不滅の誠(1)
聚楽第 最奥部。
壁・天井・柱・障子の腰をすべて金張で覆われ、畳表は猩々皮、縁は萌黄地金襴小紋、障子には赤の紋紗が張られ、まさに絢爛豪華な一室に、北条氏政は腰を下ろしていた。
「……悪趣味な部屋だ」
氏政は改めて部屋の内装を見渡すと、小馬鹿にするように鼻で笑い飛ばした。
豊臣を攻め滅ぼし、上洛した際に聚楽第を接収したが、この部屋が気に入らない。以前、氏政の甥が秀吉に招かれた際、あまりの素晴らしさに仰天したというが、氏政にしてみれば大したことないように思えた。
豪華すぎるのも、困りもの。
人の上に立つ者は、ことに立派な衣装や部屋に住んではならない。見苦しくない程度で満足し、決して華美に流れるようなことがあってはならぬ。
贅の限りを尽くした部屋は、氏政の趣味とは正反対であった。
「……それでしたら、模様替えをしたらいかがでしょう?」
氏政の耳に女性の声が届いた。
彼から見て遥か下手。その女は出入口付近で隠れるように佇んでいる。全体的に黒い女だった。装飾もなく、模様も何も描かれていない黒い南蛮衣装を纏っている。パニエを履いているのだろうか。ほっそりとした上半身とは対照的に、スカートは大人が7、8人ほど入りそうなくらい膨らんでいた。
「余計な金子は使いたくない」
「かしこまりました」
この言葉を最後に、広い部屋は再び静寂に包まれた。
氏政は脇に抱える黄金の杯を撫で、女性は静々と佇みながら、ゆったりと時が過ぎていく。
そのような静寂が、数時間ほど経過した時だった。
女性は何かに気付いたように、ぴんっと張り詰めた空気に変わる。
「氏政様。天草四郎が近づいてきます」
「……分かった」
「くれぐれもご注意してください。氏政様の使い魔ですが、あの男は聖杯を狙っております。いつ裏切り、本性を現すか分かりません。どうか、くれぐれも御慎重にお話しくださいませ。いざという時には、私がお守りいたします」
「……」
氏政は無言で立ち上がると、ふすまの近くまで歩き始めた。
聖杯を持ったまま、ちょうど女性の前に腰を下ろす。氏政は決して小男ではないが、こうして並び立つと、女性の背の高さが際立って分かる。彼女は天井に頭がぶつかるほど高身長故に、わずかに背を丸めていた。
「……ルーラーのサーヴァント、天草四郎でございます」
臥間の向こうから、青年の声が聞こえてきた。
「……何用か?」
「はい。二条第に捕らえていたカルデアのマスターと山姥切国広が逃げ出しました。岡田以蔵が後を追いかけていますが、増援なさいますか?」
氏政はしばし考え込むと、確かな口調で天草四郎に言葉を返した。
「増援は必要ない。岡田に任せるとしよう」
「しかしながら、あの男は小物です。戦闘時に、拘束具が解けてしまう可能性もあります」
「その時はその時だ。私が見たいのは、カルデアのマスターが絶望する姿。むしろ、拘束具の存在が明らかになれば、疑心暗鬼に陥ることだろう。わしは、その姿が見たい」
「…………分かりました。
ところで、マスター。マスターに見せたいものがあるのですが……中に入ってもよろしいでしょうか?」
氏政は黙したまま、隣に佇む女性に目を奔らせた。
女性は目を閉じると、首を横に振る。彼女の仕草を一瞥すると、氏政は少し怒りを込めたような声で命令した。
「お前を召喚した時、わしは伝えたはずだ。
わしは、使い魔ごときと顔を合わせる趣味はない。
見せたい物があるなら、そこに置いておけ。もっとも、鹵獲した刀剣の付喪神やサーヴァントでない限り、興味はないがの」
「……………分かりました。残念ですが持ち帰ることにします」
天草四郎が立ち去っていく。
氏政は悠々と立ち上がると、奥へと歩き始めた。
「……あの男は、外へ出たようです。見せたい物があると偽り、聖杯を盗ろうとしておりました」
「裏切り者は世に蔓延るものよ」
氏政は自嘲気味に呟く。
「……魔神様への祈りの時間だ。絹よ、この部屋に誰も入れてはならん。良いな」
「承っております。ごゆるりと」
絹と呼ばれた女性は、貞淑に頭を下げた。
氏政は絹を振り返ることなく、さらに奥の部屋へと去っていった。
「……南蛮寺って、こんなところにあったんだ」
立香は地図を見ながら、少し驚きの声を上げた。
