空の魔法使い   作:ほしな まつり

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やっぱり「長」はこのヒトだよね、の第二話


空の魔法使い・2

この世界の大地を覆う空、そして、その空を司る魔法使いと空に起こる気象のそれぞれを司る魔法使い達、総称『空の魔法使い』達が本拠とする「浮遊城アインクラッド」……今、その城前の広場には現在、城に留まっている魔法使い全員と言っていい人数が集まっていた。

広場から城内へと続く階段の上にいた城長(しろおさ)ヒースクリフは広場に一番最後に到着した年若く、それでいてこの空の主軸の二人が到着したことを認めて、空の色を確認する。

予想通りと言うべきか、既に『茜空の魔法使い』の時間も終盤に近い。新たな仲間の魔法使いをゆっくりと紹介している時間はなさそうだ。今回は色々と不可思議な点があるが、それはまた追々説明するしかないだろう、と城長は寝起きの悪い『夜空の魔法使い』を恨めしげに見た後、そのまま自分に集中している視線をゆっくりと押し返した。

 

「待たせたね。では紹介しよう」

 

大声ではない、低く落ち着いた声がその場にいる魔法使い達の耳すべてに確実に浸透していき、その場が水を打ったように静まりかえる。丁寧に撫でつけた長髪を後ろでひとつに結んでいるヒースクリフはその毛先を緩やかに揺らして城内へと振り返った。夕陽に照り返る白金の髪色はこの城の長にふさわしい彼の潔白な人となりを表しているようだ。

 

「出てきたまえ……」

 

片方の手の平をすくい上げて誘い、促す声が城の内まで届くと、カツンッ、カツンッ、とゆっくり石畳を踏む音が響く。屋内から赤橙色の陽光に照らされた場所へと徐々に姿を現したその容姿を目にした魔法使い達の多くが知らずに息を止め目を瞠った。

少女の殻から抜け出しつつある年齢特有の無垢な柔らかさと芳潤な色香を同居させた体付き、手足も首筋もほっそりとしているが骨張ってはおらず、緊張しているのか前身の上で一つに合わさっている両手は互いをきつく握りしめていて、同様に綻べばさぞ愛らしいだろうと想像できる薄い唇も今は真一文字に結ばれている。少し色づいている頬は全ての目が自分へと集中している事への恥じらいなのか、それとも夕陽のせいなのか……全魔法使いが彼女の一挙手一投足に注目している中、ただ一人、キリトだけはその目元に視線を固定させ訝しげに首を傾げていた。

ヒースクリフの横に並んだ彼女が足を止め、こくり、と唾を飲み込むと、続けて胸元辺りまで伸びている栗色の髪をさらり、と滑らせ深々と一礼をする。

 

「皆さん、初めまして……アスナ、と言います」

 

多少堅さはあるが、それでも鈴を転がすような声に皆が聞き惚れた……が、次の言葉を待つ全員の期待に戸惑いを浮かべたアスナは「あっ」と気付いて、わたわたと少し早口になる。

 

「ご覧の通り、目は見えませんが感じ取る事は出来るので……」

 

日常の生活には問題ありません、と続けようとしたのだが集まっている魔法使い達から一様の「えっ!?」と驚きの気配を察知して、自分の発言の間違いに気付き口を噤んでしまう。そこにヒースクリフの声が割り込んできた。

 

「みんな、新しい仲間となったアスナくんは目が見えない。しかし本人も言っていたとおり周囲の様子はどうやら感覚で認識できるらしい。今も普通に一人で歩いている姿を見たからわかると思うが……」

 

そう言われれば、とその場に集っていた魔法使い達は記憶を巻き戻す。確かに城長に名を呼ばれた時、彼女は一人で歩み出てきたし、その歩き方にも不安定な所はなかった。過去には耳の聞こえない者や口のきけない者も『空の魔法使い』として存在していた記録が残っているし、目が見えない、と言ってもほとんど支障はないらしいとわかり皆の表情は落ち着きを得る。強いて言うならここまで整った容姿の彼女が瞳を開いている顔が見られない残念さくらいだ。

広場の雰囲気が安定したところで再びヒースクリフは口を開いた。

 

「とは言え顕現したばかりの身だ。実際に見える物と感知する物とでは違いが出る可能性もある。そこで慣れるまでの間、誰かと一緒に行動してみてはどうか、と思うのだが……」

 

最後まで言い切る前に、男女を問わず複数の手や声が次々と上がる。もちろん全員が好意からの申し出だが、若干青年魔法使い達がやに下がった顔つきになっているのは仕方のないことだろう。彼らの表情の内にある感情も見極めたヒースクリフの真鍮色の瞳が細くなり、つられるように眉尻も下がった。

 

「積極的な申し出は有り難いが……実は彼女自身、自分が何の魔法使いなのかわかっていない」

 

