閉じたままでもわかる優しげな目元だったがそこからユージオへと伸びてくるのは真っ直ぐな誠意だ。真摯で、それでいて清楚な笑顔に驚いているとキリトの肘がユージオの脇腹を突ついた。
「ぃてっ……こ、こんにちは、アスナさん。僕のことはユージオでいいよ。ここでの生活はどう?……それにしてもキリトがこの時間に起きてるなんて、この城が地上に墜落するくらいの大事件だよ」
陽だまりのようなユージオの笑みとその次に飛び出した例えにアスナはくすくすと声を転がす。
「私のことも、アスナ、でいいわ。なら今まではユージオくんがキリトくんを起こしていたの?」
「そうだよ、キリトは放っておいたら昼でも夜でもずっと寝てるからね」
「そっ、そんな事はっ」
友の発言に焦り声のキリトが否定を試みるが、ユージオは落ち着いたまま肩をすくませた。
「今まで『茜空の魔法使い』が何回僕のところに泣きついてきたと思ってるのさ、キリト」
う゛っ、と続くはずの言葉を飲み込んだ所を見ると、少なくとも過去には空を明け渡す時間になってもキリトが目覚めず、『茜空の魔法使い』が困り果ててユージオの元を訪れた事が何回かあるのだろう、と推測したアスナが呆れた様子で「キリトくんたら……」と零す。
単純に、なぜ『茜空の魔法使い』は直接キリトくんを起こしに来ないのかしら?、という疑問は浮かんだが、アスナはそれよりもキリトがここまで気を許している友にさえ深く長い眠りの理由を明かしていない事に寂しさを覚えた。きっと友達だからこそ心配を掛けたくないのだというキリトの優しさはわかるが、一人で背負うにはあまりにも寂しすぎる。
「あら?、私にはいつも昼頃目覚めるような事を言ってた気がするんだけど?」
この場の空気を重くしないよう、わざとらしく首を傾げればキリトは続けざま二回目になる「う゛っ」を発した。
「へえぇ、キリトがお昼に起きてる姿なんて一度も見たことないけどなぁ」
アスナに調子を合わせたユージオも真面目ぶった顔でキリトを見れば二人に挟まれた形の『夜空の魔法使い』は「勘弁してくれ」と白旗を揚げる。
「オレより先に起きたアスナが食事を作ってくれたんだよ。その匂いで目が覚めて……」
「そりゃあスゴイ。このキリトが匂いで起きるなんて」
キリトに向ける物とは全く純度の違うユージオの笑顔にアスナは恥ずかしそうに小さく首を振った。
「そんなに手の込んだ料理じゃないのよ」
「いや、あのスープは絶品だった」
今度はキリトが真剣に何度も頭を上下に動かす。二人の様子を眺めていたユージオは昨日、城の広場から立ち去る後ろ姿の二人を見送った時と同様に、内心「おぉっ」と珍しさと嬉しさを同居させた。
「だからなんだね、随分と調理器具や食器が充実したじゃないか、キリト」
上体を傾げて部屋の奥にあるキッチンを覗くユージオが感心したように今朝から存在を始めた鍋や皿を眺めていると、アスナが慌てて「ごめんなさい」と謝る。
「いつまでも戸口に立たせたままで。どうぞ…って言っていいのかしら?、キリトくんのお家だけど」
「ありがとう、アスナ。室内も少し広くなったみたいだね。それなのに部屋の隅にあった埃は無くなってるし。アリスが戻って来てこの部屋を見たらきっと驚くだろうなぁ……寝室のドアは変わってないみたいだけど、開けたら廊下になってるのかい?」
昨日までは毎日のように開けていたドアを目指しユージオが一歩を踏み出すと、「ぴっ」と小動物みたいな鳴き声をあげて固まったアスナとは反対にキリトはすぐに友の前へ立ちはだかった。
「この家の寝室はアスナの物でもあるわけだから……」
「わかってるさ、もちろんアスナの寝室は覗かないよ。でもあのドアを開けないとキリトの寝室にも行かれないんだろ?、場所を確認しておかないと、これからも僕が起こさなきゃいけない場合があるかもしれないし…」
「それはない」
「なんで言い切れるのさ?」
「なんでもだ」
「キリト……」
