聖杯乱舞「特命調査 聚楽第」   作:寺町朱穂

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マリオネットの夢(3)

 長谷部は天草四郎を切り込みにかかる。

 無論、すぐに切り殺されてはくれない。彼を護るように、赤い稲妻を纏った遡行軍が壁になる。

 

「お前らのような雑魚に構っている時間はない」

 

 長谷部は薄紫色の瞳に闘志を燃やしながら、遡行軍を切り捨てていく。 

 信長は腹部を押さえながら、見惚れたように彼の勇姿を見入っていた。

 

「……へし切、お前……」

 

 信長はぐっと拳を握る。

 

「わしも負けてはいけないのう」

「姉上! 無茶です。大人しく下がっていましょう」

「ことここに至っては是非もなし。仏に会うては仏を殺し、祖の会うては祖を殺し、羅漢に会うては羅漢を殺す」

 

 信長は信勝の静止を待たず、長谷部の方へと歩みを進める。

 

「悪鬼羅刹、時間遡行軍なりとて、我が覇道を阻むことは能わぬ」

 

 信長は歩きながら背後に火縄を数本出現させた。

 その顔には、既に焦りの色は欠片もない。あるのは挑戦的な笑みだった。信長は長谷部の戦いを援護するように銃弾を放つ。長谷部は動いていて一歩間違えれば被弾していたかもしれないが、信長は的を外すことはなく、長谷部も流れ弾に当たるようなヘマはしなかった。

 

「いくら減らしても同じこと」

 

 信長たちの猛攻に対し、天草四郎は涼やかな表情を崩すことはなかった。

 右手で三池の刀を握り、もう片方の手で赤い羽織の内側から禍々しい空気を纏った黒い剣を取り出した。黒い剣を振れば、遡行軍が空間を破るように出現した。

 いままで彼と出会ったときは、遡行軍の壁に囲まれて見えなかったが、いまはハッキリと見て取れた。

 

「あの剣……なるほど、そういうことか」

「知っているのか、へし切!?」

「九十九刀だ。遡行軍を呼び出し、持ち主に力を貸す――……ッ」

 

 信長の問いに対し、長谷部はすらすらと答えていたが、なにか思い出したように口を閉ざす。そんな彼の態度に、信長は少しだけ目尻を和らげると、すぐに敵を推し量るような目で天草四郎を見据えた。

 

「なるほどのう。あの鬼たちを呼び出していたのは、その刀が所以じゃったか」

「ええ。召喚時に、北条氏政から下賜された刀です。『お前が中心となって遡行軍の指揮を執れ』と」

「……つまり、その刀を無効化すれば、良いということじゃな」

「貴方に出来るのですか?」

 

 天草四郎は口の端を釣り上げる。

 信長は彼の手の内を知っている。いつもはお茶らけているが、カルデアのサーヴァントの記録には、なるべく目を通していた。だから、頼光の弱点も知っていたし、天草四郎の弱さと強さに関する知識がある。

 

 天草四郎は単体では、そこまで強いとは言えない。

 だから、遡行軍を使って自身を護っている。しかし、遡行軍を排除したところで、スキル「神明裁決」がある。サーヴァントの行動を僅かな時間だが止めてしまう効力を持ったスキルだ。もちろん、一定以上の魔力がないと発動できないが、遡行軍を蹴散らしている間に溜めることができるだろう。

 止められるのは数分程度の時間だが、戦では速さが勝負を決する。一度でも足を止めた瞬間、その隙をついて畳みかけられたら元の子もない。

 

「……わしは戯れは許すが、侮りは許さぬ。そなたもゆめゆめ忘れぬことだ」

 

 信長は後ろの信勝を一瞬だけ視線を向けると、ばさりと赤い外套を脱ぎ捨てた。

 

「へし切! お主は速いのう。刀剣の付喪神として顕現した強さ。わしは、お主を信じておる」

 

