聖杯乱舞「特命調査 聚楽第」   作:寺町朱穂

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第八節
マリオネットの夢(1)


「あー、やっぱり、ここにいたんだ」

 

 加州清光は静かに言うと、刀を払った。

 彼の視線の先には、大和守安定がいた。身体全体が憤怒の怒りで震えている。憎悪に濡れた蒼い瞳は清光のみを映し出しているのに、近くの立香たちまで鳥肌が立った。

 

「加州清光……僕は、絶対に君を、許せない!」

「はいはい。なにがあったのか知らないけど、さっさとその洗脳を解かないとね。

 ってことで、あんたたちは先に行きなよ」

 

 清光は安定を見据えたまま、立香たちの問いかけた。

 

「安定の狙いは、俺だけみたいだからさ」

「加州、それはさすがに危険だ」

 

 長谷部が彼の隣に立つ。

 

「いくら最古参の刀とは言え、お前も大和守の実力は知っているだろう?」

「でもさ、こいつを止められるのは、俺しかいないでしょ?」

「だが――……」

「……いくぞ、長谷部」

 

 山姥切が長谷部の言葉を切り上げると、空色の瞳を清光に向ける。

 

「……俺は、お前を信じている」

 

 山姥切はその言葉を送ると、清光の横を通り過ぎる。

 

「そーいうこと。部隊長が言ってるんだから、従いなって」

「……全員が無事に帰還することが主命だ。それを忘れるな」

 

 長谷部もそう言うと、山姥切の後に続いた。信長と信勝も続き、立香も彼の傍を通り過ぎる。立香が横を通り過ぎるとき、清光の赤い瞳が一瞬だけ、こちらに向けられた。

 何も言わない。

 互いに何も言わなかったが、たぶん、心で抱いていた言葉は伝わっていた。それを口に出すのは、野暮というものだ。

 立香は既に信じている。

 一緒に突入した仲間たちを、彼らが勝つと信じている。

 

 立香たちは大和守安定の隣を通り過ぎ、さらに聚楽第の奥へと突き進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いいの? 簡単に通して。怒られるんじゃない?」

「別にいいさ。だって、僕は君を壊せればそれでいい」

 

 清光は刀を構えながら、慎重に安定の身体を見回した。

 

 十中八九、岡田以蔵や牛若丸のように洗脳されているのだろう。

 そうなれば、安定を洗脳している部分を探し、斬り落とせばいい。以蔵の場合は襟巻が黒く染まり、牛若丸の場合は髪留めが黒くなっていた。

 おそらく、大和守安定も同じだ。

 衣服及び装飾品のどこかが黒く染まっているはず――……と思っていたのだが、

 

「洗脳されている場所、探しているんでしょ?

 僕の場合、それはここだよ」

 

 安定があっさりと白状した。

 右手を掲げ、自身の篭手を見せつけてくる。確かに、普段は白い模様があしらわれているところが、黒一色に染まっていた。

 清光は拍子抜けする。

 

「洗脳されてるって分かってるのに、従ってるわけ?」

「洗脳されているとか、されていないとか、僕には関係ない。今の僕は、ただ君が在ることが我慢できない!」

 

 安定はそう言いながら走り出した。

 

「戦闘だぁっ!」

 

 刀を一気に振り上げ、斬り込みにかかってくる。

 清光は横に跳ねたが、下からすくい上げるように切っ先が迫ってきた。清光は刀で受け止めると、安定の刀を弾き返す。

 

「オラオラオラッ!」

 

 清光は安定の猛攻を受け止め流し、防戦一方に陥っていた。

 狙うべき的は見えているのだが、そこに刀が届かない。わざとフェイントをかけてみるが、安定には通じなかった。普段から内番以外にも手合わせする機会が多く、互いの手の内はすっかり読めている。故に安定の攻撃が一つ一つ重いこと、そして、本気で自分を殺しに来ていることが、ひしひしと伝わってきていた。

 

「……俺を探してたって聞いたけど?」

 

 清光は冷静さを保ちながら、安定に問いかけた。

 

「どうして、俺を殺したいわけ? それを知らずに負けたら、死んでも死にきれないんだけど」

 

 太刀筋も読める。安定の普段の考えも読める。

 だが、そこだけが分からない。大和守安定が加州清光を憎み、殺したいと強く願う理由だけが思いつかなかった。

 

「まさか、あの人が池田屋の時に、連れて行ったのが俺だったから?」

 

