「そこまでです」
鋭い声と共に、激しい旋風がカルデアとの通信を阻害する。
刀が宙から降ってくる。即座に長谷部が受け止めたが、その威力を完全に殺すことはできず、ふすままで弾き飛ばされてしまった。
「へし切! っく、一体なんのつもりじゃ! 風魔小太郎!」
信長は襖を破いて倒れ込んだ愛刀を一瞥すると、すぐに煙の中から現れた赤髪の少年を睨み付ける。
痩せた身体を隠すように、灰色の着物を纏っている……その少年は紛れもなく風魔小太郎そのヒトだった。
「忍びとして、主命を果たすまで」
淡々と言いながら、小太郎は鋭い刀を構えた。
「なんで……小太郎が、刀を?」
立香の知る小太郎は、刀を使わなかった。基本的にクナイを用いて戦闘をしていたはずだ。いくら生前の小太郎だとしても、刀を使った戦闘は影に生きる忍びとして相応しいとは思えなかった。
「江雪斎はどうした?」
「ご安心を。彼は寺にいます。僕は偵察に出たということになっていますので。
そしてすみません。僕は……嘘をついていました」
小太郎はゆるりと立ち塞がる。
立香は目を細めて、彼の持つ刀を見据えた。気のせいか、小太郎の握る刀は薄らと紫色を帯びているように見える。その刀を見ていると、ぞくりと全身に鳥肌が立つような気がした。
「その刀……まさか、童子切か?」
信長が静かに問う。
彼女にしては珍しく、額から一筋の汗が垂れていた。
「姉上、まさか童子切安綱ということですか?」
「なん、だと?」
山姥切の顔にも驚愕の色が広がる。同時に長谷部の顔にも険しさが増す。立香だけがこの展開について行くことができなかったが、とてつもなく危機的な状況だということだけは分かった。
「童子切って……?」
「天下五剣……天下に知られた五振りの名刀だ。
三日月宗近、鬼丸国綱、大典太光世、数珠丸恒次、そして童子切安綱」
山姥切が緊張感をもった声で説明してくれる。
「いずれも室町以前に鍛刀された。
童子切安綱は平安時代……大江山の鬼退治に使われた刀だ」
「大江山の鬼退治って……酒呑童子を倒した?」
ここで、ようやく鳥肌の理由が分かった。
「酒呑童子を倒した人って……頼光さん?」
「そう。僕は風魔小太郎ですが、風魔小太郎の霊基を組み込んだわけではない。源頼光を憑依融合させたセイバークラスのデミ・サーヴァント……それが、僕です」
「なるほどのう。だから、これまで身を潜めて裏方に回っていたという事か」
信長が自身の刀に手をかける。
「サーヴァントや刀剣男士の方が目立つし力もある。江雪斎の警護という名目でわしらの傍にいれば、表立って戦いに参加することもなく、わしらの動向を監視することができる」
「ええ。マスターは僕に二画の令呪を使いました。
ひとつ目は『カルデアのマスター一行が聚楽第に攻め込むまで、彼らの味方として振る舞うこと』
そして、もう一つは『カルデアのマスターが聚楽第に攻め込んでくるまで、源頼光を融合したデミ・サーヴァントであることを隠し通すこと』」
風魔小太郎は刀を構える。
薄ら紫色の闘志を纏い、こちらを見据える目は暗殺を生業とした忍びの眼ではない。
数多の鬼や怪奇を倒し、
「ありえない!」
立香は叫んでいた。
ありえないことなど、ありえない。何しろ、あれは風魔小太郎であり源頼光であると身体は感じている。だけど、理屈が成り立たない。
「デミ・サーヴァントは英霊の霊基に耐えきれなくて、身体が途中で崩壊する。マシュだって、それが原因で……」
「ええ、僕の命は残りわずかです。ですが、それでも構いません。
僕の元の主は北条氏政様でした。
僕は、氏直様の仇を取るために攻め込んで負けた。その『僕の身体』を依り代に、氏政様はセイバーのサーヴァントを憑依させた。
だから、僕の現主は氏政様であり、主命を果たすのは絶対です。……ええ、絶対。マスターの作る世界に仇為す者は、ここから先には通しません」
小太郎の口調が少しずつ変わっていく。
立香は唇を噛んだ。
カルデアの源頼光はバーサーカーだ。
だが、セイバークラスで呼ばれる可能性もあると坂田金時が言っていた。
『セイバーで呼ばれた大将は誰よりも厳格な風紀委員長体質になる』
と。
バーサーカーの時に見せていた母性は失われ、もっと厳格であり規律正しい性格になると。