あの時は、巴御前に襲われ、無我夢中で洛中を走っていたので分からなかったが、南蛮寺は意外にも洛中でも、さらに真ん中あたりにあった。
「蛸薬師通りじゃき。あの信長公が死んだ本能寺の近くや」
陸奥守が上から覗き込んでくる。
「信長公といえば、一緒に来ちょるんやろ? 会うのが楽しみぜよ」
「うーん、イメージと違うから、びっくりすると思うよ」
立香は同意を求めるように山姥切に視線を向けたが、彼は何も語らなかった。
まあ、彼も何も答えられないのだろう。
「ちなみに、この蛸薬師通をずっと東に進んで、先斗町のとこから三条まで上ると、龍馬の寓居があったんや」
「寓居?」
「仮住まいのことや。木屋町蛸薬師の高瀬川に土佐藩京都屋敷があったんじゃ。やき、この辺りには土佐藩士の寓居が多うあったんぜよ」
「へぇ……」
地図をスライドさせながら、龍馬の寓居があったあたりを眺めた。
「ってことは、以蔵さんもこの辺りに住んでいたの?」
立香は後ろを振り返り、むすっと黙り込んでいる男に話しかけた。
「えっと……以蔵、さん?」
「わしがどこに住んでおったか、カルデアに帰ってから教えちょる。すまんが、余計な情報は与えることはできん。刀の付喪神なんぞ、信用できんからの」
以蔵は、陸奥守を敵対心を込めた目で睨みつけていた。彼の露骨な態度に、立香は薄く苦笑いを浮かべてしまう。
「あー……以蔵さん、まだ負けたこと怒ってるの?」
「はぁ? なに言うちょるき。操られたわしが負けただけじゃ。刀の付喪神なんぞに、わしの剣が後れを取るわけないき! ましては、龍馬の刀なんぞに負けたなんて……絶対に認めんぜよ!」
「でも、再戦は止めてね。時間ないし、疲れているところを襲われたら、元も子もないから」
「ふんっ」
以蔵はぷいっと顔を背ける。
洗脳されていたとはいえ、陸奥守に負けただけではなく、情けまでかけられたと知ってから、ずっとこの調子だ。剣の腕に自信を持っているだけに、付喪神に負けたことが認められないのだろう。
「えっと、ところで、以蔵さんの刀は本丸にいるの?」
立香は空気を換えるように、別の話題を提供することにする。
牛若丸も沖田総司も織田信長も、そして、坂本龍馬も、自分の刀の付喪神がいると知り、大変喜んでいた。もし、付喪神がいると知ったら、以蔵も気分を変えることが出来るかもしれない。
そんな願いを込めて陸奥守を見上げたが、彼は申し訳なさそうに笑っていた。
「あー、すまんき。まだおらん。脇差の肥前忠広を顕現した本丸があると噂されちょるが……」
「ん? 脇差?」
立香は引っ掛かりを覚え、再び、以蔵に視線を戻す。
岡田以蔵は帯刀していたが、どこからどう見ても、脇差ではない。長くて大ぶりな刀である。以蔵は立香が言いたいことに気付いたのだろう。少しばつの悪そうな顔になると、
「……あんの裏切り者から貰った刀なんぞ、使うわけないき」
とだけ答える。
それを聞き、陸奥守は寂しそうに目じりを緩めた。だが、すぐに朗らかな笑顔を浮かべると、はきはきとした声で話し始める。
「そうは言うても、肥前忠広を折れても使っちゅーた話は聞いたことあるがの!」
「ど、どいて、その話を知っちゅー!?」
「なんやかんや言っても、以蔵さんは龍馬さんが大好きだからね」
「マスター!!」
岡田以蔵が眉の間を微かに曇らせ、怒りの声を叫んだときだった。
「おい、静かにしろ。なにか聞こえる」
山姥切が鋭く言った。
彼の言葉を受け、全員が静まり返り、耳を研ぎ澄ませる。すると、微かに金属がぶつかり合うような音が聞こえてくる。
「六角堂の方からじゃき!」
立香たちは音が聞こえた方向へ走り出す。
近づくにつれ、音は大きくなっていった。銃器の音はあまり聞こえない。主に刀を使って戦闘をしているのだろう。刀剣男士かサーヴァントか、それとも遡行軍か。
「マスター、そこで止まれ」
岡田以蔵が前に出ると、手で制してきた。
「わしが偵察してくるき。そこで待っちょれ!」
そう言うが早い。岡田以蔵はアサシンのサーヴァントらしく気配を消し、通りの向こう側へ消えていった。刀剣男士より役に立つところを見せたいのだと思うが、彼には捕まって洗脳されていた前科がある。可哀そうだが、一人にさせておくのは非常に不安だ。
