その時間、5分も経過しなかったかもしれない。
通り一面に陣取っていた遡行軍は跡形もなく、すべて切り殺されていた。最後の一人が塵となり、風に浚われ消えていく様子を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「どうじゃ、マスター。わしの活躍!」
岡田以蔵は刀を肩に置きながら、得意満面の笑みを浮かべていた。
「龍馬の刀より敵を切っちょったじゃろ?」
「まあ……確かに、以蔵さんの方が斬ってたね」
立香は正直に答えた。
そりゃ、以蔵が先に飛び出して、敵を一掃していたのだ。わずかに出遅れた陸奥守たちと比べたら、どちらが敵を多く屠っていたのか一目瞭然である。
「そうじゃろ、そうじゃろ。なんせ、わしは剣の天才じゃき!」
以蔵は無邪気な子供のように高笑いした。
立香はそんな彼をしり目に、陸奥守に頭を下げようとする。きっと、気分を害したことだろう。そう口にする前に、陸奥守は何でもないことのように笑った。
「なーんにも、気にしちょらんぜよ。むしろ、さすが以蔵さんの刀じゃきと思ってたところじゃ」
暁の空のように爽やかな笑顔に、立香は見惚れてしまいそうになる。
本当に懐が深い。豪快に笑う彼の懐は、どれほど広いのだろう。カルデアのサーヴァントと比べても、彼ほど全てを笑い飛ばせる男はいないのではないだろうか。
立香が感激していると、ちびノブたちを率いた青年が近づいてきた。
「いやー、おかげで助かったぜ」
浅葱色のだんだらを肩でなびかせながら、絹のような黒髪をした青年が近づいてきた。
「それで、あんたは? この時代の人間には見えねぇが……」
「藤丸立香です。カルデアから来ました」
「ああ、あんたが義経公を従えている女か!」
青年は明るい調子で言うと、少し周囲を見渡した。
「清光はいないのか?」
「はぐれてしまいまして……」
「そうか。まっ、山姥切と吉行の無事が確認できてよかったぜ。
おっと、自己紹介がまだだったな。俺は新選組副長 土方歳三の愛刀、かっこよくて強ーい最近流行の刀! そう――……」
「和泉守兼定さんですね。よろしくお願いします」
立香が先ほど陸奥守に教えてもらった名前を口にすると、兼定はがっくしと頭を下げた。
「……最後まで言わせろよ」
「あ、すみません……」
「まあ、いいけどさ」
「おい、和泉守。あれは……」
山姥切が兼定の後ろに控える一団に視線を向ける。
兼定の後ろには、数十匹のちびノブが控えていた。
木瓜紋を象った帽子に兼定そっくりの黒い髪。どこかこの世を憂いているような白くて大きな瞳に、ダイナマイツ寸胴。一見すると普通のちびノブだが、彼らは皆一同に浅葱色のだんだらを着こなしている。
「ああ、こいつらか。新撰組隊士ってところか」
「そりゃー、新選組の羽織着ちょるからのう」
陸奥守がちびノブの位置まで屈みこみ、彼らと視線を合わせた。
「ノッブ!」
「うぉっ、しゃべった!?」
「『よろしく』って言ってるぜ」
「兼定さん、ちびノブと話せるんですか!?」
立香は仰天した。
このナマモノを産み出した張本人ですら、彼らが何を言っているのか、ニュアンスでしか理解できていない。
「多少な。
俺がこっちに来たとき、こいつらは遡行軍とは違う敵と戦ってたんだよ。一方的にやられてるのを見てたら、なんだか可哀そうになってな。
それで、助け出したら
『この恩は、決して忘れない。残業手当も有給休暇も与えられない最低な主ではなく、貴方様についていくことにします』
って言ってさ。この俺が率いる新選組の隊士になったってわけだ」
「ノブ……」
立香は目頭が熱くなった。
ちびノブたちは明治維新の特異点でも「織田幕府」の在り方に疑問を持ち、敵対する新選組についていた。あのとき、織田幕府を率いていたのは信長の弟だったが、今回は信長が生み出すナマモノだったはずだ。信長はナチュナルに裏切られている。明智光秀といい、へし切長谷部といい、信長は人を傷つけるのが得意なのだろうか。いや、今回の場合は、人ではなく正体不明のナマモノのわけだが……。
「ほー、可愛い姿しちょるのー」
陸奥守が興味津々といった面持ちで、ちびノブたちの頬を突いていた。
「ノブブー」
「おお、すまんすまん。けんど、それにしても、もっちもちじゃのう」
「そーだろ? 見た目が良くて損するわけでもねえ。しかも、そいつら、意外と強いぜ?
