マリオネットの夢(1)
「あー、やっぱり、ここにいたんだ」
加州清光は静かに言うと、刀を払った。
彼の視線の先には、大和守安定がいた。身体全体が憤怒の怒りで震えている。憎悪に濡れた蒼い瞳は清光のみを映し出しているのに、近くの立香たちまで鳥肌が立った。
「加州清光……僕は、絶対に君を、許せない!」
「はいはい。なにがあったのか知らないけど、さっさとその洗脳を解かないとね。
ってことで、あんたたちは先に行きなよ」
清光は安定を見据えたまま、立香たちの問いかけた。
「安定の狙いは、俺だけみたいだからさ」
「加州、それはさすがに危険だ」
長谷部が彼の隣に立つ。
「いくら最古参の刀とは言え、お前も大和守の実力は知っているだろう?」
「でもさ、こいつを止められるのは、俺しかいないでしょ?」
「だが――……」
「……いくぞ、長谷部」
山姥切が長谷部の言葉を切り上げると、空色の瞳を清光に向ける。
「……俺は、お前を信じている」
山姥切はその言葉を送ると、清光の横を通り過ぎる。
「そーいうこと。部隊長が言ってるんだから、従いなって」
「……全員が無事に帰還することが主命だ。それを忘れるな」
長谷部もそう言うと、山姥切の後に続いた。信長と信勝も続き、立香も彼の傍を通り過ぎる。立香が横を通り過ぎるとき、清光の赤い瞳が一瞬だけ、こちらに向けられた。
何も言わない。
互いに何も言わなかったが、たぶん、心で抱いていた言葉は伝わっていた。それを口に出すのは、野暮というものだ。
立香は既に信じている。
一緒に突入した仲間たちを、彼らが勝つと信じている。
立香たちは大和守安定の隣を通り過ぎ、さらに聚楽第の奥へと突き進んでいった。
「……いいの? 簡単に通して。怒られるんじゃない?」
「別にいいさ。だって、僕は君を壊せればそれでいい」
清光は刀を構えながら、慎重に安定の身体を見回した。
十中八九、岡田以蔵や牛若丸のように洗脳されているのだろう。
そうなれば、安定を洗脳している部分を探し、斬り落とせばいい。以蔵の場合は襟巻が黒く染まり、牛若丸の場合は髪留めが黒くなっていた。
おそらく、大和守安定も同じだ。
衣服及び装飾品のどこかが黒く染まっているはず――……と思っていたのだが、
「洗脳されている場所、探しているんでしょ?
僕の場合、それはここだよ」
安定があっさりと白状した。
右手を掲げ、自身の篭手を見せつけてくる。確かに、普段は白い模様があしらわれているところが、黒一色に染まっていた。
清光は拍子抜けする。
「洗脳されてるって分かってるのに、従ってるわけ?」
「洗脳されているとか、されていないとか、僕には関係ない。今の僕は、ただ君が在ることが我慢できない!」
安定はそう言いながら走り出した。
「戦闘だぁっ!」
刀を一気に振り上げ、斬り込みにかかってくる。
清光は横に跳ねたが、下からすくい上げるように切っ先が迫ってきた。清光は刀で受け止めると、安定の刀を弾き返す。
「オラオラオラッ!」
清光は安定の猛攻を受け止め流し、防戦一方に陥っていた。
狙うべき的は見えているのだが、そこに刀が届かない。わざとフェイントをかけてみるが、安定には通じなかった。普段から内番以外にも手合わせする機会が多く、互いの手の内はすっかり読めている。故に安定の攻撃が一つ一つ重いこと、そして、本気で自分を殺しに来ていることが、ひしひしと伝わってきていた。
「……俺を探してたって聞いたけど?」
清光は冷静さを保ちながら、安定に問いかけた。
「どうして、俺を殺したいわけ? それを知らずに負けたら、死んでも死にきれないんだけど」
太刀筋も読める。安定の普段の考えも読める。
だが、そこだけが分からない。大和守安定が加州清光を憎み、殺したいと強く願う理由だけが思いつかなかった。
「まさか、あの人が池田屋の時に、連れて行ったのが俺だったから?」
清光は適当に吹っ掛けてみた。
清光の知る限り、安定は沖田総司に並外れた理想と憧憬を抱いている。そのこと絡みであれば、安定が自分を憎んでいても一応は納得できる。
実際、清光が「あの人」と口にした瞬間、安定の殺気がぐんっと強まった。
「ああ、そうさ!」
安定は一気に踏み込んできた。
清光はすぐに刀で受け止めたが、威力を削ぎきれない。清光の腕が軋み、踏ん張っている両足が床にめり込むほど、非常に重たい一撃だった。
「沖田君は、いつも清光ばかりだ! 池田屋の時も、英霊になってからも!!」
