五条大橋で、二人の女性がしのぎを削っている。
長身の女性は十字架を槍のように回し、小さな影が軽業師のように避ける。
それはさながら、物語に描かれる義経と弁慶のようだと思ってしまう。
事実、片方は牛若丸本人だ。そして、立香が召喚した聖女マルタは弁慶のように圧されている。
「抜きつけ、構えっ!」
牛若丸は大橋の桟に降り立ち、刀を握り直した。あれはスキル「カリスマ」。攻撃力を上げるスキルを発動させたのだ。立香は素早くマルタに指示を飛ばす。
「マルタさん、聖女の誓いを!」
彼女の「聖女の誓い」は相手を弱体化させ、防御を崩すスキルだ。
ただでさえ攻撃力の高く、回避率の高い牛若丸を崩すためには、こちらもスキルを惜しみなく使う必要がある。そう思ったのに、マルタが誓いを唱えようとする隙を突き、牛若丸が攻撃を仕掛けてきた。マルタは動きを崩されてしまう。牛若丸はよろめくマルタの胸に躊躇いもなく刀を突きつけた。
「マルタさん!?」
立香の叫びもむなしく、霊格を突かれた聖女は消失する。
「これで終わりですか、カルデアのマスター?」
牛若丸がにたり、と笑った。
立香は歯を食いしばる。
マルタは牛若丸と仲の良いサーヴァントだった。
数年前のクリスマスは荊軻を含めた三人で過ごしていた。三人そろって赤いセイバーを名乗る偽サンタクロースに騙され、金から家財からなにまでむしり取られてはいたが、それでも仲良くわいわい過ごしていた。そのことを思い出してもらえるかと考え、マルタを召喚したが、上手くいかなかったようだ。
「――ッ、まだ終わってない!」
次のサーヴァントを召喚する準備に入る。
マルタは駄目だった。では、次は荊軻だ。アサシンはライダーに刺さる。不安点としては、荊軻はあまり育成をしていない。牛若丸は70レベルに対し、荊軻は50レベル。同レベルのマルタが敵わなかった時点で、荊軻に勝ち目があるとは思えない。
ここは、有利クラスのクレオパトラを召喚するか。
だけど、立香は牛若丸を倒したいのであって、殺したいわけではない。クレオパトラを召喚すると、誤って彼女を殺してしまうかもしれない。かといって、それ以外に戦えそうなアサシンはいない。唯一、戦えそうだった燕青はカルデアにいないので召喚は不可能だ。
では、次に誰を召喚すれば良いのだろう?
「ほら、終わりですよ!!」
牛若丸が鉄砲玉のように迫ってくる。
今剣は固まったまま動かない。弁慶は川から戻ってこない。立香は覚悟を決める。
「クレオパトラさん、お願いします!!」
牛若丸と立香の盾になるように、蛇を従えた女性が煙と共に姿を見せる。
ところが、女性が形作られる前に、牛若丸が首を一刀両断した。女性は声を発する間もなく、頭と胴体が分かれて消失する。
「嘘、なんで!?」
確かに、レベル差は10しかなかった。
しかしながら、それを考慮しても、ライダーがアサシンを一撃で倒すなんてありえない。立香は驚愕で目を見開き後ずさりする、が、牛若丸は逃げる暇を与えない。そのまま牛若丸は立香を押し倒し、馬乗りになった。
「サーヴァントを召喚したければ召喚すると良い。片っ端から首を切ってみせようぞ」
「そん、な……どうして?」
圧迫されて、喉が詰まりそうだ。
荒く呼吸をしながら、なんとかその言葉を絞り出す。すると、牛若丸は愉快そうに高笑いをした。
「傑作だ! 私をライダークラスだと思ったか? 今の私は凶戦士、全てのクラスに優位を保つバーサーカーのクラスだ!」
「ばー、さーかー?」
なるほど。
歪み始めた視界に牛若丸の嘲笑を見ながら、立香は納得する。
噂によると、バーサーカーが優位に働かないクラスがあるらしいが、立香はまだ出会ったことがなかった。
「さて、これで終わりだ。カルデアのマスター。お前を氏政様のところへ連れていくとしよう。
その前に……お前はどうする、今剣」
牛若丸は立香の上に跨ったまま、銀髪の少年に言葉をかけた。
立香は牛若丸の気が逸れた瞬間を狙って、サーヴァントを召喚しようとしたが、阻止するように刀が右手のすぐ脇に突き刺さる。あと、数センチずれていたら、腕を貫通していたに違いない。
「今のは威嚇だぞ、カルデアの。もっとも、腕が切れても良いなら、攻勢に出ると良い」
立香は何も言えなくなってしまう。
黙したまま、今剣を見つめることしかできない。
「ぼく、は……」
「人の本質は悪。上皇は、頼朝は、私を利用するだけ利用して斬り捨てました。匿ってくれた藤原家も頭が変わると手のひらを返してきました。
私は、そのような世の中が憎い。氏政様の望み通り、悪に染まった人間を切り殺し、裏切り者のいない世界を作ります」
牛若丸は甘い言葉をかける。立香が今剣に向かって「耳を貸しては駄目だ」と叫ぼうとするが、牛若丸が先回りをするように立香の喉元を左手で握ってくる。
「……ッ、くは」
強力な締め付けだった。
辛うじて呼吸は出来ているし、出来る程度に力を保っているのだろう。けれど、声が出ない。無理に出そうとすると、締め付けが強くなる。
