聖杯乱舞「特命調査 聚楽第」   作:寺町朱穂

15 / 38
幕末土佐の快男児(3)

「……っと! これで、最後の一人ぜよ!!」

 

 陸奥守が角の生えた鬼を一刀両断する。

 鬼は切り口から黒い砂のように崩れ、他の遡行軍同様、消えていった。

 

「終わった……?」

 

 10分ほどだろうか。

 なんとか、遡行軍たちはすべて倒し切ることができた。

 陸奥守も山姥切も肩で息をしている。立香も廊下に座り込み、ふぅーっと息を吐く。いくら背後をサーヴァントに任せていたとはいえ、後ろを確認しながら、前方の2人に喰いつくように走るのは、かなり難しく、息が切れそうになった。

 

「山姥切も立香もお疲れさん。いやー、まっこと、しんどかったぜよ」

「藤丸。さっきのアレは何者だ?」

 

 山姥切が不思議そうに尋ねてくる。

 

「すみません……私も良く分からないです。カルデアで召喚して、契約しているサーヴァントを一時的に影として召喚している、みたいな感じだと思う」

 

 先ほどまで共に戦ってくれていた、柳生宗矩は戦闘を終えると消失した。

 こちらからの指示を聞き、自ら考え行動しているが、詳細な会話をすることはできない。事実、柳生宗矩は何も語ることなく、戦闘に専念していた。

 令呪で呼び出した、というわけではない。契約したサーヴァントの影を、令呪という契約の証を通して召喚したというべきなのだろうか。

 この辺りの仕組みは、いまいち上手く説明できない。

 

「つまり、かるであにいる英雄の写しか?」

「うーん……そうなるのかな?」

「常に召喚できちょったら、ちくっとした軍隊になるが……無いものねだりはやめちょこう。

 次の一団が来る前に、脱出せんといけんな」

 

 陸奥守は大きく腕を掲げ、伸びをする。

 とりあえずの窮地は脱することが出来た。しかし、彼の言う通り、外から応援がやってくるかもしれない。その前に、なんとかして外に出る必要があった。

 

「このまま正面突破するんですか?」

「これ以上、戦うのは疲労がたまる一方や。やき、抜け道を探す」

「抜け道?」

「こういったお偉いさんが集まる場所には、たいてい抜け道があるもんじゃき。かるであには、ないんか?」

 

 陸奥守が尋ねてくる。

 立香は少し考えたが首を横に振った。

 

「ないと思います。カルデアは吹雪がやまない山の頂上だから……」

「んじゃ、逃げるときは、格納庫のハッチから船で滑り降りるって感じになりそうやな」

「いや……さすがに、それは無いですよ」

 

 立香は手を振った。

 だいたい、カルデアが何者かに襲われることも想像できない。

 カルデアには古今東西の英雄たちが待機しているわけだし、仮に、時計塔上層部の命令で彼らが退去することになっても、天才キャスターのダ・ヴィンチは残るはずだし、実際に立香が召喚したわけではなく、勝手についてきたホームズも残りそうだ。

 最終的には……頼れる後輩がいる。

 攻め込む相手が英霊やそれに髄する者を率いていない限り、カルデアは滅びない。

 だから、カルデアが壊滅するなんて、そこから逃げ出さないといけなくなるなんて、立香には到底、考えられなかった。

 

「おい、あれを見ろ」

 

 山姥切が庭の隅を指さす。

 井戸の脇から、狸がひくひくと鼻を嗅いでいる。山姥切が近づくと、狸はびっくりして井戸の中に潜り込んでしまった。

 

「たぬき?」

「ほー、さすが山姥切や。ええ所に目をつけりなさんな!」

「えっと、どういうことですか?」

 

 陸奥守が意気揚々と井戸に駆けだした。立香もその後を追いかける。

 

「そうじゃの。この場所で、狸を飼うちゅー思うか?」

「ない、と思います」

 

 聚楽第ほどではないとしても、政治に関する場所で、狸は飼わない。

 貴人が犬や猫、小鳥を愛でる話はあるが、狸を愛でるなんて聞いたこともない。

 