安定はそう叫ぶと、刀を思いっきり横に薙いだ。清光はこれ以上抑えることができず、後ろへ飛ばされてしまう。すぐに受け身の体勢を取ろうとしたのだが、安定が刀の先端を清光に向け、平晴眼の構えで迫ってくる姿を見た途端、受け身よりもまず防御の体勢を取る。
「沖田譲りの、冴えた一撃!!」
「ぐっ……!」
だが、一歩間に合わない。
わずかに刀の勢いを削ぎ、狙いを逸らすことはできたが、安定の攻撃を真面に喰らってしまった。腹部に小さな穴が開き、清光はよろけてしまう。
「うわぁ……重傷……」
左手で穴の開いた個所を押さえる。
どくどくと血が流れ出ているのが分かった。くらりと視界が僅かに霞み、立っていることもやっとである。南蛮寺の英霊と戦ったときも身の破壊を覚悟したが、あのときよりも格段に死が己の身に迫っていることを感じた。
「『三段突き』。知ってるよね、清光」
安定は得意げに笑った。
「沖田君の必殺技だよ。同じところを一度に三回突く技。それを喰らった気持ちはどう?」
清光は言葉を返さなかった。
代わりに、別の言葉を投げかける。
「さっき、英霊になってからもって言ったけどさ。どうして、それを知ったわけ?
俺が、あの人に会ったってことは――……」
「沖田君に、会った? 清光が?」
安定の顔から一瞬、感情が拭い去られた。
「そっ。かるであの通信越しに。元気そうだったよ。信長公と楽しくおしゃべりしててさ。
……英霊になったあの人は、君にも会いたいって」
「……嘘だ」
安定の空気が変わる。
「嘘だよ。だって、僕は言われたんだ。
『英霊 沖田総司の刀は加州清光と菊一文字』だって! 僕は使われてないって! 大和守安定を忘れてるって!」
安定の刀を持つ手が震え始めた。
「だから……だから、僕は、清光を折って、北条氏政が作る未来に産まれてくる沖田君に、清光を渡さないようにしようって! そう誓ったんだ!!」
安定は叫ぶ。
心を引き裂くような悲鳴だった。怒りと混乱のおかげで刀筋が甘く、清光は寸でのところで躱すことができた。
「それ、おかしいでしょ」
清光は刀で荒い呼吸を繰り返しながら、やっとの思いで刀を構えた。
腹部の痛みと流血で、足がふらつく。狙いを定めるのもやっとだ。だが、同じ人に使われた刀として、そして、同じ本丸に顕現された仲間であり、相棒に向かって、話し続ける。
「歴史が変わったら、あの人が産まれないかもしれない。あの人が産まれたとしても、それは、俺たちの知っている『沖田総司』じゃない。
俺の知ってる『大和守安定』なら、そのくらい分かっているはずだよ」
清光は問うた。
安定は首を横に振っているが、清光には彼がとっくに矛盾に気付いているような気がした。
この矛盾に気づかないふりをするために、彼は洗脳を解こうとしないのだ。
「俺たちは、今の主に顕現された刀剣男士だ。
『あの人』が歩んだ歴史を護るため、戦うことを誓ったじゃん?」
「だ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ――っ!」
安定は刀から血が滲むほど、ぎゅっと握りしめていた。
「僕は、今度こそ、沖田君が、沖田君が幸せになる世界を作るんだ――ッ!! だから、首落ちて、死ね!!」
安定は再び三段突きの繰り出そうとしてくる。
今度は避けることができそうにない。安定の血走った眼を見据えながら、清光は今の主を想った。最初の刀として自分を選び、愛を注いでくれた人の顔を想起する。
最期の最期で、審神者の命令に背いた自分を、愛してくれるだろうか。
「俺……最期まで、愛されてたかな」
清光は呟く。
安定の耳には届いていない。
だけど、ただ死ぬのは御免だ。せめて、安定の洗脳だけは解きたいと刀を握るが、腕が重くて持ちあがれない。
「……ッ!」
安定は目を瞑る。
清光は赤い瞳で迫りくる死を見据える。そして……
「戦場に、ことの善悪なし……といいますが」
切っ先が逸れた、と思ったとき、清光は温かい何かに抱えられていた。
安定は大きく弾き返され、憎悪に燃えていた目は点になっている。
「さすがに、自分の刀同士が戦っているのは、見ていて辛いものですね」
色素の薄い瞳が、清光を見下している。
清光は自分が折れて、天に召されたのかと思った。だが、腹部の痛みは、これが現実であることを物語っている。
「いやー、画面越しに見る清光は、やっぱり可愛いですね! ノッブの刀より百倍いい感じです!
