「長谷部さん、間に合ったかな」
立香は奥へ駆けながら、後ろを振り返る。
しばらく進んだあと、長谷部が
『……あのような腑抜けた者たちには任せきれません』
と言い残し、止める間もなく引き返していってから数分は経っただろうか。
信長たちと戻ってくる気配はなく、むしろ、銃声や金属音が増して聞こえてくる。立香は胸の内に不安が広がっていくのを感じた。
「問題ない」
それに対し、山姥切は平然としていた。
無論、緊張しているようだが、後ろを振り返る様子はない。
「俺は長谷部の判断を疑ったことはない」
「山姥切さん……」
「俺たちは前に進む。そして元凶を倒す。それだけだ」
その青い瞳に迷いの色など微塵もない。
立香は少し口元に微笑を携えると、彼と同じように前を見つめる。自分は皆を信じると決めた。鈴鹿に教えてもらった疑念を振り切って、こうして先へと進んでいる。
「うん」
立香は力強く走った。
途中、遡行軍が現れる。だが、彼らからは戦闘をしようとする意志が少し欠けているように見えた。まるで、ずっと怠けていた者たちが、突然現れた侵入者に驚いて剣を取ったような、そんな違和感を覚える。
中には聚楽第の宝を略奪したかのように一か所に集め、それを護るために戦おうとする者たちもいた。
「斬る!」
「行け!」
そのような堕落した者や略奪していたような者たちに、負けるはずがない。
戦いはこちらが終始、優勢だった。立香が召喚した英霊と山姥切の前に、為す術もなく消失していく。
「あれだ!」
少し光が見えた。
その光の方へ進むと、少し開けた庭園があり、ちょっとした天守閣が立っている。天守の頂上は不穏な空気で包まれ、いかにも怪しげな雰囲気が漂っていた。
「ああ、行こう」
立香たちは天守へ潜入する。
天守閣の階段は狭く、ほとんど直角だった。登るのに時間がかかりそうだし、落ちないように慎重に登る隙に攻められたら、たまったものではない。
「俺が先に行く。藤丸はその後に来い」
「でも、私が召喚した英霊に行ってもらった方が安全だよ」
たとえば、ロビンやジャックなら軽々と登れるだろうし、上の階の様子を確認することもできる。
そう告げようとしたとき、足元に黒い球体が転がって来た。なんだろうか、と警戒していたとき
「避けろ、藤丸!」
山姥切が立香の身体を押した。
瞬間、球体が炸裂する。球体から灰色の煙が立ち昇り、山姥切を覆い隠した。
「山姥切さん!」
立香は令呪を握りしめて叫ぶ。
ただの煙玉だと思いたいが、球体は黒かった。まさか、これが洗脳の瞬間なのか? と警戒を強めたが特に何が起きることもなく、煙が晴れていく。
否、変化は起きていた。
「「俺?」」
山姥切が二人に増えていた。
白い布を被った刀剣男士は、きょとんとした顔で相手を見つめている。立香はその様子を見て、はあっと息を吐いた。
「片方が燕青ってことね」
まだ再会していない、最後のサーヴァントを思い出す。
サーヴァント、アサシンの燕青。
彼は幻霊「ドッペルゲンガー」を取り込んだことで、他者の外見を投影する能力を身に着けている。それは、カルデアの霊基観測でも見破れないほどの精度である。故に、わずかな差異やちょっとした仕草の違いで見分けなければならない。
「藤丸、俺が本物だ」
「違う。藤丸、騙されるな。俺が本物だ」
澄んだ蒼い瞳が、立香をまっすぐ見据え、そして、少し怒ったような顔で互いを見合う。
声はもちろん、タイミングもピッタリ。
まるで、双子を見ているかのようだった。
「どっちか山姥切さんだろう?」
立香は彼の仕草を観察する。
二人とも差異を感じない。もしかしたら、本物の山姥切の仕草を燕青がコンマ数秒で真似しているのかもしれない。完璧な従者であり演者の彼なら、その程度の真似は動作もないだろう。
