聖杯乱舞「特命調査 聚楽第」   作:寺町朱穂

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第六天魔王(2)

「投降?」

 

 鈴鹿御前は天草四郎を睨んだまま、鋭く聞き返す。

 

「なに言ってんの? マジ意味わかんない」

「言葉通りの意味ですよ、鈴鹿御前」

 

 天草四郎は朗らかな表情で言葉を返してきた。

 

「あなたは満身創痍。ここで戦えば、あなたに命はない」

 

 天草四郎の言っていることは正しい。

 鈴鹿は自分の状態を十分に理解していた。

 宝具を使い、その後の戦闘で魔力はほとんど空っぽ。霊体化すれば良いかもしれないが、どういう理屈か、この世界では出来ない。

 ざっと見て200は越える部隊と天草四郎と戦って、万が一にも勝ち目はない。

 もうそろそろ、先ほどの青年がちびノブを打ち破ってくるだろう。

 

 前門の虎後門の狼とは、このことだ。

 

「私のマスターは門戸を開いています。

 既に北条の天下。このまま諸国の大名を討ち滅ぼし、朝鮮、明へ出兵します。遡行軍の力とサーヴァントの力さえあれば、不可能ではないでしょう」

「歴史を変える国盗りに参加しろって? そんなの、お断り! こんなJK力の欠片もない街しか作れない男に天下を盗らせることが出来るかっての!」

 

 鈴鹿は刀の切っ先を天草四郎に向け、敵対を宣言する。

 天草四郎は、やれやれと首を横に振った。

 

「貴方は第四天魔王の娘として、日本を支配するために派遣されたのではありませんか?」

「はぁ? そんな昔の話持ち出されても、関係ないんですけどー」

 

 鈴鹿はこの状況で逃げるための方法を模索する。

 勝つ方法はない。逃げる方法である。

 この状況では、いくら苦手なスキルを解放しても、勝つ手段を見つけ出せないのは明白。そもそも、魔力がないのだから、最後の奥の手を使うことも難しい。

 

「なによ、あんたは鬼だらけの世界になってもいいの?」

 

 鈴鹿は話し続けた。

 ちびノブが派遣されたということは、信長が近くまで来てくれているかもしれない。そうすれば、少し形勢が逆転する。信長を待つためにも、とにかく話を引き延ばす必要があった。

 

「それは少々困りますね。では、彼らに頼むとしましょう。遠慮なく降参してください。その瞬間、攻撃を止めさせますから」

 

 天草四郎の笑みと共に、軍隊が動き出す。

 まず、槍が伸びてきた。

 鈴鹿は辛うじて避けたが、わき腹が斬られる。だが、痛みに呻いている暇はない。その隙を逃さんとばかりに、太刀や打刀が一斉に畳みかけてくる。

 

 その姿は、津波に立ち向かう蟻のようでもあった。

 最初は隣にちびノブの存在を感じていたが、ぷちりと潰れ断末魔を上げながら消滅する。

 

 これで、鈴鹿はたった一人になった。

 鈴鹿は天草四郎が味方の鬼たちに囲まれながら悠然と眺めているのを見て、舌打ちをした。

 

「ほんと、カンジ悪い」 

 

 あんな奴の思い通り、降参するものか!

 そう思っているのに、次々に襲ってくる敵に心が折れそうになる。

 

 脳裏に横切るのは、先程の後藤又兵衛の言葉だ。

 

『カルデアのマスターの打ちひしがれる様子を見たい』

 

 この事件の首謀者は、マスターを苦しめるために特異点を形成した。

 藤丸立香。マスターとしては及第点。女であること以前に恋愛対象として見ることはできないが、仕えるマスターとしては最良だ。

 その子の泣く姿を見たくない。あの子が辛くて苦しみ、弱音を吐く姿を見たくない。

 一刻も早く合流して、彼女の力になりたい。

 

 そう思っているのに、心は圧倒的勢力を前に負けそうになる。

 

 しかも、この場所は清水寺。

 鈴鹿の恋焦がれた「あの人」に由来する寺だ。

 

 

 ああ、ここで死ぬなら、良いかもしれない。

 

 

 一瞬でも思ってしまったら、刀を振るう手が緩み、鬼の軍隊に飲み込まれる。

 

「――ッ、って、弱音を吐く、わけには、行かないっての!!」

 

 最後の力を振り絞るように、魔力を頭上に浮かばせた愛刀『小通連』に集結させる。この真名解放を行い、続けざまに最後の宝具を発動させれば、勝機は残っている。だが、

 

「っく、魔力が、足りない」

 

