聖杯乱舞「特命調査 聚楽第」   作:寺町朱穂

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幕末土佐の快男児(4)

 陸奥守は刀を振り降ろした。

 彼の一太刀は、岡田以蔵の身体を一閃した。そのまま下段から以蔵の手元めがけて振り上げ、器用に刀の鍔に切っ先をぶつける。

 

「これで、終いじゃき……!」

 

 陸奥守は岡田以蔵の刀を吊り上げるように、思いっきり自身の刀を掲げ上げた。

 先程の彼が繰り出した一閃で、以蔵は少し握りが甘くなっていたに違いない。以蔵の手から刀はするりと抜け、高らかに回転しながら宙を舞う。

 陸奥守は悠々と彼の刀をキャッチし、以蔵から距離を置いた。

 

「そん、な、馬鹿な」

 

 以蔵はふらふらと後退する。

 陸奥守の攻撃は見事だったが、彼の一閃は以蔵の身体まで届いておらず、マフラーや服を切り裂くだけに留まった。

 

「惜しい!」

「いや、これでええ」

 

 陸奥守は口元を綻ばせた。

 

「おまんは、龍馬の友人じゃ。切り殺すなんぞ、出来る訳ないぜよ」

 

 陸奥守は銃を懐にしまい、自身の刀を鞘にしまった。

 立香はぽかんと呆けたように口を開け、陸奥守吉行をまじまじと見てしまう。

 カルデアの坂本龍馬も心が広い。

 帝都の時、岡田以蔵が龍馬に対して恨み言を吐き、「今すぐにここでぶった斬る」と言った際には、「それで以蔵さんの気が済むならいいよ」彼の一撃を避けることなく受けていた。その場に居合わせだ誰よりも、龍馬を切った本人が一番動揺したのは、また別の話である。

 

「友人、やと?」

 

 今回も、その時と状況が似ていた。

 立香同様、以蔵も陸奥守の浮かべる朗らかな笑みに動揺している。微笑みだけだと、嘘だと思うかもしれない。しかし、彼の表情、声色、そして、身にまとう雰囲気……そのすべてが、嘘偽りない本心だと伝わってくる。

 

「あいつのせいで、わしは惨めに打ち首じゃ! 絶対に許さんぞ!!」

 

 以蔵は動揺を押し殺し、怒るように吼える。

 その拍子に、すでに切れていたマフラーが地面に落ちた。岡田以蔵は糸が切れたようにくらりと揺れ、地面に片膝をつく。陸奥守は申し訳なさそうに笑った。

 

「……ありゃ、浅く打ち込んだつもりじゃったが……?」

「以蔵さん!?」

 

 つい、立香は反射的に叫んだ。

 敵対サーヴァントなのに、どうしても放っておくことが出来ない。だから、ついつい気軽に突っ込んだり、こうして心配したりしてしまう。

 先ほどまで鋭かった瞳はとろんと蕩け、すうっと波が引いていくように、いつもの眼に戻った。

 

「……はっ!? わ、わしは、いったい何を……」

 

 以蔵は慌てたように辺りを見渡し、立香を視止めると、少し安堵したように息を吐いた。

 

「マスター……マスターか! こんなとこで何しとるき?」

「以蔵さん? え、以蔵さん?」

 

 立香は目が点になった。

 つい数秒まで敵対していたのに、いきなり馴れ馴れしくしてくる。これも罠なのか、それとも……

 

「……藤丸。あれを見ろ」

 

 立香が思い悩んでいると、山姥切が以蔵の足元を指さした。

 そこには、臙脂色の木綿マフラーが二つに分かれて落ちていた。陸奥守が切り落とす瞬間まで黒々としていたはずなのに、いつもの色に戻っている。これは、一体どういうわけなのか。

 

「ところで、ここはどこじゃ? なんか、京っぽい空気しちょるが……」

「うん、京都だけど……えっと、本当に以蔵さん?」

 

 立香は混乱した。

 令呪に神経を集中すれば、確かに、目の前の岡田以蔵とパスが繋がっていることが分かる。

 

「はあ? わしは、わしじゃき。おまん、頭がおかしくなっちょったか?」

「以蔵さんに言われたくない。でも、どうして……?」

 

 目の前の岡田以蔵と、契約を結んでいるのは事実だ。

 

