聖杯乱舞「特命調査 聚楽第」   作:寺町朱穂

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第七節
千本桜(1)


「いやー、これだけ揃うと圧巻じゃな」

 

 その日の夜。

 織田信長はサーヴァントと刀剣男士と一堂に集めると、心の底から楽しそうに笑った。

 ここは、もともと隠し部屋なだけあって、さほど広くはない。牛若丸や今剣のように小柄な者も多かったが、土方歳三や岩融など背の高い者の方が多いため、いささか窮屈に感じられた。

 

「牛若丸が陣営に戻り、新たな刀剣男士も見つかるとは!」

 

 上座に陣取った信長が、新たに加わった刀剣男士に目を向ける。

 金髪を後ろに逆立て、胴当てを前にだらんと垂らした青年は、信長に負けず劣らず、にかりと明るい表情で応えた。

 

「ソハヤノツルキ ウツスナリ。坂上の宝剣の写しだ。清光たちも無事でよかった。

 これから、よろしく頼むぜ」

「あの伝説の……!」

 

 江雪斎が目を疑っている。

 その隣で、信長がほうっと目を光らせた。

 

「茶筅丸から狸に贈った太刀じゃな。うむ、茶々がいなくて良かったのう!」

 

 信長の言葉に、立香も納得する。

 茶々は狸こと徳川家康をよく思っていない。自分たちを滅ぼした相手なので「親しみを持て」というのが無理な話である。

 

「えっと……確か、茶筅丸ってノッブの息子……でいいんだよね?」

 

 ふと、時折頭を掠めていた疑問が浮上してくる。

 信長には、それなりに多くの子どもがいた。側室も抱えていた。ところが、実際の信長は女性だ。女性の信長が女性の側室を孕まして子どもを産ませるなんて不可能だ。側室が実は男だったと仮定しても、胎は1つなのでポンポン産めるはずがない。

 どうやら、和泉守兼定も同じ疑問を抱いていたらしい。彼は腕を組みながら、浅葱色の瞳で信長を見下した。

 

「そうそう、俺も不思議に思ってたんだよ。信長公は女だろ? そのあたり、どうなってたんだ?」

「あーあー、聞こえない、聞こえない」

 

 信長は耳を両手で塞ぎ、この話をやり過ごそうとする。

 この話題が出ると、いつも信長は誤魔化そうとしている。きっと、込み入った事情があるのだろう。立香がそんなことを考えていると、ふと、鈴鹿御前の姿が視界に入ってきた。一見すると、普段通りの表情なのだが、少しだけ口を歪めていた。薄橙色の瞳の奥には、なにか複雑そうな気持を抱えているように見える。

 立香は彼女に声をかけようとしたが、その前に、ソハヤノツルキが鈴鹿に笑いかけた。

 

「あんた、鈴鹿御前だったな? 確かに、俺は素速丸の写しだ。だからって、特別に気を使うことはないぜ? 写しだけど、俺は俺だからな!」

「……別に気なんか使ってないしー。あんたを探したのは、写しになんとなく興味があったから。それ以上でもそれ以下でもないんだからね」

 

 鈴鹿はそう言うと、ぷいっと顔を背ける。冷たく突き放したように見えるが、彼女の頬が少しだけ朱に染まっている。声色も冷たさよりも、柔らかさが十分感じ取れた。

 

 ソハヤノツルキ。

 彼は坂上田村麻呂の刀の写しだ。そして、鈴鹿御前は坂上田村麻呂の妻である。

 ややぎこちなさは感じたが、二人の間には薄らと繋がりのようなものがあるように感じた。

 

 そんな二人の姿を見た信長は、話題が逸れてこれ幸いとでも言うかのように、彼女たちのやり取りにのっかった。

 

「うむ、鈴鹿はツンデレじゃな。わしのへし切と同じよ!!」

「はぁー? ツンデレとかないない! まったく違うから、ツンデレ認定されたくないんだけどー。つーか、あんたの刀はツンデレじゃなくて、ガチで嫌われてんじゃん」

「へし切はツン99%なんじゃよ。いつか1%のデレを見せてくる日が来るはず!! そうだと思うじゃろ、立香!」

「うーん……」

 

 立香は曖昧な表情を浮かべた。

 

