「……えっと、ということで、新しくカルデアから来てくれた人です」
立香は気まずい思いで、話し始めた。
立香の前には、現在合流できたメンバーが全員集っている。立香の後ろに立っている追加サーヴァントの気配を重く感じながら、自己紹介しようと手を挙げた。
「その……この人が武蔵坊弁慶です」
立香は仁王立ちした僧兵に手を向ける。
「武蔵坊弁慶。槍兵です。よろしくお願いします」
「……弁慶?」
清光の視線を感じる。
立香は顔を背けた。
カルデア側には、弁慶の抱える諸事情を清光や岩融に伝えたことを報告していなかった。もし、報告していたら、彼にレイシフト適性があったところで、送り込まなかっただろう。
「はい、拙僧は武蔵坊弁慶。義経様のあるところ、弁慶あり。義経様の捜索に尽力を注ぎますので、以後、よろしく」
「ほー、源平合戦の弁慶じゃか!」
事情を知らない陸奥守が感心したように頷いている。
「岩融、おんしの元主ぜよ!」
「……」
「えっ、弁慶様の薙刀が……はっ、いえ、拙僧の薙刀が付喪神となっていたとは! はっはっは、いやはや、驚きました」
弁慶こと海尊は素で答えてしまったが、すぐに弁慶の仮面を被り直す。
「義経様の護り刀が付喪神に昇華されたとは聞いておりましたが、その理論で言えば、弁慶の薙刀も付喪神になられるのは当然のこと! ありがたや、ありがたや」
「ふーん……あんたが弁慶、ねぇ……」
岩融がじろりと品定めするように殊更目を細める。
弁慶は知らない。岩融が弁慶のことを常陸坊海尊だと知っていること知らない。だが、ああ見えて弁慶は周囲の気を読むことに長けている。岩融から疑われていることが、分かったかもしれない。
弁慶は
「そうですぞ、拙僧が弁慶。ええ、間違いなく武蔵坊弁慶です!」
と答えてはいたが、口調に必死さが滲んでいた。
岩融が弁慶を薄く睨んだまま
「弁慶殿、縮んでおらぬか?」
と言った。それを受け、兼定と陸奥守が二人を見比べる。
「あー、確かに、岩融の方がでかいな」
「弁慶の方が一回り小さいき。げに不思議じゃのう」
兼定たちも疑問を抱き始める。
そんな彼らに対し、弁慶は素早く切り返した。
「疑われるのも当然。ですが、拙僧は沖田殿が女の世界出身ですぞ? 少しくらい背丈が変わっていても不思議ではありませぬ。それに弁慶の薙刀であれば、その背の高さは当然のこと。ええ、使い手である弁慶より大きくて当然なのです! ほら、誰でも、自分より大きい薙刀を使うでしょう?」
「まあ……龍馬が標準語しゃべる世界じゃからのう……」
「んー、でもよ。こう言っちゃ悪いが、弁慶ってもっと、こうずっしりとしたイメージだったぜ」
「はははっ!」
弁慶は笑って誤魔化している。
焦って少し仮面が取れかけているが、本人は必死になって取り繕っている。
岩融は少し黙ったまま、弁慶を見ていた。細められた金の瞳は、獲物を狙う鷹のように鋭い。弁慶こと海尊の顔色が一段階青ざめたように見える。
岩融はギザギザの歯を見せつけるように口を開き、そして――……
「……がっはっは。そうか、俺の勘違いか!」
豪快に笑った。
「まさか、今生で出会えるとは思ってもいなかった。これからよろしく頼むぞ!」
「拙僧の方こそよろしく頼みますぞ、岩融殿!」
はっははと二人して笑い合う。
弁慶の空気が少し安堵したように緩んだのは、たぶん気のせいではない。
立香は、あとで岩融に謝りに行こうと思った。
ここで岩融が正直に「海尊」と呼んだら、なんというか、非常に面倒な事態になっていた。立香は自分の軽はずみな発言を反省しながら、弁慶と一緒にレイシフトしてきてしまった人に目を向ける。
「それから、もう一人。カルデアから来たのは……」
「はい! 僕は織田信勝です」
織田信勝は、敬愛する姉の傍らに佇み、幸せ絶頂と言わんばかりの表情で答えた。
この織田信勝こそ、ムニエルに頼み込み、レイシフトの方法を模索させた張本人だ。
「姉上~! お会いしとうございました~!!」
「ええい、離れろ、暑苦しい!」
信勝は子犬のようにじゃれつくが、姉は鬱陶しいように声を上げた。