 鈴鹿は奥歯を噛みしめる。

 鬼たちは鈴鹿が弱ったことを知ったのか、歓喜の雄たけびをあげた。そして、一番近いところにいた鬼が太刀を振り上げる。

 鈴鹿は魅了の魔眼を使おうとするが、これも魔力が足りない。

 刀で鬼を弾き返した時、背後に気配を感じた。

 

「……何をしてる?」

 

 淡々とした声は、先程の青年の声だった。

 

 あーあ、これは完全に詰んだ。

 前も敵、後ろも敵。奥の手を出そうにも、魔力はガス欠。

 

「ここまで、か」

 

 前から迫ってくる鬼を睨み、せめて一体でも道連れにしてやると刀を前に貫こうとした。

 

「俺の刃は、防げない!!」

 

 だが、その鬼を退治したのは、鈴鹿ではなかった。

 視界いっぱいに藤色の服がひらめき、鈴鹿は目を丸くする。

 

「あんた、なんで……?」

「貴様こそ、なぜ遡行軍と戦っている」

 

 煤色の髪をした青年が、鈴鹿の目の前に立っていた。

 

「しかも、あの男……一体どういう関係だ?」

「私も聞きたいくらいなんだけど。つーか、なんで、あんたがあいつら斬ってるの? 仲間じゃないの?

 ってか、あんなキモイ連中の仲間だと思われたくないんですけどー……ぅ」

 

 鈴鹿が反論しようと声を出したとき、わき腹が強く痛んだ。

 視界が眩理と揺れ、地面に膝をついてしまう。

 

「先程の趣味の悪い生き物も含め、訳はあとで聞かせてもらう。お前は下がってろ」

 

 煤色の髪の青年は遡行軍に向かって刀を向けた。

 

「……なるほど、刀剣男士ですか。名のある刀だとお見受けしました。

 貴方は、この量の敵を相手に勝てると? 投降した方が、身のためだと思いますが」

「ふん、答えるまでもない」

 

 青年は狂気気味た目で、天草四郎を睨み付けた。

 

「この地の遡行軍を殲滅する。それが主命だ」

 

 青年はそう告げると、遡行軍めがけて一気に踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立香は倒れそうになった。

 

 「清水寺」と簡単に言ったが、実際には洛外。

 一度、洛中を抜けて、外に出る必要がある。ちびノブの集めてきた情報を頼りに遡行軍の壁が薄い所を強行突破し、京の東に向かって奔っていたが、藤丸立香はサーヴァントではない。ただの人間だ。

 しかも、清水寺までは上り坂。現代のようにコンクリートを敷かれているわけではなく、土と砂利が剥き出しの道だ。

 

 人理修復したマスターとはいえ、サーヴァントでもなければ刀剣男士でもない。

 多少度胸のついた一介の人間にすぎず、上り坂を前に、ついに足元がふらつき始めていた。

 

「マスター? 一度休むか?」

 

 織田信長が一度足を止める。

 

「だ、大丈夫。まだ、行ける」

「無理な行軍は命取りよ。ここで一度、休息をとるとしよう」

 

 信長は立香を抱きかかえるように、適当な土産物屋に姿を隠した。

 

「駄目だよ。鈴鹿が戦ってるのに……」

「戦には早さも重要じゃが、焦って功を逃すくらいなら休むに越したことはない。それに、あの鈴鹿が負けると簡単に思うか?」

 

 立香は信長の問いに首を横に振った。

 鈴鹿御前はJKにはまり、とてもノリが軽く見えるが、実際にはJKとは正反対の静かで賢く、強い姫なのだ。彼女が負ける姿は、牛若丸同様想像することが出来ない。

 

「そういえば、俺は勝栗を食べたけど、立香は何も食べてないんだ」

 

 清光は思い出したように呟くと、手近な棚を漁り始めた。

 

「ちょっと、清光!?」

「逃げ出した後なんだから、ちょっと失敬しても怒られないって。なにか、食べるものは……」

「…………干し柿ならある」

 

 清光の横から、そっと干し柿が詰まった袋が差し出された。

 

「ありがとう、山姥切……え、山姥切!?」

 

 清光は驚きのあまり、干し柿を落としそうになった。

 清光が放った驚愕の声に気付き、立香も視線を向けると、棚の隣に白い塊が蹲っている。山姥切国広が白い布を被り、じっと息をひそめるように座っていたのだ。

 

「いつからいたの!?」

「……最初からだ。どうせ、俺は写しだから気づかなかったんだろ」

「いやいや、写しとか関係ないから」

 