 清光は適当に吹っ掛けてみた。 

 清光の知る限り、安定は沖田総司に並外れた理想と憧憬を抱いている。そのこと絡みであれば、安定が自分を憎んでいても一応は納得できる。 

 実際、清光が「あの人」と口にした瞬間、安定の殺気がぐんっと強まった。

 

「ああ、そうさ!」

 

 安定は一気に踏み込んできた。

 清光はすぐに刀で受け止めたが、威力を削ぎきれない。清光の腕が軋み、踏ん張っている両足が床にめり込むほど、非常に重たい一撃だった。

 

「沖田君は、いつも清光ばかりだ! 池田屋の時も、英霊になってからも!!」

 

 安定はそう叫ぶと、刀を思いっきり横に薙いだ。清光はこれ以上抑えることができず、後ろへ飛ばされてしまう。すぐに受け身の体勢を取ろうとしたのだが、安定が刀の先端を清光に向け、平晴眼の構えで迫ってくる姿を見た途端、受け身よりもまず防御の体勢を取る。

 

「沖田譲りの、冴えた一撃!!」

「ぐっ……!」

 

 だが、一歩間に合わない。

 わずかに刀の勢いを削ぎ、狙いを逸らすことはできたが、安定の攻撃を真面に喰らってしまった。腹部に小さな穴が開き、清光はよろけてしまう。

 

「うわぁ……重傷……」

 

 左手で穴の開いた個所を押さえる。

 どくどくと血が流れ出ているのが分かった。くらりと視界が僅かに霞み、立っていることもやっとである。南蛮寺の英霊と戦ったときも身の破壊を覚悟したが、あのときよりも格段に死が己の身に迫っていることを感じた。

 

「『三段突き』。知ってるよね、清光」

 

 安定は得意げに笑った。

 

「沖田君の必殺技だよ。同じところを一度に三回突く技。それを喰らった気持ちはどう?」

 

 清光は言葉を返さなかった。

 代わりに、別の言葉を投げかける。

 

「さっき、英霊になってからもって言ったけどさ。どうして、それを知ったわけ?

 俺が、あの人に会ったってことは――……」

「沖田君に、会った? 清光が?」

 

 安定の顔から一瞬、感情が拭い去られた。

 

「そっ。かるであの通信越しに。元気そうだったよ。信長公と楽しくおしゃべりしててさ。

 ……英霊になったあの人は、君にも会いたいって」

「……嘘だ」

 

 安定の空気が変わる。

 

「嘘だよ。だって、僕は言われたんだ。

 『英霊 沖田総司の刀は加州清光と菊一文字』だって! 僕は使われてないって! 大和守安定を忘れてるって!」

 

 安定の刀を持つ手が震え始めた。

 

「だから……だから、僕は、清光を折って、北条氏政が作る未来に産まれてくる沖田君に、清光を渡さないようにしようって! そう誓ったんだ!!」

 

 安定は叫ぶ。

 心を引き裂くような悲鳴だった。怒りと混乱のおかげで刀筋が甘く、清光は寸でのところで躱すことができた。

 

「それ、おかしいでしょ」

 

 清光は刀で荒い呼吸を繰り返しながら、やっとの思いで刀を構えた。

 腹部の痛みと流血で、足がふらつく。狙いを定めるのもやっとだ。だが、同じ人に使われた刀として、そして、同じ本丸に顕現された仲間であり、相棒に向かって、話し続ける。

 

「歴史が変わったら、あの人が産まれないかもしれない。あの人が産まれたとしても、それは、俺たちの知っている『沖田総司』じゃない。

 俺の知ってる『大和守安定』なら、そのくらい分かっているはずだよ」

 

 清光は問うた。

 安定は首を横に振っているが、清光には彼がとっくに矛盾に気付いているような気がした。 

 この矛盾に気づかないふりをするために、彼は洗脳を解こうとしないのだ。

 

「俺たちは、今の主に顕現された刀剣男士だ。

 『あの人』が歩んだ歴史を護るため、戦うことを誓ったじゃん?」

「だ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ――っ!」

 

 安定は刀から血が滲むほど、ぎゅっと握りしめていた。

 

「僕は、今度こそ、沖田君が、沖田君が幸せになる世界を作るんだ――ッ!! だから、首落ちて、死ね!!」

 

 安定は再び三段突きの繰り出そうとしてくる。

 今度は避けることができそうにない。安定の血走った眼を見据えながら、清光は今の主を想った。最初の刀として自分を選び、愛を注いでくれた人の顔を想起する。

 最期の最期で、審神者の命令に背いた自分を、愛してくれるだろうか。

 