 牛若丸と今剣。

 土方歳三と和泉守兼定。

 弁慶と岩融。

 そして、鈴鹿御前とソハヤノツルキ。

 

 生前の繋がりは失せることなく、それなりに良好な仲を築いているように見える。

 加州清光たちは通信越しだが、生前の主を慕っていることが見て取れたし、陸奥守吉行は元主の友人である岡田以蔵に対しても特別な想いを抱いていた。

 

 だが、織田信長とへし切長谷部だけは別だ。

 信長は彼に好感を抱いているが、長谷部の感情は真逆である。生前の逸話やギターにされたことを考えれば当然の結果ではあるが、今も長谷部が一向に信長と視線を合わせず、むすっとした表情をしているところを見ると、なんとかして彼女たちの仲を修復したいと思えてしまう。

 ただ、彼女たちの複雑な関係に勝手に踏み込んでいいのかは、非常に悩みどころだ。

 

「ほらほら、そろそろ本題に入ろうや」

 

 陸奥守吉行が場の空気を吹き飛ばすように、ぱんぱんと手を叩いた。

 

「わしらは聚楽第の様子を探ってきたやき」

 

 陸奥守はそう言いながら、ぱさっと地図を広げた。

 

「正面は遡行軍が守っている。ざっと100はいたのう」

「正面突破するとなったら、応援を呼ばれるかもしれん」

 

 陸奥守の言葉を引き継ぐように、信長が話し始めた。

 

「よって、部隊を二つに分ける。

 正面突破する陽動部隊と、裏口から侵入する部隊じゃ」

 

 信長はとんっと正面から少し離れた場所を指さした。

 

「無論、裏口も抜かりなく奴らは警備していたが、薄いことには変わりない」

「でもさ、それってあからさま過ぎない?」

 

 清光が異議を唱える。

 

「派手に戦ってる隙に、裏口を突破するってさ、よくある話じゃん。そう上手くいかないと思うけど?」

「たしかに、よくある話やき」

 

 陸奥守がうんうんと頷いた。

 

「じゃが、周りを見てみい。信長公に義経公、土方歳三に武蔵坊弁慶。誰もが知って頭のキレる名将が集まっちゅー。きっと敵は、複雑で奇天烈な策を練ってくると考えるぜよ。

 やき、この基本的な策が通る」

「とはいっても、基本的な策であることには変わらぬ。

 裏口から侵入する部隊も、実質的な陽動と本隊と分けること前提で編成することにした」

「さすが、姉上。とても良い策だと思いますよ!」

「いや、わしと陸奥守も考えた策じゃけどな」

 

 信長は擦り寄って来る信勝から一歩距離を置く。陸奥守はその二人の様子を微笑ましそうに見えた後、真剣な顔に戻って全員を見渡した。

 

「わしと信長公で部隊を編成してみた。

 正面を攻める陽動部隊は、土方歳三、武蔵坊弁慶、牛若丸、岡田以蔵、和泉守兼定、岩融、今剣、そして、わしじゃ」

「わしが陽動やと?」

 

 岡田以蔵が不満の声を上げる。

 彼のクラスは暗殺者。正面から切り込むことができないわけではないが、こっそり敵陣に侵入して暗殺を行う方がずっと得意だ。そのことは、信長たちも理解しているはずである。

 

「まさか、おんし……わしが同じ技を二度も食ろうと思ってんか? また洗脳されると?」

「いや、そんなことは、これっぽっちも思ってないぜよ」

 

 陸奥守がナイナイと手を振りながら、きっぱり断言した。

 

「わしが陽動担当だからやき! 龍馬の友人の刀と肩を並べて戦うなんて、もうないき。それに、わしゃおんしの実力は十分わかっちゅー。以蔵さんは仕事はしっかりこなす人やき、今回も陽動の仕事を確実にこなしてくれると信じちゅーぜよ!」

「仕事は、は余計じゃ!」

 

 以蔵は反論したが、それ以上何も言わなかった。

 少し照れくさそうに頬を赤らめている。きっと、彼から嘘偽りのない言葉で褒められて嬉しいのだろう。どことなく喜んでいる彼とは正反対に、へし切長谷部は堅い表情で陸奥守に話しかけた。

 

