聖杯乱舞「特命調査 聚楽第」   作:寺町朱穂

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時を超えた出会い(2)

 いつものように目が眩む光と影の長いトンネルを抜け、とんっと地面に足を打つ。

 

「ここは……?」

 

 立香は廃れた街に立っていた。

 以前訪れた下総の街並みと似ていたが、あそこよりも街に活気がない。人っ子一人見当たらず、生活音の欠片も聞こえなかった。風が落ち葉を浚い、空を飛んでいく様子を見上げながら、立香は呟いた。

 

「京都ってこんなに活気がないの?」

 

 しかし、返事が返ってこない。

 いつも陽気な信長なら、なにかコメントをしそうなものなのに……と思ってあたりを見渡したが、誰もいない。急いでカルデアに通信をとろうとしたが、こちらも無反応。

 

「……また、はぐれたのかな」

 

 立香はため息をついた。

 レイシフトをしたとき、サーヴァントと離れることはある。

 レイシフトした先で、通信が途絶えることもある。良くある話だ。それが同時に起きることは稀だけど。

 

 レイシフト直前に「三度目の正直で無事にレイシフトができるはず!」なんて思った自分を叱り飛ばしたい。

 そんなことを考えているから、レイシフト先でトラブルが起きるのである。

 

「とりあえず、合流しなくちゃ」

 

 立香が喝を入れるように頬を叩くと、京都の町を歩き始める。

 しばらく人のいない道を歩くと、家の影に誰かがいるのが見えた。信長たちかな、と思い駆け寄ってみる。違ったとしても、この街の異様さを教えてもらえればいい。

 そんな軽い気持ちで近づき――……

 

「すみませー……」

 

 その姿を見て、声を失った。

 

 そこにいたのは、赤い男。

 赤い雷を纏った骨のような男だ。便宜上、男と推察するが、よく見ると足が虫のように幾本も生えている。しかも、傍に同じ雷を纏った骨の羽虫を率いていた。

 どう考えても人間とは思えない存在だ。そいつらは、立香を見止めると、手にした刀を振り上げてきた。

 

「――ッ、ガンド!」

 

 立香は一瞬ためらったが、すぐに指先を骨に向ける。指から放たれた赤い閃光が羽虫を貫いたが、すぐに次の羽虫が飛んでくる。その隙をついて、骨の男が急接近し、細く短い刀を向けてきた。

 

「しまった―――!!」

 

 避けられない。

 これで、終わりだ。

 

 痛みを覚悟した、次の瞬間だ。

 

「……その眼、気に入らないな」

 

 立香の目の前に白い布が翻った。

 それとほぼ同時に、骨の男が一刀両断される。骨の男の身体は崩れ、一陣の風に浚われるように消え去っていった。立香を救った人は、黙したままその勢いに乗るように羽虫たちをすべて撃退した。

 

「助けてくれて、ありがとうございました」

 

 立香はおそるおそる、布を被った男に話しかけた。布を被った男はゆっくりとこちらを振り返る。

 

「礼には及ばない。早く安全な場所へ逃げることだ」

 

 男は短く淡々とした声色で答えた。

 白い布は少し破れ、その布の下から覗く金髪と青い瞳が見え隠れする。立香はその姿にどこか既視感を覚えた。なんとなく、アーサー王と似ている気がする。もちろん、それは外見だけで話す声も身に纏う雰囲気も異なっていたが、知人と似ているので親近感を抱いてしまった。

 

「……なんだ?」

 

 じろじろ見ていたら、不審そうに尋ねられてしまう。

 

「あ、すみません。知人と似ている気がして……」

「……似ている、か」

 

 青年は少し気分を害したような声を出す。

 まあ、似ていると言われて喜ぶ人は滅多にいない。

 

「さっさと家に帰れ。ここは危険だ」

「えっと、その前に聞いてもいいですか? 私、仲間とはぐれちゃって……」

 

 立香は一緒にレイシフトしたサーヴァントを思い浮かべる。

 織田信長、土方歳三、鈴鹿御前、そして、牛若丸。以上四名と一緒にレイシフトしたのは間違いない。あの骨男みたいに物騒な奴らが徘徊していると分かった以上、早く三人と合流する必要がある。

