時を超えた出会い(1)
今年も「あの行事」が近づいてきている。
藤丸立香はカレンダーの日付を指で触りながら、大きくため息をついた。
自分は歴史を歪める七つの特異点を越えて「人理修復」の大事業を成し遂げた。
他にも数多くの特異点に挑み、頼りになる後輩やロマン、ダ・ヴィンチにスタッフ、そして召喚に応じてくれた数多くの英霊のおかげで、それらすべてを修復することができた。
おかげさまで、どのような特異点であったとしても、物怖じせずに乗り込んでいけるだけの勇気は身についた。
だが、あれだけは別だ。
すなわち、悪夢の饗宴。
あるいは、惨死への誘い。
誰もが目を逸らし続けた「あの季節」。
そう、全ての始まりは二年前だ。
あの頃は人理修復を始めたばかりで、少し心が滅入っていた。
この世に生を受けて十数年、その大半を剣を取り合うような戦とは無関係な生活を送ってきたのだ。女子高だったので武道とも縁がなく、そこまで体力もある方ではない。
それが、いきなり戦場に送り込まれ、「たった一人のマスター」として全人類の未来のために前線に立たされることになったのだ。いくら覚悟をしたところで、心が疲れるのも必然。
だから、少しだけ――……気分転換にハロウィンの飾りつけをした。
その直後だった。
『ハロウィンをするわ!』
魔女の服装をした赤い悪魔が、自室に入ってきたのは――……。
その後、何が起きたかって?
語りたくもないし、思い出したくもない。
彼女の中で、どこをどうしたらハロウィンが「ライブ会場」になるのか、まったくもって理解できない。エリザベート・バートリーの可愛らしい声は、壊滅的なまでに音痴な歌として、立香の部屋を震わせた。歌詞も悲惨、音程も全部がずれている。その歌声は「もはや、この世界に神などいないのではないか」と思わすほど、せっかくの美声がまったくもって活かされていない。
そんな歌声は、下手なエネミーより、ずっとダメージが大きかった。
具体的に言えば、一曲目で白目をむいて気絶してしまうほど。
エリザベート自身はマスターを気絶させたことについてまったく悪気に想っておらず、むしろ「気絶するほど最高だったのね!」と喜ぶ始末。もう、何も言えない。
その翌年。
エリザベートはクレオパトラからチェイテ城を奪い返した後――……
『ハロウィンを忘れてたわ! 色々あったけどなんとかなったから、歌うわ!!』
と、拒否権なしに歌い始めた。
一緒にいたニトリクスやロビンフッドたち、そして、モニター越しに様子を確認していた者たちが巻き添えになったことは、語るまでもない。
惨劇を語れと未経験者は言う。
地獄を見たいと傾奇者は告げる。
それに対し関係者は一様に口を噤み、沈鬱な表情で顔を背ける。
だが、なんということだろうか。
二度あることは三度ある。つまり、エリザベートのライブも三度目がある。しかも、昨年のことを思い出すと、おそらくは何かしらのトラブルも添えられて。
「うぅ……どうにかして、ハロウィンを避けないと……」
藤丸立香は頭を悩ませる。
悪魔のライブ会場と名高いチェイテ城の上にピラミッドが乗っているという異常事態を上回ることが起きるわけがない――……とも言い切れない。
これといった事件が起きなくても、エリザベートから「ハロウィンを祝いから、ぜひ来てね!」という悪夢の誘いが来るのは目に見えている。
その後に待ち受けるのは惨劇だ。悲劇だ。絶望だ。
どんな手を使ってでも、逃げなくてはならない。
しかしながら、ここカルデアに逃げ道などない。どこかの雪山のてっぺんにあるらしいが、一年でほとんど晴れ間を見ることができない山を単身で下りることなど不可能だし、ハロウィンが過ぎてから登ってくることも不可能だ。そんなことに手を貸すサーヴァントがいるわけがない。
「いざというときは、小太郎から教えてもらった変わり身の術を使えばいいけど……あれは奥の手だし。ロビンに『顔のない王』を貸してもらおうとしたけど、断られちゃったし……」
はてさて、どうやって死を回避するべきか。
いくら思い悩んでも、良い答えは思いつかない。
「……協力してくれる人、探しに行こうかな」
立香は協力者探しのため廊下に出る。
協力者探しと言っても、ほとんど駄目もとだ。、意外と世話焼きなロビンフッドに断られた時点で、協力者は皆無といっても過言ではない。事実、彼と同じくらい人の好いエミヤに頼み込んだが、理由をつけて断られてしまった。
「はぁ……どうしたらいいんだろう……」
「主殿? どうかされましたか?」
うつむき気味に歩いていると、後ろから声をかけられる。
振り返ると、そこにいたのは肌色が多い凛々しい少女、ライダーのサーヴァント 牛若丸だった。
「調子が悪いように見えますが」
「うーん……調子は悪いというか、気が滅入っているというか」
「気が滅入る、ですか?」
牛若丸は小首を傾げる。
「なにかの病の徴候かもしれません。ナイチンゲール殿をお呼びいたしますか?」
「い、いやいや、それは大丈夫! ちょっと、ハロウィンが近いなーなんて思っただけ!」
「はろうぃん……ああ、エリザベート殿の歌唱会場のことですね」
牛若丸は納得がいったように頷いた。
ハロウィンとエリザベートのリサイタルが同じ扱いになっているのは違うと思ったが、訂正するのも面倒なので止めておく。
「なるほど、主殿はエリザベート殿の歌がお嫌いということですね」
「悪気がないのは分かっているんだけどね。でも、どうしても耐えられなくて……」
「そうですか……」
牛若丸は少し考える仕草をした。
牛若丸。
別名、源義経。
史実では男とされていた人物だが、実際に召喚してみると凛々しい女の子だった。カラス天狗をイメージしたような衣装はともかく、上半身は布面積が少ない胸当てで隠してあるだけ。下半身は時代を先取りしたようなパンツのみで、痴女っぽく感じたが、それは見た目だけ。実際に接してみると、とても真面目で、ひたすら兄の頼朝が大好きで、主である自分に仕えてくれる子だった。
事実、今もこうして真剣に考えてくれている。
そして、なにか思いついついたのだろう。牛若丸はにこやかな微笑みを浮かべた。
「分かりました!
