聖杯乱舞「特命調査 聚楽第」   作:寺町朱穂

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マリオネットの夢(5)

「悪意や復讐心を引き出す……?」

 

 立香は言葉を繰り返すと、燕青は頷き返してくれた。

 

「悪意や復讐心の引き出し方は、おそらく洗脳した相手によって違う。巴御前が源氏に対し過剰な悪意を抱いていたり、ジル元帥が幼子に対する悪意の面を強調させたりって感じにな」

「そうか。だから、ジルはジャンヌのことを口にしなかったんだ」

 

 ここで、ずっと抱いてきた疑問が氷解する。

 

 

「でも、個人差があるみたいだね」

 

 牛若丸は自分を裏切った頼朝や世界に対して憎悪を燃やしていた。

 だが、他の人物は少し毛色が異なる。

 例えば、岡田以蔵だ。

 彼は陸奥守吉行に坂本龍馬を重ね合わせて復讐心を抱いていたが、その仕草や様子はカルデアにいた頃に近い。 天草四郎も同じだ。

 復讐心や悪意が肯定されているのだとしたら、巴御前が下総化したように、世界救済などかかげず、むしろ滅ぼそうとしていたことだろう。だが、天草四郎の瞳の奥には列記とした理性があり、暴走しているようには見えなかった。

 後藤又兵衛は会ったことがないので分からないが、呂布も普段との変化を感じない。

 

 そのことを伝えると、燕青は指を二本立てた。

 

「効きにくいのは、二種類だ。

 1つ目は混ざり物が入っていること。そして、もう1つは神に関するものだ。

 これで、付喪神たちは比較的理性を保っていられる。神を信奉する天草四郎も同じだ」

「以蔵さんは?」

「あれは、深く洗脳しなくても操れると踏んだんだろうな」

 

 以蔵さん……。

 立香は瞼を閉じて、気の毒な人斬りサーヴァントを悼んだ。

 

「とはいえ、しっかり方向性を決めないと洗脳できない。大和守はそれが運悪く一致してしまったってことだろうな」

「……なるほど。確かに普段のあいつなら、加州を嫌ったり憎んだりすることは絶対にありえない」

 

 山姥切も同意する。

 

「ということは、燕青も……」

「ああ。俺はかなり深く洗脳された。念入りにやられたってことだ。だが、上手く使えるか分からなかったんだろうな。ここに至るまで、なるべく外に出されなかった。

 ま、それでも、深層心理に意識があって、いろいろ情報を奪うことはできたがな」

 

 燕青はしてやったりと口の端を持ち上げた。

 

「さすが、新シン!」

「俺は従者として当然のことをしたまで。

 うーん、だが、意識を保つのは結構危なかったぜ」

 

 へらっとしていたが、彼の黒い瞳は全く笑っていない。

 

「生前の主を殺した世界が憎い。蹴鞠野郎のような連中が蔓延っている世界を壊したい。

 身体に馴染む心地よい感じで押し寄せてくる。それでいて、ずっと悪夢の中に溺れているような居心地の悪さ」

 

 ある意味、地獄だった。

 マジで世界を滅ぼそうと思った。

 

 燕青は真面目に語る。

 

 

「つまり、今まで操られていた人たちは……」

 

 立香は目を伏せた。

 牛若丸や巴御前たちは、身体をマリオネットのように操られながら、悪夢に魘されていたということだ。悪夢に魘されるまま、世界を滅ぼすために力を振るうなんて、ただ操られるよりも質が悪い。

 立香の心は薄ら寒くなった。

 

「……辛かったね、燕青も」

「大丈夫、大丈夫。今はこうして、マスターのサーヴァントに戻れたからな。

 そうだな……あと、注意するべき点としては、ここから先の罠に気を付けるってとこだ」

「罠、だと?」

 

 山姥切が尋ねると、燕青は周囲に目を奔らせると、声を一段階潜めた。

 燕青が罠について説明すると、立香と山姥切は目を見合わせた。

 

「それは……本当に人間なのか?」

「前も聞かれた気がするけど、それでも人間、だと思う。清姫やエリちゃんは竜属性付与されてるし」

「ヴラドの旦那も逸話のせいで吸血鬼になってるからな」

 

 だから、別に身体が人間外でも不思議はないし、今さら驚くところではない。しかし、山姥切はそのあたりの事情を詳しく知らないので、やはり信じられなかったのだろう。

 

「そういうものなのか」

「そういうもの。とにかく、その罠に気を付けて進もう」

 

 三人は頷くと、上へと続く階段を上り始めた。

 

「よーしぃ。始めるとするか」

 

 

 燕青は拳を鳴らすと、汚名返上とばかりに階段を駆け上った。

 「ここから先は行かせない」とばかり、遡行軍が現れたが、山姥切と燕青の敵ではない。むしろ、注意するべきは、そこらに張り巡らされた「罠」だ。山姥切と燕青は軽やかに躱しながら攻撃することができているが、立香は目を凝らしながら、一歩一歩、注意深く進まなければいけなかった。

 

「マスター! 右足のところだ!」

 