 立香が四人の特徴を伝えようと口を開こうとした、その時だった。

 

「山姥切。そっちは終わったか?」

 

 先ほど、骨男たちが現れた方角から6人ほどの人影が姿を見せる。

 一人は分厚いフードで顔を隠していたので分からないが、残りの5人全員が日本刀を携え、サーヴァントと比較しても見劣りしないほど整った顔立ちをしていた。

 

「……ああ、終わった」 

「んじゃ、さっさと次に行こうって……そこにいるのは、女の子?」

 

 黒いロングコートにヒールのあるブーツが特徴的な青年が立香を覗き込んできた。

 

「ここは物騒だから早く帰りな」

「あの……帰りたいのはやまやまですけど、仲間とはぐれちゃって……火縄銃を持った女の子とほとんど裸の女の子、桃色の髪に狐耳の女の子に、それから目付きが悪くて背の高い男の人、見ませんでしたか?」

 

 立香は全員に問いかけた。

 これだけ人数がいるのだ。一人くらいは信長たちを見かけているかもしれない。何しろ、各自それぞれの特徴が目立ち、人の眼を惹くサーヴァントたちだ。

 そう願いを込めて尋ねてみたが、どうやら外れだったらしい。誰も答えてくれる人はいなかった。

 

「目付きが悪い男はともかく、裸の女の子って何だ? 露出狂?」

 

 全体的に白い青年が問い返してくる。 

 立香は苦笑いをするしかなかった。牛若丸本人は絶対に裸を見られる事を気にしていないが、露出狂でもなかった。

 

「もちろん、服は着てますけど、ほとんど裸というか、目のやり場に困るというか……その子も日本刀を持っているんです。その子というか、4人とも全員」

「女の子が日本刀? この時代に?」

 

 ロングコートの青年の隣にいた薄い水色の羽織を着た青年が疑問の声を上げる。立香は彼の羽織を見た瞬間、あっと叫んでしまった。

 

「え、それって……沖田さんの羽織!?」

 

 立香は目を見張った。

 スキル病弱が発動し、泣く泣くレイシフトできなかった沖田を思い出す。普段は薄桃色の女学生風の服装だが、気合を入れた戦闘の時は必ず壬生朗の羽織を纏っていた。マスターとして見間違えるはずがない。

 

 だから、おかしい。

 幕末ならともかく、戦国時代に新選組が存在するはずがないのだ。

 

「どういうこと? もしかして、あなたはサーヴァントですか?」

 

 彼らは新撰組系のサーヴァントだろうか?

 それなら、あの骨男を一瞬で切り殺したことにも納得がいく。そう思ったのだが、新選組の羽織を着た男は警戒するように目付きを鋭くした。

 

「さーばんと? なにそれ? どうして、沖田くんのことを知っているの?」

「しかも、その服装……この時代の人間か? それとも、時間遡行軍か?」

 

 サーヴァント発言は、彼らの警戒心を引き上げてしまったらしい。

 煤色の髪に藤色の眼をした青年に至っては、おもむろに刀を引き抜き、首元に当ててきた。立香は考えるよりも先に素早く両手を挙げていた。

 

「え、えっと、私は怪しい者ではありません! 藤丸立香と言います。その、カルデアでマスターをしています」

 

 立香は一瞬躊躇したが、カルデアのマスターと言い切った。

 彼らはサーヴァントを知らない。ところが、この時代の人間でもないようだ。時間遡行軍とやらが何か分からないが、身元についてはしっかり話しておいた方がいい。なにしろ、自分もこの時代の人間ではないのだから。 

 

「かるであ、だと?」

 

 藤色の目付きが一段と鋭くなる。

 立香は噛みそうになりながらも、たどたどしく自分の身の上について簡単に話した。

 

「この時代がおかしくなった原因を調べ、解決するために派遣されました」

「……ってことは、あんたのお仲間さん?」

 