「藤丸。俺たちは一緒に戦ってきただろう?」
右の山姥切が言う。
「そうだ。二条第からずっと戦ってきた」
「何を言っている? 清水からだろう?」
左の山姥切が疑念を述べると、右の山姥切が少し驚いたように眉を上げ、立香に視線を戻した。
「藤丸。左が敵だ。清水で俺たちは出会っていない」
「……違うよ」
立香は首を横に振った。
「私は山姥切と清水で会ってる」
清光へ続く参道で、彼は立香に食料を分けてくれた。
共に参道を駆け上がり、岡田以蔵と戦った。その後、山姥切と二条第で再会したのだ。
そのことを伝えると、右の山姥切が青ざめながら数歩、後ずさりする。
「俺の偽物は、そこまで知らなかったようだな」
左の山姥切が静かに言うと、立香を護るように刀を抜き払う。
右の山姥切は明らかに狼狽した様子で、立香を見据えてくる。
「―—ッ! 騙されるな、藤丸。そいつは俺じゃない!」
「往生際が悪いな。俺の偽物」
「違う。俺は偽物だが、偽者じゃない。俺は……俺なんだ!」
立香は二人のやり取りを見届けると、静かに右手を前に出した。
「来て、キャスター!」
立香の令呪が光ると、白い煙と共にサーヴァントの影が召喚された。
現れたのは、中国の軍師 諸葛亮孔明の疑似サーヴァント。外見はロード・エルメロイ二世というイギリス人だが、燕青と同じ中国出身のサーヴァントだ。アサシンとの相性は悪いが、山姥切と連携すれば燕青の洗脳を解くことも可能である。
「藤丸。一気に畳みかける」
左の山姥切が刀を強く握りしめると、右の山姥切を睨み付けた。右の山姥切は悔しそうに唇を噛むと、刀を抜き払い戦う意思を示した。
「先生、お願い!」
立香はそう叫ぶと、エルメロイ二世に命令を下す。
諸葛亮の影は手元に魔力を貯めると、まっすぐ山姥切に光弾を放った。
「「なっ!?」」
左の山姥切国広を。
左の山姥切国広は背後からの突然の攻撃にすぐ対応することができなかった。辛うじて避けることに成功したが、光弾で白布の大半が千切れてしまう。
「……ッ、藤丸!? 何故、俺を……」
「私は確かに清水寺で、貴方と出会った」
立香は確信を込めた目で、左の山姥切を見つめた。
「完璧だったよ。他の刀剣男士たちみたいに、まっさきに清光の心配をしていたし、言葉遣いも戦い方も」
仲間思いで、敵に立ち向かう姿は、立香が最初に出会った山姥切国広そのものだった。
きっと、彼がもう一度、立香の前に現れていたら騙されていたかもしれない。
「でも、私の知っている山姥切さんは、貴方じゃない」
立香は断定する。
「二条第で再会した山姥切さんには、もちろん違和感があったよ。まるで、清水で出会ったことを覚えてないみたいだった」
あの場で、山姥切はこう言った。
『ところで、加州は……いや、お前だけ捕らえられたのか』
もし、以蔵が立香を捕らえたことを知っていたら、この言葉は出てこない。
以蔵が連れ去ったのは、立香だけだと知っているはずである。もし、他の者たちを心配しているのであれば、清光以外の名が出るはずだ。
それがなかった時点で、清水で出会った山姥切国広と二条第で出会った山姥切国広は別人ということになる。
「でも、山姥切さんは、1つ1つ自分で考えながら受け止める人だった」
最初に出会ったときも、立香の言葉を一つ一つ答えを返していた。
写しであること、英雄の写しであるサーヴァントと写しの自分の違い、今回部隊長であるのに何もなしえていないことなど、真剣にを悩み、考え込んでいた。時に、相談に乗ったこともあったが、それも彼の悩みの一部で、たぶん、全部の相談には乗れていない。それでも、考えていないわけではなく、人の意見を聞きながら、自分の中の疑念と向き合っているように思えた。