「というか、そもそもお前、虚ろな霊基設定はどうしたのじゃ!? なぜ、まだカルデアにおる!?」
「ええ、霊基が弱いおかげで、弁慶殿のレイシフトに相乗りすることが出来ました! 姉上と僕がいれば、向かうところ敵なしです!」
「……あの……1つよろしいか?」
江雪斎が疑問の声を出した。
「信長公が女であったことも驚きだが、わしの知る限りでは信勝殿は信長公に反逆したはずでは? 信勝殿はその、信長公を慕っておられるように見えるのだが?」
「ええ、その通りです」
信勝は笑顔で答える。
「だって、あの馬鹿な家臣たちは姉上を認めなかった。だから、焚きつけてやったんです。結果は見事、あいつらは姉上の手によって粛清されました!」
「そ、そんな真実だったとは……」
「うむ、江雪斎。それが真実なのじゃ……」
信長も目を逸らす。
「ところで、姉上。どれが姉上の刀の付喪神ですか?」
信勝は険しい表情で刀剣男士を一瞥する。
「姉上の刀でありながら、姉上の素晴らしさを認めようとしない不届き者はどいつです?」
「……素晴らしさ、だと?」
長谷部が表情一つ変えずに反応する。
「この女のどこに褒められた点がある? ふざけた言動で周囲を欺く、人間味の欠片もない外道だ」
「はぁ、何を言ってる。それこそ、姉上の優秀さの一面だろうが。姉上! 姉上の傍近くにいながら、姉上の良さを理解しない不届き者を斬り捨てましょう!」
「お前程度で俺が折れると、本気で思ってるのか?」
「ええい、信勝もへし切もステイ! そこまでじゃ!! 話が先に進まん!
なにはともあれ、戦力が増えた。これは僥倖じゃ」
信長が無理やり舵を切る。
信勝はしゅんっと落ち込み、長谷部は堅い表情のまま黙り込む。特に長谷部は徹底的に信長を視界に入れないようにしているのか、信長が話し出すと瞼を閉じた。
「おそらく、この戦力でも聚楽第へ攻め込める。
聚楽第を正面を攻める陽動部隊と裏手から侵入する部隊に分かれれば、簡単に最奥部まで到達できよう」
「ちょっと待って」
ここで、清光が口を挟んだ。
「俺としては、聚楽第に乗り込む前に安定を探したい。
あいつ、無謀なことして、大怪我しそうだからさ……早く見つけたいんだよね」
「……ぼくも、よしつねこうを……さがしたいです」
清光の言葉に続けるように、今剣も囁くように意見を述べた。
「拙僧も今剣殿の意見に賛成ですな」
弁慶がにこやかに口を肯定する。弁慶が賛成してくれたことを受け、今剣の表情がぱあっと明るくなった。
「べんけいどの、ほんとうですか!」
「無論です。主君たる義経様を探さずして、なにが従者でしょうか?」
弁慶はさらっと言ってのける。
弁慶の正体を知らない今剣は感激で赤い瞳を輝かせているが、立香は彼の本心が分かっていた。もちろん、彼が語った理由は八割がた本当だろう。だが、残り二割は「先に敵の本拠地に乗り込んだと義経に知られた暁には、あとで何をされるか分からない」という理由に違いない。
「俺も……全員が揃ってから攻め込むことに賛成だ」
山姥切が声を上げる。
「ソハヤノツルキの場所も分かっていない。監査官も行方知らずだ。
俺には……今回の部隊長として、全員揃って帰還させる義務がある」
彼の青い瞳は強い意志を込められていた。
「江雪斎殿には悪いが、聚楽第を攻めるのを待ってもらいたい」
「……ふむ、主らの意見は最もじゃ。しかし、あまり悠長に時間をかけるわけにもいかん」
「そんなら、今日は捜索の日にするのはどうじゃ?」
陸奥守が提案をする。
「これだけ人数がおるがよ。大和守を探索する班、義経公を探索する班、ソハヤノツルキを捜索する班、監査官を捜索する班、それから、聚楽第を調査する班とここを護る班。その6班に分かれることくらい、どーってことないはずや。
連絡は、ちっこい信長公を使えば問題ないろう?」
彼は指を順番に五本立てながら説明する。
陸奥守の言う通り、弁慶や信勝まで人員が増えた。
班を分ける程度、全く問題ない。それに、突入が一日延びたところで特別な問題が起きるとは思えなかった。事実、誰も異論を唱える者はいない。