 信長は長谷部の紫色の背中に語りかけると、自身の愛刀を床に突き刺した。

 彼はいつもの通り、その声に応えない。ただ腰を落とし、低く構えている。信長はそんな長谷部を一瞥すると、部屋中に響き渡る声で叫んだ。

 

「信勝! へし切! お主たちは一度下がれ! 巻き込まれるぞ!」

 

 信長は残った魔力のすべてをかき集める。

 燃え盛る本能寺のごとく熱い魔力は、信長の小さな身体を駆け巡り、ついには僅かに身体を宙を浮かせた。

 

「三千世界に屍を晒すが良い。天魔轟臨!」

 

 それは、彼女が長篠の戦で武田の騎馬隊を追い込んだとされる「三段打ち」の再現。

 信長の周囲に無数の火縄銃が出現し、両手に持った銃も合わせて全方位に向けた一斉射撃を行う宝具。「無数」と一言で言えば軽く感じるが、三千丁に匹敵するほどの数の火縄銃が一度に現れるのだ。

 

「これが魔王の『三千世界』じゃーっ!」

 

 三千丁の銃火器による止まる事のない一斉射は、さすがの遡行軍でも一溜りもない。

 もちろん、サーヴァントである天草四郎も真面に受ければ勝ち目はないが、彼は信長が魔力を廻し始めたことを理解した瞬間、素早く洗礼を詠唱していた。

 

「ヘブンズ・フィール起動。万物に終焉を」

 

 四郎は魔力の溜められた黒い球と青白い球を、それぞれ片方ずつ手に集める。

 そして、数多の銃弾が雨のように降りかかる瞬間を見計らい、二色の玉を頭上へ投げつけた。

 

「『 双腕・零次集束』!」」

 

 黒い球と青白い球は宙で交わると、さながらブラックホールのように暗黒の球体が出現する。球体は信長の放った銃弾を飲み込み、流れ弾さえ四郎に届かない。

 だが、この球が間に合ったのは彼だけで、遡行軍たちには間に合わなかった。

 銃弾の嵐が畳の床を抉り、硝煙が周囲一帯に立ち込める。天草四郎は気を張りながら、周囲に意識を張り巡らせた。すると、硝煙の中に信長の赤い色が見えた。赤い色は急速にこちらへ近づいてくる。

 天草四郎は

 

「我が奇跡を見守りたまえ!」

 

 と、スキルを放つ。

 瞬間、信長は呻きながら床に倒れた。硝煙は徐々に外へ流れ、視界がはっきりしてくる。

 

「はっ!」

 

 三池の刀を握りしめ、信長の首を取ろうとする。

 だがしかし、顔が見えるほど近くまで接近した途端、四郎は足を止めてしまった。

 

「なに……!?」

「―—ッ、引っかかりましたね!」

 

 そこに蹲っていたのは、赤い外套を羽織った信勝だった。

 背丈恰好も似ている姉弟だからこそ、四郎は見間違えてしまった。四郎は悔しそうに唇を噛むと、すぐに現界するのもやっとな最弱サーヴァントを切り殺そうと九十九刀を振り上げる。

 ところが、その刀が信勝を貫くことはできなかった。

 

「ぎっ」

 

 その刀は弾き飛ばされてしまう。

 信勝の背後から迫っていた長谷部が、四郎に狙いを定めていたのだ。九十九刀は宙を舞い、四郎の手から離れてしまった。四郎は悔しそうに一瞥したが、即座に三池の刀で肉薄している長谷部に切り込んだ。

 しかしながら、長谷部は痛みや焦りを全く感じていない。

 

「だからぁ?」

 

 長谷部は口の端を上げ、信長そっくりな挑戦的な笑みを浮かべている。

 

「この、付喪神風情が!」

「なんとでも言え。

 英霊であっても、俺の刃は防げない!」

 

 長谷部は叫び声と共に、天草四郎を一刀両断する。

 さながら、隠れていた茶坊主を圧し斬ったように。四郎は断末魔を残すこともなく、愕然とした表情のまま金砂になり消え失せた。

 長谷部は彼の消滅を黙って見届けると、宝具の発動で疲弊している元主の方へ歩き出した。

 

