聖杯乱舞「特命調査 聚楽第」   作:寺町朱穂

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時を超えた出会い(3)

「牛若丸!」

 

 立香は駆けだしていた。

 立香が叫ぶと牛若丸は振り返り、幸せそうに笑った。

 

「主殿!」

 

 牛若丸はぴょこぴょこ跳ねるように駆け寄ってきた。……時間遡行軍の首を握りしめながら。

 

「ちょ、牛若丸。その首……」

「はいっ、この時代の京を支配していると思われる敵の首でございます! お納めください!」

 

 牛若丸は邪鬼の欠片もない笑顔のまま遡行軍の頭を掲げた。立香は遡行軍の虚ろな目と白い顔を見て、顔を引きつらせる。悪気はないと理解してはいても、こう死んだ者の頭を持ってこられると反応に困ってしまう。

 

「あ、ありがとう。でも、ちょっと怖いから目立たないところに置いてこようか」

「主殿がおっしゃるなら……おや、そちらの者たちは?」

 

 牛若丸は立香の後ろにいる刀剣男士たちに気付いたようだ。遡行軍の頭を脇に置き、そこに集った者たちに目を走らせる。

 

「私を助けてくれた人たち。刀の付喪神でこの時代の調査をしているの」

「刀の付喪神ですか!」

  

 牛若丸は興味深そうに目を光らせた。

 

「はじめまして、私は牛若丸と――……」

 

 牛若丸が挨拶をしようとした、その瞬間だった。

 彼女の言葉を遮るように、一人の刀剣男士が地面を蹴った。誰よりも小柄な男士はまっすぐ牛若丸の方に跳ね跳び、そして――……

 

「よしつねこう!!」

 

 今剣が目に涙をいっぱいに溜めながら、牛若丸に抱き着いた。

 

「うわっと!?」

 

 牛若丸は今剣を抱き留めると、少し困惑したような顔で彼を見下した。

 

「よしつねこう……よしつねこう! あいたかったです……!」

 

 今剣は泣きじゃくりながら、牛若丸の胸元に顔をすくめた。牛若丸は困惑しながらも、なにか察したらしい。今剣の背中をぽんぽん叩きながら、とても慈愛に満ちた優しい表情を浮かべた。

 

「そうですか……あなたは今剣ですね」

「はい! ぼくが……あなたのまもりがたなの今剣です……」

 

 感動の再会と表現するべきなのだろう。 

 遡行軍がうようよいる戦場だというのに、立香は牛若丸たちの空気に当てられ、目元が潤んできた。

 

「え、ちょっと待って。立香さん、今剣!? 彼女が牛若丸なの!? 性別が違くない!?」

 

 加州清光が目を白黒させながら牛若丸と今剣を交互に見ている。

 

「牛若丸って義経公だよね!? 胸があるように見えるんだけど?」

「あー……私も最初は驚きました。でも、彼女は正真正銘の牛若丸です」

「事実は小説よりも奇なりか。いや、人生は驚きの連続だな」

 

 いまだ自体が呑み込めていない清光の後ろで、鶴丸が面白そうに頷いていた。

 

「まさか、名将 源義経が女だったとは! 膝丸も岩融もそんなこと一言も言ってなかったぞ?」

「膝丸……ということは、薄緑もいるのですか! しかも、岩融までいるとは!」

 

 牛若丸は鶴丸の話を耳に挟むと、嬉しそうにはしゃぎ声を上げた。

 

「どこにいるのですか?」

「いや、本丸で待機中さ。俺たちが義経公と会ったと知ったら、あいつらは羨ましがるだろうな」

「……だが、女性だ。別人ではないのか?」

 

 山姥切が指を顎に添えながら、まじまじと牛若丸を見る。

 

「どうなんだ、今剣?」

「いえ、ぼくのしるよしつねこうは、だんせいでした」

「えっ!?」

「ですが、かんじるのです。とおくからみたときは、わかりませんでしたが、いまはわかります。このおかたが、よしつねこうだと……」

 

 今剣は一切の曇りのない瞳で牛若丸を見上げた。彼の言葉に答えるように、牛若丸も話し始めた。

 