もちろん、貴方もですよ……大和守安定。貴方も可愛いです。ノッブの刀より可愛い刀が二振りもいるなんて、沖田さん大勝利です!」
薄桃色の袴とブーツ姿の少女は清光を座らせると、大和守安定に笑顔を向けた。
「まさか、君が……沖田君?」
「はい。正真正銘の沖田さんです! 沖田さんは、安定に会えて嬉しいです。いやー、サーヴァントになって良かったーって感じですね。自分の刀の付喪神に会えたのですから!」
「嘘だ……」
安定の蒼い瞳は震えている。
「沖田君が、僕のことを、喜ぶわけがない。だって、君は……沖田君は僕を使ってないんでしょ!?」
「あー……それは、私が英霊の座に苦情を言いたいところですね」
沖田総司は、はあっと息を吐いた。
少し呆れたように頭を振ると、ゆっくり、安定に向かって歩き始めた。
「英霊は、英霊たらしめるものは信仰、つまり人々の想念によって形作られています。
だから、有名な逸話のある加州清光と菊一文字が私の刀になっていますが……だからといって、安定の切れ味が抜群だったことを忘れたことはありませんし、清光と同じくらい、安定のことも大好きです」
安定は沖田の話に聞き入っている。
刀こそ構えていたが、憎悪の色は薄まり、近づく少女剣士を見惚れたように眺めていた。
「だいたい、沖田さんは菊一文字を使った記憶がありません。
あんなに高い刀を買えるなら、その前に新撰組の活動資金に当てるか、故郷に送金してます。そもそも、菊一文字なんてなくても、私には加州清光と大和守安定があるんですよ? この二振りだけで、十分戦い抜くことができる」
沖田は安定の眼と鼻の先まで接近していた。
彼女は刀を構えることなく、朗らかな笑顔を浮かべて、呆然と佇む安定を抱きしめる。
「私は、大和守安定が大好きです!」
「沖田、君……」
黒い篭手がするするっと外れる。
篭手は床に音もなく落ちると、元の白い紋様が浮かび上がってきた。
「僕は……僕は……」
安定は崩れ落ちる。
沖田はそんな彼の頭をぽんぽんっと叩くと、清光を振り返った。
「清光、すぐに手当てをしますね」
「あ、ははは。俺、天国に行ったのかと思ったよ」
「清光、ごめん。本当に、ごめん!」
安定は涙を腕で乱雑に拭うと、清光に駆け寄った。懐から勝栗を取り出すと、清光に食べさせる。清光の白い喉が嚥下すると同時に、傷口から破れた服までもが綺麗に修復されていった。
「僕、清光になんて謝ったらいいのか……」
「別に気にしてないよ。なに泣いてるのさ。可愛くないって」
「あはは、一件落着―――っごぶぁ!」
沖田は微笑ましそうに話そうとした瞬間、顔色が青ざめ、吐血する。
「「沖田君!?」」
「だ、大丈夫ですよ、沖田さんは万全な状態で、マスターにカルデアから召喚して……ぶはぁっ!」
沖田は更に血を吐くと、べたんと倒れ込んだ。
「ちょ、ちょっと――っ、大丈夫!?」
「薬、薬を用意しなくちゃ! っていうか、沖田君が女!? どうして沖田君に、おっぱいがついてるの!?」
「この人が自分持ってないことを知ってたのに、そっちは知らなかったの!?」
「だって、それどころじゃ……あーっ、山姥切たちに伝えることを思い出した! でも、まずは沖田君を看病しないと……!」
「ふ、二人とも、私は、平気なので、落ち着い……ごろろぉぉぉ」
「「まずは、貴方が安静にして!」」
「むっ、なんか沖田のスキル病弱が発動したような……」
信長が走りながら、後ろを振り返る。
もちろん、立香たちに清光たちの戦闘は分からない。
『自分の刀が戦っていると聞いて、まっすぐ駆けて行ったからね……消失反応はでてないから、無事だと思うよ』
