聖杯乱舞「特命調査 聚楽第」   作:寺町朱穂

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ラスベガスは全部クリア!
沖田さんは水着で大勝利! ガチャは沖田さん大勝利にはなりませんでした……。






千本桜(2)

「そろそろか」

 

 北条氏政は、白みを帯び始めた東の空を眺めた。

 

「もうじき、すべてが終わる。願わくば、我らの望み通りに事が運べばいいが……」

 

 窓から外の風景を眺め、氏政は嘆息する。

 

「絹。お前はどう思う?」

「私は最期まで貴方様の傍に」

 

 黒い女は静々と答える。

 

「聖杯は満たされつつあります。槍、弓、術、狂……剣と裁定者、そして、私がくべられれば、万事が万事、氏政様のお考え通りに」

「お前を自害させるつもりはない」

 

 氏政は断言した。

 

「剣と槍兵は紛い物だが、英霊であることには変わりないだろう。6基で十分、我らの望みは叶う。

 もうじき、あと一歩で……」

 

 氏政は昇り行く太陽に向けて手を伸ばし、拳をぎゅっと握りしめた。

 

「ところで、かるであなる一味は新たな下僕を召喚したらしいな。武蔵坊弁慶と名乗っているらしいが……」

「偽者です」

 

 女は身体を屈めながら断言する。

 女がさっと白い手を袖に突っ込むと、色彩豊かな絹の布を引きずり出した。彼女は布に織り込まれた絵に目を落としながら

 

「一人は偽物、もう一人は小物。我らの敵ではありません」

 

 さらっと答えた。

 無表情だった口元に匙一杯ほどの微笑を浮かべている。

 

「楽しそうだな」

「ええ、だって、この地上にいない存在を……新たに天文台から召喚するなんて……まるで、神ではありませんか。

 私、神を殺すと考えるだけで、ぞくぞくします。だって、神は……特に、女の神は冥界に蹴り堕としたいくらい大っ嫌いですので」

 

 女の声色が僅かに高くなり、喜びの色が滲み出ている。

 

「邪神……あの魔神柱の言いなりにカルデアのマスターを殺すことは癪でしたけど……神殺しの女神なんて……ぁあ、絹の二度目の人生は幸福に満ちていますわ」

 

 黒い女は恍惚とした表情になった。

 氏政は金箔を張り詰めた壁に背を預けると、黒い女を見上げた。

 氏政は、彼女の生前について詳しく知らない。

 聚楽第に来れば南蛮の書物もあるかと思ったが、彼女の原典となった物語は見つからなかった。

 だから、すべては、彼女の語った内容でしか分からない。それは恐らく、彼女の一方的な視点であり、他者からの視点は異なるのであろう。だが、それを確かめたくても、他のサーヴァントと話す気にはなれなかった。

 

 北条氏政が、最初に召喚した異形の美女。

 気配を遮断し、見も毛もよだつ配下を従え、他者を操る力を持つ。膨大な魔力を必要とするが、真実を布に示すこともできる。

 そのような危険極まる娘、普通の感性があれば、信を置くわけがない。

 

 しかし――……

 

「こんな世界は、わしもうんざりだ」

 

 氏政は告げる。

 召喚時、彼女が語った神への憎悪は本物だった。特に、初めて捕らえた付喪神に向けた表情は鬼気迫るものがあり、氏政が止めなければ折っていたことだろう。

 

「わしと絹は求めている結果が同じよ。最後まで、共に進もうぞ」

「ええ、氏政様。万事が全て、整っております。

 ……さあ、貴方も行きなさい。神気取りの女を殺してくるのです」

 

 女は部屋の隅に目を向ける。

 そこには、虚ろな目をした男が控えていた。男は黙って頷くと、それぞれ少し時間を置いて部屋を出ていく。

 

「……では、後は任せたぞ」

「ええ、氏政様。ごゆるりと」

「……ああ、邪神の機嫌とりに行ってくる」

 

 氏政は女を一瞥すると、魔神柱の根差す奥の間へ足を勧める。

 

