和泉守兼定は書状を握りつぶすと、堅い口調で教えてくれた。
「……三条大橋で呂布と女武者が、今剣と戦っているらしい」
「今剣が!?」
陸奥守が叫ぶ。
立香も目を丸くした。
今剣は義経公の護り刀の付喪神だが、身体は小さな子どものようだ。
あの呂布相手に一人で立ち向かうのは無謀である。ましては女武者……おそらく、巴御前は源氏を強く憎んでいる。確実に相性が悪い。
「今剣君を助けに行かなきゃ!」
「言われなくても、そのつもりだ! 新撰組、出陣!」
兼定が浅葱色のだんだらを翻し、ちびノブたちを引き連れ走り出す。
山姥切が白い布を翻し、彼とほぼ同時に陸奥守が駆けだした。
「行こう、以蔵さん!」
「ま、待てい、マスター!」
飛び出した立香に一歩遅れ、以蔵が追い付いてきた。
「あいつら、刀じゃ。あいつらの問題は、あいつらで解決できる。わざわざ、わしらが手を出す必要はないぜよ」
岡田以蔵の言う通りだ。
刀の付喪神たちは、今回の特異点解決と関係ない。縁を結んだサーヴァントではないし、英雄どころか人ですらない。遡行軍と敵対しているということで協力関係にはあるが、別にここで別れても良いだろう。立香が優先しなければならないことは、信長たちとの合流なのだ。刀剣男士の助太刀ではない。
だがしかし……
「でも、放っておけない」
立香は迷わずに言い切った。
今剣が牛若丸の隣で幸せそうに微笑む姿は、瞼の裏に焼き付いている。
刀剣男士には心がある。清光が元の主との対面で涙を流し、長谷部が怒りを露にした。陸奥守はにこやかに場を盛り上げ、岩融は犠牲者に経を唱えた。
たとえ、刀であろうとも、彼らには感情があり、自分の意思で行動している。
そんな存在を見捨てることなんで、出来るはずがない。
「―――ッ、勝手にせい!」
以蔵が吹っ切れたように叫ぶ。
立香は先を行く彼らの背中を見つめて、走り続けた。
三条大橋の周辺は、焼け野原になっていた。
以前、牛若丸と別れた場所と同じだ。あの場所と同じく、焼け野原で身を隠すべき建物がない。だから、橋の上で起きている出来事がよく見えた。
橋の入り口は遡行軍で固められ、その奥に呂布と巴御前、そして、今剣の姿が確認できた。
「燃えろっ! 憎き源氏め! 燃え尽くせ!!」
「……っうぅ……!」
巴御前が払った薙刀を今剣は間一髪で避ける、が、彼が着地した足元めがけて、呂布が槍を突き刺す。今剣の脇から血が一閃飛び散る。もう上半身に服は纏ってなく、白い髪も解けてばらばらになり、見るも無残な状態だった。
「ぼくは……よしつね、こうの、まもりがたな。こんな、ところで、まけるわけには……」
牛若丸のように橋の桟に飛び乗ると、苦しそうに肩を上下させながら呂布と巴御前を睨み付ける。
「御用改めである! 新選組だ!!」
兼定が我先にと刀を引き抜き、遡行軍めがけて切り込みにかかる。
「助けに来たぜよ、今剣!!」
「あとは任せろ」
兼定とちびノブたちに続くように、陸奥守と山姥切も刀を抜いた。
「――ッ、増援ですか! 蹴散らしなさい、バーサーカー!」
「―――ッ!!」
巴御前の言葉を受け、呂布が槍を振り回す。
呂布は遡行軍たちの合間を縫い、今剣の加勢に来た兼定めがけて槍を振り下ろした。兼定は槍を器用に避けると、左手を懐に入れた。そのまま左手で小袋を抜き取り、呂布の眼に向かって投げる。呂布はそれが目に入る前に槍で切り刻む。兼定はにたりと笑った。
「!?」
呂布が斬った袋には砂が詰まっていた。
目の前で砂が飛び散り、呂布の眼に入る。さすがの彼も視界を潰されたら、一瞬でも動きが止まる。兼定はその隙を逃さない。
「そら、目つぶしだ!」
呂布の懐に入り込み、一気に切りかかった。