「……立香。ここはわしに任せて先に行け」
信長は刀を抜き払うと、小太郎を見据えたまま口を開いた。
「ノッブ!?」
「デミ・サーヴァントとはいえ、敵は頼光をここまで温存していた。頼光はただでさえ強いが、ここは京の都じゃ。知名度や信仰度を考えると、さらに能力が高まっているかもしれん。
そうなると、あれじゃろ? これは、日本で一番有名な武将が相手をするしかなかろう?」
「でも……」
「それに、メタ的な話で言えば、アーチャーはセイバーに有利だしの!」
「姉上、そういう問題ではありません!」
信勝がすぐに異議を唱える。
「姉上一人を残して、先に進むわけには……」
「それに、これもわしの推測なのじゃが……ダーオカや牛若を操った敵サーヴァント……あれは、刀剣男士を操ることは難しいのじゃと思う」
「どういうこと?」
「ダーオカや牛若丸は完全に敵の手に落ちていた。完全に、あっちのサーヴァントになっていたからのう。
じゃが、大和守安定は違う。
どうやら事情を把握したうえで、加州清光への憎悪を膨らませいてた。……もしかしたら、刀剣男士を完全に手駒にすることはできないのかもしれん。
そうなると、敵に回るかもしれん者が進むより、へし切や山姥切が進んだ方が良い」
「だけど――……」
「話している暇はありませんよ!!」
風魔小太郎が床を蹴る。
天下五剣を握りしめ、風のように鋭く切り込みにかかってきた。信長は刀で受け止めると、すばやく後ろに火縄銃を展開させる。
「行けぃ! すぐに追いつく!」
信長は銃を連射し、風魔小太郎を撃ち殺しにかかる。
最初は背後にのみ展開させていた火縄だったが、小太郎を包囲するように出現させ、集中砲火を開始する。小太郎は鳥のように軽々と避けると、刀を一振りした。衝撃波だけでなく、紫色の雷が立香たちを襲う。
「甘いのう!」
だが、雷が立香たちに届くことはなかった。
信長が瞬時に出現させた火縄銃が盾となり、直撃を回避させる。
「――ッ、ノッブ! 絶対に追いついて来て! 沖田さんたちと一緒に!」
「無論じゃ! わしを誰だと思っておる。
第六天魔王波旬 魔人アーチャーこと織田信長じゃ!」
立香はその宣言を背中に受け、奥の部屋へと走りだした。彼女に続くように、刀剣男士たちも床を蹴る。
織田信長は遠ざかる足音を聞きながら、最後に残った一人に話しかけた。
「お前も行け。信勝、ここにいても足手まといじゃ」
「……信勝は、いつだって姉上の味方ですから。最後まで、お供しますよ」
「何を言っとる。ほら、早く行かんか」
「おしゃべりはそこまでです」
風魔小太郎はたんっと飛び上がると、クナイを飛ばしてきた。頼光の力だろうか。一本一本に雷電が纏わりつき、掠っただけでも損傷を受けそうなほど強化されている。
信長は弟を突き飛ばすと、火縄銃で応戦する。飛来するクナイ一本一本に弾丸を命中させ、弾き飛ばそうと試みる。しかし、魔力が込められた弾丸は頼光の稲妻に寸でのところで敵わない。
「ッ痛」
クナイが肩を掠める。
痛みと共に、強烈な痺れが身体を貫いた。
「姉上!」
「早くいかんか、このうつけ!」
「あはは、姉上にうつけと言われてしまいました」
信勝は朗らかに笑う。
「盾代わりにお使いください。幻霊の僕にできることは、それくらいですから」
「……この大うつけめ。せめて、下がっておれ」
信長は顔を俯かせた。
信勝は先に進ませたかった。
幻霊であり、いつ消えてしまうか分からない虚ろな霊基は、この場に耐えることができない。
そう、それだけ風魔小太郎は危険な敵だった。
「いいでしょう。貴方たちを倒してから、先に進んだ者たちを倒すとしましょう。聚楽第を汚す不届き者を」
小太郎の殺気が一段階増した。
身体全身が紫の雷で覆われる。そして、比喩表現ではなく、部屋全体に電気が迸り、肌を刺してきた。
「こんな攻撃を続けてたら、身体が持たんぞ!」
「構いません。
僕は忍。この身が朽ち果てるまで、主に仕える者です。主のために死ぬのであれば、それは本望です」
「……」
信長は言葉を返さなかった。
ただ赤い瞳で静かに敵を見返している。
「だから、死になさい」
「たわけ! 死になさいと言われて、死ぬものがおるか!」