「あの言葉が、嘘だとは思えない」
「藤丸……」
「それだけで、俺が偽物だと?」
「清水で出会った山姥切さんは、写しであることを気にしているようだったけど、本当に気にしているようには見えなかったんだ」
清水で自身を写しだと卑下する姿を見て、立香は信長と一緒に言葉を送った。
偽物が本物に劣るとも限らない、と。
しかし、山姥切は何も答えなかった。考え込んでいるのかと思ったが、いまは違うと思える。
あれは「形」として言っているだけで、本当にコンプレックスに感じていなかったのだ。真にコンプレックスに感じているのであれば、何かしらのリアクションを返すはずである。言葉でなくても仕草でもいい。だが、それに無反応だった時点で、山姥切とは違う可能性が浮上する。
「それに、本当に写しであることを悩んでいる山姥切さんは、相手に対して軽々しく『偽物』なんて言葉は使わない。だから、そっちの山姥切さんが私とずっと戦ってきた山姥切さんだよ」
「それ自体が騙されてるとは、考えないのか!?」
左の山姥切は必死になって訴えかけてくる。
立香は揺れる青い眼を見返しながら、ゆっくり頷いた。
「私は……私と一緒に戦ってきた山姥切さんを信じている!」
「――ッ、この!!」
左の山姥切が刀を振り上げ、立香に迫る。
右の山姥切は立香の前に躍り出ると、その刀を弾き返した。
「……ありがとう、藤丸」
「礼はいらないよ。行こう、山姥切さん」
「ああ、参る!」
山姥切が斬りかかろうとすると、相手の変装が解け、金髪は瞬く間に伸びながら夜色の髪へと変わり、上半身に華やかな刺青が刻まれた任侠が現れる。
「俺を見破ったことは褒めてやるが、生きて返すわけにはいかないぜ」
燕青は狂気が迸る目で立香たちを睨み付ける。
本来、蒼いはずの篭手が黒色に染まっているので、どこを切れば良いのかよく分かった。
「山姥切さん、篭手を狙って!」
「分かった」
「そう簡単に切らせるか!」
燕青が山姥切の太刀筋を軽々と跳ねのけると、立香に狙いを定めて殴りかかろうとしてくる。
だが、その拳は立香に届かない。
「これぞ大軍師の究極陣地。『石兵八陣』!」
燕青の周囲に黒い結界が張られる。
諸葛亮の宝具『石兵八陣』。陣に捕らわれた者の行動を制限する宝具だ。キャスターとアサシンは相性が悪いが、全く効かないわけではない。事実、軽々しく跳びはねていたはずの燕青の身体は、急激な圧がかかったように鈍くなっている。
「山姥切さん!」
「ああ、斬る!」
山姥切の刀が燕青の篭手を切り捨てる。
黒い篭手はひびが入ると二つに割れ、元の青色へと変化していった。それと共に、燕青の眼の色も落ち着きを取り戻す。
「――ッ、あ、マスター、か」
「燕青。良かった。戻ったんだね」
「あー、そういうことか。俺は洗脳されてたってわけだ」
燕青は肩を落とすと、やれやれとばかりに後頭部を掻く。
「洗脳って……知ってるの?」
「マスター、俺はアサシンだぜ。特異点にレイシフトしたが、どうもキナ臭い。そうしたら、潜入して調べるっていうのが、良き従者ってもんだ。だが、敵の手に落ちるとは、俺も焼きが回ったな」
燕青はすまないと両手を合わせて謝って来たので、立香は急いで首を横に振った。
「いいよ。それよりも、どこまで調べたのか教えてくれると嬉しい」
すぐそにに敵の本陣がある。
おそらく、この階段を上ったところに北条氏政と洗脳能力を持つサーヴァントがいるのだろう。いきなり乗り込むより、少しでも情報が欲しい。
「……敵のサーヴァントの真名までは分からないが、能力については分かった」
「洗脳ってことでしょ?」
「いや、ただの洗脳じゃない。
深層心理に眠る悪意や復讐心を引き出し、その考えを無理やり肯定化する能力だ」
燕青は、静かに言い放った。