聖杯乱舞「特命調査 聚楽第」   作:寺町朱穂

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安宅の関(4)

 五条大橋で、二人の女性がしのぎを削っている。

 長身の女性は十字架を槍のように回し、小さな影が軽業師のように避ける。

 

 それはさながら、物語に描かれる義経と弁慶のようだと思ってしまう。

 事実、片方は牛若丸本人だ。そして、立香が召喚した聖女マルタは弁慶のように圧されている。

 

「抜きつけ、構えっ!」

 

 牛若丸は大橋の桟に降り立ち、刀を握り直した。あれはスキル「カリスマ」。攻撃力を上げるスキルを発動させたのだ。立香は素早くマルタに指示を飛ばす。

 

「マルタさん、聖女の誓いを!」

 

 彼女の「聖女の誓い」は相手を弱体化させ、防御を崩すスキルだ。

 ただでさえ攻撃力の高く、回避率の高い牛若丸を崩すためには、こちらもスキルを惜しみなく使う必要がある。そう思ったのに、マルタが誓いを唱えようとする隙を突き、牛若丸が攻撃を仕掛けてきた。マルタは動きを崩されてしまう。牛若丸はよろめくマルタの胸に躊躇いもなく刀を突きつけた。

 

「マルタさん!?」

 

 立香の叫びもむなしく、霊格を突かれた聖女は消失する。

 

「これで終わりですか、カルデアのマスター?」

 

 牛若丸がにたり、と笑った。

 立香は歯を食いしばる。

 

 マルタは牛若丸と仲の良いサーヴァントだった。

 数年前のクリスマスは荊軻を含めた三人で過ごしていた。三人そろって赤いセイバーを名乗る偽サンタクロースに騙され、金から家財からなにまでむしり取られてはいたが、それでも仲良くわいわい過ごしていた。そのことを思い出してもらえるかと考え、マルタを召喚したが、上手くいかなかったようだ。

 

「――ッ、まだ終わってない!」

 

 次のサーヴァントを召喚する準備に入る。

 マルタは駄目だった。では、次は荊軻だ。アサシンはライダーに刺さる。不安点としては、荊軻はあまり育成をしていない。牛若丸は70レベルに対し、荊軻は50レベル。同レベルのマルタが敵わなかった時点で、荊軻に勝ち目があるとは思えない。

 ここは、有利クラスのクレオパトラを召喚するか。

 だけど、立香は牛若丸を倒したいのであって、殺したいわけではない。クレオパトラを召喚すると、誤って彼女を殺してしまうかもしれない。かといって、それ以外に戦えそうなアサシンはいない。唯一、戦えそうだった燕青はカルデアにいないので召喚は不可能だ。

 

 では、次に誰を召喚すれば良いのだろう?

 

「ほら、終わりですよ!!」

 

 牛若丸が鉄砲玉のように迫ってくる。

 今剣は固まったまま動かない。弁慶は川から戻ってこない。立香は覚悟を決める。

 

「クレオパトラさん、お願いします!!」

 

 牛若丸と立香の盾になるように、蛇を従えた女性が煙と共に姿を見せる。

 ところが、女性が形作られる前に、牛若丸が首を一刀両断した。女性は声を発する間もなく、頭と胴体が分かれて消失する。

 

「嘘、なんで!?」

 

 確かに、レベル差は10しかなかった。

 しかしながら、それを考慮しても、ライダーがアサシンを一撃で倒すなんてありえない。立香は驚愕で目を見開き後ずさりする、が、牛若丸は逃げる暇を与えない。そのまま牛若丸は立香を押し倒し、馬乗りになった。

 

「サーヴァントを召喚したければ召喚すると良い。片っ端から首を切ってみせようぞ」

「そん、な……どうして?」

 

 圧迫されて、喉が詰まりそうだ。

 荒く呼吸をしながら、なんとかその言葉を絞り出す。すると、牛若丸は愉快そうに高笑いをした。

 