 ロングコートの青年が分厚いフードを被った人物に話しかける。

 

「政府から派遣された監査官は俺だけだ。そいつは知らん」

「って言ってるけど?」

「政府から派遣されたんじゃなくて、人理修復機関のカルデアから派遣されました」

 

 立香は説明しながら頭を悩ました。

 どうも話が食い違っている。ややこしくて、説明するのが難しい。立香の時代における政府は全て滅んでいる。唯一生き残った人間が暮らす場所は、カルデアだけだ。それなのに、彼らは「政府」という単語を口にしている。これは一体どういうことなのだろうか。

 

「でも、うそをいっているようにはみえませんよ?」

 

 白い髪に赤い瞳の少年が声を上げた。

 

「わるいひとのふんいきが、まったくしません」

「今剣、確かに俺もそう思うけどさー」

「清光、僕もそう思う。彼女、怪しいけど悪い人には見えない」

「あ、安定もそう思う?」

 

 ロングコートの青年と新選組の青年が互いに頷き合っている。彼らの警戒心が少し薄まった気がしたが、反対に、今も喉元に刀を突きつけてきている青年の警戒心は一層高まっている。

 

「加州、大和守、今剣。気を引き締めろ。甘言かもしれん」

「俺は今剣たちに賛成っと」

 

 煤色の髪の青年の意志とは異なり、白い服の青年がひらひらと手を振った。

 

「鶴丸!」

「こんな場所で謎の少女に出会うなんて、なんだか面白いことが起きそうな気がしないか?」

「貴様、ふざけているのか?」

「こいつを連れて行けば、今回の特命調査は退屈しなさそうだ」

 

 鶴丸と呼ばれた青年は少し愉快そうに語った。

 

「ということで、俺は鶴丸国永。あっちの赤い奴が加州清光。その隣の青い奴が大和守安定。あのちっこいのが今剣で白い布を被った奴が山姥切国広。んでもって、そこの怖い男がへし切長谷部。よろしくな、立香!」

「待て、何を勝手に自己紹介してる!? あと、怖い男とはなんだ、怖い男とは!」

「なぜって、連れていくに決まってるからだろ? お互いの名前も知らないんじゃ面倒だ」

「連れていく!? この女を!?」

「俺も賛成。怪しければ斬ればいいじゃん」

「僕も賛成かな」

「さんせいです!」

 

 仲間たちが次々と賛成していく中、長谷部だけが孤立していく。

 

「ええい、山姥切! お前はどう思うんだ! 今回の部隊長は貴様だろ?」

「俺は……構わない」

「ほら、部隊長もそう言っていることだし、監査官殿もそれでいいだろう?」

 

 鶴丸が最後に残った分厚いフードの男に水を向ける。

 監査官と呼ばれた彼はしばらく黙った後、

 

「いいだろう。今回の事態に、こいつも関わっているかもしれない。近くで監視する」

「同行決定ってことだな」

 

 鶴丸がぱんっと手を叩いた。

 長谷部だけ難しい顔で唸っていたが、多数決で圧倒的不利な立場では何も言えないらしい。立香が彼らについて歩き始めると、後ろから背中を貫きそうな殺意のこもった視線を向け続けて来ていた。

 

「えっと、貴方たちは一体?」

 

 殺されそうな視線から気を逸らすため、立香は彼らに質問をした。

 

「俺たちは歴史修正主義者と戦う刀の付喪神ってところかな」

 

 加州清光が答えてくれる。

 

「歴史を変えようとする時間遡行軍と戦うため、審神者によって顕現された刀の付喪神だ。

 今回は時間遡行軍のせいで歴史改変された聚楽第を正すため、俺たち六振りが本丸から派遣されたって感じかな」

「歴史修正主義者、時間遡行軍……」

 

 立香は考え込んだ。

 脳裏に横切ったのは、ゲーティアの存在だ。

 彼も歴史に介入しようとしていたが、正確に言うなら歴史を改変するためではない。人理を破壊し、3000年前から人間の歴史を作り替えようとするために起こした行動だった。

 歴史修正主義者と近い思想にも思えるが、まったく見当はずれの思想にも思える。

 