遡行軍とも戦えるだけの実力はある。このまま隊の練度を上げれば、あの敵も倒せるはずだ。
ところでだ。立香だったか。お前に聞きたいことがある」
兼定は話を切り上げると、酷く真剣な目で立香を見てきた。立香は少し気を詰めた。
「源義経公を率いてるらしいな? 他にも、古今東西の英雄を率いているとか……それは本当か?」
「はい……えっと、いない人も多いですけど」
例えば、バビロニアなどで手助けしてくれた魔術師 マーリンは、カルデアにいない。星を詠み、召喚するための石を集めて奉納しているが、彼は全く来てくれなかった。
「日本の英雄もいるんだよな?」
「ええ、まあ」
「その中にはよう、土方歳三はいるのか?」
兼定はこのことを聞きたかったのだろう。
今剣を始め、加州清光、陸奥守吉行と前の主との対面に喜びを隠せなかった。長谷部という例外はいたが、兼定は前者のタイプだったらしい。気にしていない風の口調で尋ねてきていたが、眼は爛々と輝いている。
「土方さんはいますよ。というか、一緒にレイシフトしてきたので、京都のどこかにいるかと……」
「本当か!? あの、土方さんがいるのか!?」
兼定を目が零れそうになるほど見開いた後、嬉しそうに顔を輝かせ息を弾ませる。
「嘘だろ、あの、土方さんが……土方さんと会えるかもしれないってことか?」
「羨ましいのう。わしゃ画面越しにしか会えなかったき」
「これは、日頃の行いって奴か? いや、国広もいればよかったのにな」
「国広?」
立香は首を傾ける。
兼定のすぐ傍らに、山姥切国広がいる。
それなのに、どうして彼は、国広がいないように振る舞うのだろうか。立香が疑問を抱いていると、その問いに答えるように山姥切が口を開いた。
「それは、兄弟のことだ」
「兄弟?」
「和泉守が言っているのは、堀川国広のことだ。山姥切国広のことではない」
「はぁ……」
立香は、少し頭がこんがらがった。
「でも待って。山姥切さんは堀川国広に鍛刀されたんじゃ……?」
「そうだ。俺は……堀川国広の傑作だ」
「つまり、刀鍛冶の堀川国広さんが本丸にいるってこと?」
「そりゃ、堀川国広が鍛えた堀川国広ってことじゃ」
立香の疑問に、陸奥守が答えてくれた。
「わしも陸奥守吉行が鍛刀した陸奥守吉行やき。兼定は和泉守兼定が鍛えた刀やから、和泉守兼定じゃ」
「正確に言えば、和泉守を賜った会津兼定の鍛えた刀が俺だ」
「俺は……山姥切の刀を堀川国広が鍛えた写しだから、山姥切国広だ」
刀剣男士たちがそれぞれ、自身の名前の由来を説明してくれる。
立香はその説明を聞きながら、ふむふむと頷いた。少しずつだが、刀の名前の由来について、咀嚼出来た気がする。
「それじゃあ、千子村正が鍛えた刀の名前は、千子村正になる?」
下総の国で大変世話になった抑止の守護者を思い出した。
「おう、そんな感じだ」
「なるほど……」
千子村正は宮本の武蔵が英霊剣豪の宿業を断ち切る際、明神切村正を貸し与えていた。
確かに、村正の銘が名前の中に入っている。明神が何を意味するのか、いまいち分からないが、山姥切国広の山姥と同じ扱いなのかもしれない。
「のう、立香。まさかとは思うが、千子村正が『かるであ』におるんか?」
「いないけど、とってもお世話になった人だよ」
「……そいつ……脱ぎ癖があったりしちょる?」
立香は「そんなのない」と即答しようとして、少しばかり言葉に詰まった。
「脱ぐ脱がない以前に、上半身は裸だった気がする」