「ええ。私も同じ思いを抱いています。あなたが、私に最期まで付き添ってくれた守り刀であると。

 ……あなたは良い主と巡り合えたようですね。幸せそうで良かったです」

 

 牛若丸の言葉を受け、今剣は再び泣きそうな顔をしたが、ぐっと涙をこらえるように唇を噛むと、大輪の花が咲くような満面の笑みを浮かべた。

 

「はいっ! よしつねこうにまけずおとらず、すばらしいあるじとめぐりあえました!」

「それは良かったです」

 

 しばらく二人は嬉しそうに微笑み合っていたが、それを遮るように、長谷部が咳ばらいをした。

 

「感動の再会は分かったが、今は任務中だ」

「……そうでした。短い間でしたが、我が主を保護してくださり、ありがとうございました」

 

 牛若丸は今剣から離れると、男士たちに一礼をした。

 

「このあとは、私が主殿と共に京の調査に当たります」

「えっ、よしつねこう! いっしょにいかないのですか!?」

 

 今剣が寂しそうに言うと、彼を咎めるように、長谷部が口を開いた。

 

「当たり前だ。俺たちは俺たちで任務を遂行する」

「あれ、怪しいから連れて歩くんじゃなかったっけ?」

 

 鶴丸が長谷部に言うと、彼は少し分が悪い表情を浮かべた。

 

「もちろん、彼女たちは怪しい。今すぐにでも圧し切りたい気分だ。だが、彼女は今剣が認めた者だ。そいつが主と認める相手が、悪人とは思えない」

「それならさ、一緒に戦ってもらえばいいんじゃないかな?」

 

 安定が口を挟むと、今剣は目を輝かせた。

 

「ぼくのかつやくを、よしつねこうにみてもらいたいです!」

「俺も安定の案に賛成。かの義経公が味方に加われば、遡行軍も楽勝に倒せそうじゃん」

「俺も賛成に一票だ。他の英霊とやらも気になるしな」

「お前ら……」

 

 長谷部は機嫌が悪そうに呟くと、黙ったままの山姥切に視線を向ける。山姥切はすっと目を伏せると

 

「俺は構わん」

 

 とだけ答えた。

 

「またまた5対1だ。長谷部、諦めろ」

「く……だがな、怪しい動きをしたら圧し斬るからな!」

「よしつねこうがあやしいわけ、ありませんよ!!」 

 

 刀剣男士たちのやり取りについて、監査官は何も答えなかった。

 

 それから、刀剣男士たちと牛若丸を加えた7人で遡行軍を倒して回った。

 特に今剣と牛若丸は誰よりも機敏に遡行軍を討ち果たしていく。今剣は自分の活躍を牛若丸に見てもらいたい一心で、牛若丸は彼の働きに答えるように、遡行軍を倒していく。遡行軍は身体を切られると、ほどなくして塵となり、どこかへ消えていくため、死体が道に積み上がることはなかった。

 

「でも……相変わらず、人の気配がしないね」

 

 五度目の時間遡行軍との遭遇も難なくクリアしたところで、立香は思い出したように周りを見渡した。

 人の気配がない。人が生活していた気配がない。遡行軍と争った形跡もなく、寂れたゴーストタウンのように思えた。

 

「誰かいないのかな?」

「……北条氏政が聚楽第の内部にいる」

 

 立香が呟くと、監査官が淡々と答えた。

 

「北条氏政? 北条って、北条政子とかの北条?」

「いえ、その北条氏とは異なる一族です」

 

 立香の問いに対し、牛若丸が解説してくれた。

 

「戦国時代に小田原を拠点とした一族ですね。北条氏政はその五代目です。この辺りの歴史に関しては、私よりも小太郎殿が詳しいと思います。小太郎殿は北条家に仕える忍びですので」

「風魔小太郎も『かるであ』にいるんだね!」

 

 安定が刀を鞘にしまいながら、感心したように声を上げる。

 

「英霊の中には、忍者もいるんだ」

「はい。小太郎殿の他にも望月千代女殿や加藤段蔵殿もいます。

 ……ですが、妙ですね。私が知る限り、北条氏政は上洛をしていないはずです。ちょうどこの年に行われた小田原戦で豊臣秀吉に敗北し、首を斬られたと聞いております」

「詳しいね、牛若丸」

「1590年にレイシフトが決まった段階で、ダ・ヴィンチ殿から時代に関する詳細な情報を聞きましたので」

 