「なんやき? 本当に知り合いやったか?」

 

 陸奥守が立香と以蔵を交互に見てくる。

 以蔵は陸奥守を不思議そうな表情で見返した。

 

「おまんの話し方……まさか、同郷か?」

「一応、さっき自己紹介したはずじゃが……こりゃ、すっかり忘れとるの」

「記憶力が悪いのか?」

「そこの白布、わしを馬鹿にしたな!」

 

 岡田以蔵が刀を引く抜こうとし、そこに愛刀がないことに気付く。

 

「マスター! わしの刀はどこじゃき!?」

「うーん……これは……」

 

 記憶喪失、か。

 立香が考えていると、軽快な電子音が聞こえた。それと共に目の前に青い画像が現れ、マシュの姿が投影される。

 

『先輩っ! よかった、無事でした!』

「マシュ!」

『モニターでステータスは把握していたので、無事であることだけは確信できていたのですが……』

「なんじゃこれは!!」

 

 マシュの言葉を遮るように、陸奥守がはしゃいだ声を上げた。

 

「立香! これは、どういう仕組みぜよ?」

 

 彼は目を輝かせ、興味津々で通信が面を覗き込む。

 

『カルデアの通信装置ですが……あの、先輩。そちらの方は……?』

「わしは陸奥守吉行じゃ!」

『ほう、坂本龍馬の刀だね。ところで、失礼。立香ちゃん、後ろにいるのは……』

 

 ダ・ヴィンチの視線が岡田以蔵に向けられる。

 

『いま、通信して大丈夫かい?』

「うーん……さっきまで戦闘していたんですけど、いきなり正気に戻ったというか、なんというか……」

「わしが、マスターと戦闘? 冗談抜かせ。わしは龍馬と違う。わしはマスターを裏切らん!」

 

 以蔵は少し怒ったように話し出した。

 

『ふむ……では、以蔵君。君はどうして、そこにいるのかな? 立香ちゃんと一緒にレイシフトしてなかったはずだけど』

 

 ダ・ヴィンチが尋ねると、以蔵は話し出した。

 

「わしは昨晩、アサシン連中と酒を飲んでいたじゃき。

 そんたら、あんの破廉恥な小娘が

『レイシフトが怖い? お兄はん、『剣の天才』やとか言っても、所詮は人の子やね。意気地がないわー』

と、抜かしおったての。それで、まあ……」

 

 以蔵はバツが悪くなったのか、そっぽを向いた。

 立香はしらっとした目で以蔵を見る。

 

「……酒呑童子に馬鹿にされたから、勝手にレイシフトしたってこと?」

「わ、わしだけじゃなか! あのポンポン変身する奴もやき!

『旦那、怖がるなって! 俺もついて行ってやるからさー!』

 とかなんとか言ってたぜよ!」

『……確認が取れたよ。

 確かに、深夜に以蔵君と燕青君が、その特異点にレイシフトした記録が残っている』

『以蔵さん。勝手にレイシフトすることは厳禁です。戻って来たら、それ相応の罰があると覚悟していてください』

「うぅ……わしを煽った奴らが悪いぜよ……」

 

 以蔵はぶつぶつ文句を口にしていたが、大声で反論してこないあたり、自分も悪いと自覚しているらしい。

 

「それで、以蔵さん。レイシフトしてからの記憶は?」

「それがの……そこから先の記憶が何もないき……足が多う生えた何かを見た気もしちょるけど、のう……」

「ふむ……遡行軍の脇差連中かの?」

 

 陸奥守が腕を組みながら、一緒に考えてくれる。

 確かに、襲いかかってくる遡行軍の中に、足がたくさん生えた鬼がいた。

 

「こいつ……脇差に負けて、洗脳されたのか?」

「また、白布か! さっきから、わしを馬鹿にしおって!! わしゃ洗脳なんぞ、されとらん!!」

「以蔵さん、落ち着いて、落ち着いて」

 

 立香はどうどうと宥める。

 どういった経緯かは知らないが、敵対勢力に捕らえられて洗脳された。

 

「あの黒いマフラーが関係しているのかな?」

『以蔵君が着込んでいた襟巻だね。……確かに、元の色に戻っている。ここからだと解析が上手くできないが、サーヴァント用の拘束具だったのかもしれない』

『なんだ、洗脳されてたのか? やっぱり、雑魚ナメクジだな』

 

