二人が毎日同じベッドで、しかもかなりの密着度で寝ているなどと想像もしていないクラインはあんぐりと口をあけたまま、はぁっ、と重い息を吐き出した。

 

「キリト、お前こそもうすぐ『影濃天』なんだから体調を整えとけよ」

 

短い時間だが二人のやり取りを見ていれば今のキリトの魔法力の安定にアスナが関与している事は火を見るよりも明らかで、だからこそクラインは託すような視線をアスナに送る。これから更に夜の時間が長くなっていけばキリトは自分の空の時間以外は誰にも会わず、家にも入れず、ずっと籠もりっぱなしになるからだ。

かなり前に一度キリトの家まで様子を見に行った事があったが、親友と呼ぶに相応しい『青空の魔法使い』さえ鍵のかかった戸口の前で門前払いをくらっていた。「この時期は仕方ないのかな」と困ったように笑う翡翠色の瞳は寂しさと不安に満ちていて、あの少年はキリトと対局にいるからこそ出来る事と出来ない事を十分理解しているらしく、そのまま静かに立ち去って行ったその後ろ姿を知っているからこそ誰も寄せ付けず孤独に『影濃天』を支えるキリトの味方にこの少女がなってくれたら、と切に願ってしまう。

 

「『影濃天』ってそんなに大変なのね。ユージオくんも『栄晴天』にはヘトヘトになるって言ってたし」

 

『青空の魔法使い』の場合はその状態を見て「魔法力の鍛錬が足らないのでは?」と厳しい言葉と共に肩を貸してくれる『金風の魔法使い』がいるので毎年ヘトヘト程度で済んでいるらしいが、自分が初めてキリトと共寝をした時の様子を思い出すと、既に日常でヘトヘト以上の負荷がかかっているように感じたアスナの唇が、むむぅっ、とすぼまる。

そうなるとこれからはキリトに抱きしめられて寝る時間も今より長くなるかもしれないから夜のうちに行う食事の仕込みは万全を期さないと、と考えを巡らせ、食事量も増えるのかしら?、と想像してから握っていたシャツの裾を手放し、両手でキリトの手をギュッと握る。

 

「私がキリトくんの傍にいるからね」

 

出来るならこれからもずっと、という純粋な願いはキラキラと輝いてキリトの中へと流れていった。




お読みいただき、有り難うございました。
「鉄の魔法使い」のクラインも帰りはアスナのお弁当のお陰で
魔法力みなぎってますっ
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