空の魔法使い   作:ほしな まつり

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二人で歩く時はそうなるよね、の第三話


空の魔法使い・3

アスナとの同居を半ば押し付けられるように受け入れたキリトは握られている手をそのままつなぎ直し、好奇、驚き、妬み、そねみの視線から逃れるように広場から彼女を連れ出した。二人の後ろ姿を「ふーん」と見送っているユージオの口元が嬉しそうに曲線を描いた後、すぐに欠伸を押し出したのは知る由もない。

『茜空の魔法使い』の力はどんどんと弱くなっている。『青空の魔法使い』であるユージオはいつもならキリトがしっかり起きたのを確認して自分の家に戻り、そろそろ寝る支度にとりかかっている頃だ。

他の魔法使い達も同様に空の色を見て、姿を消した若い二人の魔法使いの影を追っている場合ではないと気付いたのだろう、ひとり、またひとりと去って行き、広場に静寂が戻るとほぼ同時に太陽の存在が空から消えたのを見届けたヒースクリフもキリト達が立ち去った後をほんの一時見つめてから城内へと引き上げたのである。

 

 

 

 

 

「とりあえず君はオレの家で……」

 

と言いながら振り返ったキリトは、はた、と現状に気付いて足を止めた。

外出の時は既に無意識で着用している黒の指ぬきグローブ……当然、今も自分の手に装着しているが、意識してみればグローブごしにもハッキリとわかるほど細く柔らかな感触が伝わってくる。

 

「わっ、悪いっ…………あれ?」

 

知らずに握っていた手の力を抜いても、感触が消えない事を不思議に思って、未だ自分の手と繋がったままのアスナの手をまじまじと見てからそのまま顔を上げ、今度はその手の持ち主を見るが疑問の視線に気付いているのかいないのか、アスナはことり、と首を傾げた。

 

「あなたの家、もう着いたの?」

「いや……まだだけど……」

「だったら急ぎましょう。もう交代の時間なんでしょ?」

 

どこまで『空の魔法使い』としての知識があるのか……なんでこんな所で立ち止まったのよ?、と少し呆れ気味の声にキリトは更に「あれれ?」と思い悩む。戸惑う気配に痺れを切らしたアスナは急かすように自らが握っているキリトの手を軽く揺さぶった。

 

「周囲の気配はわかるから歩くのは問題ないけど、さずかに行った事もないあなたの家の場所まではわからないわよ」

「……だろうな……じゃなくてっ」

「私は別に夜になっても構わないけど……」

 

『夜空の魔法使い』の時間は空も地上も真っ暗闇となる。加えて魔法使いとしては魔法が使えない時間でもあり、それは一種の恐怖や嫌悪の感情を生み出していた。キリトに普通に接してくれている魔法使い達は皆一様に「ゆっくり休めていい」と言ってくれるが、それがかなりの少数意見で優しい好意に包まれている事はキリト自身がよく知っている。

だから出会ったばかりの少女が臆することなく見せてくれた夜への平常心をキリトは信じる事が出来なかった。

 

「それは……まだ、君が夜を知らないからだ」

「んー、城長さんに少し聞いただけだけど……」

 

アスナはそう切り出すと、すぐに混じりけのない笑顔を向けてくる。

 

「目が見えない私にとって真っ暗なのは今もそうだし、魔法が使えないのも今と一緒だもの」

 

そう言われてみれば、とキリトは自分以外の魔法使いが忌み嫌う状況がアスナの通常なのだと気付いて、一旦は抜いた手の力を再びギュッと込め直し、少し息苦しそうな顔をした。「だからこのまま『夜空の魔法使い』のお仕事をしていいわよ」と気軽に言ってくる彼女にキリトの声が少し小さくなる。

 

「君は……アスナは……オレが何をしてるのか……知ってるのか?」

 

思いがけず真剣な声で問われた内容にアスナは少し驚いたのか、細い眉を僅かに跳ねかせてからすぐにへにょり、と芯を失わせた。

 

「ごめんね、そこまで詳しくは知らないの。ただ、私は夜でも平気だってこと、あなたに伝えたくて……」

「キリト、だ」

「え?」

「オレの名前」

「キリト、くん?」

 

黙って頷いたキリトの顔にほんのり浮かんでいる照れ笑いが、見えないはずのアスナに伝染してこちらも口元がほころぶ。

 

「……目覚めてすぐ城長さんが教えてくれたの。私を見つけてお城まで運んでくれたのが『夜空の魔法使い』さんだって。運ばれている時、意識はなかったけどすごく安心できたのは覚えてたから……だからキリトくんが司る空なら絶対に大丈夫。怖くないよ」