 ダ・ヴィンチの映像が切り替わり、長い黒髪の女性が現れた。

 

「このスベタァ! 誰がナメクジじゃ!!」

『まあまあ、お竜さんも以蔵さんも落ち着いて』

 

 お竜と以蔵を宥めながら、白い帝国海軍の制服を纏った優男が現れる。

 

『やあ、マスター。さっき、沖田君が僕を呼びに来てくれてね。彼女から、何が起きているのか話は聞いたよ』

 

 優男は白い帽子で半分顔を隠しながら、口元をに微笑を浮かべて話す。

 

『歴史改変された聚楽第に刀剣男士。敵対サーヴァントと時間遡行軍。おまけに、以蔵さんを操るほどの拘束具を使ってくるとは……』

「おい、龍馬!! わしゃ、操られておらんき!!」

「待てぃ! 龍馬!? 龍馬やと!?」

 

 陸奥守は抗議の声を上げる以蔵を押しのけ、更に画面に近づいた。

 

「おんしゃ……まっことに、坂本龍馬か?」

『ああ、そうか! 君が陸奥守吉行の付喪神だね。はじめまして……いや、久しぶり、というべきかな?

 僕は坂本龍馬。画面越しだけど、君に会えて嬉しいよ』

『ふーん、リョーマの方がカッコいいな』

『……ありがとう、お竜さん。

 それにしても、凄いね……まさか、吉行も土佐訛りで話すとは。刀工が土佐に移住してから鍛刀した刀だからか……吉行?』

 

 坂本龍馬は少し帽子を持ち上げて、陸奥守を不思議そうに見返した。

 陸奥守は両目を大きく見開き、口を呆けたように開けていた。

 

『あの……吉行?』

「りょ、龍馬が……龍馬が標準語でしゃべっとるやと―――!!?」

『え、そこに驚くの!?』

「岡田以蔵は土佐訛りだちゅうのに、なして、龍馬は……!?」

「陸奥守、落ち着け。

 かるであは、源義経が痴女の世界だ」

 

 気が動転する陸奥守に対し、山姥切が腕を擦りながらフォローを入れる。

 

「言葉遣いくらい、別にいいだろ」

「いや……山姥切さん。そういう問題かな? 牛若丸や沖田さんは性別が違うだけで、他は史実通りだよ? 坂本さんだって、ほとんど伝わってる史実と同じだと思う」

「……だが、性別が違うことは問題だろ」

 

 立香は苦笑いを浮かべた。

 確かに、牛若丸、信長、沖田総司と「実は女でした英霊」が続いていただけあり、日本史有数の偉人「坂本龍馬」が女であっても不思議ではない。

 立香自身、龍馬と最初に会ったときは「あー、この人は男だった。良かった、教科書通りだ」と安心したことを覚えている。

 

『あはは……土佐訛りは真名がばれやすいから、普段はあまり使わないようにしてるんだ。

 坂本龍馬だと敵にバレたら、攻撃方法や奥の手まで想像がついてしまうからね』

「な、なるほどの……わしも標準語で話した方がええのか……」

『そこは、自分の好みでいいんじゃないかな? 君は聖杯戦争に関わっているわけじゃない。でも、そうだね……僕は、君の土佐訛りが好きだな。とても耳に馴染んで、聞きやすいと思うよ』

「ほうか、龍馬!?」

 

 陸奥守の黒い瞳が、きらきらと星のように輝いた。

 まるで、大型犬がじゃれついているみたいだ。彼に尻尾が生えていたら、ぶんぶんと切れそうになるほど振っていたことだろう。

 

「いやー、まっさか、わしが龍馬に褒められるとは、思うてもなかったぜよ!」

『やったな、刀の付喪神。雑魚ナメクジより土佐弁のランクが上らしいぞ』

「こんのスベタぁめ、言わせておけば!! 戻ったら覚悟しとき!!」

『えっと、以蔵さんの土佐弁も悪くないと思うよ』

 

 陸奥守吉行、坂本龍馬、お竜、そして、岡田以蔵。

 立香はこの四人のやり取りを微笑ましく見守っていた。彼らのやり取りを見ていると、ここが特異点で戦場であることを忘れてしまう。

 

