聖杯乱舞「特命調査 聚楽第」   作:寺町朱穂

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不滅の誠(4)

 一か八か、サーヴァントを召喚する。

 立香は微かな希望にしがみつくように、両手を思いっきり伸ばした。カルデアで待機中のサーヴァントの影を召喚するため、刻まれた令呪にありったけの魔力を送り込む。

 

「誰か……お願い……ッ! ……あっ……!」

 

 だが。

 その必要は、なかった。

 

 立香は別の魔力の流れを感じ、弾かれたように遡行軍に目を向ける。

 それとほぼ同時に、遡行軍が詰めかけている遥か後方で、腹に響くような衝突音と共に砂塵が巻き起こった。それは小さな竜巻のようで、巻き込まれた遡行軍の鬼たちは見るも無残に切り裂かれる。

 

「なんだ、あれは?」

 

 山姥切は呆気にとられた声で呟くと、すぐに立香の位置まで退却する。ちびノブたちは、彼の背中に隠れるように押し詰めていた。

 

「――?」

 

 この事態を引き起こした主が、呂布たちとは別の勢力であることは明白だった。

 すべてを殺し尽すバーサーカーは槍を振るう手を止め、砂塵の向こうを凝視する。

 

「これって……!」

 

 立香は令呪を握りしめた。

 この砂塵の向こうにいる誰かと、自分は契約でつながっている。細いけど、魔力の流れを感じる。それさえ分かれば、こんな登場をする人物は誰なのか、すぐに察することが出来る。

 

「……!?」

 

 遡行軍たちが一掃されていく。

 誰か分かれば、この砂塵がスキルや能力ではなく、ただの剣圧であることは間違いなかった。遡行軍の大半は勝ち目がないことを悟ったのだろう。蜘蛛の子を散らすように、あちらこちらへ逃げていく。彼の前にのみ道が開かれ、砂塵の向こうから黒い男が現れる。

 

「おい、お前ら……」

 

 男は片膝をついて突然の事態に困惑する二人を通り越し、槍を構えて立ち塞がる敵を睨み付ける。

 

「薩摩か、長州か?」

 

 呂布は唸るのみで答えない。

 この場から逃げなかった、わずかな遡行軍たちが塊になって総攻撃をかける。遡行軍たちは手に槍を持ち、まっすぐ男の懐を貫きにかかった。

  

「まあ、どっちでも構わん。俺の前に立ち塞がるなら、ただ進み、斬るのみだ」

 

 男は悩むことなく、遡行軍を切り捨てる。

  

「斬れ、進め、斬れ!」

 

 男の口から飛び出す言葉通り、彼の道を妨げる遡行軍は切り殺され、呂布に通じる道ができる。呂布も遡行軍では歯が立たないと悟ったのだろう。すぐに槍から弓へ持ち替え、矢を装填する。

 

「進めぇ!!」

「―――ッ!!」

 

 呂布は矢を放つ。

 巴御前の燃え盛る業火の矢とは異なるが、それとはまた別の強さが込もった矢だった。弓から放たれた矢ではあったが、それは矢にあらず。例えるなら、波動砲だ。無双の怪力で引き絞った矢は波動砲と化すと男を焼き尽くし、貫かんとする。進軍する男の目の前で波動砲はさく裂し、周囲は爆風に包まれた。

 

 呂布の表情は一瞬緩んだが、すぐに張り詰めたものに変わる。

 彼は気づいたのだ。

 あの程度の攻撃では、あの男の歩みを止められないと。

 

「ここが――ッ! 俺が――ッ!」

 

 爆風をかき分け、男が姿を現した。

 黒髪を後ろにかき上げ、黒を基調とした洋装。

 そこにいたのは、悪鬼の如き荒々しさで、己の誠を貫かんと最後まで戦い続けたサムライ。

 

「新撰組だ――ッ!!!」

 

 真名、土方歳三。

 幕末のバーサーカーが刀を握り、呂布へと進軍を開始する。

 

「新撰、組……だと?」

 

 兼定が虚を突かれたように、唇から小さな言葉が零れ落ちる。 

 土方歳三はその言葉を聞き逃さない。一瞬、兼定に視線を向けた。

 

「なんだ、お前。その羽織は……」

「お、俺は……」

「新撰組なら、斬れ、進め!! 退く奴は俺が斬る!!」

 

 土方は人を殺せそうな気迫で吼える。

 兼定は圧倒されたように土方を見入っていた。陸奥守は苦笑いをしながら「んな無茶苦茶な」と呟いているが、その声すら兼定には届いていないらしい。

 