 清光がすぐさま否定したが、山姥切は何も答えず膝を抱えたままだった。

 

「……加州。主が心配していたぞ。淹れたての茶を零して、手元を火傷するくらい」

「それはそれで主が心配だけど、やっぱり、俺って愛されてるんだな……」 

「ん」

  

 山姥切は短く言うと、立香に視線を向けた。

 

「お前も無事だったのか」

「はい、山姥切さんも無事で良かった。……あ、ノッブ、この人は山姥切国広さん。レイシフトした時、最初に助けてくれた人。山姥切さん、こちらは……」

「ほう……! あの堀川国広の傑作か!?」

 

 立香が紹介する前に、織田信長が身を乗り出した。

 一秒一瞬が惜しいというのに、こうして刀に目を光らせるところを見ると、彼女は本当に刀に魅入られ、蒐集していたのだと強く感じた。

 

「噂に名高く、見事なものよ。うむ、顔立ちも綺麗じゃ!」

「綺麗とか、言うな」

 

 山姥切は恥じるように布を目元まで降ろした。

 

「そういえば、山姥切国広といえば北条家に関する刀よな? 此度の事件について、なにか知っていることはないか?」

「ない」

「返事はやっ!」

「え、山姥切って北条家と関係あるの?」

 

 清光が立香に干し柿を渡しながら、信長に質問する。

 

「うむ。そもそも山姥切国広とは、北条氏政の山姥切長義の写しとして鍛刀された傑作じゃ」

「俺は写しだから、今回の件は何も知らない」

「いや、写しは関係ないじゃろ」

 

 信長と山姥切が話をしているのを聞きながら、立香はふと思ったことを清光に尋ねた。

 

「ねぇ、清光。写しってなに?」

「んー、簡単に言うと、真似して作ったってこと」

「どうせ俺は偽物だ。立香たちが気にすることではない」

 

 立香たちの言葉を耳にしたのか、山姥切が拗ねたように呟いた。彼の纏う空気が一段階、下がった気がする。なんだか、立香は申し訳ない気分になった。

 

「でも、偽物でも有名なんでしょ? それって、凄いよね」

 

 立香は、とあるサーヴァントを思い出しながら話し始めた。

 

「エミヤってサーヴァントがいて、彼は本物を真似た武器しか使わないけど、とっても強いよ」

 

 普段は厨房に入り浸りで、身だしなみや生活リズムに対して口うるさく、サーヴァントというより、お母さんみたいだ。しかし、ひとたび戦場に出れば、本物の武器を持つ英霊たちに負けず劣らず、むしろ、それ以上の働きをしてくれる――……とても頼れるサーヴァントだ。

 

「ギルガメッシュ……本物の武器を大量に持ってるサーヴァントに余裕で勝てるのは、エミヤだけなんだから」

「うむ。無論、本物も凄いが、偽物が本物に劣るとは限らない。ましては、あの堀川国広の最高傑作が本物の山姥切に劣るはずがないではないか!

 まあ、わしは真作を見たことないけどネ!」

 

 立香の言葉に続くように、信長が話し始める。

 山姥切は何も答えなかった。

 立香はもう少し何か言い方があったのではないかと反省する。偽物でも使い手が良ければ本物以上になる、と言いたかったのだが、彼は使い手ではなく刀だ。使い手次第ではなく、偽物でも良いと言いたいのだが、上手い言葉が見つからない。

 

「はいはい、話しはそこまで。そろそろ出発するよ」

 

 清光がぱんぱんと手を叩き、空気を換えた。

 干し柿の程よい甘さが疲れた身体に染み入るようだ。清光と山姥切も干し柿をいくらか口に運び、栄養を供給している。

 

「さて、出陣するかの!」

 

 全員の支度が整ったことを確認すると、信長が刀の鞘を山の方へ向けた。

 

「目指すは清水寺! 鈴鹿御前の加勢じゃ!」

「悪い、山姥切。あとで、しっかり説明する」

「問題ない。相手を斬ればいいんだろ」

 

 四人で参道を登り始める。

 これまでの街同様、人気がまったくない。おまけに遡行軍に焼かれたのか、わずかに焦げ臭さが漂っていた。修学旅行で訪れた時は参道の両脇に華やかな土産物屋が並び、賑わいで満ち溢れていた。時代が違うとはいえ、こうも寂れた有様を見ると、とても空虚な気持ちになる。

 立香は空虚な気持ちを振り切るように、ぐっと上を見上げた時……

 

「あっ! ノッブ! あれって!!」

 

 清水寺の上空に、金の輪が回転する様が見えた。

 