 いよいよだ。

 カルデアのマスターを献上すれば、すべてが終わる。

 

「天下を統一するのは……北条よ」

 

 氏政は口の端をにたりと持ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター、ちょっと話があるんだけど」

 

 聚楽第への出発を控え、礼装の確認をしていると、鈴鹿御前が声をかけてきた。

 ちょいちょいと柱の影から手招きをしている。立香は首を傾げながら、彼女の傍に近寄った。

 

「どうしたの、鈴鹿? やっぱり、まだ回復してない?」

「それは問題ないんだけどさー。それより、気になることがあって」

 

 鈴鹿は周囲に目を奔らせた。

 信長は陸奥守や江雪斎、風魔小太郎と話し込み、信勝と長谷部は睨み合っている。弁慶と牛若丸は今剣や岩融と会話を弾ませ、土方は新撰組の二振りと沢庵を食べており、ソハヤノツルキは以蔵と山姥切に何か話していた。

 それぞれ、特に変わったところは見当たらない。

 

「……マスターは清水まで上がってきたとき、怖くなかったわけ?」

「うーん、鈴鹿が死んだらって思うと怖かったけど……」

「違う違う。そーいうことじゃなくて、道よ道。キモくなかった? 臭いとかは?」

「道?」

 

 立香は鈴鹿の言いたいことが理解できなかった。

 

「そりゃ、舗装されてなくて走りにくかったけど……」

「……はぁ、そっか。マスターはバビロニアで冥界に降りたことあったんだっけ。だから、鈍かったってことね。あー、マジ悩んで損した」

「いや、納得されても困るんだけど。どうして、冥界が出てくるの?」

 

 鈴鹿の呆れ果てた顔を見て、立香は更に困惑を深める。

 

「そりゃ、冥界は人気がなくて寂しい所だったけど……臭いだって気にならなかった」

「え、そっち?」

 

 鈴鹿の顔に驚きの色が浮かんだ。

 彼女は立香の言葉を受け、しばし悩むように唇の指を添えると、真剣な目で立香を見据えた。

 

「……マスター。あの辺が、なんて呼ばれているか知ってる?」

「え? ……えっと、粟田口?」

「他には?」

 

 立香は首を横に振る。

 

「清水は清水じゃないの?」

「…………私と会ったとき、意外とフツーだなって思ったけど、やっぱり気づいてなかったってことね」

「気づいていなかったって何が?」

 

 鈴鹿は小さく息を吐くと、もう一度、周囲を見渡した。

 そして、立香にしか聞こえないほど小さな声で囁いてくる。

 

「鳥辺野って言うの。聞き覚えない?

 死体を鳥葬してた場所ってこと。

 あそこらへん、私が生きてた時代から、死体置き場だったってわけ」

「し、死体置き場!? それって――ッもご」

 

 立香が驚いて声を上げると、鈴鹿がすぐに口を手で塞いできた。

 

「墓地として整備されたのがいつだか知らないけど、私が登って来た時には、少し路地を見れば死体が転がってたし、臭いも酷かった。

 でも、降りた時には、一切、なかった。これって、おかしくない?」

 

 鈴鹿は立香の耳元で囁くように話し始めた。

 彼女の言う通り、死体は見なかったし、死臭もなかった。

 

「風の関係かなーって思ったんだけどさ、それにしても、死の臭いがしなさすぎ。

 だから、私が清水に登った後、誰かが死の臭いを消したってこと。ここまで、かしこまり?」

 

 立香は頷いた。

 吹きっ晒しの死体があるのに、臭いが微塵も漂ってこなかったのはおかしい。参道に人がいれば、死の臭いを消すために香を焚くなり何なりしただろうが、人の気配など皆無だった。

 つまり、死の臭いがしなかったのは、何かしらの人為的な介入があったからだ。

 

 しかし、なぜ、死の臭いを消したのか。

 

「マスターに参道をスムーズに登らせたかった。たぶん、それが理由ってことだし」

「……それなら、天草四郎が?」

 