突然告げられた言葉にその場の全員が息を呑み固まる。

ここ浮遊城アインクラッドに出現したのだから『空の魔法使い』ではあるのだろうが、自分の魔法が分からない魔法使いなど聞いた事もないからだ。自分が何者なのか……それは魔法使いとなった時点で当たり前のように自覚できる自分の存在意義と言っていい。

魔法使い達の驚きを眺めながらヒースクリフは続けた。

 

「そして彼女がこの城に現れたのは真夜中なのだよ」

 

何かのスイッチを押されたように魔法使い達が一瞬、ギョッと目を見開きすぐに周囲を見回す。そして目当ての魔法使いを発見すると、不躾な視線はその人物に集中した。穴が空くのでは?、と思うほど多くの魔法使い達に見つめられている一人の魔法使いの隣で戸惑いの友の声が「キリト……」と囁くが、この城にいる魔法使い達の一種嫌悪すら混じった眼差しは揺らぐことはない。

けれど城長の隣にいたアスナだけはキリトの存在に気付くと迷いも見せずにトンッ、と広場へ降り立ち、タタッ、と小走りに歩み寄って、閉じた瞼のまま、ふわり、と微笑んだ。

 

「あなたよね。昨夜、私を運んでくれたの」

「……、あ……ああ」

 

目が見えない、と言うのは無数に突き刺さる視線に籠もった感情までは計れないのか、とキリトはアスナの行動に対する周囲の驚きと、そこに共存する忌避から早く彼女を遠ざけたくて一歩後ずさり、この場から離れようと身体を捻った……と、それよりも一瞬早くキリトの手をアスナの両手が包み込む。

 

「ありがとうっ」

 

純粋な声と共にキラキラと弾ける光の粒が繋がった手から流れ込んでくる感覚にキリトは漆黒の瞳をパチパチと瞬かせた。

 

「わかるのか……?」

 

しっかりと握りしめられている手を見つめてもそこに何の異変も存在しない事を確認してから一呼吸置いて呟いた言葉に含まれた多様な意味を察したのか、アスナは嬉しそうに笑う。しかし、その光景の一部始終を見ていた広場の魔法使い達はキリトよりも驚きを濃くしていた。

大勢の魔法使い達が集まっている広場の中を身軽な足音だけでキリトの元へ辿り着いた盲目であるアスナの感覚と一寸の迷いも見せずに触れた『夜空の魔法使い』の手……夜を苦手とする魔法使い達には考えられない行動だ。対局にいる『青空の魔法使い』は同等の力を有しているせいか触れる事に躊躇いはないが、穏やかな笑みが基盤のユージオも初対面に近いアスナがやってのけた偉業に驚きを通り越してただ呆然と目の前の二人を見つめている。

しかし時が刻刻と過ぎて、太陽が沈みかけている事に気づいたヒースクリフは「こほんっ」と咳払いをしてキリトに意味深な笑みを投げかけた。

 

「では、アスナくんのサポートは君に頼もう」

 

今度こそ広場に集まっている魔法使い全員が「ええっ!?」と声を揃える。そのまま言葉を続けたのはキリトだった。

 

「おいっ、ちょっと待って……」

「彼女が何者かはわからないが、夜に顕現した事と、実は彼女、先程まで眠っていたのだよ。この時間に目覚めるのなら共に生活する相手は君しかいないだろう?」

 

一見問いかけているような言葉遣いでもヒースクリフの声や表情は反論を許さないものだ。

 

「この城での生活に馴染むまでだ。他の魔法使い達との交流を制限するわけでもない。さして問題はないと思うが」

「共に生活って、問題おおありだろっ」

 

平素から何事にも動じない城長の内に秘めた少し面白がっている気配に気付いているキリトは思わず噛みつくが自分の手と繋がっている細い指がきゅっ、と強張った変化に慌ててアスナを見た。

 

「私が一緒じゃ、ダメ?」

 

挨拶の場で大勢の魔法使い達を前にし若干緊張はしていたものの、スッと背筋を伸ばしていた彼女が、今は一転して瞑ったままの目をこちらに向け不安そうに見上げてくる面差しを至近距離で見せられたキリトはつい、うぐっ、と声を詰まらせてから降参したように「……ダメじゃない」と告げてしまう。しかし、せめて住む家は別にしようと提案しかけた始まりの「けど」と言う言葉は、出たか出てないか自分でも分からない時点でヒースクリフの「決まり、だな」という声と、ユージオの「決まりだねっ」という声、それに「よかったぁ」と心底嬉しそうなアスナの声に阻まれて存在を消されたのである。




お読みいただき、有り難うございました。
アインクラッドで「長」が付くエライヒト、と言えばもう
このヒトしかいないでしょう。
悪巧みはしてませんよ(苦笑)

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