「そうやろ? やき、つまりは……」

 

 陸奥守は狸が消えていった井戸を覗き込み、立香と山姥切も続いて覗き込んだ。

 井戸の奥に水はなく、二階分ほど降りたところに土がたまっていた。先ほど、ここに逃げ込んだはずの小動物の気配は、全く感じられない。

 

「この枯れ井戸は、外に繋がっちょるわけぜよ」

 

 そう言うと、陸奥守は躊躇いもなく飛び降りた。彼は猫のように跳躍し、ほとんど音を立てることもなく地面に降り立つと、手を挙げて「とべ」と合図をしてくる。

 

「先に飛び込め」

 

 山姥切が促してくる。

 立香は井戸の木枠から乗り出すと、眼下で手を開く陸奥守を見下した。一瞬、恐怖で胃が縮みそうになる。だけど、よく考えてみれば、新宿の時なんて、高層ビルが点に見えるくらい遥か上空にレイシフトし、パラシュートなしの急降下ダイビングをした。

 それに比べたら、どうってことがない。

 立香は、えいっと木枠を蹴って、空に飛び出した。ぎゅっと歯を食いしばって衝撃を覚悟したが、あっと思う間もなく身体は陸奥守の腕の中にすっぽり収まっていた。

 陸奥守は立香を抱き留めるや、すばやく井戸の奥に続く通路に歩きだした。すたっと後ろから山姥切が降りてくる音が聞こえる。

 

「ここからは、よっぽどのことがない限り、しゃべるのはいかん。

 声が響くし、出入り口に敵がおったら、バレてしまうきな」

 

 陸奥守は囁きながら、立香を降ろした。人が一人通れるのがやっとの道だ。立香でさえ、腰をかがめなければいけないほど天井が低い。

 

「わしの袖を握っちょき。絶対に離れんようにのう」

 

 陸奥守は自身の着物の袖を握らせると、奥へと進み始めた。

 灯りもない道は、新月の夜より暗い。どんなに進んでも闇に眼が慣れず、そのくせ、後ろから何かが迫ってくる気配だけは敏感に感じる。もちろん、山姥切だと分かり切っているが、息が詰まりそうだ。陸奥守の袖を握っていなければ、先に進む気力まで奪われていたかもしれない。果てしなく闇の中で、誰かと一緒に進んでいるということは、心の中にぽかっと火が灯るような感じがした。

 

 どれくらい歩いたことだろう。

 何時間も歩いた気もするし、本当は数十分程度だったかもしれない。

 徐々にぼんやり明るくなり、目の前の朱色の着物が薄ら見えてくると、感嘆の声が出そうになった。それを必死で堪えながら、出口に向かって歩き出す。 

 

「………」

 

 前方に、上から光が差し込む場所がある。

 陸奥守は歩みを止め、

 

「ちょっと、確かめてくるき」

 

 と囁くと、そっと立香の手を外し、灯りの方へ歩き出す。

 慎重に灯りの中へ進み、軽々と跳びはねた。足がゆっくり上へと消えていき、なにかを開けるような軋む音が聞こえる。

 ここで、敵が待ち構えていたら、おしまいだ。

 逃げ道はなく、この狭い場所では英霊召喚しても戦えるとは思えない。息を飲んで、陸奥守を待つ。

 そして――……

 

「大丈夫やき。ほれ、立香」

 

 と、太陽のような笑顔で覗き込んできた。

 その笑顔に肩の荷を下ろすと、彼の堅い手を取った。ぐぃっと思いっきり持ち上げられ、どこかの狭い扉から身体が外に抜き出される。

 

「いやー、なんとかなったぜよ」

 

 彼は肩を回していた。

 立香は自分が出てきた扉を振り返る。そこは、真新しい木戸の付いた小さな祠だった。お地蔵さんが入っていそうな祠から、山姥切が這い出てくる。ずっと暗い土の道を進んでいたせいか、白い布はところどころ茶色に汚れてしまっていた。

 布が白いだけあり、とても目立っている。

 立香が見ていることに気付いたのか、山姥切は何でもないことのように

 

