聖杯乱舞「特命調査 聚楽第」   作:寺町朱穂

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安宅の関(3)

 京都 三条大橋。

 

 昨日の呂布戦と巴御前戦の痕が生々しく残されている。

 元々、牛若丸と巴御前の戦いで一帯は焼け野原になっていたが、橋すら燃え落ちてしまっていた。一夜明けたためか地面から立ち上る熱は感じない。立香が黒ずんだ橋に爪先を置くと、ばらばらと炭化し、破片が川へと落下していった。

 その様子を見ながら、立香はがっくりと肩を落とした。

 

「牛若丸と別れたのはこの辺りだったけど……」

 

 手がかりになりそうなものは、まるでなかった。

 

 

 立香が加わったのは、牛若丸捜索班だ。

 自分のサーヴァントである彼女を探すのは当然だし、聚楽第に来たばかりの弁慶と昨日無茶したばかりの今剣が心配だったということもある。立香は足元にちびノブを感じながら、草をかき分けながら川岸を捜索した。

 

「……これだと、むこうぎしにもいけませんね」

 

 今剣は岸の向こう側を寂しそうに眺める。

 

「この向こうとなると、粟田口の辺りですな」

「あわたぐち?」

 

 弁慶の言葉に立香は首を傾げる。

 

「清水寺とか八坂神社じゃなくて?」

「あの辺りの地名のことです。粟田口と言う名の刀工が住まいを構えていた場所ですね」

「あわたぐちのかたなでしたら、ほんまるにもいますよ」

 

 今剣が付け足しするように教えてくれた。

 

「とくに、あわたぐちの乱藤四郎さんは、加州さんについで2ばんめに、ほんまるにきた刀なんです」

「へぇー、そうなんだ」

 

 さすがは、昔の政治の中心地だ。

 武器である刀とも密接に関わり合っているのだと感心する。 

 

「ふむ、しかし、ここに義経様の手がかりはありませんな……」

「もしかしたら、川を下っていったのかもしれない。巴御前が川に落ちたって」

 

 立香は川下に目を向ける。

 流れは速くないが、遅くもない。川底も、立香の足が付かない程度に深い。英霊である彼女が流されても、すぐ死には至らないだろうが、やはり心配である。

 

「では、かわしもをさがしましょう!」

 

 今剣が先頭を切って走り出した。 

 立香と弁慶もその後を追いかける。弁慶が走る度に、彼が背負った武器がかちゃかちゃと鳴り響いた。

 三条から四条へと下り、そのまま五条まで進んで行く。

 牛若丸に通じる手がかりはない。先のカルデアとの通信では、彼の霊基反応が消失したという記録はなかったらしいので、おそらくまだこの地に留まっているはずだ。

 

「マスター、安心してください」

 

 弁慶が気難しい顔を緩めて言った。

 

「あの義経様ですよ? そう簡単に死ぬわけがございません」

「そうですよ、ふじまるさん。よしつねこうがしぬわけありません!」

 

 今剣もにこっと笑った。

 牛若丸の無事を信じてやまない様子だ。立香も口元を綻ばし、頷いた。

 

「うん……そうだね」

 

 牛若丸が簡単に負けるはずがない。

 絶対に生きている。立香も思いを固め直し、鴨川に目を奔らせる。岸に見慣れた少女が転がっていないか、岸から誰かが打ち上げられた形跡はないか探していく。

 

「そろそろ、五条大橋ですな」

 

 弁慶が思い出したように、ぽつりと呟く。

 四条を通り過ぎ、少し先に大きな橋が見えてきていた。

 

「五条大橋? それって、どこかで……?」

「はっはは、それは義経記の話ですな。ほら、拙僧たちが召喚されたころ、マスターがお読みになっていたではありませんか」

「それだ!」

 

 立香はぽんっと手を打った。

 カルデアに牛若丸と弁慶が来たばかりの時、彼らをもっとよく知るために勉強した。その際に読んだ本が「義経記」。牛若丸の生涯を描いた物語だ。当然、物語の中では牛若丸が武蔵坊弁慶と出会う場面も描かれている。

 その舞台となっている場所こそ、五条大橋なのだ。

 

「武蔵坊弁慶は999本の刀を集め、1000本目の刀を牛若丸から奪おうとするんだよね」

 