 牛若丸は得意そうに胸を張った。

 

「主殿が向かう場所と時代背景については暗記済みです」

「え、ダ・ヴィンチちゃんから聞いたって……数分しか時間なかったんじゃ……」

「私は天才ですから。一度聞いただけで覚えますよ。

 つまり、聚楽第にいる北条氏政の首を落とせば問題解決です!」

「いや、待って。そう簡単に行くのかな?」

 

 確かに北条氏政が生きていること自体がおかしい。

 だけど、だからといって、その存在を殺せば問題解決になるのだろうか。

 

「そこんとこどうなの? 監査官さん?」

 

 清光が監査官に話しを振ると、彼は声色を変えずに

 

「お前たちに政府が下した命令は、時間遡行軍の殲滅だ。それ以外のことに気を配るな」

「……つまり、現場の俺たちは詳しく考えずに働けってことか」

 

 鶴丸が嫌味っぽく言ったが、監査官は何も答えなかった。

 

「もうすぐ洛中に入る。洛中に入る場所で一度、本丸に戻る通路が開かれるらしい」

 

 山姥切が先に進みながら話し始めた。

 

「そこまでは何も考えずに進むぞ。俺たちの主が考えればいい」

「山姥切の言う通りだ。まずは進むとしよう」

 

 長谷部が言うと、皆が洛中に向かって進軍を再開する。立香も牛若丸と一緒に歩き続けたが、やはり街全体を包み込む違和感は消えない。

 

 まるで、街が人を飲み込んでしまったような――……。

 

「主殿、もうすぐ洛中の入り口に到着します。主殿は下がっていてください」

「は、はい。無理しないでね、牛若丸」

「私は負けませんよ。天才ですから!」

 

 洛中の入り口には、時間遡行軍が陣を成していた。

 今までは4,5人で陣を形成していたが、6人の小隊が3つも控えている。しかも、角の生えて目を光らせた一際大きい遡行軍の姿もちらほら見て取れた。

 

「太刀がいる」

「相手が何だろうか知ったことか。斬ればいいんだろ」

 

 山姥切が刀を抜いた。

 それを合図に、他の刀剣男士たちも刀を引き抜き、遡行軍に向かって地面を蹴った。

 

「主殿はそこで待っていてください!」

 

 牛若丸も彼らの戦いに加わる。

 

「……凄いな」

 

 立香の口から言葉が零れていた。

 今まで、数々のサーヴァントの戦いを見てきた。刀剣男士たちの戦いは、サーヴァントの戦いにも匹敵するように思える。部隊長の山姥切が切りかかり、その援護をするように鶴丸が加勢していた。木の裏に隠れ様子を窺っていた遡行軍は、長谷部が木ごと圧し切っている。清光と安定は互いに背後を預け、目の前の敵に集中している。

 そんな彼らの合間を縫いながら、今剣と牛若丸が機敏に動き回り、遊撃隊のように敵を討ち取っていた。 

 

 特に、牛若丸たち二人は、出会って数分というのに息が合っていた。

 今剣が地面を蹴り、

 

「ばびゅーんといきますよ!」

 

 遡行軍の頭を跳び越え、首筋に短刀を突き立てる。その今剣の背後に別の遡行軍が迫った時は、牛若丸が跳躍し後ろから

 

「悪鬼、必衰!」

 

 と勢いよく斬りかかっていた。

 立香はその戦いを見守りながら、ふと隣に佇む男に視線を向けた。

 

「あの……監査官さんは見ているだけでいいんですか?」

 

 これまで刀を抜かず、ずっと黙したままのフードの男性に語りかける。

 

「俺は監査官だ。あいつらの働きを監査し、政府に報告することが仕事だ」

 

 監査官はそれだけ言うと再び黙り込んだ。

 立香は彼の隣で、戦いが終わるのを待つ。いざというとき、すぐに牛若丸を援護できるように、令呪を発動する準備をしながら――……。

 

「終わりましたね、今剣!」

「とーぜんですね!」

 