ダ・ヴィンチがモニター越しに教えてくれた。
つい先ほど、通信が回復し、その場で立香は沖田を召喚したのである。立香は沖田の無事を知り、ほっと胸をおろした。
「良かった」
「……ところでじゃが、そっちは何か分かったかのう?」
『大和守安定の状態を聞いて、敵のサーヴァントの正体がつかめそうだ』
ホームズが画面越しにパイプを吹かす。
『ただ、実際にどのような姿なのか目にしてみないと、確信をもって答えることができない。ミスター・以蔵やミス・牛若丸からの伝聞に過ぎないからね』
「ってことは『まだ、明かすべきではない』?」
立香は落胆すると、ホームズは明るく笑う。
『……ですが、先輩。坂本さんの調査のおかげで、私たちにも分かったことがあります』
『僕が調べたのは、北条氏政の動機だよ』
坂本龍馬が、白い帽子に手を置きながら話し始めた。
『小田原征伐で秀吉を殺し、聚楽第に閉じこもっている。それが、そもそもおかしいんだ』
「おかしいって?」
立香が問い返す。
『君たちの話を聞く限り、氏政は籠城をしている。遡行軍や英霊の軍勢を率いて、大名を滅ぼして回ってもいいはずだ』
「確かにその通りじゃ」
信長も同意する。
「籠城戦は最も避けるべきことよ。
食料・物資には限りがある。よっぽど確実な増援が来ない限り、ジリ貧で負けるのが目に見えている」
「小田原攻めでは、黒田様が氏政を説得に成功して、開城させた。
備中高松城の戦いでも、毛利側が和議を申し出ている。結果的には、両方とも籠城した側が負けている」
信長の言葉を長谷部が引き継いだ。
「この男の言う通り、圧倒的優位にいるはずの氏政が聚楽第に閉じこもっている。その時点で、なにかがおかしい」
「うむ、さすがは、へし切。わしに勝るとも劣らない慧眼――……」
「坂本龍馬だったか? 北条氏政が、聚楽第に閉じこもっている理由は分かったのか?」
長谷部は信長の言葉を遮ると、龍馬をまっすぐ見つめて問う。
龍馬は帽子を深く被ったまま、立香たちを見据えた。
「隔離された聚楽第。敵対するサーヴァント。時間遡行軍と魔神柱の影……これらから察するに、北条氏政は、この聚楽第で、たった一人の『聖杯戦争』をしているんだ」
「たった一人? えっと、でもそれって、おかしいような……?」
立香はカルデアで習った知識を思い返す。
「聖杯戦争って、1つの陣営が独占したらいけないルールがあったような気がする。
というか、戦争にならない」
戦いというものは、自分と相手がいて初めて成り立つ。
自分しかいないのに戦争を起こし、仲間同士で戦わせるなんて意味が分からないし、そもそも、天草四郎、巴御前、呂布と敵を見てきたが、戦いを引き起こしているようには見えなかった。
「そう。だから、言い方を変えるね。
氏政は恐らく7基のサーヴァントを召喚した。そのサーヴァントを立香や刀剣男士たちに倒させることで、その霊格を聖杯にくべ、ある存在に捧げようとしている」
「それは……魔神柱?」
時間神殿から逃げ出し、疲弊した魔神柱を回復させるためにサーヴァントを食わせる。
そして、完全回復した魔神柱は立香やカルデアに対する復讐を試みる。自分の創り出した聚楽第という隔離された空間に閉じ込め、確実に仕留めるために。
『……と、思っていた。でも、それだとおかしい』
「おかしい?」
立香は問い返した。
『なぜ、遡行軍を用意したのかだよ。それには、先ほど言った氏政自身の動機が絡んでくる』
「動機……それは……?」
『うん、北条氏政は――……』