聖杯乱舞「特命調査 聚楽第」   作:寺町朱穂

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幕末土佐の快男児(2)

「陸奥守、吉行?」

「そうや。陸奥守吉行、坂本龍馬の刀ぜよ!」

 

 陸奥守は、にかっと朗らかに笑った。

 

 彼は、これまで見た刀剣男士たちと毛色が違った。

 朱色の着物をはだけさせ、綺麗に割れた筋肉を見せつけている。焦げ茶色の髪も後ろで適当に結んだ感があり、どことなく豪快な性格を匂わせていた。

 実際、こうして対峙しているだけで、明るくて快活なオーラを全身から放っているようである。

 カルデアの坂本龍馬は身なりも礼儀も正しく、白いスーツを着こなしており、正直……少し胡散臭い。陸奥守とは正反対の印象を受けるが、親しみを持ちやすいという点では、近しいものを感じた。

 

「おんしゃ、名前は?」

「あ、藤丸です。藤丸立香。よろしくお願いします」

「よろしゅうな、立香! ところで、清光があんたを助けて残ったはずやけど……」

「清光は無事です。ただ、以蔵さんに浚われてから、離れ離れになってしまったので……」

 

 立香が正直に言うと、陸奥守は納得したように頷いた。

 

「なるほど。やき、捕まっちゅーのか!」

「……陸奥守、なぜここが分かった」

 

 山姥切が静かに尋ねる。

 陸奥守は刀を抜きながら

 

「本丸を出立して、こっちに着いたら誰もおらん。

 仕方なしに京の町をふらふら歩いちょったら、遡行軍がやけに集まっちゅー場所があった」

 

 と、教えてくれた。そのまま刀を構え、さくっと山姥切と立香を縛る縄を切り捨てる。

 

「これでも、偵察と隠蔽には自信があってのう。そんで忍び込んでみたら、山姥切らがおったちことだ」

「なるほど……」

 

 立香は立ち上がりながら、まじまじと陸奥守を見た。

 独断と偏見だが、刀を掲げて「正面突破ぜよー!」と走り出しそうな人物だと思っていた。だが、どうやら、偵察と隠蔽に自信があるのは確かなようだ。現に以蔵に気配を察知されず、ここまで潜入することは並大抵の技ではない。

 さすがは、坂本龍馬の使っていた刀である。

 

「ん? わしの顔に何かついちゅーか?」

「いえ、龍馬さん……えっと、カルデアで召喚した坂本龍馬さんが探偵業をしていたことを思い出しまして」

 

 カルデアの坂本龍馬も調べものをしたり、潜入調査をしたりすることが得意だった。

 もちろん、シャーロック・ホームズほどではないが、探偵業が板についている。帝都の異変が片づいた後も、カルデアの自室に探偵事務所を開き、サーヴァントたちのいざこざを解決する姿が見られた。

 

「あの龍馬が探偵をしちゅーのか。いやー、まっこと面白いことを聞いたぜよ!」

「陸奥守。話は後だ。見張りが戻ってきたら不味い」

 

 山姥切も手首を擦りながら立ち上がっていた。

 彼は近くに立てかけられていた刀を手に取り、腰に差している。

 

「よし。そんじゃあ、外に出るかの」

 

 陸奥守がそっとふすまを開け、廊下の様子を確認する。陸奥守の背中に続くように、立香と山姥切が部屋を出る。廊下は縁側のようで、すぐ右手側には枯山水の庭が広がっていた。白い砂利石は見事な渦巻き模様を描き、一見すると手入が行き届いているように見えた。

 けれど、よくよく目を凝らしてみれば、石の合間に雑草が伸びてきている。

 

「……庭の手入れもされていないし、人が誰もいない……」

 

 陸奥守が行く手に誰かいないかどうか、確認しながら進んでいる。とはいえ、それにしても京の町同様、人の気配がなさ過ぎた。立香が呟くと、山姥切がこくんと頷いた。

 

「嫌な空気だ」

「……北条氏政と魔神柱は、何を考えているんだろう?」

「まじん……ちゅう?」

「ソロモン王の使い魔で……えっと、簡単に言えば、私が倒し損ねた敵です。どうやら、聚楽第の意変に関わっているみたいなんです」

「そろもん王か!」

 

 陸奥守がほうっと声を上げる。立香はびっくりして、目を丸くしてしまった。まさか、刀剣男士がソロモン王のことを知っているとは思いもしなかった。だが、考えてみれば、陸奥守は坂本龍馬の愛刀だ。海外の知識に興味を持ち、色々調べていても不思議ではない。

 

「陸奥守さん、知っているんですか!?」

「いや。まったく分からん!」

「あ……そう、ですか」

 

 ずっこけそうになる。

 この場に信長がいれば、鋭いツッコミを放っていたかもしれない。心なしか、山姥切もじとりと湿った視線を陸奥守に向けていた。

 

「……陸奥守」

「だが、これで分かったことがある」

 

 陸奥守は周囲に目を奔らせながら、静かな声で話し出した。

 

