聖杯乱舞「特命調査 聚楽第」   作:寺町朱穂

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事実上の最終章。



第九節
山姥切の刀(1)


 ことの発端は、数日前に遡る。

 京都の洛中の入り口で、苛立ちを叫ぶ男がいた。

 

「なぜ、一振も戻ってこない!!」

 

 今回の特命調査の監視官こと山姥切長義である。

 立香や加州たちと別れ、洛中の入り口に戻ったのは良いが、待てど暮らせど後続の部隊が来ない。

 

 もちろん、すぐに岩融や陸奥守を始めとした新部隊が編成され、聚楽第へ送り込まれていたわけだが、突入の際に離れ離れの場所に転移してしまったとは、山姥切長義には知る由もなかった。

 

 

「こんな事態だ。じっくり悩んで盤石な編成をするのは当然のこと。だが……さすがに一日以上かかるとはありえない! あの本丸は、事態解決を放棄したのか!? この時代に取り残された加州清光を見捨てるつもりなのか!?」

 

 そうとなれば、政府に「不適切な本丸」として報告する必要になる。

 だが、その前に「何故、後続部隊を編成しないのか」と問いただしたかった。山姥切長義が監査対象の本丸刀剣男士たちと過ごした時間は短かったが、互いに信頼し合っていることを肌で感じたし、なによりも、自身の偽物である「山姥切国広」が加州清光を見捨てるとは思えない。

 

 というか、見捨てるような非道な行為をして欲しくない。

 

「もし、偽者が本当に見捨てているのだとすれば、俺が斬る」

 

 加州清光の無念を晴らすためではない。

 「山姥切」の名を穢された恨みからだ。

 

 山姥切長義は気持ちを固めると、例の本丸への道を開いた。

 長義は光の通路を抜け、その本丸の戸を叩いた瞬間、待ってましたと扉は大きく開け放たれた。

 

「よっ、帰ったか――っ?」

 

 長義の視界に、白が広がった。

 鶴丸国永だ。彼は長義を見ると、不思議なモノでも見たかのように瞬きをする。そのまま長義の後ろを覗き込み、誰もいないことを確認すると、鋭い声で問いただしてきた。

 

「監査官、加州たちはどうした?」

「……なに?」

 

 長義は目を細める。

 

「お前たちは加州清光を見捨てたのではなかったのか?」

「見捨てるわけないだろ? 本丸の仲間だ」

「ッ、どういうことだ?」

 

 鶴丸の言い分は、加州の生還を信じてるだけに留まらず、既に新編成された部隊を送り出したような話しぶりである。

 

「状況を説明してくれ。お前たちが本丸に帰還してから、何があった?」

「……その言い方だと、山姥切たちと入れ違いになったということか? まったく、こんな驚きはいらないぜ」

 

 鶴丸は悔しそうに頭を掻くと、長義を本丸へ招き入れた。

 応接間に通されると、数分と経たずに男士数名が入ってくる。どの男士の顔も緊張で強張っていた。

 

「審神者はどうした?」

「ああ、大将なら眠ってもらってる」

 

 長義が尋ねると、近侍の薬研藤四郎が口を開いた。

 

「加州の旦那方を心配するあまり、食事もろくにとらず、寝ずに待っていた。

 あれだと大将の身体に障る。監査官が来る数分前に、無理やり眠らせたばかりだ」

「……随分と大事にされているようだな」

「それより、加州君たちについて話して貰えないかな?」

 

 長義は藤丸立香や牛若丸、カルデアからの通信で知りえた情報を提供する。そして、審神者が新しく編成した部隊が合流地点に来ていないことも語った。

 

「もしかすると、彼らは別地で戦っているのかもしれない」

「入れ違えか敵の手に落ちたか……」

「だが、お前たちが新部隊を送り込んだのは分かった。俺は一度、聚楽第へ戻り、彼らを探すとしよう」

「逸るな、監査官」

 

 長義が腰を上げると、それに待ったをかける人物がいた。

 青い着物を優雅に着こなし、すべてを視通すような金色の眼の持ち主……三日月宗近だ。

 

「戦力の分断は戦術の初歩だ。監査官とはいえ1人で行動すれば、敵の思うつぼではないか?」

「ほう……では、三日月宗近。お前ならどうする?」

「そうだな。俺なら新部隊を送り込む。隊長は監査官ということにしてな」

「この本丸が手薄になるだろ?」

「別に手薄にならないさ」

 

 三日月宗近は薄く笑った。

 

「お前たちが生きて戻ってくるのだ。何も問題はないだろう?」

「だが……」

「それに、この本丸からなら政府にも連絡が取れるのではないか?