だが、相手は呂布。三国志演義最強と謳われる武将だ。肉薄された気配を察知し、まっすぐ拳で殴りかかる。呂布の拳は兼定の頭ほどある。そのような拳を真面に喰らうわけにはいかない。兼定は浅く打ち込んだ後、素早く呂布から距離をとった。
「さすがは、中華最強の武将。相手にとって、不足なしだ!」
「バーサーカー! そのまま切り込みなさい! 私は、このまま源氏を討ちます」
巴御前は今剣に弓を向ける。しかし、矢を装填する直前、銃声が鳴り響いた。巴の足元めがけて、銃弾が取んでくる。彼女は軽業師のように跳ね下がると、刀剣男士を睨み付けた。
「猪口才な!?」
「すまんのう。足元が、がら空きじゃき。思わず、撃ってもうた」
陸奥守が巴御前に銃口を向け、狙いを定めている。
巴は燃え盛る薙刀に持ち変えると、陸奥守をまっすぐ見据えた。
「……いずみの、かみ……たち……よか、った……」
今剣は駆けつけた仲間を視止めると、ほっと安心したように目じりを緩めた。
張り詰めていた空気が解け、そのまま力が抜けてしまったのだろう。足元が揺らぎ、ぐらりと横に傾く。そのまま橋の桟から、小さな身体が落下した。
「今剣!!」
兼定も陸奥守も気が逸れる。
けれど、敵は待ってくれない。逸らした気を突くように、呂布と巴御前が畳みかけてくる。山姥切も遡行軍の相手から抜け出すことが出来ない。今剣は気を失っているのか、頭から真っ直ぐ川に向かって落ちていく。
故に、今剣を助けられる存在は自分しかいない。
「以蔵さん、あとは任せた!!」
立香は判断するよりも早く、身体を動かしていた。
「身体、強化!!」
立香は自身の身体に強化を施すと、力いっぱい土手を蹴り上げた。魔力で強化された脚力のおかげで、身体が一気に宙へ飛ぶ。怖いとか無理だとか、そんな感情が胃を底冷えさせている。だけど、目の前の命を助けたい。
バビロニアでは、高度200mから急降下してプロレス技をしかけたのだ。たかだか数十メートル程度から落下してくる人をキャッチするくらい、どうってことない。
それに、万が一の時は、きっと以蔵が何とかしてくれる、はずだ。
「今剣――ッ!!」
立香は必死に手を前に伸ばし、今剣を引き寄せる。
その身体はあまりにも軽く、じゃれついてくる子ども系サーヴァントたちの半分ほどの重さしかない。立香は今剣をしっかり胸に抱きよせると、きらきら輝く水面の中に落下する。破裂するような音共に、泡が立香の身体を飲み込もうとしてくる。立香は川の流れに負けないように必死に水面に向かって泳ぎ、水中に顔を突き出した。
「――ッぷはっ! た、助かった……」
今剣を抱き寄せ、岸に向かって泳ぎ始める。
「りつか、さん? 加州さんは、ぶじ、ですか?」
「うん、無事だよ」
「そう、ですか……よかった」
それが精いっぱいだったのだろう。
彼の赤い瞳は静かに閉じた。微かに胸が上下している。ぐっすり眠り込んでしまったらしい。
「源氏……まだ生きているかッ!!」
巴御前が燃え上がる。
心根が燃え上がるのではない。文字通り、彼女の身体は火に包まれた。頭から二本の禍々しい角が生えてくる。美しい女武者の変わり果てた姿に、さすがの陸奥守も銃を構えながら一歩下がった。
「なんじゃ、その姿は!?」
「おのれ源氏、源氏、源氏、源氏め――ッ!!!」
彼女は薙刀を一閃する。
炎を帯びた薙刀は周囲を焼いた。三条大橋は火に包まれ、兼定たちは退却を余儀なくされる。その中で一人、巴御前は燃え盛る三条大橋の桟に降り立つと、弓を構えた。血で濡れたような憎悪の視線を今剣に向け、灼熱の矢を装填する。
「聖観世音菩薩……。私に、力を!」
「宝具!?」
立香は歯を食いしばる。
この距離で宝具を放たれたら、さすがに英霊を召喚しても防ぎきれない。もちろん、礼装が補助してくれる「矢避けの加護」程度でどうこうなる問題でもない。