「ほんじゃ、2人ずつ班を分けよう思うけんど……」
「あ、ちょい待ち」
鈴鹿が手を挙げた。
「ソハヤノツルキだっけ? あたし、そいつの捜索してもいーけど」
「鈴鹿? 大丈夫? 待機していた方がいいんじゃない?」
立香は彼女を心配した。
土方とは異なり、彼女は完全に霊基を回復できていない。休んで回復傾向にあるとはいえ、戦いの傷は癒えていないはずだ。そう思ったが、鈴鹿は平気そうに手を振る。
「へーき、へーき。マスターは心配しすぎって感じ。ってことで、あたしはその刀剣の捜索班ってことで。かしこまり?」
「別に構わんぜよ。他に希望がある奴はおるか?」
「俺は別にどこでもいい」
長谷部が瞼を閉じたまま、静かに言った。
「ただし、織田信長を名乗る女や信奉者と同じ班は御免だ」
「姉上のことを外道だと? 刀の付喪神風情が」
「まあまあ、落ち着いて、落ち着いて」
立香が間に入ったが、二人は険悪な空気を崩さない。
「俺は土方さんと一緒がいいな」
「お前は俺の刀だろ。一緒に行動するのは当たり前だ」
ぎすぎすした織田組と比べると、兼定と土方の仲は良好だ。土方が沢庵を食べているので締まらないが、この二人なら同じ班でも仕事をきっちりこなすことができるだろう。
陸奥守は信長と相談しながら、それぞれの班を決めていった。
「よし、決まりじゃ!」
信長が班を書いた半紙を掲げた。
「大和守安定捜索班は、加州清光と山姥切国広
ソハヤノツルキ捜索班は、和泉守兼定と土方歳三と鈴鹿御前
牛若丸捜索班は、今剣と弁慶
監査官捜索班は、へし切と岩融
聚楽第偵察班は、わしと陸奥守吉行。
待機組は、ダーオカと信勝、それから風魔小太郎で決まりじゃな。異論がある者はおるか?」
「姉上! なぜ、僕は姉上と一緒じゃないんですか?」
真っ先に信勝が反対する。
「だって、信勝。お前、戦闘能力皆無じゃん」
「えー、僕だって戦えますよ。ちっちゃい姉上を改造した奴を作ったのは、僕なんですよ?」
「あー……だからこそ、ここを護って欲しいのじゃよ。ほれ、あれじゃ。ここは重要な拠点じゃ。実の弟であるお主にしか任せられない」
「僕にしか、任せられない……? はい、不肖信勝。全身全霊で頑張ります!」
織田信長は信勝を言いくるめる。
立香はリストを眺める。おそらく、ソハヤノツルキのところだけ三人なのは、鈴鹿が万全ではないことを考慮したからだろう。
「あの、べんけい殿はいいのですか?」
今剣が不思議そうに首を傾ける。
「岩融とおなじはんがよいかと おもったのですが」
「はっはっは。心配ご無用ですぞ、今剣殿。
拙僧が弁慶の薙刀の付喪神と一緒に行動するなど、畏れ多くて出来ません」
「俺も彼と行動を共にするのは、気恥しさのあまり薙刀を振るう手が鈍りそうだ」
「さすが、弁慶の薙刀! 拙僧の気持ちをよく分かっておられる!」
「いやはや、さすがは武蔵坊弁慶。俺の気持ちをよく考えているな」
立香は二人のやり取りを少し白けた顔で見ていると、信長がこちらに話しを振ってきた。
「あとは、マスターの班じゃ。マスターはどこに入りたい?」
「あ、そうだ。私が入っていないや」
「マスターはわしらサーヴァントの指揮官じゃし、どうやら敵から狙われておる。本来なら待機組にした方が良いのかもしれんが、マスターは実際に出て力になりたいのであろう?」
信長の問いかけに、立香は頷いた。
他の人たちが命がけで戦っているのに、ましては、自分にも戦う術があるのに、安全な後方で待っているなんて耐えられそうになかった。
「それなら、好きな班を選ぶのじゃ。もっとも、聚楽第偵察は駄目じゃ。そこは危険すぎるからのう」
「それは分かってるよ。
だから、私は……ここに行く」
悩む時間は短かった。
立香はリストから、すぐに1つの班を指さした。
復刻版聚楽第からぐだぐだ本能寺ファイナルが終わるまでの短期連載だったはずなのに、まだ六節目。期間内に終わらなくて涙。
とはいえ、この辺りが折り返し地点。
ギリシャ異聞帯が来る前に、絶対完結させて見せる!!