 政府なら敵の目をかいくぐり、新部隊を同じ地点に送り込むこともできるかもしれない」

「!」

 

 長義は三日月の提案を聞き、頭を覆っていた白い靄が一期に霧散した。

 聚楽第からは政府へ連絡を入れることができなかったが、ここは聚楽第ではない。ごくごく普通の本丸だ。ここからであれば、政府に聚楽第の異常事態を伝え、判断を仰ぐこともできる。

 

「恩に着る、三日月宗近」

「礼はいらない。俺たちの仲間を救うためだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、政府に部隊を安全に転送させる通路を形成してもらった、というわけだ!」

 

 長義は目の前の遡行軍を切り捨てながら、得意げに言い放った。

 

 聚楽第の入り口では、依然として遡行軍が溢れかえっている。

 だが、陸奥守たちの陽動部隊と長義が連れてきた新たな部隊のおかげで、遡行軍の数は一気に減少した。あと数分もすれば、最後の一体まで切り殺すことができるに違いない。

 

「時の政府によると、北条氏政を倒し、聖杯なるものを回収すれば良いそうだ」

「なるほど。

 それなら、わしらはこいつらを早う片付け、山姥切たちの応援にいかんとの!」

 

 陸奥守が高らかに言い放った、その時だった。

 

 聚楽第の天守が揺れ、世界が二つに割るような音が刀剣男士、そして、サーヴァントたちの耳を貫いた。長義たちだけでなく、遡行軍も動きを止める。空は晴れ渡ってるというのに、毒々しい黒い雲が天守を中心として広がり、より一層禍々しい雰囲気を放っていた。

 

「な、なんじゃ、あれは!?」

「別になんでもいい」 

 

 岡田以蔵が驚愕のあまり目を見開ている一方、土方歳三だけは普段の調子を崩さない。

 

 

「あそこに敵がいる。ならば、そこまで――」

「斬れ、進め、斬れだろ?」

 

 土方が言い終える前に、和泉守兼定が不敵な笑みと共に言葉を紡ぐ。

 

「俺たちは新撰組だからな!」

「分かってるじゃねぇか、兼定」

 

 土方も自身の愛刀へにたりと笑いかけると、新たに馳せ参じた新撰組の刀に向かって言葉を投げかける。

 

「お前もだ、堀川国広。いくぞ、新撰組前進だ!!」

「……っ! もちろんだよ、土方さん! いくよ、兼さん!」

「おうよ! 後れを取るなよ、国広!」

 

 土方率いる新撰組が前進を再開する。そこに触発されるように、周囲の者たちの時も動き出した。真っ先に敵へ斬り込みにかかったのは、今剣だった。

 

「よーし、ぼくもいきますよ!」

 

 白い髪をたなびかせながら、迷うことなく遡行軍の首筋を切り落とす。

 

「なにしろ、ほかのげんじの刀にまけられませんから!」

「僕たちも源氏の重宝として、義経公と戦えるとは夢のようだけど……」

 

 髭切が今剣の言葉を受け、普段の微笑より小匙一杯分ほど好戦的な色を口元に浮かべた。

 

 

「まずは、自分たちの使命を果たさないとね。行くよ、弟の……」

「膝丸だ、兄者!」

 

 薄緑の髪を風に揺らしながら、源義経の愛刀 薄緑こと膝丸が叫んだ。膝丸は兄の背中を守りながら、ちらりと牛若丸の握る刀に視線を奔らせる。自分を使ってくれているのだと良いなーと思ったが、どうやら別の刀らしい。膝丸が少し残念な視線を送っていると、牛若丸はそれに気づいた。

 

「もしかして、薄緑。あなたは自分が使われていないと残念に思ったのですか?」

「あ、いえ、そのようなことは……」

「安心してください。此度の現界では、貴方を持ってきています」

 

 牛若丸は剣を軽々と振るいながら、楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「ですが、此度の主は刀を持っておられません。

 なので、バレンタインの際、薄緑を献上しました」

「そうですか……え? バレンタイン?」

「現代の催しだそうです。

 本当は敵将の首をチョコレートに浸して差し上げようとしたのですが、なぜか周りから止められてしまいまして。

 よって、あなたをチョコレートでコーティングして差し上げたのです!

 主が刀を扱えるようになり、一緒に首を狩りに行けるようにと!」

 

 どうだ! と、牛若丸は清々しいまでの笑顔で断言した。

 膝丸の顔から血の気が失せたような気がしたのは、気のせいではないだろう。

 

「うんうん。こういう驚きは大事だな!」

「……義経公って、すごい人だったんだね」

 

 鶴丸と乱藤四郎がこそこそ話しながら、着実に敵の数を減らしていく。 

 敵の数が減ってくれば、こちらの戦闘音より聚楽第内部の騒がしさが大きく伝わってきた。銃声や派手な金属音、誰かの悲鳴や叫びが風に乗って耳に入ってくる。

 

「…………マスター」

 

 弁慶は傷口に手を当てながら、最終決戦が行われているであろう天守を見上げる。

 

「そういえば、こちらに来てからずっと考えていたことがある」

 

 岩融が薙刀を振るいながら、ぽつりと言葉を零した。

 

「人を操り、足が幾本もある女のことだ」

「北条氏政のサーヴァントのことか」

「さーばんととは、まがりなりにも歴史に名を遺した人間なのであろう? 