「俺……最期まで、愛されてたかな」

 

 清光は呟く。

 安定の耳には届いていない。

 だけど、ただ死ぬのは御免だ。せめて、安定の洗脳だけは解きたいと刀を握るが、腕が重くて持ちあがれない。

 

「……ッ!」

 

 安定は目を瞑る。

 清光は赤い瞳で迫りくる死を見据える。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦場に、ことの善悪なし……といいますが」

 

 切っ先が逸れた、と思ったとき、清光は温かい何かに抱えられていた。

 安定は大きく弾き返され、憎悪に燃えていた目は点になっている。

 

「さすがに、自分の刀同士が戦っているのは、見ていて辛いものですね」

 

 色素の薄い瞳が、清光を見下している。

 清光は自分が折れて、天に召されたのかと思った。だが、腹部の痛みは、これが現実であることを物語っている。

 

「いやー、画面越しに見る清光は、やっぱり可愛いですね! ノッブの刀より百倍いい感じです!

 もちろん、貴方もですよ……大和守安定。貴方も可愛いです。ノッブの刀より可愛い刀が二振りもいるなんて、沖田さん大勝利です!」

 

 薄桃色の袴とブーツ姿の少女は清光を座らせると、大和守安定に笑顔を向けた。

 

「まさか、君が……沖田君?」

「はい。正真正銘の沖田さんです! 沖田さんは、安定に会えて嬉しいです。いやー、サーヴァントになって良かったーって感じですね。自分の刀の付喪神に会えたのですから!」

「嘘だ……」

 

 安定の蒼い瞳は震えている。

 

「沖田君が、僕のことを、喜ぶわけがない。だって、君は……沖田君は僕を使ってないんでしょ!?」

「あー……それは、私が英霊の座に苦情を言いたいところですね」

 

 沖田総司は、はあっと息を吐いた。

 少し呆れたように頭を振ると、ゆっくり、安定に向かって歩き始めた。

 

「英霊は、英霊たらしめるものは信仰、つまり人々の想念によって形作られています。

 だから、有名な逸話のある加州清光と菊一文字が私の刀になっていますが……だからといって、安定の切れ味が抜群だったことを忘れたことはありませんし、清光と同じくらい、安定のことも大好きです」

 

 安定は沖田の話に聞き入っている。

 刀こそ構えていたが、憎悪の色は薄まり、近づく少女剣士を見惚れたように眺めていた。

 

「だいたい、沖田さんは菊一文字を使った記憶がありません。

 あんなに高い刀を買えるなら、その前に新撰組の活動資金に当てるか、故郷に送金してます。そもそも、菊一文字なんてなくても、私には加州清光と大和守安定があるんですよ? この二振りだけで、十分戦い抜くことができる」

 

 沖田は安定の眼と鼻の先まで接近していた。

 彼女は刀を構えることなく、朗らかな笑顔を浮かべて、呆然と佇む安定を抱きしめる。

 

「私は、大和守安定が大好きです!」

「沖田、君……」

 

 黒い篭手がするするっと外れる。

 篭手は床に音もなく落ちると、元の白い紋様が浮かび上がってきた。

 

「僕は……僕は……」

 

 安定は崩れ落ちる。

 沖田はそんな彼の頭をぽんぽんっと叩くと、清光を振り返った。

 

「清光、すぐに手当てをしますね」

「あ、ははは。俺、天国に行ったのかと思ったよ」

「清光、ごめん。本当に、ごめん!」

 

 安定は涙を腕で乱雑に拭うと、清光に駆け寄った。懐から勝栗を取り出すと、清光に食べさせる。清光の白い喉が嚥下すると同時に、傷口から破れた服までもが綺麗に修復されていった。

 

「僕、清光になんて謝ったらいいのか……」

「別に気にしてないよ。なに泣いてるのさ。可愛くないって」

「あはは、一件落着―――っごぶぁ!」

 

 沖田は微笑ましそうに話そうとした瞬間、顔色が青ざめ、吐血する。

 

「「沖田君!?」」

「だ、大丈夫ですよ、沖田さんは万全な状態で、マスターにカルデアから召喚して……ぶはぁっ!」

 

 沖田は更に血を吐くと、べたんと倒れ込んだ。

 

「ちょ、ちょっと――っ、大丈夫!?」

「薬、薬を用意しなくちゃ! っていうか、沖田君が女!? どうして沖田君に、おっぱいがついてるの!?」

「この人が自分持ってないことを知ってたのに、そっちは知らなかったの!?」

「だって、それどころじゃ……あーっ、山姥切たちに伝えることを思い出した! でも、まずは沖田君を看病しないと……!」

「ふ、二人とも、私は、平気なので、落ち着い……ごろろぉぉぉ」

「「まずは、貴方が安静にして!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むっ、なんか沖田のスキル病弱が発動したような……」