「とにかくっ、ユージオでも誰でもっ、あのドアは俺とアスナしか開けちゃダメなんだっ」
珍しく強引な言い方に眉根を寄せたユージオが納得出来る説明を求めてアスナへと視線を動かすが、頼みのアスナも真剣な表情で小さな頭をコクコクと一生懸命縦に振り続けるだけで口を開く様子がない。これ以上は何を聞いても無理なのだろう、と判断したユージオは軽い溜め息ひとつついてから「わかったよ」と不承不承の態で追求を諦めた。
「じゃあ折角この時間にキリトも起きていることだし、アスナにこの辺りをボク達が案内するっていうのはどうだい?」
一転して『青空の魔法使い』に相応しい晴れやかな笑顔を向けられたアスナの表情がつられるように、ぱぁぁっ、と輝く。
「いいのっ?」
「もちろん」
「行こっ、キリトくんっ」
しかしすぐさま戸口から飛び出していきそうな勢いのアスナに待ったをかけたのは意外にも少し乾いたキリトの声だった。
「オレは、いいよ」
「えっ?」
瞑ったままのアスナの目が大きく開かれたのがわかる。そしてすぐに綺麗な眉毛が「どうして?」と問いかけるように、へにょり、と垂れた。
同様に戸惑い顔のユージオが「キリト…」と友の名を呼ぶが、次の言葉を探しているうちに、キリトは自身の黒髪を乱暴にガシガシと掻いて大きな欠伸をする。
「お腹もいっぱいになったし、なんだか眠くなってきた。いつもなら寝てる時間だしな。二人で行ってこいよ。オレは『茜空の魔法使い』と交代するまでもう一眠りさせてもらうから」
早くも眠気に勝てそうにないと目を擦り始めたキリトにアスナは「えーっ」と不満の声をあげるが、構わずキリトは彼女の後ろに回り両手で細い背中を押した。
「大丈夫だって、ユージオならちゃんと案内してくれるから」
「そこは心配してないわ。だってキリトくんのお友達でしょう……もしかして私と一緒がイヤ、とか……」
元はと言えばアスナとの同居にあまり乗り気ではなかったキリトだ。それを承諾したのは城長であるヒースクリフからの要請もあったが、なりよりアスナ本人が強く希望したせいでもある。食事は喜んでもらえたが、それ以上の好意を求めるのは間違っていたのだろうか、と揺れる声で不安を口にすれば、背中に触れていたキリトの手がアスナを支えるように両肩を掴んだ。
背後のキリトが一歩を踏み出し、自分の手の甲に額を乗せる。
「違う……アスナの事がイヤだなんて、絶対にない…………」
それからゆっくりと頭を上げ、トンっ、とひと押し、アスナを戸口まで押し出した。
「さっきも言っただろ、アスナはもっと多くの魔法使い達と出会うべきだって。ユージオと一緒なら…………それに、ほら、城の図書室の事も聞けるし……じゃあ、ユージオ、頼んだ」
「あ、うん…僕は構わないけど……」
手を振るキリトの顔を見たユージオは一瞬呆れた表情をしてから「じゃあ行こうか、アスナ」と戸惑いで未だ足が動かない彼女を促す。
これから暮らしていくこの場所を知りたい気持ちも、城の図書館に行きたい気持ちも抱えたまま、それでもキリト一人を残して行く事に納得できないアスナだったが「ね、アスナ」とユージオに微笑まれたら自分を気遣っての誘いを今更断ることも出来なかった。
それに確かにキリトの手は温かくなっていたが魔法力の回復の為、本当にまだ睡眠が必要なら自分の願いなんてただの我が儘でしかない。本当はキリトくんと一緒に行きたかった、という気持ちを飲み込んだアスナは、キリトの存在を感じる位置に振り返る。
「…行って来るね……空がキリトくんの時間になるまでには戻って来るから」
「ああ、わかった」
キリトに見送られて歩き出した時、隣を行くユージオが小さく「あんな顔をするくらいなら一緒に来ればいいのに」と悔しそうに呟いたが、「あんな顔」をアスナの開かない瞳で見ることは叶わなかった。
お読みいただき、有り難うございました。
ユージオに貰った茶葉、美味しかったよ、って言うの
忘れてるぞキリト。