 立香は名前を口にしてみたが、すぐにその考えを否定する。

 

「天草四郎は私を浚うつもりはなかった。

 『一人一人、私の周りにいるサーヴァントや刀剣男士を引きはがす計画』だったって」

 

 洗脳状態の岡田以蔵が話した内容を復唱する。

 天草四郎が死の臭いを消す意味が分からない。むしろ、立香を鈴鹿と引き離すために死体を多く参道に敷き詰め、足止めを企んだ方が自然である。

 

「だから、以蔵さんも白。天草四郎の手下だった以蔵さんが、わざわざ参道を綺麗にする意味が分からない。

 というか、躊躇いなく参道を登らせるってことは、鈴鹿を助けさせたかったってこと? ノッブたちが先に整備してくれてた……?」

 

 だが、もしそれなら、信長たちは素直に教えてくれるはずだ。

 それをしないということは、立香に教えたくない裏の理由があることに他ならない。

 

「私を助けたかったのかもしれないし、天草たちと遭遇させて、誘拐させたかったのかもしれない。

 それは、まだ分からないけど、話せないような後ろめたい事情があるってことには変わらないってこと。もしかしたら――……」

 

 ここで、鈴鹿は再び他のサーヴァントや刀剣男士たちの方へ目を奔らせる。

 

「マスターを嵌めて、裏切るつもりなのかも」

「それは……!?」

 

 立香は目を丸くする。

 

「あいつらに、マジで気を許さないで。私がマスターを護るから」

 

 鈴鹿はそれだけ言うと、立香から顔を離した。

 ソハヤノツルキが快活な笑顔を浮かべながら近づいてきたのだ。

 

「鈴鹿ー、何を話してたんだ?」

「華のJKトーク。男子禁制ってことだしー」

「つれれぇな」

 

 鈴鹿はソハヤノツルキと話を弾ませる。

 その姿を見ながら、立香は彼女に言われた内容を噛みしめた。

 

 

 このなかで、誰かが裏切るかもしれない。

 

 まず、加州清光は違う。

 彼は以蔵に浚われるまで、立香と行動を共にしていた。

 鳥辺野の臭いを消す暇はない。

 岩融も違う。

 鈴鹿が清水を登りきってから南蛮寺まで来るまで、時間の計算が合わない。

 途中から聚楽第に来た織田信勝や武蔵坊弁慶も違う。

 

 

 だが、他の人物は一様に可能性がある。

 

 織田信長はちびノブの伝言で鈴鹿御前のことを知ったが、立香たちに隠れてノブたちに死体を消すように命じることは可能だ。

 山姥切は清水の坂に蹲っていたし、長谷部も鈴鹿の後から坂を上ってきたらしい。 

 他のサーヴァントや男士たちは、姿を見せていないのでアリバイがない。

 この話を持ってきた鈴鹿自身が、立香に猜疑心を芽生えさせるために話した嘘かもしれない。

 

『味方だと思って油断した隙に、背後から刺されないようにご注意を』

 

 天草四郎の言葉が想起した。

 疑い出したら、きりがない。立香の背中から、ひたりひたりと汗が滲みだした。

 

 

「マスター、出陣じゃ!」

「あ、ノッブ。すぐ行く!」

 

 立香はぎゅっと拳を握ると、信長の元へ歩き出した。

 

「ん? どうしたのじゃ? 浮かない顔をして」

「えっと、なんでもないよ。もうじき彼らとはお別れだなって思うと、なんだか寂しいなって」

「あー、わしもその気持ちわかるわー。むしろ、もっと刀の付喪神に会いたいって気持ちが膨らむわい」

 

 日本史上有数の刀収集家は、うんうんと頷いた。

 

「嫌われているらしいが宗三にも会ってみたいし、薬研や不動とも会ってみたいのう! 薬研が薬作りが趣味で不動が酒好きとか面白過ぎじゃろ! 大般若や鶴丸、篭手切もおるらしいし……本丸に行ってみたいものじゃ」

「鶴丸さんなら、私も知ってるよ」

 

