「坂本龍馬!?」
「以蔵さん!?」
立香は清光の言葉にかぶせるように叫んだ。
「え、以蔵って岡田以蔵?」
「ほう、おんしはわしのことを知っとるんじゃな?」
動揺する清光をよそに、坂本龍馬の名を騙る「人斬り 岡田以蔵」はにたりと笑う。
立香は唾を飲み込んだ。
岡田以蔵は味方だと大変頼りがいのある人物だ。牛若丸とはベクトルは異なっているが、どのような仕事も忠犬のように確実にこなしてくれる。
だからこそ、敵に回った時は恐ろしい。
「清光……気絶で止められる?」
立香は清光に囁きかける。
運が良ければ、彼から情報を聞き出せるかもしれない。
「気絶? 注文難しくない?」
「行くぜよ!! チェストー!!」
立香たちが話していると、割り込むように岡田以蔵が叫んだ。
彼は刀を大きく振り上げ、黒いマフラーを風になびかせながら飛びかかってきた。その掛け声は示現流。坂本龍馬を偽ることを止めた故に、島津の流派を使ってきたのだろう。一撃必殺の剣筋を清光は立香を庇いながら避ける。
清光は右足を前に出し踏み込む直前、左足に重心を移そうとする。
「フェイントは効かんぞ!」
以蔵は左側から攻撃に備えようと刀を薙ごうとする。ところが、清光は重心を移す直前、素早く右足を踏み込み、刀を持ち替えずに突撃する。
「フェイントに見せかけて、攻撃!!」
「何じゃああ!?」
以蔵は真面に側面から斬られ、倒れこんでしまった。
清光はすぐに以蔵の首筋に刀の柄を勢いよく叩き込む。以蔵は空気を吐き出すと、白目をむいて気絶した。
「これで、いいんだよね?」
「ありがとう、清光」
とりあえず、これで気配を消せる暗殺者は一人消えた。
氏政が他にもアサシンのサーヴァントを召喚している可能性は捨てきれないが、ひとまず前方の戦いに集中できそうだ。
「マスター、無事か!?」
「大丈夫!」
こちらを振り返る信長に向かって手を振る。
「うむ、では、せっかくじゃ。清水の舞台もあることじゃし、趣向を変えるとするかの!」
信長は不敵に笑うと、彼女の身体が燃え上がった。
燃え盛る炎に包まれたのは一瞬で、すぐに黒い長い髪が流れるように現れる。鎧やマントが消え、現れたのは身軽な赤いシャツに、惜しげもなく素足を出した姿だった。刀も火縄も消え、代わりに彼女が持っているのは、彼女の身の丈を越した髑髏をあしらえた赤いギター。
その姿に、立香は目を剥いた。
「えっ、そんな簡単にクラスチェンジって出来るの!?」
「くらすちぇんじ!? なにそれ!?」
「ノッブは普段は弓使いのクラスだけど、水着姿だとバーサーカーになるの!」
「着替えると強さが変わるの!? ちょっと、意味わからないんだけど!?」
「イェーーーイ! のってるかのう! わしこそが渚の第六天魔王こと、そう、ノブナガ・THE・ロックンローラーじゃ!」
信長の宣言が清水の山に響き渡る。
気のせいか、遡行軍たちも「え、なにそれ。意味わかんない」とでも言いたそうな表情で、動きを止めていた。ずっと遡行軍の向こう側からも刀を振り、戦う音が聞こえていたが、それもピタリと止まったのは、気のせいではないはずだ。
信長はそんなしらけた空気を意にもかえさず、ピースサインを高らかに掲げる。
「マスター! 令呪をくれ!!」
立香はノリに乗ってる織田信長に少し呆れたが、鈴鹿が置かれてる現状を思い出し、すぐに頭を切り替えて令呪を掲げた。
「令呪を持って命じる! やっちゃえ、バーサーカー!! 遡行軍を全部倒し尽せ!」
「うむ、任せとけ!! おお、魔力がみなぎってくる!! 山姥切、下がれ! 火傷するぞ!」
織田信長の身体は再び紅蓮の炎に包まれた。
今度は衣装チェンジはしなかった。信長はギターを構え、腹まで響くような音を鳴らす。その姿を横目で見ながら、山姥切が立香たちの位置まで下がってくる。
「……うつけだな」
山姥切が信長の姿を見て、ぽつりと呟いた。立香は彼の言葉を聞いて、苦笑いと浮かべた。
「だけど、彼女は強い。ちょっと思考が、斜め上を行くときもあるけど。もう少し下がろう」
「どうして?」
「あれは、遠くから見た方がいいから」
立香は右手の甲を握りしめながら、少し後退すると信長の宝具解放を見守った。
「三界神仏灰燼と帰せ……」
信長はギターを足で踏み、弦を引っ張るように鳴り響かせる。
すると、赤い煙が血のように沸き上がり、彼女の背後に2メートルは越える赤く輝く「がしゃどくろ」が出現した。信長とがしゃどくろは同時に手を交差させウィッシュを決めると、信長はギターを持ち替えた。
「我こそは、第六天魔王波旬、織田信長!