「陸奥守、俺は陽動部隊に向いている。そちらの隊に入れてもらおう」

「へし切は、わしと同じ部隊に決まっておろう!」

 

 ところが、陸奥守ではなく信長が答えた。

 

「わしも自分の刀と共に戦いたい!」

「陸奥守、俺は陽動部隊に入ろう。その方が落ち着いて戦うことができる。誤って誰かを切るような真似をしたくない」

「貴様、性懲りもなく、姉上の決定に逆らうとは!」

 

 信勝が先ほどまで緩めていた目を一気に険しくすると、刀の鯉口を鳴らしながら長谷部の方へ詰め寄っていく。

 

「再三たる無礼……ッ! もう我慢できません。姉上、こやつを斬り捨てましょう」

「落ち着け、信勝。さっきも言ったじゃろ? わしのへし切はツンデレなんじゃ」

「ですが、姉上……」

「だって、わしだけ仲間外れなのおかしくない!? 弱小人斬りサークルの男も牛若丸も自称弁慶も、みんな自分の刀剣と一緒に戦ったことあるのに、わしだけまだ肩を並べて戦っとらん!

 互いに背中を預けて『後ろは任せた』とかやってみたいじゃろ? そうじゃろう!?」

 

 信長は口を尖らせながら駄々をこねるが、長谷部の険しさは変わらない。むしろ、眉間に皺が寄ったように見える。

 

「ま、そういうことやき」

 

 陸奥守は、少しばかり申し訳なさそうに長谷部の肩を叩いた。

 

「それから加州、おんしも裏口からの部隊に部隊に入っちゅーが……安定のこと……」

「別に大丈夫だよ」

 

 陸奥守が言い切る前に、清光は答えた。

 

「昨日、どこを探しても安定がいた痕跡がなかった。

 ってことは、聚楽第に捕らわれてるか、洗脳されちゃってるかのどっちかじゃん? それなら、あいつを助けるのは、俺の役目。当然でしょ?」

 

 清光の表情は変わらない。

 赤い瞳には、とてつもなく強い意志を感じられる。

 それは、沖田総司の刀としての繋がりか、もしくは、本丸で一緒に暮らした仲間としての絆か、あるいは、その両方かもしれない。立香には詳しく分からなかったが、清光が安定のことを誠に思っていることだけは、非常に強く伝わってきた。

 それだけに、織田主従の仲の悪さが際立ってしまうわけだが……それは脇に置いておくことにしよう。

 

「監査官さんも新シンも聚楽第にいる可能性が高いんだよね」

 

 立香が言うと、信長は頷いた。

 

「左様じゃな。敵に回っていることを考えて行動した方がいい。

 さてと……それから、風魔小太郎には、これまで通り、江雪斎の身を護ってもらう。それでよいな?」

「はい、問題ありません」

「……拠点を提供することしか役に立つことができず、申し訳ござらん」

 

 江雪斎が苦しそうに言った。

 

「本来であれば、主君を諫めるのが家臣の役目。にもかかわらず、こうして戦局を見守ることしか出来ぬとは」

「お主が気にすることではござらん。むしろ、わしらを受け入れてくれて感謝する」

 

 信長が江雪斎に礼を言う。

 

「今夜はこれで終わりじゃき。明日に備えて、しっかり休むぜよ」

 

 陸奥守の言葉で、解散となる。

 

 立香は、だんだんと終わりに近づいているのが分かった。

 

 

 明日の朝、作戦は実行される。

 その後、ここに戻ってくることは恐らくない。聚楽第の異変を解決すれば、もうこの特異点に用はない。サーヴァントたちとカルデアに戻り、刀剣男士たちとも別れる。

 この戦いの終わりを思えば、信長が長谷部と一緒に戦いたい、と切実に願う理由も痛いほど分かる。

 そもそも、英霊として現世に召喚されること自体が稀である。ましては、自身の扱った刀剣の付喪神と共に戦うことなど夢のまた夢だ。

 

 切迫した状況だが、この夢に浸りたいに決まっている。 

 事実、和泉守兼定は土方歳三の隣にいるだけで幸せそうだし、牛若丸と今剣は兄弟のように仲睦まじく、蟠(わだかま)りの消えた弁慶と岩融は共に笑い、鈴鹿御前とソハヤノツルキもなんやかんや一緒に行動している。陸奥守が岡田以蔵に構っている様子は、カルデアの坂本龍馬を彷彿させた。