「……おう、へし切。わしが心配で来てくれたのじゃな」

「お前の心配などしてない。これを返しに来ただけだ」

 

 長谷部は感情を込めず、淡々と刀を信長に押し付けた。

 

 ただの刀より、伝説を昇華したサーヴァントの刀の方が確実に四郎を倒すことができる。それも、付喪神自身が自分自身を使えば、鈴鹿御前とソハヤノツルキほどではないが、勝算がぐんっと上がること間違いなしだった。

 

「やっぱり、わしの刀は鋭いのう。わしが語らなくても、考えを読み取って行動できるとは」

「……」

 

 長谷部は何も答えない。

 黙たまま彼女に背を向ける。だから、信長には気づかなかった。長谷部が少しだけ、本当に小匙一杯分だけ、誇らしげに微笑んでいたことに。

 

 そうとは露知らず、信長は自慢を続けた。

 

「さすが、わしの愛刀! 弱小人斬りサークルの刀の何倍も頭脳派じゃ!」

「人斬りサークルで悪かったですね!」

 

 信長を一喝するように、沖田総司が清光と大和守を引き連れて現れる。

 

「私の清光と安定の方が、ずっとずっと頭を使ってますよ!」

「ふん、所詮は人きり集団の壬生朗の刀より、天下人に最も近かったわしの刀の方が冴えわたっているのは当然じゃろう」

「結局、ノッブは天下は取れなかったじゃないですか!

 まったく。行きましょう、清光、安定。こんなノッブは放っておいて、カッコ良い沖田さんたちが特異点の謎を解決しますよ」

「汚い! 壬生朗、汚い!」

「そんなんだから、謀反を起こされるんですよーだ!」

「なにをー!? へし切、信勝、鉄砲を持てい!!」

 

 ぎゃーぎゃーと二人は言い争っている。

 長谷部は呆れたように鼻を鳴らした。

 

「俺は銃は使えん。あやつは、なにを考えているのだ」

「そりゃ、僕たちは打刀だからね」

「というか、俺たちは喧嘩をしていないで、先に進まないといけないんじゃないの?」

 

 清光は疲れ果てたように肩を落とした。

 そんな相方を見た大和守は仕方なさそうに息を吐くと、信長と沖田の間に割って入った。

 

「はいはい、そこまでにして。沖田君は先に進まないといけないんだから」

「安定!」

「信長公もそうでしょ?」

 

 安定の後に続くように、清光が信長を宥める。

 その一方で長谷部は九十九刀に視線を向けると、ゆっくりと近づいた。まだ禍々しい空気は消えていない。長谷部は自信の刀で遡行軍を呼び出す刀を切り捨てた。

 

「……姉上の刀の付喪神、いや、へし切長谷部」

 

 後始末をした長谷部に、信勝が歩み寄った。

 

「どうした? 魔王の弟」

「……僕はやっぱり、お前のことが嫌いだ」

 

 信勝は断言する。

 姉そっくりな瞳は嫉妬の炎で燃えていた。

 

「姉上の一番の理解者は、この僕だ。

 その僕を差し置いて、姉上の考えを読み取って手柄を取るなんて!」

「……俺だって、あやつの傍にいた時代があった。下げ渡されたときは理解できなかったが、戦法は分かっているつもりだ」

 

 「もっとも、下げ渡された気持ちも少しだけ知ることができたが」と、長谷部は信勝に聞こえるか聞こえないかくらい小さな声で呟く。

 

「おい、へし切、信勝! 進軍を続けるぞ」

 

 信長が二人を呼ぶ。

 信勝は破顔して駆け寄り、長谷部は平静な顔のまま

 

「沖田総司と共に戦えるとは、夢のようです」

 

 と言い放った。

 長谷部は信長の傍を歩く。

 信長の悲しむ声と信勝と非難に対し、それを少しばかり心地よさそうに受け流しながら。

 

 

 

 

 

 


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