うぉおおおおお! 第六天魔王波旬~夏盛~『ノブナガ・THE・ロックンロール!』」
信長がギターをかき鳴らすのと連動し、がしゃどくろが目に追えない速度で遡行軍に連続でパンチを繰り出していく。そして、最後に残った白髪の青年に狙いをつけると、がしゃどくろは強烈なフィニッシュパンチを喰らわせた。
「なに……っ!」
「イェイ!!」
信長が最後にガッツポーズを決めると同時に、白髪の青年 天草四郎が地面に落下した。彼は辛うじて受け身をとったが、宝具の攻撃はかなりのダメージだったのだろう。真後ろの崖に落ちないように気を付けながら、ゆらりと立ち上がったが、辛そうに腹を抱え、口元からは血を流している。
「あれは……天草四郎!?」
「ふむ、あれだけの数の遡行軍を動かしていたのじゃ。又兵衛の他にもサーヴァントがいると睨んだが……まさか、大物が当たるとはの」
信長がお茶らけた服装からは考えられないほど、真面目な眼差しを天草四郎に向けていた。
「もしかして……いつもの宝具だと逃げられると分かってたから、クラスチェンジしたの!?」
立香は感心した。
彼女の通常宝具は、長篠の戦をモチーフにしたものだ。三千本の火縄銃の銃弾が敵めがけて一斉に放出させる。普通の遡行軍相手なら一気に壊滅できるが、そこにサーヴァントが潜んでいた場合、分厚い遡行軍を銃弾の盾にして、こっそり逃げられてしまうかもしれない。
だから、一人一人を確実に倒せるバーサーカーになったのだ。
「いやー、せっかくの清水の舞台じゃ! 歌って踊って盛り上がりたいじゃろ!?」
「それが理由!?」
「……この威力、さすがは織田信長。見た目はともかく、宝具の威力が桁違いだ……」
清光がツッコんだ後、天草四郎が少し悔しそうに言った。
「天草四郎時貞じゃな。お前のマスター、北条氏政について話してもらおうかの」
「……マスターの不利になることは言えませんね。これでも、サーヴァントですので。
ですが、忠告はしておきますよ、カルデアのマスター」
天草四郎の眼が信長を通り越して、立香に向けられた。
「ここは聚楽第。豊臣の政治が行われた場所です。
人が生み出す善と悪は表裏一体。どちらにも転び、変わるもの……味方だと思って油断した隙に、背後から刺されないようにご注意を」
「それって……?」
立香が尋ね返そうとしたとき、天草四郎は両手を広げて後ろに一歩下がる。
そう、彼がいるのは崖っぷち。後ろに下がろうものなら、清水の舞台から飛び降りるのと訳が違う。
「待てい!」
信長と彼女に続くように山姥切が奔り出したが、間に合わない。天草四郎の身体は宙に浮き、真っ逆さまへ落ちていった。
「自殺!?」
立香も山姥切の隣で崖を覗き込む。彼は両手を広げて落下する。20mほど落ちた頃だろうか。巴御前がどこからともなく出現し、何でもないように彼を受け止める。
天草四郎は巴御前に抱き留められたまま、京の街へ消えていった。
「追うか?」
「いや、無理じゃろ。だが、あれほど痛めつけたのじゃ。そう簡単に戦線に復帰できまい」
信長はギターを肩に預けるように抱えた。
「そうだ、鈴鹿は!?」
立香は周囲に目を奔らせた。
すると、少し離れたところで手を振る狐耳の少女がいた。彼女の傍には、煤色の髪をした青年 へし切長谷部が呆けたように立っている。
「鈴鹿!!」
立香は鈴鹿に駆け寄った。
「なに、暗い顔してんの? ちょっと怪我しただけだっつーの」
身体中に傷を負った彼女は、立香に向かって何でもないように笑いかける。
嘘だ。どう考えても無事ではない。自慢のJK衣装もぼろぼろで、身体に傷のないところを見るけるのが難しい。
「待って、今、治療するから」
立香は手元に魔力を集めると、鈴鹿の治療を始める。
その横で、清光たちも近づいてきた。だが、こちらの足取りは重いように見えた。
「あー……無事で良かった。怪我とかしてない、みたいだし……」
清光が言葉を選ぶように、長谷部に話しかける。
「……」
長谷部は何も答えない。
感情の篭ってない視線を信長に向け続けている。もしかしたら、日本史で最も有名な武将がロックンローラーな服装をしていることに、幻滅しているのかもしれない。
「えっと……びっくりしますよね、戦国史上最も有名な武将がロックンロールだなんて」
立香は鈴鹿の治療をしながら、乾いた笑いを浮かべた。
ただここで、ふと気づいたことがあった。
彼の名前は、へし切長谷部。
そして、先程、信長が口にしていた「わしの刀」の名前は――……
「そうじゃろ、そうじゃろ! 見惚れるほどカッコいいじゃろ? 演奏も絶賛ものだったし、惚れるのは是非もないよネ!」
立香の繋がりかけた思考を遮るように、信長が豪快に笑いながら近づいてきた。
「やっぱり、あれじゃな。わしがロックスターで、マスターが敏腕マネージャー、これじゃろこれ!