「――ッ!!」

 

 兼定が土方の問いに応える前に、呂布が攻撃を仕掛けてきた。彼は弓を捨て、矛に持ち替えると、土方めがけて一気に貫こうとしてくる。土方も矛の向こうにいる呂布に向かって、勢いよく地面を蹴り上げた。その際、呂布の矛が彼のわき腹を掠めたが、土方は一切に気にしない。素早く拳銃を引き抜くと

 

「せぇやっ!」

 

 土方は速度を全く緩めず、がら空きとなった懐に銃弾を撃ち込んだ。

 たたんっと軽快な音が響き渡り、呂布の右胸に穴が開かれる。

 

 普通の敵なら、この攻撃で倒すことが出来ただろう。

 

 ところが、敵は呂布奉先。

 半人半機のサイボーグであり、生きる城塞とまで呼ばれる非常に高い実力の持ち主だ。心臓を穿った程度では死なない男が、たかが胸を撃たれた程度で死ぬわけがない。

 すぐに呂布は矛の形状を篭手に変え、殴り込みにかかる。土方は刀で抑えようとしたが、その攻撃は無双の怪力を前に弾き返されてしまった。呂布に比べれば大層小さな身体が、螺旋を描きながら吹き飛ばされる。

 

「ぬぅ……効かん!」

 

 土方は途中で力尽くで踏み止まる。

 

「俺は……新撰組は、止まらねぇ!!」

 

 呂布も、彼が再び立ち向かってくることを予期していたのだろう。

 呂布は土方が止まる前に駆けだした。満身創痍の兼定たちの前をあっという間に通り過ぎ、土方に接敵する。

 

「――!!」

 

 呂布は吼えながら、矛先で土方を上から下へと斬りつける。

 鮮血が胸から腹にかけて飛び散る。その怪我は明らかに致命傷だった。臓物こそ零れていないが、深々と切り裂かれている。呂布は土方に追い打ちをかけるように、矛先で胸を貫いた。

 

「ぐああぁぁ」

 

 土方の口から苦悶の声が滲み出た。

 刀こそ握ってはいたが、拳銃が左手から地面へ落下する。

 たとえ、英霊とはいえ、心臓……すなわち、霊核を貫かれたら死んでしまう。岡田以蔵が巴御前を消滅させたように、土方歳三も心臓を貫かれたら現界を保つことが出来ず、この世界から消滅する。辛うじて身体を背け、心臓への直撃は防いだようだが、彼の胸には穴が開いていた。

 呂布やヘラクレスですらない限り、まっとうなバーサーカーは戦いを継続させることが出来ず、消滅するのは必然だった。

 呂布もそう判断したのだろう。矛を降ろし、後ろで座り込む二人組に意識を戻そうとした。

 

「誠の旗は、不滅だ……!」

 

 それこそが、呂布のミスだった。

 土方はゆらりと不気味に動いた。周囲の光景が揺らぎ、薄暗い戦場が広がり始める。

 

「これは……?」

 

 立香の隣で山姥切が刀を握り直す。

 世界が書き変えられ、どこからともなく激しい銃声が鳴り響き始めた。

 山姥切の背後では、ちびノブたちが怯えるように鳴いている。立香はその声を聞きながら、意識を土方に集中する。

 

「土方さんの、宝具だ」

「ほうぐ?」

「土方さんの伝承を武器にした切り札だよ」

 

 岡田以蔵が、人斬り以蔵として一度見た剣技をそのまま己の剣技として再現し、暗殺を実行することができるように。

 土方歳三も自身の伝承や信念を絶対的な切り札「宝具」として昇華している。

 

 

 京の街は消え、焦土広がる薄暗い戦場へと周囲の光景が一変していた。

 人影はないのに銃声や号砲が轟き、足元には血の水たまりが広がっている。遠くに壁に囲まれた城が見えた。立香は彼の宝具を知っているので、その城が箱館の五稜郭だと分かった。

 

 箱館 五稜郭。

 土方歳三最期の戦場にして終焉の地。

 三国志演義最強の武将を前に、胸や脇腹からどくどくと血を流したラストサムライが対峙している。

 

「斬れ……!」 

 

 土方は赤く血走った目で敵を睨むと、そのまま力の限り刀を振り上げる。

 その切っ先は僅かに届かなかったが、呂布は虚を突かれ、一、二歩、後ずさりした。

 

「進め……!……斬れ……!!」 

 

 土方はその距離を詰め、さらに斬りかかる。

 呂布の腹が一閃され、血が飛び散った。

 

「――!?」

 