私がエリザベート殿の首をとってまいります!」
立香の歯切れの悪い答えに対し、牛若丸は無邪気な笑顔のまま恐ろしいことを言いきった。
「えっ、牛若丸? いま、なんて?」
「エリザベート殿の首をとり、ハロウィンが終わってから再召喚をすればいいのです! 幸い、あの者がどこにいるのかは見当がついています。先ほど
『ライブ会場のチェックをしなくちゃ!』
と、管制室に向かうところを目撃しました! それでは、行ってまいります!!」
「あ、ちょっと!」
立香の静止を待たず、牛若丸は駆け出してしまった。
失敗したー!と立香は青ざめる。
牛若丸は物凄く真面目で良い子なのだが、その忠義心は一線を越えている。誰かが「ブレーキの壊れた忠犬」と彼女を例えていたが、これほど的を射ている言葉はない。
彼女の忠義心は、こちらの想定を超えた斜め上に……それも、何かと物騒なことをしでかしてしまうことがあるのだ。
「ま、待って、牛若丸!!」
立香は走り出した。
ハロウィンを取りやめたいと思ったが、エリザベートを殺してほしいとまで言っていない!
ところが、牛若丸は遥か彼方。サーヴァントの脚力に勝てるはずがない。牛若丸の姿は、立香の視界から遠く離れて、見えなくなってしまっていた。
「た、たしか、管制、室だっけ?」
荒い呼吸をしながら、必死になって管制室を目指す。
そして、管制室に転がり込んだとき――……
「あ、先輩! ちょうど、呼びに行こうと思っていたところです」
頼りになる後輩とぶつかりそうになった。
「マシュ?」
「緊急事態です、先輩。新しい特異点が見つかりました」
「……チェイテ城?」
「いえ、違います。とにかく、来てください」
薄紫色の髪をした少女は真剣な表情で迎え入れる。
チェイテ城でなくて安堵するが、その気持ちをすぐに切り替える。
「あ、主殿!」
管制室には、何人かのサーヴァントがいた。
そのうちの一人、牛若丸がぴょこぴょこと跳ねるように近づいてくる。
「申し訳ありません。チェイテ城へ出陣する許可が下りませんでした。ですが、ご安心を。今回の主殿の特異点探索にはお供させていただきます」
「特異点探索?」
「ああ、今から説明するよ」
牛若丸の後ろから、ゆっくりとダ・ヴィンチが近づいてきた。
モナリザそっくりの美しい顔に豊満な胸の女性――だが、実際には整形手術をした男である。現在、このカルデアの所長代理を遂行している彼は、立香を見ると美しい微笑を浮かべた。
「1590年の京都に特異点を観測した。君にはその調査に行ってもらいたい」
「1590年?」
「戦国時代ですよ」
ダ・ヴィンチの後ろから声が聞こえてくる。
彼女の後ろには、桃色髪の女剣士である沖田総司と黒髪の凶戦士の土方歳三、そして、狐耳のJK剣士 鈴鹿御前が控えていた。
「沖田さん! 土方さん! 鈴鹿さん!」
「ええ、みんなの頼れる沖田さんと土方さんです!」
「私はヒマで何か面白いことないかなーって歩いていた感じ。そしたら、ダ・ヴィンチに呼ばれたってわけだし」
鈴鹿が楽しそうに笑いながら、ピースサインを決めてくる。
「日本出身サーヴァントってことで、マスターの調査に協力してくれって!」
「……日本出身のサーヴァント?」
立香は首を傾ける。
沖田がいて、土方がいて、鈴鹿がいて、そして、牛若丸がいる。
だが、一番有名な日本人サーヴァントの姿がいない。
「あの、ダ・ヴィンチさん。1つ良いですか?」
立香が疑問を抱いていると、マシュが声を上げた。
「織田信長さんの姿が見えないのですが。彼女は日本で非常に有名な方だと聞いています」
「あー、それでしたら、この沖田さんが説明しましょう!」
マシュの疑問に、沖田が胸を張りながら話し始めた。
「1590年はノッブが死んでから数年しか経っていません。そんな時代にノッブが現れたら、大問題ですよ。死人が生き返ったー! 本物の第六天魔王だったんだー! とか、そんな感じで」