「傑作だ! 私をライダークラスだと思ったか? 今の私は凶戦士、全てのクラスに優位を保つバーサーカーのクラスだ!」

「ばー、さーかー?」

 

 なるほど。

 歪み始めた視界に牛若丸の嘲笑を見ながら、立香は納得する。

 噂によると、バーサーカーが優位に働かないクラスがあるらしいが、立香はまだ出会ったことがなかった。

 

「さて、これで終わりだ。カルデアのマスター。お前を氏政様のところへ連れていくとしよう。

 その前に……お前はどうする、今剣」

 

 牛若丸は立香の上に跨ったまま、銀髪の少年に言葉をかけた。

 立香は牛若丸の気が逸れた瞬間を狙って、サーヴァントを召喚しようとしたが、阻止するように刀が右手のすぐ脇に突き刺さる。あと、数センチずれていたら、腕を貫通していたに違いない。

 

「今のは威嚇だぞ、カルデアの。もっとも、腕が切れても良いなら、攻勢に出ると良い」

 

 立香は何も言えなくなってしまう。

 黙したまま、今剣を見つめることしかできない。

 

「ぼく、は……」

「人の本質は悪。上皇は、頼朝は、私を利用するだけ利用して斬り捨てました。匿ってくれた藤原家も頭が変わると手のひらを返してきました。

 私は、そのような世の中が憎い。氏政様の望み通り、悪に染まった人間を切り殺し、裏切り者のいない世界を作ります」

 

 牛若丸は甘い言葉をかける。立香が今剣に向かって「耳を貸しては駄目だ」と叫ぼうとするが、牛若丸が先回りをするように立香の喉元を左手で握ってくる。

 

「……ッ、くは」

 

 強力な締め付けだった。

 辛うじて呼吸は出来ているし、出来る程度に力を保っているのだろう。けれど、声が出ない。無理に出そうとすると、締め付けが強くなる。

 立香が格闘している間にも、牛若丸は言葉を重ねた。

 

「あなたは刀。しかも、私の護り刀です。裏切りを本性とする人間ではない。

 さあ、今剣。一緒に行きましょう。私と歴史を変えるのです。よりよい方向へ」

「よりよい、ほうこうへ」

 

 ひゅーひゅーという音が、耳の奥で大きく木霊する。

 歪んだ視界が薄らぎ始め、風景がぼんやりと滲みだす。その世界の中、蹲っていた今剣が立ち上がったのが見えた。

 

「ぼくは……あるじのめいで、阿津賀志山にいきました」

 

 阿津賀志山。

 立香の薄れゆく脳裏から、知識を絞り出す。

 源義経を殺せと命じた源頼朝と自害に追い詰めた藤原泰衡。その両者がぶつかった合戦の舞台となる場所だ。今剣にせよ牛若丸にせよ、あまり良い思いのしない場所である。

 

「ぼくは、よしつねこうのかたきを うちたかった。よしつねこうのまもりがたなとして、あなたをまもることが、できなかったから」

 

 今剣が短刀を握りしめる。

 空いている方の手で拳を握り、誓うように胸元に置いた。

 

「れきしをかえたかった。でも、岩融にいわれたんです。

 『悲しいことがあっても、その先に我らがいる』って」

 

 どのような歴史も積み重ね。

 悲しい歴史も嬉しい歴史も、すべてが積み重なった先に、立香がいて、今剣がいる。

 

「それに……ぼくのあるじは、いまのあるじは、さにわです!」

 

 今剣は赤い眼に闘志を燃やすと、まっすぐ牛若丸めがけて奔り出した。

 

「よしつねこう、あなたのめをさまさせます!!」

「……敵対するなら致し方なし。受けて立ちましょう」

 

 牛若丸は立香の上から退き、今剣に剣を向ける。今剣は牛若丸と激突する直前、身体の向きを変えた。牛若丸の刀の勢いをそぐように短刀で受け流しながら、彼女の髪留めを狙う。牛若丸も髪留めを盗られたくないのか、すぐに後方へ跳び、今剣から距離をとった。