 それと同時に思うのだ。

 

 刀の付喪神である陸奥守吉行の方が、遥かに日本人のイメージする坂本龍馬像にピッタリ当てはまる。

 彼は、豪放磊落で懐が深く、土佐弁をしゃべり、人懐っこい。

 カルデアの坂本龍馬も懐が深いが、どちらかといえば紳士的で策略を張り巡らせるのが好きそうだ。

 

 もし、坂本龍馬が召喚されていなかったら、陸奥守を坂本龍馬だと誤認していたかもしれない。

 

『本当はもっと話したいけど、時間がないみたいだ。

 ……僕の吉行。マスターと以蔵さんをよろしく頼むよ』

『おい、リョーマ。ナメクジはともかく、付喪神にマスターを任せていいのか?』

 

 お竜が淡々と龍馬に尋ねる。

 こちら側で、以蔵がぎゃんぎゃん小型犬のように反論しているが、それは脇に置いておくことにしよう。龍馬は帽子に手を置きながら、口元を綻ばせた。

 

『陸奥守吉行は、僕が兄に頼み込んで譲ってもらった刀だ。それに、土佐では名が知れた良い刀だから、頼りにならないはずがないよ』

「……おう! 任せとき!」

『さて、では本題に戻るとしよう』

 

 ダ・ヴィンチが投影される。

 立香は緩みかけた気を張り直し、ダ・ヴィンチをまっすぐ見つめた。

 

『信長たちと清水ではぐれてから、数時間経過している。おそらく、彼女たちは清水から移動しているはずだ。拠点にしていた寺に戻っているかもしれない』

「ひとまず、その寺を目指すってこと?」

『それが得策かな。仲間は多いに越したことはないからね。だけど、立香ちゃん。道を覚えている?』

「うっ……それは……」

 

 立香は目を逸らした。

 京都の通りは、どこも似たり寄ったりに思えた。いきなり知らない場所から、名前も分からぬ寺を目指すのは、かなりハードルが高過ぎる。

 

「南蛮寺からの道なら、なんとなく覚えているけど……」

『わかった。南蛮寺の場所を送るよ。そこから少し離れてるから、気を付けてね』

「はい!」

『それから、レイシフトの記録を洗い直してみたけど、勝手にそっちに行っているのは、以蔵君と燕青君だけみたいだ。燕青君は何かに擬態しているかもしれないし、以蔵君みたいに拘束されているかもしれない。

 だから、敵に回っていたとしても、慌てずに対処するように』

「……はい」

 

 立香は、ダ・ヴィンチの話を冷静に受け止めた。

 

『……そろそろ通信を切れそうだ。立香ちゃん、くれぐれも慎重にね』

『先輩。お気をつけてください』

「あ、ちくっと待て。龍馬に伝えたいことがあるき」

 

 陸奥守がタクシーを止めるように、右手を挙げた。

 再び、画面に坂本龍馬が映し出される。

 

『僕に伝えたいこと?』

 

 陸奥守吉行は坂本龍馬の顔を見ると、少し眉根を寄せて真剣な顔になった。

 

「のう、龍馬。寺田屋で……親指を怪我したこと、覚えちょるか?」

『……うん、覚えているよ』

『お竜さんは思い出したくないな。お竜さんがいないときに、リョーマが襲われたから、あの傷は治せなかった』

 

 お竜は、悲しそうに言葉のトーンを落として話す。

 坂本龍馬も寂しそうに目を背けたが、一呼吸置くと、いつもの柔らかい表情に戻った。

 

『大丈夫だよ。今の僕の身体は、ちょっと生前と違ってね。親指の怪我も完治している。うっすら、傷跡は残ってるけど、問題なく動かせるよ』

「それは良かったじゃき!! ……い、いや、そういうことじゃなくて、のう……。

 わしゃ、龍馬。おんしゃに、その、礼を言いたいんじゃ」

 

 陸奥守は頬を掻きながら、恥ずかしそうに顔を歪めて笑った。

 

 

「刀が握れんでも……使えんでも……銃じゃなくとも……ずっと傍らに、わしを置いてくれて、ありがとう。

 わしは、おまんの生き様が好きやき」

 

 

 

 

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