 呂布は理解できないらしい。

 当然だ。普通に考えれば、土方歳三は立っていられない。立つどころか、霊基を保つことすら覚束ない。それなのに、刀を構え、鬼気迫る表情で呂布に切りかかる。

 呂布は一度退却して、様子を見ようと考えたのだろうか。

 土方に視線を向けたまま、一気に後退しようとする。

 けれど、土方歳三は撤退など許さない。

 すぐさま長銃を左腰から引き抜くと、呂布の胸元に突きつけた。

 

「俺がぁ!」

 

 一際高い銃声が呂布の身体を貫いた。

 さすがの呂布も、ゼロ距離で放たれた銃弾を防げるはずもない。彼は穴の開いた身体に呻いたが、その穴を広げるように、土方は愛刀を傷口に差し込んだ。呂布も抵抗するように、剣で土方を切り殺そうとする。呂布の剣は土方の左腕を切り落としたが、彼の進軍は止まらない。

 

「新撰組だ―――ッ!!」

 

 土方は絶叫し、刀を横へ薙ぐように斬る。

 呂布の腹から脇腹まで綺麗に切り裂かれ、武将の巨体が血を撒き散らしながら揺れた。

 

「……そうだ……まだだ。まだ終わらん」

 

 土方は崩れ行く武将を見下した。

 胸の穴から滝のように血を流し、脇腹からは臓物が見え隠れし、左腕は綺麗に切断されている。力強く握ったままの愛刀ですら、己の血で赤く染まっていた。

 

「俺は……新撰組は……不滅、だ……」

 

 しかし、周囲の風景が揺らぎ、京の街と重なり始める。

 焦げる大気が、血の匂いが薄れ始める。それと呼応するかのように、土方の身体が傾き始める。

 その隙を見逃す、三国志生粋のバーサーカーではない。

 

「―――ッ!!」

 

 呂布が最期の気力を振り絞り、立ち上がる。

 その身体は脇腹から下半身にかけての大半が金砂で覆われ始めているものの、いまだ両手は無傷で残っている。呂布は矛を握りしめると、眼前に立ち塞がるラストサムライに向かって投擲しようとする。

 

「この野郎……! よくも、土方さんを! ぶっ殺してやる!」

 

 だが、呂布は皮肉にも、巴御前と同じ間違いを犯していた。

 呂布の背後に、和泉守兼定が迫る。 

 彼は浅葱の羽織と真紅の着物をも脱ぎ、白い両肩を剥き出しにしていた。

 

「斬って殺すのは、お手のもの!!」

 

 兼定の刀先は呂布の首を捉え、迷いなく一刀した。

 さすがの呂布でも、頭と身体を切り離されたら活動することが出来ない。呂布は敗北を認めることも、生を懇願することもできないまま、頭が地面に転がるのと同時に、この世界から消滅した。

 

「土方さん!!」

 

 兼定は呂布の消滅を見届けると、誰よりも先に土方に駆け寄った。

 土方は辛うじて立っていた。刀を地面に突き、杖のようにしがみついている。

 

「お前は……」

「なんで、あんたは……こんな無茶をするんだ!?」

 

 立香も今剣を抱えたまま土手から飛び出し、土方の元に駆け寄る。

 

「どういうことだ?」

 

 立香の隣を走る山姥切が、疑問の声を出した。

 

「あの男、先ほどまでは平然としていたが……」

「不滅の誠……それが、土方さんの宝具なんだよ」

「不滅の、誠?」

「……そこにいるのは、立香か」

 

 土方の眼が、立香を視止めた。

 彼は何か言おうとした。だがしかし、その言葉を遮るように、兼定が切羽詰まった顔で尋ねてくる。

 

「不滅の誠って、どういうことだ?」

「……発動中は肉体の損傷による身体能力の劣化を一時的に無効化して、相手を屠るまであらゆる手段を使い戦闘を継続することが可能な宝具。それが、不滅の誠」

 

 それは、土方歳三の狂気の具現化だ。

 

「土方さんが……己こそが、己だけが、己ある限り、誠の旗は不滅。それを顕現した宝具……だけど……」

「効果が切れたら、ダメージが一気に噴き出す諸刃の剣じゃき」

 

 立香の言葉を岡田以蔵が引き継いだ。

 兼定の眼が見開かれ、恐怖で顔が歪んでいく。

 

「そんな……じゃあ、土方さんは、このまま……」

「……ッ、」

 

 立香は歯を食いしばる。

 いまだ目を覚まさない今剣を強く抱きしめる。

 