「多少汚れているくらいが、ちょうどいい」

 

 と呟いた。

 

「そんだけ汚れちょったら、歌仙に布を剥ぎ取られるのう。

 『また、こんなに汚して! その汚れは僕の美学に合わない!』とな」

「俺はこれで構わない。

 ……入口から見えそうな範囲だけだが、足跡は消した。後を追って来る気配もない」

「いつの間に!?」

 

 立香は少し驚いたように山姥切を見た。

 彼はふいっと顔を逸らし、フードのように被っている布を目元まで降ろした。

 

「あの程度、刀剣男士なら誰にでもできる」

「がっはは。山姥切は器用ぜよ」

 

 陸奥守は楽しそうに笑っていた。

 立香は周囲を見渡した。今出てきた祠以外、特別に際立つ建物は見当たらない。祠の前は家一軒分ほどの砂利の広場だが、両隣は普通の家が建ち、眼前の通りの向こうにも家々が並んでいる。

 

「とりあえず、ちくっと歩いてみようか」

 

 陸奥守が歩き始めた。

 立香もその後に続いて歩き出そうとした、その時だった。

 

「――ッ、避けろ!」

 

 山姥切に突き飛ばされる。

 あまりに突然のことだったので目を見開いて、よろめきながら振り返る。山姥切の白い布が大きく切り裂かれ、ゆっくり倒れていく。

 

「山姥切!?」

「わしは逃げるな、と言っちょったき。おまんら、わしを裏切ったな」

 

 髪をポメラニアンのように結び、黒いマフラーに顔を埋めた侍――……人斬り 岡田以蔵が立っていた。

 山姥切は以蔵の足元に倒れ込むと、呻きながら

 

「遡行軍の気配はないのに、なぜ……」

 

 と呟く。

 確かに、この周囲に遡行軍の気配はない。もし、遡行軍が待機していたら、陸奥守が気づいていたはずだ。岡田以蔵はアサシン特有の「気配遮断スキル」で隠れていたのだろうが、遡行軍の気配までは消せないはずだ。

 

「あん? そこう軍? あの連中の力を借りんども、わしは一人で敵を倒せる」

「……でも、以蔵さんは二条第から出ちゃダメって……」

 

 立香が指摘すると、以蔵は少し言葉に詰まった顔になった。が、すぐに不敵な笑みを浮かべる。

 

「う、うるさい! これは、仕方のうことやき。他の奴らに連絡しちゅー暇があったら、わしが出口で待ち伏せしちょった方が、ずっと早い!」

 

 この反応。やはり、いつもの岡田以蔵である。

 味方なら微笑ましく思えるが、今は敵。しかも、彼は山姥切を斬った。立香はいつでもサーヴァントを召喚できるように魔力を回し始める。

 

「おっと、動くなよ。刀一本でも動かしたら……」

 

 以蔵は刀を山姥切の首元に押し付ける。

 

「さあ、刀を捨てるぜよ! かるであのマスターは人間! 刀剣男士も刀がなけりゃ、ただの人やき!!」

 

 彼は高らかに笑った。

 立香は唇を噛む。敏捷性の高いアサシンやライダーを召喚することが出来れば、山姥切を助けることが出来るかもしれない。ただ、岡田以蔵は人斬りだ。ああ見えて、相当予想外のことが起きない限り、冷静に対処してくる。立香がサーヴァントを召喚している間に、山姥切の首を切り落としてしまうかもしれない。

 

「俺のことは、気にする……な」

「黙っとれ、布男」

 

 山姥切が掠れた声で呼びかけてくるが、以蔵は一切の躊躇いもなく、山姥切の左腕を突き刺した。

 

「……仕方ない」

 

 陸奥守が静かに呟いた。

 立香は目を剥いた。彼は刀を抜かず、鞘のまま前に差し出したのだ。そのまま、手を放す。陸奥守の本体はゆっくりと落下し、じゃりっと音を立てて地面に転がった。

 

「陸奥守さん!?」

「……これで仲間を助けられるなら、安いもんや」

「ははっ! いい気味じゃき! 刀剣男士も刀がなけりゃ、手も足も出ん!!」

 