「わしらは魔神柱を知らん。つまり、これまで、関わり合いが一切なかった存在が、遡行軍を呼び出しちゅーということや。

 魔神柱以外にも黒幕がおるか、もしくは、そいつの特殊能力で遡行軍を呼び出し、操っちゅーってことになる」

「藤丸。魔神柱には特殊な力があるのか?」

「うーん……」

 

 立香は唸った。

 魔神柱は全部で七十二体。人理修復後に興味がわき、使い魔を一体一体調べてみたが、似たような能力が多かったことに加え、名前も覚えにくく、大変気が遠くなるような作業だったので、途中で棚に上げてしまった。

 

「一体一体違うから、ここの魔神柱がどんな力を持っているのか分からない」

 

 仕方ないので、正直に答える。

 陸奥守にがっかりされるかと思ったが、彼は太陽のような笑顔を浮かべ続けていた。 

 

「そんなら、仕方ないき。探偵の龍馬を真似て、地道に情報を集め、謎を解こうぜよ」

「……うん!」

「ところで、陸奥守」

 

 山姥切が思い出したように口を開いた。

 

「なぜ、天井裏に潜んでいた?」

 

 山姥切の発言に、陸奥守はきょとんとした顔になる。

 

「天井裏?」

「確かに、上から降ってきましたね」

 

 岡田以蔵が退出したところを見計らったように、陸奥守吉行は降りてきた。

 はてさて、彼は一体どうして、天井裏を進んでいたのか。

 

「あー……それはじゃのう」

 

 陸奥守が思い出したかのように頬を掻いた。

 

「さっきも話したろ? ここに遡行軍が多う集まっちゅーき、忍び込んでみたと」

「はい。偵察と隠蔽に自信があったから、ここまで来れたと」

「うむ。だが、肝心な二条第に忍び込むときに気付かれてな。遡行軍を切っても切っても、まるで埒があかん。

 やき、隙を見て天井裏に隠れたんや」

「……待て、陸奥守」

 

 山姥切は足を止めると、堅い口調で糾弾する。

 

「つまり、遡行軍は忍び込んでいることを知っているのか?」

「うむ、そうなりなさんな!」

「ということは……」

 

 立香の胸に嫌な予感が過る。

 たぶん、同じことを山姥切も思ったのだろう。互いに顔を見合わせ、ほぼ同時に陸奥守を睨み付けた。

 

「こんな堂々と歩いていいのか!?」

「今からでも、天井裏に戻るのはどうでしょう!?」

「いや、そう考えたけんど、あそこは狭いうえに埃っぽうてかなわん。1人伏せて行軍するのがやっとの場所や。

 わし1人なら逃げようがあるけんど、3人まとめて襲われたらお終いや」

 

 確かに正論である。

 言い返すことはできないし、悪気の欠片もない無邪気な顔で言われたら、怒るに怒れない。山姥切も呆れたように息を吐くと、そっと己の刀に手を添えた。

 

 だから、岡田以蔵は何度か退出をしたのだ。

 遡行軍から侵入者がいると聞き、二条第を見回るために。

 

「まあ、つまり、や。見回りの数が多うなったのは……わしのせいや。

 まっことすまん!」

「いや……陸奥守さんのおかげで助かりました。陸奥守さんが来なかったら、私たちは捕まったままでしたし……」

 

 立香は嘘偽りなく答える。

 おそらく、見回りの数が増加されたことについては目を瞑る。彼が潜入してくれなかったら、今も柱に縛られたままだった。

 

「いやー、そう言うてもらえて、嬉しいぜよ!」

「……笑っている場合か」

 

 山姥切が刀を引き抜いた。

 

「来るぞ」

「分かっちょるき」

 

 陸奥守も懐に左手を入れると、黒々とした拳銃を取り出した。気が付けば、周囲が異様な空気に包まれている。息を潜めて何かが様子を窺っているような、ぴりぴりと肌を刺す殺気を感じた。

 

「もしかして」

「囲まれてた終わりじゃ……気をつけぃ!」

 

 陸奥守が立香たちに呼びかけたのと同時に、真横の臥間を蹴り倒すように遡行軍が現れた。虫のような足が生えた鬼や笠を被った鬼、短刀を加えた虫のような鬼が襲い掛かってくる。全身、殺気の塊みたいな悪霊だ。立香は気を引き締める。

 

「行くぞ」

「おんしゃは、後ろに控えとき」

 

 陸奥守と山姥切が、遡行軍に斬りかかる。

 彼らが接近すると、虫のような鬼が尻尾を二人に向ける。瞬間、骨が連なったような尻尾から銃弾が連射される。

 

「あれって!?」

「安心しろ。ただの銃兵だ」

 

 山姥切は銃弾の雨を平然と掻い潜りながら接近し、銃のような鬼を一刀両断する。

 

「銃の使い方なら負けんぜよ!」

 

 陸奥守は銃を構える。笠を被った鬼が彼に迫り、刀を振り下ろしたが紙一重で避け、その頭に銃口を突き付ける。

 