左手に某赤い弓兵のような聖骸布を巻いていたが、他に纏っているものはなかった。もちろん、露出狂と言うわけではなく、しっかり下履きを纏っていたはずだ。風呂上りに一糸纏わぬ姿でカルデア内を深夜散歩している作家先生の方が、ずっと露出狂である。もちろん、本人に言ったら物凄く不機嫌になり、こちらの痛いところを問答無用で指摘してくるはずなので、絶対に言わない。
立香が思い出しながら答えると、陸奥守と兼定は互いに気まずそうな表情になった。山姥切も布を目深まで被り、表情を隠している。
「な、なにか私、まずいこと言いましたか!?」
「……いや、刀は所持者に影響されるんだなって思っただけだ」
「い、いや。村正さんは良い人でしたよ!?」
よく分からないが、千子村正が物凄く誤解されている気がした。
「刀の名前の由来はもうええ」
立香が千子村正に関する弁明をする前に、以蔵が声を上げた。
「おい、そこの新選組の刀。このちびらが遡行軍と違う敵と戦っちゅうたと言っちょったな? その敵は誰や」
「あ……」
以蔵が改めて指摘する。
遡行軍とは異なる敵といえば、もう考えられる存在は1つに絞られる。問題は、誰が相手かという話だ。
「すぐそこの三条大橋で、ずっと陣取ってる奴がいる」
和泉守兼定は一点の曇りもない生真面目な顔になった。
「悔しいが、俺一人では勝ち目がないくらい強い。
蜻蛉切や岩融よりも背は高ぇし、ガタイも良い。全体的に赤くて、槍を振り回している。まともに戦ったら、勝ち目が薄い奴だ」
「それって!!」
立香と山姥切が目を見合わせる。
おそらく、同じ人物が頭の中に浮かんだのだろう。
「……それは、洛中の入り口にいた男だ」
「入り口にいた男!」
陸奥守と兼定の顔も厳しくなる。
おそらく、身体描写はともかく、その名は彼らの耳にも入っていたに違いない。
「誰じゃ、そいつ?」
唯一、あの時のことを知らない岡田以蔵だけが疑問を浮かべている。
だが、立香たちの反応を見て、一筋縄ではいかない相手であることは分かったらしい。その顔から笑みが消え、いつになく目付きが鋭く、真面目な表情を浮かべていた。
「以蔵さんも知っているはずだよ。
三国志演義に登場する最強の武将……」
その者は、一つの場所に留まらず、また、一つの主君を抱かぬ放浪の星。けれど、その武功・武勲は他の追随を許さず、「桃園の誓い」で有名な蜀の三英傑、劉備・張飛・関羽を同時に相手にしても一歩も引かなかった最強の武将。
そう、その名は――……
「呂布奉先。バーサーカーのサーヴァント」
過去の戦いで敵対したことは、一度もない。
第二特異点ではローマを護るために、共に戦い抜いた。仲間であると考えると非常に頼もしいが、敵対するとなると考えるだけでも恐ろしい。
「呂布といえば、裏切りに裏切りを重ねた男だ……なんとか、騙すことが出来れば……」
「あほ抜かせ。あいつにゃ、話しは通じん」
山姥切の呟きに、以蔵が反論する。
「狂化されちょる。生前ならともかく、今は話は通じん」
「呂布か……まあ、敵が誰にせよ、実戦剣法で挑むしかねぇってことだ。
こいつらも戦い方が上達した。あと少し練度を上げれば、あいつに匹敵する戦い方は出来るだろうさ」
兼定が得意げな顔で言った、その時だった。
「ノッブ!!」
一匹のちびノブが駆け込んでくる。
手にはくしゃくしゃに丸められた書状が握りしめられていた。
「ん、どうした? ……これは!」
ちびノブから受け取った書状に目を通した瞬間、顔がみるみる間に強張っていく。
「……何があった、和泉守?」
山姥切が静かに尋ねると、兼定は堅い声色で話し出した。