 岡田以蔵は愉快そうに笑った。

 

「さて……そこの2人は生かすように言われちゅーが、きさんは別や」

 

 以蔵は山姥切の腕から刀を引き抜くと、刀を捨てたばかりの陸奥守に狙いを定める。

 

「死に晒せ!!」

 

 以蔵が地面を蹴る。

 陸奥守めがけて、一気にに跳躍する。立香の真横を風のように通り過ぎ、陸奥守に放たれたばかりの矢のように接近した。

 陸奥守は以蔵を鋭く見据えると、腹を庇うように左手を懐に入れる。否、庇うのではない。左手は素早く懐から黒い塊を引き抜いた。

 彼は間近に迫った人斬りに照準を定め、銃の引き金を引いた。

 

「そこやき!」

「な、何じゃ!?」

 

 間一髪、以蔵は身体を反らすように躱したが、銃弾は頬を掠めた。以蔵は後ろに後退し、頬についた血を拳で拭く。

 

「馬鹿な。刀の付喪神が、なして銃なんぞ使っちょる!?」

「わしの元主・坂本龍馬がよう言うとったわ」

 

 陸奥守吉行は白煙昇る銃口を以蔵に向けたまま、挑戦的に口の端を持ち上げた。

 

「これからの時代は拳銃ぜよ、との」

「りょーま、やと?」

 

 以蔵の黄色い双眸が細められる。

 

「きさん、わしを売った裏切り者の刀か!!」

 

 以蔵は叫ぶと、鬼気迫る表情で踏み込んだ。

 

「完膚なきまでに折っちょるぜよ!!」

「折られるわけには、いかんき」

 

 陸奥守は口元の笑みを浮かべると、すぐさま足元の刀を拾い上げ、以蔵の一刀を鞘の上から防ぐ。

 

「今の主が、わしらの帰りを待っちょるからの!」

 

 陸奥守は明るく宣言すると、以蔵を押し返した。そのまま鞘を抜き払い、右手に刀を、左手に銃を構え、以蔵に狙いを定める。

 

「……きさんがそのつもりなら、わしも本気で相手にしてやるき!!」

 

 岡田以蔵は目を血走らせながら、まっすぐ陸奥守に向かっていた。

 その刀裁きに一貫性はない。

 岡田以蔵は、一度見た剣はそのまま真似することが出来る。誰よりも剣を使いこなし、敵を翻弄するのだ。ただ、心なしか、北辰一刀流の剣戟が多いように感じるのは、陸奥守が坂本龍馬に由来する刀だからかもしれない。

 

 立香は山姥切の傷を回復魔術で癒しながら、2人の戦いを見守った。

 

「……なぜじゃ!」

 

 以蔵は眉間に皺を深く刻んだ。

 

「なぜ、わしの太刀筋について来れる!?」

 

 以蔵が叫んだ。

 初見の敵は、岡田以蔵の常に変容する剣戟を見切ることは難しい。あの李書文ですら、対応するまでに少し時間がかかった。

 ところが、陸奥守は、以蔵の変化し続ける太刀筋に適応していた。刀筋を見切り、振り下ろされる前に防いでいる。今も陸奥守は以蔵が突き出した刀を下から払いのけ、そのまま横に撫で切っていた。

 

「……ッ!?」

 

 以蔵はすぐに刀を返したが、羽織の袖に綺麗な線が入る。彼は数歩後ろに下がると、動揺を隠せない顔で陸奥守を見返した。

 

「なんや、この強さは!? 刀風情が、わしの剣を防ぐじゃと!?」

「わしは古株やき。打刀では、加州清光に次いで2番目に顕現されたきな! そう簡単に――……」

 

 陸奥守は砂利を踏み込んだ。

 

「負けはせん!」

 

 動揺する以蔵に接敵する。

 以蔵は防ごうとするが、彼の勢いに対応できない。陸奥守は右手を大きく掲げ上げ、岡田以蔵の身体めがけて刀を振り下ろした。

 

 

 

 

 





  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。