「よぉ狙って……ばん!」

 

 銃声が響く。

 鬼は頭を撃ち抜かれ、後ろ向きに倒れる。陸奥守は鬼が完全に倒れる前に、右手で刀を引き抜くと、その後ろにいた幾本も足が生えた鬼を切り殺す。

 

「山姥切、立香。このまま先へ進むぜよ!」

「分かった」

「は、はい!」

 

 山姥切と陸奥守が刀を振り、道を切り開いていく。

 最初に遡行軍側が放った銃声のせいで、うようよ有象無象の遡行軍が前方に集まってきていた。立香は二人が戦う後姿を見ながら、非常に歯がいなさを感じた。

 

「せめて、私が戦えたら……」

 

 令呪が宿る右手の甲を握りしめる。

 使える技はガンド。あとは、せいぜい回復させたり、矢避けの加護を授けたりくらい。メディアやキャスターのクー・フーリン、エルメロイ二世が魔術の基礎を教えてくれたが、実際に戦闘で使えるのはそれだけだ。

 

「せめて、下総の時みたいに特別な礼装を持っていたら……」

 

 あの時は、キャスター・リンボによって弱体化された武蔵を「イシスの雨」で救うことが出来た。

 残念ながら、今は替えの礼装はなく、簡易的なカルデア制服だ。特別な技を使えない。いつも、マシュやサーヴァントたちの戦いを見守ることしかできなかった。

 今回も同じ。

 山姥切や陸奥守の戦いを見守るだけ――……。

 

「……あれ?」

 

 陸奥守たちが切り開いた道を走りながら、ここで初めて違和感を覚えた。

 何かを忘れている。

 今まで使いこなしていたはずの、なにかを忘れている。

 

「――ッ、藤丸!」

 

 山姥切が叫び声で、現実に意識を戻す。

 彼が仕留め損ねた足の多い鬼が、立香に接近して来た。指先を向けて、ガントを放とうとするが、狙いが上手く定まらない。立香は後ろに下がろうとして、背後からも遡行軍が迫ってきていることに気付いた。前方にも後方にも敵。前方は刀剣男士たちが道を切り開いてくれるが、後方からもじりじり攻めてくるつもりのようだ。

 

「うわっ!」

 

 立香は足の多い鬼の攻撃を頭を下げてかわした。

 橙色の髪が数本、刀で切り取られる。次の攻撃は避けられる自信がない。山姥切も陸奥守も自分の受け持つ遡行軍に精一杯で、ジル・ド・レェの時みたいに岩融が助けに来ることはありえない。

 ここは完全なる敵地。

 もう、生き残る術は絶望的だ。

 手の施しようのなく、逃げ道のない絶望に、視界が一段階、暗くなった気がする。

 

「私……」

 

 拳を握る。

 こんなところで、何もできずに諦めていいのか?

 

『さあ――……行ってきなさい、立香』 

 

 懐かしい人の声が耳の奥で蘇る。 

 自らを犠牲にし、人類悪を滅ぼすことを託してくれた人。

 人間の、立香とマシュの可能性を信じ、後を託していった人。ちょっと頼りなかったけど、一緒にいると落ち着いて、たまにバカ騒ぎをして、最大限のバックアップをしてくれた……とっても、とっても、大好きな人。

 

 ああ、あの人は、自分を信じて送り出してくれた。

 

「そうだ……私は……」

 

 まだ、戦える。

 もう、くじける訳にはいかない。

 

 立香は立ち上がる。

 二画の令呪が赤く輝き、身体が内側から燃えるように熱くなる。前方に迫ってくるのは、足が多い鬼と、太刀を握りしめた角の生えた大きい鬼。どちらが先に首をとれるか、競うように迫ってくる。

 立香は、その鬼たちに向かって、右手を突き出した。

 

「来い……ッ!!」

 

 なんで、今まで忘れていたのだろうか。

 確かに、どの特異点でも、立香は戦いを見守る立場だった。実際に自分の拳で戦い抜いたことはなく、マシュの盾やサーヴァントたちに守られていた。

 

 だが、それだけか?

 否、それだけではない。

 

 これまで契約した英霊を呼び出して、皆の援護をしていたではないか!!

 

「セイバー!!」

 

 立香の令呪から一筋の煙が立ち昇る。

 白い煙の中から伸びだした腕が刀を握りしめ、間近に迫った鬼を撫で切った。

 

「立香!?」

「陸奥守さんたちは前をお願いします」

 

 煙から現れたのは、静かで落ち着いた雰囲気の老人だった。

 刀を払い、後方から迫りくる遡行軍を一瞥している。

 

 サーヴァント、セイバー 柳生但馬守宗矩。

 

「しんがりは、こっちでなんとかしますから!」

 

 立香の声が二条第を貫く。

 その言葉を合図に、セイバーは遡行軍に斬りかかった。

 

 もう守られているだけの存在ではない。

 これで、少しでも援護することが出来る。

 

 立香は二人が切り開いた道を走りながら、ここからが本番だと強く感じた。

 

 

 

 

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