 生きている時には二本だった足が、なぜ、増えてしまったのであろうとな」

「ん? 足が増える?」

 

 岩融の言葉に反応したのは、鶴丸国永だった。

 

「もう一度言ってくれ。

 女で人を操る力を持っていて、足が幾本もある他に特徴はあるのか?」

「岡田殿は襟巻、義経公は髪留めに触れられて、操られたそうだ」

「はい、その間、私の髪留めは黒く染まっていたそうです」

「わしの襟巻もやき」

「髪留め……襟巻……どちらも布だ。もしかすると、正体が分かったかもしれないぞ」

「なんと! まことか、鶴丸殿!?」

「ああ、ぴんっと来たぜ!」

 

 鶴丸は得意げに笑った。

 

「こう見えて、俺は色々なところを巡って来た。北条や織田信長公のところにいたこともあるし、神社に奉納されたり、伊達家に留まったかと思えば、天皇家に献上されたりした。

 九州には行ったことがないが、かなりの土地を巡って来た刀だ。その繋がりで、とある作家の本を読んだことがある」

「え、鶴丸さん、本を読むの?」

 

 乱藤四郎が不思議そうに尋ねた。

 

「そりゃ読むさ。本には驚きが詰まっている。自分の予想を超えた展開が待っているからな」

「それで、読んだ本って一体何なの?」

 

 乱藤四郎が不思議そうに尋ねる。

 

「俺は受動的だったが、かなりの頻度で引っ越しを重ねた作家がいてな。志賀直哉って言うんだ。知ってるか?」

「名前だけは聞いたことがある」

 

 長義が遡行軍の刀を圧し返し、斬り込みながら返答した。

 

「明治から昭和にかけて活躍した作家だとか」

「そうだ。23回も引っ越しをした男でさ、一部では『小説の神様』とも呼ばれている。

 その志賀直哉の短編小説に、こんな話があるんだ」

 

 鶴丸は剣を振るいながら、軽妙な口調で語り出す。

 

「とある山の女神さまが、一人の青年に恋をする。しかし、その青年は既に結婚が決まっていた。相手は女神より美しく、機の上手な女だった。

 女は山の女神から自分たちの恋を守るため、とばりを織っていたのだが、山の女神は嫉妬のあまり、その女に呪いをかけてからは、とばりは急激に汚らしい色に変わり始めた」

「つるまるさん。それで、どうなったのですか?」

「女は呪いに気付いたが、自分の恋のために織り続けた。

 だが、呪いというのは恐ろしい。

 女は何のために織り物をしていたのか忘れ、汚らわしい糸を紡ぐだけの存在……蜘蛛に成り果ててしまったのだ」

「そのあと、呪いは解けるの?」

「それで終いさ」

 

 鶴丸は素っ気なく言った。

 

「なんとも救いのない話じゃのう」

「ということは、その話を書いた人物……志賀直哉がサーヴァントになってるってことか?」

 

 和泉守が疑念の声を出した。

 

「いまさら男だと思ってた奴が女だって程度では驚かねぇが……」

「いや、ここからが大事なところだぜ」

 

 鶴丸は口の端を持ち上げる。

 

「この短編小説の題名は『荒絹』。蜘蛛になった女の名前からとっている。

 そして、この荒絹のもとになった神話が南蛮にあるんだ」

「神話じゃと?」

 

 岡田以蔵が口を挟む。

 

「『印度』とか『ぎりしゃ』だとか、そういったところか?」

「『ぎりしゃ神話』だ。

 その神話によれば、とある女がギリシャの女神に喧嘩を売り、機織り勝負をした。女は勝負には勝ったが、女神に蜘蛛にされてしまったんだと」

「そうか!」

 

 堀川国広が土方の背を狙っていた敵を撫で切りながら声を上げた。

 

「それなら、蜘蛛みたいな外見をしても不思議じゃない」

「人を操れるかどうかは不明ですが、布を洗脳の素にしていることは納得です」

「ああ、そういうことだ」

 

 鶴丸は最後の遡行軍を切り捨てながら、高らかに自分の推理を叫ぶ。

 いままさに最終決戦が始まるであろう、天守の上まで届くように。

 

 

 

「俺の推理が正しければ、その女は荒絹ならぬ『アラクネ』だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





これが、二部五章前に今作を終わらせたかった理由です。
ギリシャ異聞帯に「アラクネ」でるかもしれませんし……「あれ、アラクネってこんなキャラだっけ?」とかならないようにするために、頑張ってきました。

次回でステータスを発表するつもりです。
そして、藤丸立香や山姥切国広の活躍を最後までお楽しみください。
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