 

「……」

 

 そんな彼らの様子を、山姥切国広が遠くから見ていた。

 顔は白い布で隠されていたが、全身から寂寥感を滲みだしている。しばらく彼は主従を眺めていたが、すうっと外へ出てしまった。

 なんだか彼を放って置けなくて、立香は白い背中を追いかけた。

 

「山姥切さん?」

「藤丸か。写しの俺に何の用だ?」

 

 口調に卑屈さが滲んでいるのは、たぶん気のせいではない。

 

「いや……その、いよいよ明日が突入だなって」

 

 とはいえ、感覚で追いかけてきてしまったので、特別これといった話題はない。そのことが山姥切にも伝わったのだろう。ふんっと鼻を鳴らすと寺の縁側に座り込む。

 

「……写しの俺には、特別な逸話がない。

 山姥を切っていない。それに、俺には特別な主もいない」

 

 山姥切国広。

 それは、北条家に伝わる山姥切を元に作られた刀。最高傑作だが、戦国時代の末期の刀である。著名な人物の刀ではなく、信長たちのように英霊として以前の主と出会うことは叶わないだろう。

 そのことを憂いているのだろうか?

 立香が尋ねると、彼は口元に乾いた笑みを浮かべた。

 

「そうかもしれないな。

 しかも、元の主は、俺に興味がなかった。俺が関東大震災で焼失したと思われていたほどだ」

 

 だから、俺は求められていない刀だ。

 山姥切は寂しそうに呟く。仲間たちが元の主と接する様子を見て、ますます胸が詰まってしまったのかもしれなかった。

 

「……それから、俺は自身の役目も十分に果たせていない」

「それは、部隊長としての?」

「俺は……」

 

 山姥切は、そこで一度、口を閉ざした。

 しばらく黙り込んでいたが、やがて、疲れたように息を吐く。

 

「……お前の話しても仕方ないか」

「いいよ。どんな話でも聞く」

 

 立香は山姥切の隣に腰を下ろした。

 

「良い答えができないかもしれないけど……」

「……俺は、不安だ」

 

 山姥切は囁くような声で言った。

 

「昨夜の話で……主が俺を信頼して、今回の部隊長を任せたことは分かった。他の誰にでもない、俺自身に。

 だが、何故俺なんだ?」

「今回の任務が北条氏政が聚楽第を支配した特異点の解消……だったからじゃないかな?

 北条家にゆかりのある刀として、選ばれたんじゃない?」

「それなら、江雪左文字でも良かったはずだ。第一、俺は……北条家に伝わる刀とは違う。……いや、部隊長を任された理由は……もういい。主には何かしらの考えがあったのことだ。俺には分からないし、たぶん、藤丸にも想像できないだろう。

 俺が恐ろしいのは、主の信頼に応えられないことだ」 

 

 山姥切は辛そうに顔を俯かせた。白い布が前に覆いかぶさり、口元しか見えない。

 

「主は……審神者は俺にとって、写しの俺を誠に求めてくれた存在だ。 

 こうして、重要な任務の部隊長まで任せてくれている。だが、その信頼に応えることができなかったら……俺のことなど忘れ、興味を失くしてしまうのではないか」

 

 関東大震災の時、十分に探して貰えなかったように。

 

 立香も彼と同じように下を向いた。

 足が地面につかず、ぶらぶらと宙を泳いでいる。

 立香は人理修復後、家族の元に帰らず、かといって、いずれ居場所が失われるカルデアとどまり続ける覚悟も定まっていない。

 

 人理修復された今、唯一のマスターと言う肩書は薄っぺらいものとなった。

 

 いまはカルデアに人がいないので、立香がマスターを務めているが、時計塔のエリート魔術師が派遣されてきたら、その人がマスターになるだろう。

 信長も鈴鹿もサーヴァントたちは、立香を慕ってくれているが、召喚者が別の誰かだったら、きっとその誰かを慕っていたはずなのだ。もし、マスターが変わったとしても、最初こそは藤丸立香との違いに戸惑うかもしれないが、月日がたてば、新しいマスターにも慣れ、良好な関係を築くに違いない。

 