立香が格闘している間にも、牛若丸は言葉を重ねた。
「あなたは刀。しかも、私の護り刀です。裏切りを本性とする人間ではない。
さあ、今剣。一緒に行きましょう。私と歴史を変えるのです。よりよい方向へ」
「よりよい、ほうこうへ」
ひゅーひゅーという音が、耳の奥で大きく木霊する。
歪んだ視界が薄らぎ始め、風景がぼんやりと滲みだす。その世界の中、蹲っていた今剣が立ち上がったのが見えた。
「ぼくは……あるじのめいで、阿津賀志山にいきました」
阿津賀志山。
立香の薄れゆく脳裏から、知識を絞り出す。
源義経を殺せと命じた源頼朝と自害に追い詰めた藤原泰衡。その両者がぶつかった合戦の舞台となる場所だ。今剣にせよ牛若丸にせよ、あまり良い思いのしない場所である。
「ぼくは、よしつねこうのかたきを うちたかった。よしつねこうのまもりがたなとして、あなたをまもることが、できなかったから」
今剣が短刀を握りしめる。
空いている方の手で拳を握り、誓うように胸元に置いた。
「れきしをかえたかった。でも、岩融にいわれたんです。
『悲しいことがあっても、その先に我らがいる』って」
どのような歴史も積み重ね。
悲しい歴史も嬉しい歴史も、すべてが積み重なった先に、立香がいて、今剣がいる。
「それに……ぼくのあるじは、いまのあるじは、さにわです!」
今剣は赤い眼に闘志を燃やすと、まっすぐ牛若丸めがけて奔り出した。
「よしつねこう、あなたのめをさまさせます!!」
「……敵対するなら致し方なし。受けて立ちましょう」
牛若丸は立香の上から退き、今剣に剣を向ける。今剣は牛若丸と激突する直前、身体の向きを変えた。牛若丸の刀の勢いをそぐように短刀で受け流しながら、彼女の髪留めを狙う。牛若丸も髪留めを盗られたくないのか、すぐに後方へ跳び、今剣から距離をとった。
牛若丸の振るう太刀は、今剣が握る短刀より遥かに長い。
まともに激突すれば、今剣が圧し負けるのは明白。故に、今剣は彼女の太刀を紙一重で躱し続ける。牛若丸も今剣も、両者ともに身軽さを生かした戦法を使う。今剣が接近しては牛若丸に弾かれ、隙を創り出しては攻め込み、防御されて距離を置く。この繰り返し。今剣と牛若丸の攻守が瞬く間に逆転し、拮抗状態が続く。
立香も加勢したかったが、今の2人に手出しできない。
下手に手出ししようものなら、今剣を傷つけてしまいそうだ。
「……お見事です。さすがは、私の護り刀」
牛若丸は今剣の攻撃を避けながら、冷やかすように口笛を吹いた。
「とーぜんです! あなたのまもりがたなですから」
今剣は好機とみて踏み込む。
牛若丸は今剣の一撃を身体を反らして躱すと、親鳥が子を見るような眼差しを向ける。けれど、それは一瞬で、次の瞬間には、彼女の口元には冷酷非情の笑みが浮かんでいた。
「ですが、残念。時間切れです」
牛若丸の言葉と共に、空間を割くように遡行軍が現れる。
どれも今剣より巨体で、正面から戦っても勝ち目はない。
「1人の武芸者がいても、結局のところ数には敵いません」
戦上手の牛若丸が、頼朝軍に敵わなかったことのように。
結局は、数には勝てないのだ。そして、その数は軽く20を超えている。立香は悩んだ。サーヴァントを召喚しようにしても、すでにこの短時間で2体も召喚している。魔力の関係上、3体目は30レベル台のサーヴァントがやっとだ。そして、該当するサーヴァントたちには悪いが、彼らに遡行軍は荷が重すぎる。
「圧し潰されなさい、今剣。貴方の剣は、私に届かない」
牛若丸は冷笑を携えたまま、遡行軍の壁の向こうに立つ。
しかし、彼は一歩も引かない。絶望で崩れていた糸はぴんっと張り詰め、静かな闘志を宿らせている。
「ぼくはたたかいます。れきしをまもるために、いまのあるじのために!!」
今剣の宣言は五条の橋を震わせる。
彼は自分より体格がよく背も高い遡行軍の群れへ、果敢に飛び込んで行った。立香は目を覆いそうになる。ぷちりっと潰されるのは明白だ。
なら、せめて、身体を張って彼を助けよう。
立香が今剣の小さな背中を追うように、走りだそうとした――……その刹那、
「よく言った、今剣」
その言葉と共に、牛若丸の背後が一掃される。
「誰ですか? まあ、誰であれ斬るだけですけど」
牛若丸は顔色一つ変えず、目を細めて乱入者を睨み付けた。
「知れたこと。今剣の加勢に決まっておろう」
その者は鋭く尖った歯を見せつけるように笑い、もう片方の男は藤色の眼で牛若丸に狙いを定める。
「元の主のためではない。今の主のために戦う。それが、俺たち刀剣男士だ」
「岩融、長谷部さんっ!」
今剣の顔が光を差したように輝く。
今剣の眼前には遡行軍の壁が牛若丸との間を隔てていたが、その後ろは背後は空きだ。薙刀を構えた大男とすらりとした長身の青年が、牛若丸の退路を防いでいる。
「恨みはないが主命だ、散れ」
長谷部が我先にと走り出し、岩融が援護するように薙刀を振るう。
五条大橋の戦い、その第二ラウンドの幕が切って落とされた。