 立香はふわりとした白い着物を纏った青年を思い出した。

 

「明るくて、とっても陽気な人だった」

「マジでか!? くっ、あと一歩早く合流できていれば……」

 

 信長はがっくりと項垂れた。

 

「わしも審神者になりたい! 本丸を構えたい!」

「さすがです、姉上。英霊となってなお、城を構えようとするなんて!」

「いや、俺たちの本丸は城じゃないから」

 

 清光が嘆息した。

 

「やっぱり、さーばんとって変な人しかいないんじゃない? あの人は別として」

「なに言ってやがる。土方さんは素晴らしい御人じゃないか! 見ろ、体中から威厳が溢れ出ているだろ!」

「沢庵をぼりぼり食べてる鬼の副長は、威厳がないっていうか……あれ、この時代に沢庵ってあったっけ?」

「わしが拾った料理人は作っておったぞ?」

 

 清光の疑問に立ち直った信長が答えた。

 

「珍妙な格好の料理人での、摩訶不思議な料理を振る舞っておった。キッチンの弓兵に詳細を伝えれば、再現できると思うが……うん? うむむ」

 

 信長は少し考え込むように腕を組んだ。

 

「のう、人斬りサークルの刀」

「加州清光だって」

「不動が本丸におるのじゃろ? いつも酒を飲んでいるとか」

「まあね。

 日本号や次郎太刀が勝手に作った酒場スペースで、よく飲み潰れてるよ」

 

 清光が答えると、信長の眼がきらんと光った。

 ふふふと低い声で笑いながら、なにか良からぬことを企むような顔をしている。

 

「そういえば、カルデアに酒場はなかったのう。

 良い機会じゃ。弓兵をスカウトして、ボイラー室の隣辺りに作ってみるとするか。

 題して、『カルデア居酒屋ノッブ』!」

「いや、それはダメだよ」

 

 立香は止めたが、信長は完全に盛り上がっている。 

 

「極寒の地 カルデアにいながら、古今東西の料理と酒を振る舞ってくれる場所。。

 さながら、異世界に開店した日本の居酒屋のように物珍しく、それでいて新鮮な味わいを楽しむことができる! 酒はレイシフト先で購入してくれば良いし……うむ、我ながらに良い案じゃ!」

 

 英霊には酒豪が多い。

 荊軻や酒吞童子、それから、アンとメアリー。男性だとクー・フリンやベオウルフ、イスカンダルも酒を樽で飲み干しそうだ。もっとも、それが「良い酔い方」をしてくれるかどうかは別問題である。カエサルやアラフィフ教授が、酔った相手に悪徳商法を持ち掛けてくるとかいう問題も発生しそうだ。

 

「おっ、酒場か? ええのう、わしも一杯ひっかけたいものやき」

 

 以蔵が愉快そうに笑いながら、信長の提案に乗っかってきた。

 

「以蔵さん。酒のせいでレイシフトしたこと忘れたの?」

「それとこれとは別じゃ。酒はええぞ、立香。おまんも飲め、飲め」

「未成年だから無理」

「……あのさー、出発するんじゃなかったの?」

 

 清光が呆れ果てた声で促してくるが、信長たちの盛り上がりは止まらない。

 

「姉上、内装でしたら僕にお任せください。

 太ったカルデアのスタッフに頼んで、一級品の壁紙や家具を用意してもらいます」

「そこは、赤い弓兵に頼めばいいじゃろ。

 酒や食材の調達のためのレイシフトをこっそり見逃してもらうために、彼を使えばよい」

「わしゃ、楽しく酒が飲めればそれでええ。ええ女に酌して貰えれば、なお良いぜよ」

「そこは、店主のわしの出番よ。

 わしが一番可愛いから、メロメロになるのは是非もないネ!」

 

「ねぇ、立香」

 

 清光が心の底から面倒くさそうな表情を向けてきた。

 

「令呪ってやつで、言うこと聞かせた方がいいんじゃない?」

「……是非もないです」

 

 立香は最後の一画になった令呪を触りながら、乾いた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

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