 つまるところ、このままカルデアに居続ける理由はない。

 もちろん、それでも残るというなら、何かしらの仕事が与えられるだろうが……。今のように、マスターとして数多の英霊と付き合うことができるか定かではなく、むしろ、もしかしたら、以前、召喚していた英霊たちからそっぽを向かれてしまう可能性だってある。

 立香は、カルデアと外界を拒絶する吹雪を理由に、これからの選択を後回しにし続けている。そんなどっちつかずの自分を現しているようで、立香は再び顔を上げた。

 

「……山姥切さんの不安は、私には分からない」

 

 立香は星々を見上げながら、正直に答えた。

 

「私は……部隊長というか、カルデアのマスターをしているけど……」

 

 未来がどうであれ、現時点ではカルデア唯一のマスターだ。

 藤丸立香は、数多の英霊たちを率いて、亜種特異点を解決しなければならない。

 

「今回もノッブが色々と作戦を立案してくれた。本当は、私がやらないといけないのに」

 

 立香は拳を握りしめる。

 今回は信長が指揮を執ってくれたが、たとえば、これがAチームの優秀なマスターなら……。

 てきぱきと作戦を立案し、もっと早く華麗に事態を解決できていたはずだ。自分は補欠の補欠として、成り行きを見守ることしかできなかっただろう。

 

 でもそれは、IFの話。

 現実には違う。

 

「たぶん、戦闘では足手まといになると思う。英霊の影は召喚できるけど、雀の涙だと思うし、ガンド撃つことや身体強化くらいしか出来ない。状況に応じて、臨機応変に解決策を上げるなんて、とっても難しいと思う」

「……だから、隊長……ますたーの器ではないと言いたいのか?」

「たぶんね。でも、私はマスターとして、少しでも、自分に出来ることをしたい。

 この先に待つのがなにか、具体的に考えたことがないわけじゃないけど……今の自分にできることを精いっぱいやらずに、逃げて後悔はしたくない」

 

 自分の精いっぱいの思いを口にする。

 それを山姥切がどう受け取っても良かった。

 受け入れてもいいし、反感を持ってもいい。立香の考えに興味すら抱かなくても構わない。

 

 自分の気持ちを整理するために、ただただ自分の考えを述べる。

 

「……そうか」

 

 山姥切の答えは短かった。

 

 二人の間に沈黙が訪れる。

 

 とても静かな夜だった。

 

 星が瞬いている。

 こうして、星を眺めたことは幾度となくあった。

 オルレアンで、ローマで、オケアノスで、ロンドン……は霧で視えなかったけど、どの特異点でも英霊たちと語り合い、夜空を見上げてきた。

 星座のことなんて詳しくないから、星の位置が同じとか違うとか分からない。というか、都会とは異なる大小入り混じった満天の星空は、星座早見表があったところで、どれがどの星座なのか分からなかったに違いない。

 

 けれども、どことなく同じで、なんとなく違うような夜空を見上げ、なんでもないように語り合った思い出は、きっと一生、記憶に残る。

 カルデアのマスターを辞めるときも、あまり考えたくないけど、今回の戦いや未来で死を迎えるときも……。

 

 そんなことを口に出す。

 人間と刀だけど、きっと彼も同じはずだと。

 

「そうか」

 

 もう一度、山姥切が告げた。

 その言葉は、一度目の時よりもわずかに強いものだった。彼は顔を上に向かせると、静かに夜空を見上げる。白い布が少し外れ、どこか寂しさに満ちた蒼い瞳を露にしていた。前髪は満月の灯りを集めたように美しく、彼の端麗な顔を綺麗に飾っている。だから、立香は思わず言葉を口にしていた。

 

「……綺麗だね」

「綺麗とか言うな」

 

 山姥切は素早く言葉を返す。 

 興味がなさそうに返された言葉を受け止め、立香は再び夜空を見上げた。

 

 

 山姥切と静かに語り合うのは、やっぱりこれが最後。

 それが良い方に進んでも、悪い方に転んでも。

 

 願わくば、聚楽第が全て終わった後、山姥切国広と笑顔でお別れができますように。

 立香はマスターとして、山姥切は部隊長として、それぞれの任を果たせたね、とハイタッチできるように。

 

 

 星の大海に、立香は黙って祈りを捧げた。

 

 

 


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