 燕青が戦いながら、途中で指摘してくれる。

 そこでようやく、右足の真下に白い糸が引かれていることに気付いた。道中はずっとそんな感じで、山姥切が赤い煙を纏った最後の一体を切り殺したところを見届けると、ようやく胸を下ろすことができた。

 

「なんというか、見るからに怪しい」

 

 三人は、金箔の臥間の前に立つ。

 四方八方が金の壁に覆われ、美術の教科書で見たような緑の獣や赤い花が描かれている。一見すると荘厳だが、立香の身体にはぞくりと鳥肌が立つ。襖の向こうから流れ出る禍々しい空気を手に取るように感じた。

 

「相手が何だろうか知ったことか」

 

 山姥切が蒼い瞳を鋭く細めると、臥間の前で刀を構える。

 

「斬ればいいんだろ」

 

 そして、一思いに臥間を切り裂いた。

 ざくりとした音と共に臥間が両断され、奥の光景がゆっくりと立香たちの前に現れる。臥間の向こうも立香たちのいる場所同様、金で覆われていた。ただ最奥の畳だけが一段だけ高く、誰かが座っていたような痕跡があった。もしかしたら、あの場所に北条氏政がいたのだろうか、なんて思考を一瞬そちらへ向けた、その瞬間だった。

 

「マスターっ!」

 

 燕青が立香の身体を抱えると、すぐに横へ跳びはねた。自分のいた場所に白い糸の塊が吹きつけられるところだった。一歩遅ければ、あの糸に絡まっていたところだっただろう。

 

「あれは!?」

 

 そして、立香は目にする。

 

「……ようやく来ましたね、カルデアのマスター」

 

 か細い女の声がする。

 端正な顔立ちの美しい女性だった。長く艶やかな髪が特徴的で黒いゴスロリ調の服を纏っている。それだけ見れば、カルデア図書館の女史と同じだが、全体的な顔立ちが西洋人であること。そして、最も違う点は彼女の白い腕よりも遥かに太くて黒々とした鉤爪のような足が、スカートの裾から覗いている。

 それも、八本だ。

 

「脇差というより、あれは蜘蛛だな」

 

 山姥切が口にする。

 確かに蜘蛛だ。上半身は麗しい女性だが、八本の足は間違いなく人とはかけ離れている。よく見ればスカートは太く奥へと伸びている。まるで、蜘蛛の腹部のように。

 

「……ええ、そうね。私は蜘蛛よ」

 

 女性の眼に蔑む色がチラついた。

 指先で白い糸をこねながら、立香と山姥切をまっすぐ睨み付けてくる。

 

「燕青でしたっけ。今でしたら、そちらは見逃してあげますよ。

 ですが、そこの付喪神とカルデアのマスターは別です。今度こそ、私の糸で操って御覧に見せましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方。

 聚楽第の正門前では、陸奥守たちが悪戦苦闘を強いられていた。

 サーヴァントはいないとはいえ、天草四郎が事前に呼び出していた遡行軍は波のように押し寄せてくる。

 

「なんぼ倒しても、きりがない! ええい、マスターは無事か?」

 

 岡田以蔵は肩を上下させながら、赤い鬼を一閃する。その彼の背中を狙うように遡行軍の鬼が切り込みにかかる。だが、以蔵のの背中を護るように、陸奥守吉行が銃で撃ち倒した。

 

「あともうちっくとだ、以蔵さん!」

「ちくっとじゃと!? おんしの眼は節穴か!」

「最初より数は減っちゅー。あと80体くらいぜよ」

「―—ッ、気安う言うてくれる!」

 

 岡田以蔵と陸奥守が互いに背中を預けるように戦う一方、少し離れたところでは、牛若丸と今剣が舞うように敵を切り倒していた。

 

「よしつねこう! ぼくは、これで20体たおしましたよ!」

「なかなかやりますね。ですが、私は21体倒しました」

「さすが、よしつねこうです! ですが、ほら!」

 

 今剣はばびゅーんと跳びはねると、手近にいた鬼の首を切り裂いた

 

「これで、ならびました!」

「むっ、負けてはいられませんね」

 

 二人は競うように敵と戦っていたが、やはり消耗しているのだろう。互いの白い肌には赤い傷跡が目立っていた。

 

「ははは! さすが義経殿。いつも全力ですな」

 

 弁慶が額に汗を浮かべながら薙刀を振るう。

 

「はっはっは! 今剣もだ。元の主に似ている」

 

 岩融も鮫のような歯を見せるように笑うと、弁慶と同じように薙刀を振るった。 

 最初はこの薙刀組が先陣を切って進んでいたのだが、数が多いせいだろう。今では牛若丸と今剣が先に飛び出し、やや後手に回ってしまっていた。

 

「これより、修羅に入る!」

 

 そこに焦りを感じたのだろうか。弁慶が前へ飛び出すと、上から薙刀を振るいにかかった。だが、疲れが蓄積されていたのだろう。弁慶の隙をつくように、斬りかかられてしまった。

 

「むぅっ、ぬかった」

 