 

 信長が走りながら、後ろを振り返る。

 もちろん、立香たちに清光たちの戦闘は分からない。

 

『自分の刀が戦っていると聞いて、まっすぐ駆けて行ったからね……消失反応はでてないから、無事だと思うよ』

 

 ダ・ヴィンチがモニター越しに教えてくれた。

 つい先ほど、通信が回復し、その場で立香は沖田を召喚したのである。立香は沖田の無事を知り、ほっと胸をおろした。

 

「良かった」

「……ところでじゃが、そっちは何か分かったかのう?」

『大和守安定の状態を聞いて、敵のサーヴァントの正体がつかめそうだ』

 

 ホームズが画面越しにパイプを吹かす。

 

『ただ、実際にどのような姿なのか目にしてみないと、確信をもって答えることができない。ミスター・以蔵やミス・牛若丸からの伝聞に過ぎないからね』

「ってことは『まだ、明かすべきではない』?」

 

 立香は落胆すると、ホームズは明るく笑う。

 

『……ですが、先輩。坂本さんの調査のおかげで、私たちにも分かったことがあります』

『僕が調べたのは、北条氏政の動機だよ』

 

 坂本龍馬が、白い帽子に手を置きながら話し始めた。

 

『小田原征伐で秀吉を殺し、聚楽第に閉じこもっている。それが、そもそもおかしいんだ』

「おかしいって?」

 

 立香が問い返す。

 

『君たちの話を聞く限り、氏政は籠城をしている。遡行軍や英霊の軍勢を率いて、大名を滅ぼして回ってもいいはずだ』

「確かにその通りじゃ」

 

 信長も同意する。

 

「籠城戦は最も避けるべきことよ。

 食料・物資には限りがある。よっぽど確実な増援が来ない限り、ジリ貧で負けるのが目に見えている」

「小田原攻めでは、黒田様が氏政を説得に成功して、開城させた。

 備中高松城の戦いでも、毛利側が和議を申し出ている。結果的には、両方とも籠城した側が負けている」

 

 信長の言葉を長谷部が引き継いだ。

 

「この男の言う通り、圧倒的優位にいるはずの氏政が聚楽第に閉じこもっている。その時点で、なにかがおかしい」

「うむ、さすがは、へし切。わしに勝るとも劣らない慧眼――……」

「坂本龍馬だったか? 北条氏政が、聚楽第に閉じこもっている理由は分かったのか?」

 

 長谷部は信長の言葉を遮ると、龍馬をまっすぐ見つめて問う。

 龍馬は帽子を深く被ったまま、立香たちを見据えた。

 

「隔離された聚楽第。敵対するサーヴァント。時間遡行軍と魔神柱の影……これらから察するに、北条氏政は、この聚楽第で、たった一人の『聖杯戦争』をしているんだ」

「たった一人? えっと、でもそれって、おかしいような……?」

 

 立香はカルデアで習った知識を思い返す。

 

「聖杯戦争って、1つの陣営が独占したらいけないルールがあったような気がする。

 というか、戦争にならない」

 

 戦いというものは、自分と相手がいて初めて成り立つ。

 自分しかいないのに戦争を起こし、仲間同士で戦わせるなんて意味が分からないし、そもそも、天草四郎、巴御前、呂布と敵を見てきたが、戦いを引き起こしているようには見えなかった。

 

「そう。だから、言い方を変えるね。

 氏政は恐らく7基のサーヴァントを召喚した。そのサーヴァントを立香や刀剣男士たちに倒させることで、その霊格を聖杯にくべ、ある存在に捧げようとしている」

「それは……魔神柱?」

 

 時間神殿から逃げ出し、疲弊した魔神柱を回復させるためにサーヴァントを食わせる。

 そして、完全回復した魔神柱は立香やカルデアに対する復讐を試みる。自分の創り出した聚楽第という隔離された空間に閉じ込め、確実に仕留めるために。

 

『……と、思っていた。でも、それだとおかしい』

「おかしい?」

 

 立香は問い返した。

 

『なぜ、遡行軍を用意したのかだよ。それには、先ほど言った氏政自身の動機が絡んでくる』

「動機……それは……?」

 

 

『うん、北条氏政は――……』

 

 

 

 

 

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