 

 牛若丸の振るう太刀は、今剣が握る短刀より遥かに長い。

 まともに激突すれば、今剣が圧し負けるのは明白。故に、今剣は彼女の太刀を紙一重で躱し続ける。牛若丸も今剣も、両者ともに身軽さを生かした戦法を使う。今剣が接近しては牛若丸に弾かれ、隙を創り出しては攻め込み、防御されて距離を置く。この繰り返し。今剣と牛若丸の攻守が瞬く間に逆転し、拮抗状態が続く。

 立香も加勢したかったが、今の2人に手出しできない。

 下手に手出ししようものなら、今剣を傷つけてしまいそうだ。

 

「……お見事です。さすがは、私の護り刀」

 

 牛若丸は今剣の攻撃を避けながら、冷やかすように口笛を吹いた。

 

「とーぜんです! あなたのまもりがたなですから」

 

 今剣は好機とみて踏み込む。

 牛若丸は今剣の一撃を身体を反らして躱すと、親鳥が子を見るような眼差しを向ける。けれど、それは一瞬で、次の瞬間には、彼女の口元には冷酷非情の笑みが浮かんでいた。

 

「ですが、残念。時間切れです」

 

 牛若丸の言葉と共に、空間を割くように遡行軍が現れる。

 どれも今剣より巨体で、正面から戦っても勝ち目はない。

 

「1人の武芸者がいても、結局のところ数には敵いません」

 

 戦上手の牛若丸が、頼朝軍に敵わなかったことのように。

 結局は、数には勝てないのだ。そして、その数は軽く20を超えている。立香は悩んだ。サーヴァントを召喚しようにしても、すでにこの短時間で2体も召喚している。魔力の関係上、3体目は30レベル台のサーヴァントがやっとだ。そして、該当するサーヴァントたちには悪いが、彼らに遡行軍は荷が重すぎる。

 

「圧し潰されなさい、今剣。貴方の剣は、私に届かない」

 

 牛若丸は冷笑を携えたまま、遡行軍の壁の向こうに立つ。

 しかし、彼は一歩も引かない。絶望で崩れていた糸はぴんっと張り詰め、静かな闘志を宿らせている。

 

「ぼくはたたかいます。れきしをまもるために、いまのあるじのために!!」

 

 今剣の宣言は五条の橋を震わせる。

 彼は自分より体格がよく背も高い遡行軍の群れへ、果敢に飛び込んで行った。立香は目を覆いそうになる。ぷちりっと潰されるのは明白だ。

 なら、せめて、身体を張って彼を助けよう。 

 立香が今剣の小さな背中を追うように、走りだそうとした――……その刹那、

 

「よく言った、今剣」

 

 その言葉と共に、牛若丸の背後が一掃される。

 

「誰ですか? まあ、誰であれ斬るだけですけど」

 

 牛若丸は顔色一つ変えず、目を細めて乱入者を睨み付けた。

 

「知れたこと。今剣の加勢に決まっておろう」

 

 その者は鋭く尖った歯を見せつけるように笑い、もう片方の男は藤色の眼で牛若丸に狙いを定める。

 

「元の主のためではない。今の主のために戦う。それが、俺たち刀剣男士だ」

「岩融、長谷部さんっ!」

 

 今剣の顔が光を差したように輝く。

 今剣の眼前には遡行軍の壁が牛若丸との間を隔てていたが、その後ろは背後は空きだ。薙刀を構えた大男とすらりとした長身の青年が、牛若丸の退路を防いでいる。

 

「恨みはないが主命だ、散れ」

 

 長谷部が我先にと走り出し、岩融が援護するように薙刀を振るう。

 

 五条大橋の戦い、その第二ラウンドの幕が切って落とされた。

 

 

 

 

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