 深々と切り込まれ、がくっと片膝をつく。

 もちろん、そこを狙われるはずもない。ここぞとばかりに、敵は群れとなって弁慶に襲いかかる。

 

「弁慶殿!」

 

 すぐ近くにいた岩融が薙刀を振るうが、すべてを捌ききれない。その多くを後退させることには成功したが、弁慶と同じように腹に深い傷を負ってしまう。

 

「岩融殿!」

「―—ッ、はっはっは! いいぞいいぞ! もっと俺を楽しませろ!」

 

 岩融は顔を歪めながら薙刀を振るい続ける。

 

 

 誰もが疲労困憊。

 攻め込んでいる側の分が悪い。

 遡行軍の前衛を倒しても、奥には英気を養った精鋭が残っているのだ。次から次へと元気な敵が襲い掛かってくるので、疲れや傷が蓄積していく。

 岡田以蔵たちサーヴァントも体力は半分を切り、陸奥守たち刀剣男士も中傷を負っていた。

 

「これは不味いかもしれん。下手したら……」

 

 陸奥守はそこまで呟くと、その先の言葉を飲み込む。

 このままでは重傷を負う者も出てくる。そのまま進軍を続ければ、刀剣破壊で死んでしまうかもしれない。

 その瞬間だった。

 

「ぐっ」

 

 打刀の間に息を潜めていた槍兵が、陸奥守の身体を貫いたのだ。

 

「龍馬の刀!」

「っく、のうが、悪いぜよ」

 

 ちょうど腹部を槍が抉っていた。岡田以蔵はすぐさま反転すると、黄色の瞳に怒りを滲ませながら、槍兵めがけて突っ込んだ。

 

「天っ誅ぅう!」

 

 槍兵は消え失せたが、陸奥守は腹部に手を当てたまま動くことができない。 

 

「吉行!」

 

 陸奥守の負傷を受け、和泉守兼定の刀も鈍る。

 

「ぼさっと止まるんじゃねぇぞ! 俺たち新撰組は、斬れ、進め、斬れだ!!」 

 

 土方歳三が兼定に喝を入れるように叫んだが、彼も至る所から血を流している。和泉守は元主に無理をし過ぎるなと忠告しようと口を開いたが、自分の影とは別の影が後ろから襲いかかってくるのが見える。

 

「しまっ――ッ!」

 

 和泉守兼定は振り返る。

 遡行軍の打刀はあまりにも近すぎて、刀が間に合わない。すでに中傷でこれ以上、攻撃を受ければ陸奥守吉行のように重傷を負ってしまい、満足に戦うどころか、刀剣破壊で死んでしまう。

 

 和泉守が死を覚悟した、その時だった。

 

 

 

「闇討ち、暗殺、お手の物!」

 

 兼定の視界が晴れる。

 打刀は煙となって消え去り、代わりに黒髪の小柄な少年が自分の前に降り立っていた。

 

「兼さん、大丈夫?」

「おまえ、国広!? なんで、ここに!?」

 

 兼定の驚きに呼応するように、あちらこちらで刀剣男士やサーヴァントが目を見張った。

 

「君が牛若丸かな?」

 

 薄い黄色がかった白い髪の青年が、牛若丸を護りながら刀を振るう。

 

「貴方は?」

「僕は髭切。弟が貴方の世話になった。えっと、弟の……?」

「膝丸だ、兄者! 膝丸!」

 

 髭切と同じ瞳をした薄緑色の青年が、その横で敵を切り裂いていた。

 弁慶と岩融のところにも、新たな少年たちが援護に入る。黒くて短い髪に白い肌が特徴的な少年は小さな身体に似合わず、打刀を素早く一刀両断した。

 

「鎧なんざ、紙と同じよ!」

「僕も薬研に負けてられないよ!」

 

 そんな薬研少年の横で、フリルの多いアイドルのような衣装を纏った子が、オレンジ色の髪を振り乱しながら短刀を振るっていた。

 その二人の姿を見て、陸奥守は乾いた笑いを浮かべる。

 

「どうやら、わしら刀剣男士側の援軍ちゅーことやな」

「はぁ? 刀剣男士じゃと? 女子が混ざっちゅーやないか!」

「まあ、人生驚きが付き物ってことで」

 

 岡田以蔵が叫ぶと、鶴丸国永がからかうように笑う。以蔵が困惑する横で、蹲る陸奥守を護るように、フードを被った男が刀を振るう。

 

「おまんは……?」

「まったく。戻ってみれば、この体たらくとは」

 

 監査官はまっすぐ聚楽第を見つめたまま、重傷の者たちを護るように戦い始める。

 

「だが、良くぞここまで来た。

 このまま聚楽第の本丸を目指す!」

 

 

 監査官は、声高らかに宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 長かった戦いが決するまで、あとわずか。

 

 

 

 

 

 





オリジナルサーヴァント。
おおまかな特徴。
〇女性
〇下半身が蜘蛛
〇人を操る
〇神が嫌い
〇絹と呼ばれている
〇だか、西洋人

……ここまでくれば、ピンとくる人もいるはず。
なお、監査官と本丸からの援軍については次回、しっかり説明します。


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