「陸奥守さん、以蔵さんをお願いできる?」
立香は陸奥守に頼むことにした。
山姥切に頼んでも良いが、彼は以蔵に対して厳しく当たることが多い。彼に捕まり、人質代わりにされたことを考えれば、そう簡単に仲間として受け入れることはできないだろう。
その点、陸奥守は、しっかり事情をわきまえ、どのような人でも懐深く接することが出来る。以蔵側から嫌われていたとしても、なんとかやってくれるだろう。
「んじゃ、行ってくるのう!」
陸奥守は二つ返事で承諾してくれた。
そのまま、すぐに以蔵が去っていった方向へ走り始めた――が、その必要はなかったらしい。以蔵が帰ってきたからだ。すぐにマフラーの色を確認したが、いつもと同じ臙脂色。洗脳されてはいない。
「おかえり、以蔵さん。どうだった?」
立香が尋ねると、以蔵は難しい表情をした。
「ありゃ、なんというか……そうじゃのう。見た方が早い。……安心せえ、マスターはわしが守るき」
最初は少し目を逸らしていたが、立香が首をひねっていることに気付くと、得意そうな笑みを浮かべた。
まあ、彼はマスターに嘘をつかない。
守れる自信があるから、その場まで連れていけるのだろう。それに、いざとなったら、サーヴァントを召喚して戦うことが出来る。立香はそう考えると、以蔵の提案に乗ることにした。
足音に気を付けながら、以蔵の後についていく。
以蔵はしばらく進むと、建物の影に身を潜めた。激しく戦闘が行われているらしく、薄ら土煙が立香たちの隠れている場所まで漂ってきた。
「ここから、そっと眺めるぜよ」
立香は以蔵に促されるまま、大通りを覗いてみた。
真っ赤に輝く遡行軍がいる。
笠と逞しい身体が特徴的な鬼と、同色で足がたくさん生えた鬼が入り混じって交戦している。その相手と言うのが……
「ノッブ!!」
「ノブブ、ノブッブブブブ!!」
ちびノブに一団だった。
浅葱色のだんだらを纏い、小さな刀で切りかかっている。彼らはサーヴァントでも倒すのが面倒な程度に強い。遡行軍相手にも善戦していたが、何分、数の差が違い過ぎる。ちびノブが十数体だとしたら、遡行軍は倍以上いた。
ちらほら、負傷しているノブもいる。
「怪我した奴は下がれ!」
そんな、ちびノブ軍団を纏め上げる青年がいた。
「ノブブ……」
「いいから下がれ。死んだらどうにもならねぇからな。それに、何も心配ないぜ」
真紅の着物の上から、ちびノブと同じ浅葱色のだんだらを肩で羽織り、くるぶし近くまである長い黒髪をなびかせた青年は、悠々と歩きながら刀を引き抜いた。
「かっこ良くて強い、最近流行りの刀が率いてるんだ。負ける訳ねぇだろ」
青年は自信に満ち溢れた声で宣言すると、遡行軍にまっすぐ斬りかかっていった。
「ありゃ……和泉守ぜよ!」
陸奥守は、意外とでも言いたげに瞬いていた。
「和泉守?」
「和泉守兼定。土方歳三の刀だ」
山姥切も彼の姿に驚いているのか、青い眼を大きく見開いている。立香もまじまじと和泉守兼定の姿を見つめる。
「マスター、どうする? わしらの方が数も多い。いま攻め込めば、遡行軍もナマモノも纏めて倒せそうじゃ」
「い、いやいや。あの人たちは、陸奥守さんたちの仲間だよ」
「立香。わしゃ、増援に行きたいんじゃが……」
陸奥守が刀に手を置きながら話しかけてくる。
山姥切も助太刀するつもりらしい。彼の方は、すっかり刀を引き抜いていた。立香は迷うことなく頷いた。
「もちろん。援護しよう! 以蔵さんも行くよ」
「……あー、分かった。分かったき!」
以蔵が了承するや否や、すぐに通りから躍り出る。
「以蔵さん、頼りにしてるよ」
立香は念を押すように話しかけた。
「……おう、任せとき!」
岡田以蔵は隠しようもない得意顔になると、ちびノブたちを跳び越え、刀剣男士たちより先に遡行軍へ斬りかかった。
「天っ誅うう!」
遡行軍は受け止める暇も与えず、以蔵は鬼の身体を一刀で断ち切る。
そのまま圧倒的なドヤ顔で次の鬼に切りかかりながら、通りに響き渡る声で宣言した。
「わしが人斬り以蔵じゃ! 命がおしゅう無いもんからかかってきぃやぁ!」
北条氏政と登場した女性は、本作オリジナルサーヴァントです。
彼女以外にオリジナルサーヴァントは、絶対に登場しません。