小太郎が刀で切り込んできたので、信長は受けて立つ。
頼光の属性が憑依しているのであれば、宝具「三千世界」で優位に立つことができる。武田の騎馬隊を葬った逸話から、騎乗スキル持ちに特攻が入るのだ。
ところが、いかんせん、魔力が足りない。
令呪のブーストがあったとはいえ、調子に乗ってクラスチェンジし、宝具を気持ちよくぶっ放したことが仇となっている。
「っ、さすが童子切安綱。見事な刀じゃ」
眩しいばかりの紫の雷光を帯びた刀は、鍔迫り合いをしながらもバチバチと信長を攻撃してくる。その鋭い雷撃を直接受ける信長の刀は、キリキリと軋む音を立てていた。
けれど、信長は雷光に耐えながら、口元に笑みを携える。
「じゃが、わしの刀も天下五剣に勝るとも劣らぬ刀よ。
なにせ、隠れていた茶坊主を棚ごと圧し切った刀じゃぞ? 負けるはずがない!」
信長は脚を踏ん張り、力強く童子切安綱を圧し返した。風魔小太郎は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに態勢を整えようとクナイを放ってくる。
その一瞬の隙が、命取りになる。
「わしの刃は防げない!」
信長は風魔小太郎を一閃する。
小太郎は血を吐きながら、畳の上に崩れ落ちた。何故やられたのか分からないとでも言いたげな顔で、床に転がっている。
「……まっとうなサーヴァントは、デミ・サーヴァントなんぞ受け入れん。
頼光が100%の力を貸してなかったと気づけない時点で、お主の敗北は決まっておった。ま、それでも、わしが勝っていたけどネ!」
小太郎の呼吸が止まり、眼から光が失われる。
その姿を見て、信長は刀を鞘にしまった。
「いやー、さすが姉上です!」
「うむ。実に、相性が良い敵じゃったわい! 相手を油断させるためにシリアスな空気を演出してみたが、もう少し軽くした方が良かったか?」
「いいえ、十分でした。
でも、最後の台詞はいりましたか? 刀を褒めるなんて……」
信勝は少しだけ口を尖らせる。
「相手は鬼を切った刀ですよ? 茶坊主を圧し切る刀の方が名前負けしているというか……」
「ん? まあ、そうかもしれんが、わしが一等気に入った刀であることには変わりない。
なーんか裏切りそうな空気してた黒田の機嫌を取るために渡したが……そうでなければ、ずっと手元に置いておきたかった愛刀じゃよ」
さて、進むか。
信長はマントを翻すと、歩き始め――……
「姉上っ!!」
たたんという軽快な音。
それと共に感じるのは、横腹の痛み。信長は弾かれたように振り返る。風魔小太郎の死体の向こう側に、時間遡行軍の群れがゆらりと現れるところだった。そのうちの数体が構えた銃口から煙が立ち昇っている。
「油断しましたね、信長公」
遡行軍の群れから、白い髪のサーヴァントが姿を現した。
「天草四郎……か」
信長はとくとくと血が流れる腹部を押さえながら、新手の敵を睨み付けた。
「ご安心を。まだ鈴鹿御前とソハヤノツルキは生きてますよ。あちらは別の遡行軍に任せてきました。ちょうど堕落して怠慢していた遡行軍が多くいたものですから。ざっと1000人、向かわせました。
おかげさまで、私は手が空いたというわけです」
「じゃから、こうして来たわけか」
「ええ。
そして、貴方にはここで死んでもらいます。貴方は勘がいいですから」
赤い雷を纏った遡行軍が列を組んで襲いかかって来た。
信長は瞬時に火縄を出現させ射撃を行うが、一列目の並びは一掃できたが、二列目以降は装填が間に合わない。
「姉上っ!」
信勝が姉を救おうと前に飛び出した。
「たわけ! なにをしている! ――ッぐ」
信長が信勝を退けようと手を伸ばすが、腹部の痛みと肩の痺れが動きを鈍らせる。遡行軍の太刀が信勝の頭上に迫り、その小さな頭蓋を叩き切ろうとした、その刹那。
「圧し斬る!」
信勝の前に影が割り込んだ。
煤色の髪をなびかせ、太刀を持った遡行軍を圧し切る。信長は大きく目を見開き、乱入者の名を口にする。
「なぜ、なぜ戻って来たのじゃ……へし切っ!」
「遡行軍を殲滅し、歴史を元に戻す。それが、主から下された主命だからだ」
長谷部は紫色の瞳の奥に炎を燃やしながら、信長を遡行軍から庇うように立ち塞がる。
「恨みはないが、主命だ。死ね」