 画面越しだったが、清光も陸奥守も元主と楽しく会話することができていた。

 今剣は本来の主の命を無視し、呂布や巴御前と戦うくらい、牛若丸のことを探し求めていた。

 刀の付喪神にとって、元の主との再会は奇跡と表現しても過言ではないのだろう。

 

「俺は……今度こそ、土方さんの傍にいることができたのに……一緒に戦って、守り切りたかったのに……!!」

 

 兼定の号哭は、立香の胸を締め付けた。

 今剣を抱きしめる手元に目を落とす。そこには、二画の令呪が残っていた。

 

「……令呪を持って、命ずる」

 

 立香は覚悟を決めると、静かに魔力を回した。

 

「土方歳三、再び進軍せよ!」

「おい、何を言ってやがる!?」

 

 兼定は怒りを込めた目を立香に向ける。

 

「あんたは……こんな状態の土方さんに、まだ戦えって言うのか!?」

 

 立香は黙って首を縦に振る。

 

「私も……まだ、土方さんに死んでほしくない」

「……ああ、俺もまだ止まれねぇな」

「……えっ?」 

 

 兼定は驚いたように振り返る。

 土方歳三の怪我がみるみる間に回復し、左腕も生え、切り裂かれた服までもが治っていく。それは、傷ついた清光が、栗を食べたときの光景と似ていた。

 

「令呪の魔力で、土方さんを回復させたの」

 

 立香は、信長の宝具の威力を魔力で底上げしたように、土方に膨大な魔力を与えることで、崩れかけていた霊基を回復させた。心臓を貫かれていたら話は変わっていたが、辛うじて直撃は免れている。完全復活には時間がかかるだろうが、これで七割程度は回復できるはずだ。

 令呪は赤く輝くと、残り一画を残して消失する。

 その文言は「復活せよ」でも「回復せよ」でも良かったが、「進軍せよ」が彼には一番似合っていると感じた。

 

「なるほどな」

 

 山姥切が納得するように頷いた。

 

「つまり、藤丸の手に刻まれた勝栗か」

「うーん。それとは、ちょっと違うけど……」

「おい、マスター。ところで……」

 

 土方が何か言いかけた、その刹那。黒い塊が土方に飛びついた。

 

「誠の旗は不滅だってことは、分かるけどよ……あんな戦い方は、酷すぎるだろうが」

 

 和泉守兼定だ。

 彼は、土方の両肩に手を乗せ、震える声で訴えている。白い頬に涙が一筋、静かに伝っていた。

 

「死んだ後も……自分を傷つけながら、胸に穴あけながら、死ぬまで戦うなんて……あんまりじゃねぇか」

「……?」

「不滅の誠を掲げたいのは分かる。でも、俺は……土方さん。あんたに、これ以上、傷ついて欲しくない」

「お前、なに言ってやがる?」

 

 土方の淡々とした問いかけに、兼定は悲し気に微笑んだ。

 

「……そうだよな。初対面の相手に言われても、気色わりぃよな……」

「だから、何を言ってる。

 お前は、和泉守兼定だろう?」

 

 土方が発した疑念の言葉に、兼定は勢いよく顔を上げた。

 

「な、なんで、それを……?」

「あぁ? 自分の刀を忘れる持ち主が、どこにいるって言うんだ」

 

 対する土方歳三は、特に何も思ってないような平然とした顔で……だけど、口元に小匙一杯分ほどの自身を滲ませた微笑を浮かべ、兼定を見返した。

 

「新撰組の刀なら、立ち止まるな。進み続けろ。進み続けて『新撰組はここにあり』と世界に見せつけろ!

 俺の刀なら、そのくらいするはずだ」

 

 兼定は空気銃で撃たれた小鳥のように、目を丸くしている。

 やがて、彼は半分泣きながら、どこか無邪気な子どものように笑った。

 

「……ああ、分かったぜ。

 なにせ、俺はかっこよくて強い、土方歳三の愛刀だからな!!」

 

 沈みゆく夕陽が、兼定の横顔を蜂蜜色に染め上げる。

 土方歳三が英霊になってからも掲げた旗を、付喪神である彼も掲げる。

 不滅の誠、ここにあり。

 彼らの中で、これからも新撰組の志は永遠に続いていくのだろう。

 

 

 

「……スター!……マスター!!」

 

 立香が目尻を緩めて2人を見守っていると、川下から耳に慣れた声が響いてきた。 

 橙色に染め上げられた大地の向こうから、黒髪の少女と少年が駆け寄ってくる。

 

「ノッブ! 清光!」

 

 太陽を背に走ってくる2人に向かって、立香は大きく手を振った。

 

 

 

 

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