空の魔法使い   作:ほしな まつり

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ユージオとお出かけするアスナ、の第九話


空の魔法使い・9

ユージオと共に家を出たアスナは後ろを振り返ることなく歩を進めながら午後の穏やかな陽射しが満ちている外の空気を吸い込んだ。

 

「気持ちの良い空ね、ユージオくん」

「ありがとう、アスナ」

 

空の色が見えなくても頭上に広がっている青がどれほど澄んでいるのかを感じ取る事はアスナにとって簡単なことで、それは同時にユージオの人となりも示している。アスナからの素直な賞賛に優しい笑みで嬉しさを表したユージオだったが、なぜかすぐにその笑顔に苦味を混ぜた。そして言いにくそうに言葉を詰まらせる。

 

「え、と……その感じだと大丈夫なのかな?」

 

聞かれた意味が分からずに足を止めて隣にいるユージオへアスナが小首をかしげると、更に言葉にしづらいのか『青空の魔法使い』は「その……」と言いよどみ、彼女に向け人差し指をちょんちょん、と動かした。

 

「ユージオくん?……ごめんね、あまり細かい動作までは感じ取れないの」

「えっ!、あっ、そ、そっかっ。ごめんっ…………あの、手を……」

「手?」

 

どうやらユージオがアスナの手を意識している事は理解できたが、その先の意図が見えず互いに合わない視線で見つめ合う。二人共無言の時間が流れた後、このままでは埒が明かないとユージオが今度は頬を赤くして小声で申し出た。

 

「手を……つないだ方がいいのかなって……」

 

そこでようやくユージオの心遣いの意味がわかったアスナは慌てて「ありがとう」と言ってから「でも、大丈夫」と笑った。

 

「お城までの道はちゃんと覚えてるし、それに歩きづらい場所もなかったから」

 

昨日、キリトと手を繋いだまま城の広場から逃げ出すように立ち去ってしまった自分達の姿をユージオも見ていたのだと気付いたアスナが彼の思案の元であった手の平を、ひらひらと振る。あの時のアスナはキリトを見つけた嬉しさで思わず手を握ってしまい、そのままキリトに連れられて場所のわからない彼の家まで案内してもらう間もずっと手を繋いだままだったのは今思い返してみれば嬉しさ半分、恥ずかしさ半分の思い出だが、だからと言って同様にユージオの手も、という気持ちは欠片もない。

傍にいる事も手を繋ぐ事も、果ては同じベッドでくっついて眠る事さえ気恥ずかしさからの戸惑いはあるもののアスナの中で自然と受け入れられるのはキリトだけだ。だからなのか、彼が居残っている家を出てまだほんの少ししか経っていないというのに、既にアスナは小さな寂しさを感じていた。

キリトくん、本当に寝ちゃってるのかな……と『夜空の魔法使い』の今を想像しているアスナの耳に、あからさまな安堵の声が届く。

 

「よかったぁ……」

 

そこまで心配をかけるほど危なっかしい歩き方だっただろうか?、と思いながらもユージオの、ほっ、とした様子にアスナは寂しさを引っ込めて微笑んだ。

 

「目が見えていなくても普通に歩くのは問題ないのよ?、ここは地面も平坦だし……」

「ああ、そうじゃなくてっ……君と手を繋ぐと、きっとキリトがさ……」

「キリトくんが?」

「……うん、まぁ……これ以上は言わないでおくことにするよ」

 

困っているような、それでいて嬉しそうな『青空の魔法使い』のちぐはぐな雰囲気を疑問に思っていると、なぜかご機嫌なユージオが今度は少し急かすように「さ、行こうよ」とアスナを促してくる。その誘いにつられるようにアスナも「うん」と頷き、二人は並んで城を目指したのだった。

 

 

 

 

 