彼女の木曽義仲への想いを込めた一撃を防ぐためには、マシュの盾やエミヤの「熾天覆う七つの円環」が必要だ。
その二つともがない以上、彼女の宝具を避けるためには……
「旭の輝きを――ッ!」
巴御前は憎き源氏を完璧に滅ぼすため、全身全霊の力を業火の矢に込める。
義仲への愛を確かめるように口上を述べ、水面に浮かぶ小さな2人――否、訂正。少女の抱える小さな刀剣男士に向けて、狙いを定めている。彼女の眼には、死んだように眠りこける今剣しか見えていない。
「……お初にお目にかかります」
そう、前しか見ていなかった。
巴御前は、背後から迫る存在に無頓着だった。
「おまんには恨みはないがぁ、これも仕事じゃき」
岡田以蔵は躊躇うことなく、巴御前の胸元に刀を突き刺す。その切っ先は、まっすぐ心臓を貫いていた。巴御前の白い口元から、一筋の血が滴り落ちる。彼女は宝具の発動を止めると、唖然と自身の胸からとび出た異物を見下した。
「うっ、そん、な……?」
「天!誅! へあああああ!」
以蔵は吼えながら、刀を薙ぐように切り裂いた。
巴御前の身体は二つに分かれ、橋を焼き尽くす業火とは別の赤色が飛散した。
「もうし、わけ……ありま、せん……義仲、さま……」
巴御前は源氏を討てなかったことを崩れゆく身体で詫びながら、金砂になって消失した。
「以蔵さんっ!」
「おまん、頭が沸いちょったか!?」
以蔵は猛火から脱出するように川岸に飛び移ると、立香に手を差し伸べてくる。
「わしが斬らなんだら、今頃首がつながっちょらんかったぜよ!?」
「あはは……以蔵さんなら、なんとかしてくれると思って」
立香は笑いながら彼の手を取ると、岸に登り上げる。
「以蔵さんがいたから、安心して飛び込めたんだ」
立香は正直に答えた。
もし、一人なら飛び込めていただろうか。いや、そこまでの勇気はない。いつも助けてくれる存在がいて、初めて、勇気を振り絞って行動することができる。普段は頼れる後輩が勇気を与えてくれているが、今回は岡田以蔵だ。彼なら安心して背中を預けることができるし、いざとなったら、助けてくれると信じている。
事実、彼は助けてくれた。アサシンの気配遮断スキルを駆使し、宝具まで使って助けてくれた。
「ありがとう、以蔵さん」
「……ふん、礼は後にせい。まだ、敵は残っちょる」
以蔵の薄橙の眼は、燃え盛る橋を背中に背負い込むように佇む最強の武将に向けられていた。
「―――ッ!!!」
呂布は叫び声をあげた。
京の都を震わすほどの咆哮だ。その声に引きつけられるように、焼け残った街道から遡行軍が沸いてくる。相手をするちびノブたちは大群を前にした蟻のようで、山姥切の白布も遠くに見える。兼定と陸奥守だけが呂布と戦っていたが、どちらに勝算があるのかは火を見るよりも明らかだった。
兼定たちは呂布の薙刀を受け、服ごと身体が切り裂かれる。
「舐めた真似、してくれたなぁ!」
「のうが悪いぜよ」
まともに受けてしまった一撃の痛みで、両者ともに片膝をついてしまっている。
立香は早口で以蔵に尋ねた。
「もう一度、闇討ちは無理?」
「すまんのう、マスター。鬼の量が違ちょるし、魔力がもうなき」
以蔵は申し訳なさそうに眉を下げる。
兼定たちに逃げてくれと叫びたいが、彼らの後方には遡行軍が引き詰められている。山姥切やちびノブたちも奮闘しているが、その数は一向に減らない。たぶん、立香と以蔵が加わったところで、焼け石に水だ。以蔵は宝具を使ったばかりで出力が落ちているし、立香はサーヴァントを召喚したとしても今剣を抱いている。自分の身を護ることが出来ない。
いちかばちか、サーヴァントを召喚してみるか。
召喚できた人物によっては、遡行軍を一網打尽できるかもしれない。
立香は微かな希望を胸に抱くと、令呪を前に突き出した。