 

広場の時のように繋いでいる手を通じてアスナから流れ込んでくる光の粒を感じたキリトは今度はそれを疑う事なく受け入れた。さっきは戸惑うばかりで存在そのものを見極めようとしてしまったが、アスナから絶対の信頼を感じた今、彼女から寄せられる感情と共に自身に浸透してくるそれはキリトの胸に淡い温もりを感じさせる。

 

「アスナは……強いな」

「そうかな?、でもそれはきっとキリトくんが傍にいてくれるから」

 

少しはにかむような笑顔に、つい空いている手までが彼女に伸びそうになって、慌ててそれを引っ込めた。初対面どころか視力を封じられている彼女に自分は一体なにをしようとしたのか……見えてはいないはずだが感覚で知られてしまったかもしれない、という自分でさえ意味不明の行動と感情に翻弄され、盗み見るようにアスナの様子を窺ったキリトだったが、アスナは気付いた様子もなく周囲を物珍しそうにキョトキョトと見回している。

 

「この辺のお家ってだいたい同じ感じなのね。みんな一人で暮らしてるの?」

「ああ、常にこの城にいるのは城長と空を駆け巡る必要のない『青空の魔法使い』『茜空の魔法使い』『暁天の魔法使い』そして、オレ、『夜空の魔法使い』だけだから、他の魔法使い達は留守にしている事も多いんだ」

 

へぇ、とアスナは再び辺りに届かない視線を巡らせてから「それで、キリトくんのお家は?」と小首をかしげた。

 

「もう少し行った所だ」

 

ある程度家がまとまっている地域からは外れた場所にある『夜空の魔法使い』の家、その意味するところをアスナが理解しているかどうかは分からないが、彼女はふわり、と笑うと「早く見たいな」と再びキリトを急かす。キリトはもう手を離そうなどと思いもせずに、そのままアスナと歩みを再開させた。

 

「『浮遊城アインクラッド』って呼ばれてるけど城で暮らしてるのは城長のヒースクリフだけで、他の魔法使い達の家は城の周囲にあるんだ」

「昨日、私がいた……えっと、『転移の泉』?……そこは?」

「そこも城の近くだけど、家が集まっているこの辺りとはまた別の場所で……それで、ここがオレの家」

 

一旦、入り口の前で立ち止まると、アスナはこれまで以上にキョロキョロと家全体を眺め、ついでに周辺も眺めてから納得したように、うん、とひとつ頷く。それを合図のようにキリトがギイッ、と扉を押し開けた。

 

「お、お邪魔します」

 

ひどくゆっくりと足を踏み入れるアスナを隣で見ていたキリトは、別に何の仕掛けもないけどなぁ、と少し可笑しくなって顔を緩める。

 

「笑わないで、魔法使いのお家なんて初めてなんだから」

「うぇっ……」

「言っておきますけど、今のはキリトくんの気配でわかったのよ。目が見えなくてもキミって分かりやすいわ」

「へいへい。そーですか……でも、魔法使いの家って言っても特別何もないだろ」

「…そうね。どっちかって言うと物がなさ過ぎるくらい」

 

落ち着きを取り戻したアスナの眉が今度は不満を表す角度になっていて、それはそれでまた可笑しくなったキリトは正直に、ぷっ、と笑い声を漏らした。

 

「とりあえずオレはもう行かないと。アスナは……奥が寝室になってるから、オレのベッドが嫌でなければ…」

 

寝ててくれ、と言う前に「眠くないわよ、私」と素直な声が割り込んでくる。

 

「忘れちゃったの?、城長さんも言ってたでしょ。私、ここに来てからずっと寝てたんだもの」

 

そう言われてみれば、とキリトもヒースクリフの言葉を思い出して頭を抱えた。自分以外の魔法使いは皆、夜になると寝ているから、ついアスナもそうだと思い込んでいたが、そもそも共同生活を勧められた一因は彼女が『茜空の魔法使い』の時間まで起きてこなかったからだ。

 

「じゃあ……どうします?」

「うーん……、キリトくんがよければ、だけど、このお部屋と寝室のお掃除や片付けをしてもいい?」

 

言われてみて改めて自分の家の中を見回したキリトは一呼吸置いてから「オネガイシマス」と頭を下げる。物が少ないのと掃除がしてあるのは別問題なわけで、寝室のベッドに脱ぎっぱなしになっている寝間着の存在を思い出したのは、アスナが「いってらっしゃい」と手を振って見送ってくれてから随分とたった後だった。




お読みいただき、有り難うございました。
「旋風の魔法使い」に室内の埃を飛ばしてもらう、って
手もあります(笑)

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