 人は宝を1000本集めるもの、という言葉がある。

 武蔵坊弁慶はそれを実現しようとした。しかし、悲しきかな。彼には金がない。そこで武蔵坊弁慶は京の都に繰り出すと、夜な夜な刀を奪っていく。

 

「そのときのよしつねこうは、ふえをふきながらあらわれるのです!」

 

 今剣は笛を吹く真似をする。

 

「弁慶は五条大橋で義経様に負け、再び笛の音を頼りに清水寺で再度、戦うことになるのです」

「そこで、弁慶は牛若丸に忠誠を誓うんだよね」

「はい。そこから弁慶は、義経様の配下で一騎当千の強者として名を馳せることになるのです!!」

 

 弁慶は心の底から嬉しそうに笑った。

 他者から見ると自慢にしか聞こえない話だが、事情を知っている身からすると、真に弁慶を敬愛し誇らしく思っているのだと伝わってくる。

 個人的には、五条大橋の物語よりも、安宅の関の物語が好きだ。

 義経一行が奥州へ逃げる途中、安宅の関で疑いをかけられる。弁慶が偽りの勧進帳を読み、関を通り抜けようとしたが、義経がバレそうになってしまう。弁慶は咄嗟に義経を錫杖で叩き、疑いを晴らす。臣下が主君を叩くなどご法度だと、周囲は信じたのだ。

 関を抜けた後、弁慶は義経に涙ながら謝罪をするが、義経はむしろ彼を「よくやった」と褒めた。

 二人の強い絆と関係性が伝わってくる物語だ。

 

 きっと、弁慶……海尊もその場面に立ち会っていたに違いない。

 

「あれ、そういえば……義経記に海尊との出会いって書いてあったっけ?」

 

 つい疑問を漏らしてしまい、はっと口を閉ざす。

 すぐに流そうと思ったが、今剣は聞き逃さなかった。

 

「ひたちぼうかいそん、ですか……ぼくは、あまりよいかんじがしませんね」

 

 今剣が口を尖らせる。

 

「よしつねこうをみすてて、にげたひとですから」

 

 弁慶は何も答えない。

 肯定も否定もしなかった。今剣が弁慶に意見を求めるように顔を向けてきたので、立香は慌てて失言を取り返すように話し始める。

 

「でも、その人はその後、牛若丸の活躍や弁慶たちの剛を伝えて全国を回ったって聞いているよ」

「……いえ、マスター。いいのです」

 

 弁慶が静かに言う。

 

「その者は義経様と弁慶を見捨てて逃げた愚か者。その罪は数百年経とうと消えることはないのですから」

 

 あたりが沈黙に包まれる。

 どこか鉛を乗せられたように重い沈黙だった。戦闘音も何も聞こえない。ただ鴨川の流れる音だけが聞こえていた。

 否、せせらぎだけではない。

 そのせせらぎに混ぎって、酷く悲し気な旋律が耳に届いた。

 

「この曲……?」

 

 立香は調べの方へ視線を向ける。

 その笛の音は、確かに五条大橋から流れていた。よく見ると、橋の桟に一人の少女が腰を下ろしている。ほとんど服を纏っていない少女が、黄金色の笛を吹いていた。

 

「よしつねこう!!」

 

 真っ先に飛び出したのは、今剣だった。

 無邪気な子供のような笑顔で、その少女の元へと駆け寄る。少女も口元に薄ら微笑を浮かべていた。下半身は水着のような下着一枚で上半身は鎧を纏ってはいるが、ほとんど肌色。狸の尻尾のようなものを腰から下げ、烏帽子を被り、艶やかな黒髪を黒い羽根で留めている。

 そして、少女は左手で濃口を切ろうとしている。

 立香は目を大きく開けた。

 

「危ない、今剣君!!」

「えっ?」

 

 今剣が立香の方を振り向いたとき、彼は橋を渡り始めていた。牛若丸は彼の背後に迫り、今剣めがけて刀を振り下ろす。

 

「マスター、拙僧にお任せあれ!!」

 

 間一髪、弁慶が今剣の頭上を払うように、薙刀を振るった。乾いた金属音と共に、牛若丸の刀は弾かれる。彼女はたんたんっと後ろに跳び、にたりと笑った。

 

「ほう、間に合ったか」

「よ、よしつねこう?」

 