「なぁ、立香。さっき言ってた『さーばんと』ってなんだ?」

 

 立香が次の質問を口にする前に、鶴丸が目を輝かせながら尋ねてくる。

 

「簡単に言えば、人理に名を刻んだ英霊……つまり歴史上の偉人のことです。

 私は彼らと契約し、彼らの力を借りながら歴史を正しています」

 

 平たく言えば「使い魔」なのだが、その言葉はあまり使いたくない。

 立香は彼らのことを自分に従ってくれる使い魔ではなく、共に戦う仲間のように想っていた。

 

「へぇー、英霊か! ってことはあれか? 立香が探している仲間っていうのは、歴史上の偉人なのか!?」

「そういうことです」

「あれ、でもおかしくない?」

 

 安定が疑問の声を上げた。

 

「火縄銃を使う女の偉人、いたっけ?」

「あー……それは……」

「待て、名前を言うなよ。俺が当てる」

 

 立香の言葉を遮り、鶴丸が手で制してきた。

 

「井伊直虎か? ……いや、その反応は違うな。甲斐姫? え、違う。んー、ってことは――……」

 

 鶴丸が歩きながら考え込んでいる。

 立香は言葉を挟みそうになったが、少し我慢する。絶対に当てられるわけがない。史実における織田信長は、男ということになっているのだから。実際、立香も彼女に会ったときの衝撃は忘れられない。小学生のころから社会科で習ってきた日本で最も有名な戦国武将が女性だったなんて、アーサー王が女だったこと以上に絶対にありえない。

 

 ……まあ、牛若丸も沖田総司も史実では男性だが。

 

「でも、加州清光にへし切長谷部、か……どこかで聞いたことがあるような?」

 

 特にへし切長谷部。

 この名前は物凄く聞き覚えがある。だが、どこで聞いたことがあるのか思い出せない。

 

「俺の元主も長谷部の元主も有名人だからね」

「俺のじゃなくて、清光と僕の元主だよ」

「お前たち、気を抜き過ぎだ。ここは戦場だぞ」

 

 清光と安定が話していると、後ろから長谷部の檄が飛ぶ。

 

「分かってるって。ちょっと話しただけ――……ッ!?」

 

 清光が答えようとした、その時だった。

 金属がぶつかり合う音が耳に届く。わずかに弛んでいた空気が張り詰め、刀剣たちは目配せをした。

 

「……嫌な雰囲気だ。確認しよう」

「では、ぼくがていさつしてきますね」

 

 今剣はそう言うや素早く地面を蹴り飛ばし、瓦屋根の上に飛び乗った。そのまま向こうの通りへ消えていく。

 

「今の音……」

「遡行軍かもしれないし、立香さんの仲間かもしれないね」

「もどりました」

 

 安定が呟きに答えてくれた直後、今剣が屋根を跳び越えて戻ってくる。

 

「くろいかみのおんなのこが、そこうぐんとたたかっています。どこかで、みたことのあるひとでした」

「それって!?」

 

 間違いなく、信長か牛若丸だ。

 立香は反射的に駆けだそうとした――が、駆けださなくても済んだ。

 

 

 なぜなら、走り出す瞬間、今剣が跳び越えてきた家屋が壊れ、大きな男が回転しながら地面に叩きつけられたからだ。

 

「時間遡行軍!」

 

 周囲の刀剣たちの殺気が沸き上がる。

 どうやら、あの男が時間遡行軍らしい。先ほどの遡行軍のように赤い光を纏い、笠を被った男はよれよれと立ち上がろうとした。だが、男にとどめを刺すように、銃弾のような速度で何者かが家から飛び出し、刀を突き立てた。

 

「兄上には全く及びませんね、弱すぎです」

 

 可愛らしい声と共に、その少女は刀で遡行軍の首を薙いだ。

 

「ですが、主殿への良い手土産になりそうです」

 

 ライダーのサーヴァント、牛若丸は腰に巻き付けたタヌキ尻尾を揺らすと、口元に微笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回投稿は28日21時です。

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