魔法使い達の家がある集落までの道のりはよかった。

風はなく、青空から降り注ぐ陽射しはどこまでも二人に優しい。きっとユージオの気分が少なからず反映しているのだろう。そう考えればほんの僅かな時間しか接していないアスナでさえ感じ取れるほど温和な気性の彼は、まさに青空を司る魔法使いに相応しいと思えてくる。いや、こんな人だから『青空の魔法使い』なのだろうか……ぐるぐると考えを巡らせて辿り着いたシンプルな疑問をアスナは溜め息と共にぽつり、と落とした。

 

「魔法使いってなんなのかしら?」

 

すると意外にもすぐ隣から、ふっ、と笑いにも似た息づかいが聞こえる。

 

「ユージオくん?」

「僕もね、同じような事を思ったことがあるよ」

「君も?」

「うん。空を司る僕達四人の魔法使いやあるゆる気象の魔法を使う多くの魔法使い達。地上に降りれば各地に存在する魔法使い達はたくさんいるいるから……魔法使いが誕生する理由を知りたくて」

 

どこか恥ずかしそうに笑うユージオは「それで城の図書室にも行ったことがあるんだ」と打ち明けてくれた。

 

「そう……なんだ」

「地上の魔法使い達の多くはその土地に住む人間達と共存してる。もちろん距離を取って暮らしている魔法使いもいるし水の中で生活している魔法使いもいるけど……魔法使いは魔法が使える以外は地上の人間達と見た目も殆ど違いがないのに僕達は突然生まれるんだよね」

「突然……」

「『空の魔法使い』は『転移の泉』に出現するって知ってる?、人間みたいに女性のお腹から赤ん坊で生まれてくるわけじゃないんだ。親もいないし」

「そっか……そうよね……」

「それなのに僕達は今のアスナみたいに既にある程度の知識を初めから持っている。当たり前のように服を着て言葉を交わし食事をしてベッドで眠る。僕達はどうして人間みたいな生活をするんだろう?」

 

ユージオは立ち止まってふらり、と頭上に広がっている澄み切った青空を仰ぎ見る。

まるでその先に求める答えがあるのだと言いたげにどこまでも続く空を見上げているユージオの隣でアスナもまた足を止め、顔を上に向けた。

もちろんアスナに青を見ることは叶わない。しかしそこにある純粋な空を感じる事は出来た。

確かにアスナは誰に教わるわけでもなくキリトの家を自分にとって「初めて訪れる魔法使いの家」と認識し、その家で戸惑う事無く掃除をして料理を作ったのである。それを見たキリトは何の疑問も抱かずアスナを料理好きと評していた。

 

「それで、わかったの?、ユージオくんが知りたかったこと」

 

首を傾げ、改めてユージオを斜め下から覗き込んだアスナだったが、見えずとも彼が小さな溜め息と共に首を横に振ったのが分かる。

 

「魔法使いは元々人間だったんじゃないかな、っていうのが僕の予想だったんだ」

「私達が…人間?、地上で暮らしてる?」

「それなら外見の姿形や生活様式が似てるのも、既に基本的な知識が備わっているのも納得できるだろ?」

「ユージオくんやキリトくんや私がこのお城に来る前、地上で暮らしてたってことになるのね」

「うん、けど、僕達にそんな記憶はない」

「私だってないけど……」

 

けれど喋れるし掃除のやり方も料理の仕方も知っている……図書室と聞いてすぐにそこには沢山の本があるのだとわかったし、本がどんな物かも知っていた。この城にやってきてからの今までを思い出してみればユージオの言う事がますます真実のように感じてくる。

 

「確かに、人間と魔法使いの共通点は多いわよね。でも、そもそもどうしてそんな事を調べようと思ったの?」

 

単なる思いつきと言うにはユージオの声はあまりにも真剣味を帯びていた。

 

「あー……っと、最初に調べてたのはちょっと違う事なんだ」

 

途端に声が緩んだ。きっと同じように表情も一気に緩んだのだろうと想像できてアスナの好奇心もむくむくと膨れあがる。

 

「ちょっと違う事?」




お読みいただき、有り難うございました。
うん、手は繋がなくて正解だと思うよ、ユージオ。

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