 今剣は愕然としている。

 大好きな元主が剣を向けてきたことが信じられなかったらしい。弁慶は彼の横に佇むと、静かに牛若丸を見た。

 

「今剣君、彼女は操られてる」

 

 立香も彼らのところへ駆け寄り、令呪を握りしめた。

 サーヴァントの契約は集中すると薄らと感じる。ただ、他のサーヴァント……たとえば、目の前にいる弁慶が凧糸のような繋がりだとすると、目の前の牛若丸との繋がりは蜘蛛の糸のように細く、いつ切れてしまってもおかしくはない。

 だが、間違いなく、カルデアから来た牛若丸だ。

 おそらく、岡田以蔵のように操られているのだろう。

 

「……弁慶、彼女を操っている道具があるはず。それを盗れば、彼女は元に戻る」

「マスター、それはおそらく髪留めでしょう」

 

 弁慶は薙刀を構えたまま答える。

 立香は牛若丸の髪留めに目を向ける。普段はタヌキの尻尾柄の髪留めが鳥の羽のように刺さっているが、漆黒に塗り固められている。岡田以蔵のマフラーと同じだ。立香はごくりとつばを飲み込んだ。

 

「ほう、貴様風情が私に立ち向かおうと」

 

 牛若丸はくすくすと笑う。

 

「いいだろう。お前の首など価値はないが、そこの短刀もろとも首を刎ねて、氏政様に捧げるとしよう!」

 

 牛若丸は最後まで言い切る前に、橋を蹴り飛ばす。巴御前の放っていた矢よりも速く、疾風のごとき素早さだ。弁慶は辛うじて薙刀で圧し留めたが、普段よりも振りが遅い。牛若丸が攻めに攻め、弁慶はやや後退しながら防ぐ。単純な力比べでは弁慶に軍配が上がるのに、完全に力負けしている。

 

 一方の今剣は攻撃態勢にすら入っていない。

 呆然と、敵対する元主を眺めている。

 

「どうして……なんで、よしつねこうが、あんなわるいことしてるひとのみかたをするのです!」

 

 今剣が胸を掻きむしりながら叫ぶ。

 すると、牛若丸は今剣の叫びを笑い飛ばした。

 

「むしろ、今剣。あなたはどうして、氏政様に付かないのです?」

「え……」

「あなたは人の世を恨んでいないのですか?」

 

 牛若丸は弁慶の攻撃を曲芸のように避けながら話し始めた。

 

「多くの悲劇のなかに、1つの偉業があったとしよう

 多くの犠牲のなかに、1つの奇跡があったとしよう。

 だが、その偉業は食い物にされ、辱められる! 奇跡を為したのに、憎まれ、裏切られ、殺し尽される!」

「それは……」

「人間たちはたったひとつの奇跡に群がり、陵辱して笑い合う!」

 

 牛若丸は弁慶の一撃を屈んで躱すと、そのまま彼の懐に入り込む。

 

「だから、私は氏政様に従う」

 

 彼女は弁慶の腹を蹴り飛ばした。

 八艘飛びを成し遂げる自慢の脚力は弁慶の巨体を軽々吹き飛ばし、あっけないくらい簡単に橋から落下する。

 

「氏政様の望む世界を作り、私のような者が二度と出ないようにする!

 裏切りも逆襲もない、平穏な世界を作るのだ!!」

「今剣君!!」

 

 牛若丸と今剣との間を阻む存在は誰もいない。

 

「ちびノブ、すぐに誰かに連絡して!」

 

 立香は悲鳴のように叫ぶと、サーヴァントを召喚する。

 目元に影がかかった聖女が紫色の髪をなびかせ、十字架型の杖で攻撃を阻む。召喚に応えてくれたサーヴァントは聖女マルタ。

 クラスは互いにライダー。

 マルタは牛若丸の攻撃を払いのけ、今剣を護るように橋の上に立つ。

 

「牛若丸の気持ちは分かった」

 

 立香は悲しい気持ちを抑え、まっすぐ牛若丸を見つめた。

 

「だけど、こんな街づくりは間違ってる! マルタさん、お願い!!」

 

 立香は手を前に向ける。

 マルタは、まっすぐ牛若丸へと向かって行く。

 

「ええ良いでしょう。そのつもりなら、希望を摘んであげましょう」

 

 牛若丸は嘲笑を口元に浮かべると、マルタと激突した。

 

 

 

 

 

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