「鈴鹿の宝具だ!」

「ええい、このままじゃ間に合わん!!」

 

 信長が手を薙ぐように振ると、数体のちびノブが現れた。

 

「お前たち、鈴鹿の援護をせい!!」

 

 ちびノブは地面に沈み、消えていった。

 いわゆるサーヴァントの空間転移みたいな原理を使い、鈴鹿の元へ駆けつけるのだろう。

 

「今のは……?」

「信長公の写し! 写しであってるんだよね?」

「わしにも分からん!」

 

 きつい参道を奔る。

 他の三人が自分に気を使って速度を緩めてくれているのが分かる。だから、立香は全力で走った。少しでも、鈴鹿を助けに行けるように。彼女は宝具を使うまで追い詰められているのだ。もし、それを防がれてしまったら、彼女は本当に消滅してしまうかもしれない。

 

 だが、ようやく清水寺の門前が見え始めたところで、思わぬ障害が立ちふさがる。

 太刀や薙刀を構えた遡行軍が、清水寺の舞台めがけて進軍していたのだ。遡行軍の前の方から戦う音が聞こえてくる。おかげで、後ろから近づく立香たちには気づいていないが、圧倒的な数の差がある。無策に突撃しても意味がないように思えた。

 

「どうしよう、ノブ?」

「挟み撃ちしかあるまい」

 

 信長は即答した。

 

「数は劣勢じゃが、挟み込めば、後ろを気にしなくてはならなくなる。前で戦ってる鈴鹿のために、なるじゃろう」

「でも、あまりにも……」

 

 立香は絶望的な数の遡行軍を見た。

 その数、軽く100は超えている。知性のない海魔との戦とは違うのだ。常識的に考えて、あんな圧倒的な量を三人で倒せるはずがない。

 

「マスター、マスターの令呪は何のためにある? 飾りか?」

 

 信長がにやりと笑った。

 立香は右手に目を落とす。三画の令呪が刻まれている。本来の意味の令呪とは異なるが、それでも、この右手に刻まれているのは、サーヴァントへの絶対命令権である令呪に他ならない。

 

「……分かった。信じる!」

「うむ、良い表情になった!!

 さて、加州はマスターの護衛を頼む。山姥切国広。わしと出陣じゃ! 頼りにしておるぞ!」

「了解っと」

「……」

 

 三人とも刀を引き抜く。

 前方で戦う音が一段と激しくなった。もう、時間はない。

 

「よし、鉄砲隊―‐……ではないな。名刀隊、構え!! 出撃じゃ!!」

 

 信長がひときわ大きな声を上げると、彼女の背後に幾本もの火縄銃が浮かび上がる。

 

「放て!!」

 

 鋭い音を立てながら、背後が無警戒だった遡行軍を討ち滅ぼしていく。

 火縄の第一陣が終わると、山姥切が駆けだした。

 

「参る!」

 

 彼は慌てふためき始めた遡行軍に次々と斬りかかる。白い布を翻しながら、斬り行く姿は、まるで舞いを見るように美しかった。そんな彼に続いて、信長も火縄銃で遡行軍を殲滅し始める。遡行軍も背後からの奇襲に気付いたのか、すぐさま半分ほどが反転し、信長たちに向かってきた。火縄で仕留め損ねた分は、山姥切が切り込み、火縄の弾を潜り抜けて信長まで接敵した者は、彼女自らが切り殺していた。

 

「うむ、名刀隊。いい名じゃ!!

 『山姥切国広』、『加州清光』、そして、わしが握る『へし切』! うむ、我ながら良いネーミングセンスよ!」

 

 かははと笑いながら、信長は刀を振るった。

 

「……ん? へし切?」

 

 ふと、立香はこんな状況なのに、ひっかかりを覚えた。

 最近、どこかで聞いた言葉のような気がする。

 

「立香、ボケっとしない!」

 

 清光が喝を入れてきた。

 

「いつこっちに遡行軍が来るか、分からないんだからな」

「は、はい!」

 

 立香が周囲を警戒しようと気を張る。

 その時、視界の端で何か黒い者が動くのが見えた。

 

「清光!」

「分かってる!!」

 

 清光が素早く動き、何かを弾き返した。

 弾かれた相手は数歩跳び下がり、刀を構えている。その人物は黒いマフラーで口を半分覆い、黒々とした髪の下に隠れた目を光らせた。

 

「お前は……」

 

 清光が男を睨み付けると、その男はにたりと笑った。

 

 

「わしか? わしはセイバー……坂本龍馬ぜよ」

 

 

 

 

 

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