「つまり、面倒くさいことになるってこと?」
「そういうことです。ですが、ご安心を。土方さん、牛若丸さん、鈴鹿さん、そして、この沖田さんがいれば安心です! 大船に乗ったつもりで行きましょう!!」
沖田は自信満々で宣言する。
「事情は分かったかな。では、レイシフトの準備をしようか」
ダ・ヴィンチがそう言った、直後だった。
「「ちょっと待てー!!」」
管制室の扉が勢いよく開く。
そして、現れたのは二人の少女サーヴァントだった。よく似た姉妹のように見える二人組を見て、立香は驚きの声を上げてしまった。
「ノッブ! 茶々も!?」
「うむ、話は聞いておったぞ」
「茶々たちを置いて行こうなんて、百年早いんだからね!」
戦国三英傑の一人、第六天魔王・織田信長と彼女の姪であり豊臣秀吉の側室と知られる茶々姫が少し怒った顔で現れる。2人を見て、ダ・ヴィンチは少し困ったように眉をしかめた。
「聞いていたなら分かるはずだ。1590年といえば君は死んだ直後。茶々君にあたってはまだ存命中だ」
「そんなものどうにでもなる。なーに、わしのファンじゃとかなんとか言っておけば、なんとかなるじゃろう。
いざとなったときは、サルに頼ればよい。あいつなら、わしらに協力してくれるはずじゃ」
信長が堂々と言い切った。
立香は少し信長を見直した。サルといえば、信長亡き後に天下人となった豊臣秀吉だ。豊臣秀吉は信長のことを敬愛していたらしい。信長を同伴させれば、万が一の時、彼に頼るためにキーカードになるかもしれなかった。
「うーん……それじゃあ、信長公の許可するよ」
「えー、茶々は!?」
「だって、君は生きているだろう? サーヴァントのことをどう説明するんだい?」
「ぶー……」
茶々は身体全身から不満オーラを出し文句を口にしていたが、同行が決定した信長の笑い声で全てかき消されてしまっていた。
「あれ、マシュは?」
立香は礼装を整え、コフィンに入ろうとしたとき、後輩の方を振り返った。
「はい、私は今回、サポートに回ります。先輩の傍で守れないことが残念ですが、しっかりサポートさせていただきます!」
「……ありがとう、マシュ」
立香は頼りになる後輩に笑いかけると、コフィンに足を踏み入れた。
「いやー、楽しみじゃのう! 久しぶりのレイシフトじゃ!」
「ノッブの活躍はありませんよ。なにしろ、この沖田さんが――……ぐはっ!」
コフィンが閉じる刹那、沖田が血を吐き出す姿を目撃する。
彼女のスキル「病弱」がどういうわけか発動してしまっていた。
「沖田さん!? 大丈夫ですか!?」
「ご、ごふっ、だ、だい、じょうぶ、で、ごふぁあああ」
沖田は吐血し続け、よろめき倒れる。駆け付けたいが、コフィンが閉じてしまっているので身動きが取れない。茶々が沖田に駆け寄り、手当てをしようと寄り添う姿が見える。彼女は懸命に立ち上がろうとしていたが、身体が動かないようだ。
「沖田君。君には悪いが、今回は待機だ」
「で、ですが……」
「こいつの言う通りだ。総司、休め」
土方が短く言い放った。
沖田はしばらく土方を見ていたが、悔しそうに唇をかみしめる。
「……わかり、ました……マシュさんと一緒に、管制室から、見守っています」
これで、同行するサーヴァントは4人。
織田信長。
鈴鹿御前。
牛若丸。
そして、土方歳三。
「では、これより、レイシフトを発動する!」
「先輩、しっかりサポートさせていただきます!」
大事な後輩の言葉を受け、立香はぐっと指を立てた。
「ありがとう、マシュ! 行ってくるね!」
マシュがいないレイシフトは、正直なところ心寂しい。
だいたい、彼女がいないレイシフトだとサーヴァントとはぐれたり、とんでもないところから落下したりするものだが、三度目の正直という言葉がある。
今回は、きっと大丈夫。
立香は強く念じながら、コフィンの中で瞼を閉じた。