というわけで、マスター。カルデアに戻ったら、売り込みと作りすぎたCDの処理を頼むのじゃ。どういうわけかまるで売れん」
「いや、あれ買う人は信勝君だけじゃん」
「本丸とやらでは売れるかもしれん。さっきから熱い視線を送ってくれる、そこのお前も刀剣男士じゃろ? 名は……ん?」
ここで初めて、信長の歩みが止まった。
目が点になり、長谷部の腰に提げられた刀を見つめる。
「ぬしは……ぬしの名は、まさか! わしのへし切ではないか!!」
「……」
長谷部は何も答えない。
藤色の瞳には何の感情も浮かんでいなかった。そんな長谷部をよそに、信長は一人盛り上がる。
「いやー! さすがは、わしのへし切! イケてる男感満載じゃ! 服のセンスもいいし、顔立ちも佇まいも完璧! 弱小人斬りサークルの姫の刀より三千倍強そうじゃのう!!」
『誰が、弱小人斬りサークルの姫ですか!』
信長の高笑いを遮り、沖田総司の叱責が飛ぶ。
見ると、ちょうど真ん中あたりにカルデアの沖田総司の映像が投影されていた。
『私の清光の方が五千倍、カッコよいですよーだ! あ、清光頑張ってますー?』
「なにを!? わしのへし切の方が――……」
「……わしの、ですか」
長谷部がここでようやく口を開いた。
「『わしのへし切」と言っていますが、俺を持っていませんね」
ここで、立香は清光と山姥切が長谷部に余所余所しい態度をとっていた理由が薄々分かった気がした。
長谷部の口調には、恨むような色が滲み出ている。藤色の瞳が若干血走り、まっすぐ信長を睨んでいた。
「ん? 持っているぞ?」
「なにを……」
『あー……確か、ノッブのギターって……』
通信先の沖田が気まずそうな顔をする。その表情を見ながら、立香も「自分も彼女と同じ表情を浮かべているだろうな」と強く思った。
誰も言わない。立香と沖田の間に重たすぎる沈黙が流れ、刀剣男士たちの頭には疑問符が浮かぶ。
その空気を換えたのは、モニターの向こうのマシュだった。マシュも言いにくいのか、声色が沈んでいた。
『はい、信長さんのギターは、ヘシKill・ハセーベだと記録されています』
マシュが長谷部の気持ちを察するような辛い表情で、立香と沖田が呑み込んだ言葉を口にする。
「ヘシKill・ハセーベ……って……」
清光がしらっとした目で髑髏のギターを見る。
もはや刀の原型はない。巨大な円盤のようなロックギターだ。しかも、先程は髑髏を召喚して、敵に殴りかかっていた。無理に共通点を上げるなら、赤く塗られたギターの色と、本来の鞘の色が同じという一点だろう。
山姥切が淡々と
「国宝を改造したのか?」
と口にすると、信長は明るく元気いっぱいに答えた。
「うむ! かっちょいいじゃろ!? ロックじゃろ! のう、へし切、そちもそう思う―――……へし切!?」
長谷部は下を向いていた。
拳を握りしめ、微かに震えている。
「震えるほど嬉しいか!……む、じゃが確かに、この霊基は疲れるの。そろそろ、いつもの姿に戻るとするか」
信長は前向きに判断すると、元の弓兵の姿に戻った。
「……なぜです……」
「安心せい、この状態でも、わしの刀は――……」
「なぜ、俺を弦楽器に改造したんですか―――!!!」
清水の山に、長谷部の絶叫が響き渡る。
その声は信長が奏でたロックの音よりはるかに高く、遥かに絶望と驚愕、そして、憎悪に満ち溢れていた。