 最後の遡行軍を同時に仕留めた牛若丸と今剣は、互いにハイタッチをしている。

 まるで、仲の良い姉弟を見ているみたいだ。

 

「一度、本丸に帰還する」

 

 山姥切が遡行軍を倒し切ったことを確認すると、全員に向かって話し始めた。

 

「かるであの者たちは……」

「よしつねこう、ぜったいにまっていてくださいね! ばびゅーんともどってきますから!」

「もちろんです。今剣も今の主への報告をしっかりしてきてくださいね」

 

 立香の見る限り、刀剣たちはそこまで疲弊していないように思えた。

 だが、疲弊が身体に現れていないからこそ、一度、安全な場所に戻り、作戦を見直したり、身体を休める必要がある。立香は少し離れるのが寂しいな、なんて思いながら、山姥切が帰還の準備をする様子を眺めていた。

 

「洛外での新たな情報はなし。洛中に入る準備を整えろ」

 

 山姥切たちの周りに緑色の円が出現する。刀剣男士たちが中に入り込み、帰還に備えている。なんとなく、カルデアに戻るときと同じ雰囲気を感じた。

 牛若丸と今剣は帰還ギリギリまで会話に花を咲かせている。その様子を微笑ましく見守っていたのだが――……

 

「――ッ、危ない!!」

 

 円の縁に立っていた清光が叫ぶと同時に地面を蹴り上げ、立香に急接近すると、そのまま抱えて真横に跳ねた。いきなり何事かと思ったが、立香はすぐに気づいた。赤い巨体が槍で、たった今まで立香が立っていた地面を貫いていた。清光が立香を助けるタイミングが遅ければ、立香は今頃、頭の上から下まで綺麗に二つに分かれていたことだろう。

 

「なにあれ、新手の遡行軍!?」

 

 安定が鞘にしまいかけていた刀をもう一度引き抜き、警戒を強める。

 

「違う」

 

 立香は赤い巨体を見て呟いた。

 遡行軍が赤い光を纏っているのに対し、その人物は赤い鎧を纏っていた。荒々しい髪は赤く染まり、白い眼は狂気で満ち溢れている。

 立香はこの人物、否、サーヴァントをよく知っていた。

 

「バーサーカーの呂布!?」

「―――ッ!!」

 

 第二特異点を修復後、共に戦ってきたサーヴァントを見間違えるはずがない。

 呂布は唸り声を上げながら、槍を引き抜くと、その先を立香に向けてきた。

 

「主殿、お下がりください!」

 

 牛若丸が呂布と清光の間に割って入る。

 

「あれは、主殿が召喚した呂布殿ではありません。ご注意を!」

 

 牛若丸はいつでも呂布に攻撃を仕掛けられるように腰を低く落とす。

 

「分かってる。でも、どうして、呂布が!?」

 

 呂布は間違いなく本来の聚楽第にいない人物だ。異国人だし、1000年以上昔に活躍していた人物である。どこからどう考えてもサーヴァント以外何者でもない!

 

「簡単な話ですよ、カルデアのマスター」

 

 洛内の入り口から柔らかい声が聞こえてくる。

 そちらへ目を向ければ、数人の人影が見えた。その中心に立っている白い髪に褐色の肌をした青年が、ゆっくりとこちらに歩みを向けてくる。

 

「彼は我らが主、北条氏政公が召喚したサーヴァントですよ」

 

 青年は落ち着いた目で一同を見渡した。

 背後に大量の遡行軍を控えさせながら、ゆっくりと近づいてくる。

 

「時の政府の監査官、刀剣男士の皆さん、そして、カルデアのマスター。マスターの代わりに宣言しましょう」

 

 青年はゆっくりと微笑みを向けてくる。

 

 

「豊臣家は滅亡しました。聚楽第は我がマスターの手に落ち、北条の天下となりました。

 貴方たちの戦いは無意味です。おとなしく諦め、我らと手を取り、新しい歴史を築こうではありませんか」

 

 青年――天草四郎時貞は柔らか微笑を携え、こちらに手を差し伸べてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亜種特異点 特命調査:AD.1590 『悪逆遡行領域 聚楽第』

 

 

 

 

 

 

 

 

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