聖杯乱舞「特命調査 聚楽第」   作:寺町朱穂

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第二節
末期の祈り(1)


 それからのことは、断片的にしか覚えていない。

 

 すでに帰還が始まっていた刀剣男士たちは何もすることができず、緑の光と共に消えてしまった。

 牛若丸と立香を救うため、取り残された清光は当然のように天草四郎時貞の手を取らず、時間遡行軍の大群と戦うことになった。

 

 次々と津波のように押し寄せる遡行軍。

 それを俯瞰して眺める天草四郎と呂布。

  

 さすがに監査官も刀を抜き、応戦に加わってくれたが、多勢に無勢とはこのことだ。

 

「撤退する。こっちだ」

「主殿、ごめん!」

 

 監査官が奔り出す。

 牛若丸は立香を抱え込み、清光と一緒に監査官の後を追う。

 

 

 走って、走って、走って――……どれくらい、彼らは走ったことだろう。

 なんとか遡行軍を振り切り、立香たちは空き家の一間で一息ついていた。

 

「はぁ……つかれたー」

 

 清光が崩れるように座り込む。

 

「あんな大量の遡行軍、見たことがない」

「あの……ありがとうございます。でも、ごめんなさい」

 

 立香は清光に礼を言いながら、とても申し訳ない気持ちになった。

 自分を助けなければ、彼は今頃、安全な本丸に戻っていたはずなのだ。立香がしゅんと項垂れていると、清光は肩を落とした。

 

「あー、気にしないで。俺が勝手に助けただけだから」

 

 清光はさらっと言うと、いまだにフードを被ったままの監査官に目を向けた。

 

「あいつ、どういうこと? 俺たち、遡行軍以外の敵がいるって聞いてないんだけど」

「………………文句を言いたいのは、俺の方だ」

 

 監査官は淡々とした口調の中に僅かな怒りの色を滲ませる。

 

「俺も遡行軍以外の敵がいると聞いていない。なんだ、あいつら!」

「……では、監査官殿が知っていた情報を教えてください」

 

 牛若丸が問うと、監査官は静かに、しかし、苛立ちを込めた声色で話し始めた。

 

「俺の任務はあくまで本丸の監査だ。

 歴史に影響がない放棄された世界で刀剣男士たちの働きを監視し、政府に報告する。あまりに働いていない場合は本丸の活動に政府が介入し、それでも状況が改善されなかった場合は、本丸を取り潰す。そういう調査だった」

「歴史から放棄された世界?」

「剪定事象……いや、編纂事象だな。

 ここは北条が遡行軍と手を組み、豊臣に勝利した世界だ」

 

 監査官は懐に手を入れると、真新しい地図を取り出した。

 

「小田原城が豊臣方に包囲され、敗北が避けられない状況に追い込まれた時だ。北条氏政が時間遡行軍と手を組み、豊臣方の武将たちを倒し尽した。

 だが、歴史は変わるが、人理自体に影響はない。

 遡行軍は監査対象の本丸が片付ける。本丸側に荷が重い場合は政府が遡行軍を殲滅する。それさえできれば、歴史は進んで行く。事実、生き残った徳川を中心に、上杉や前田に毛利、九州や四国の大名が京を包囲している。

 遡行軍さえ片付けば、北条は滅び、徳川が北条の支配していた関東を治め、江戸幕府が始まる」

「えっと、それって確か……固定帯、だっけ?」

 

 立香はバビロニアで聞いた言葉を思い出した。

 

 たとえば「ブリテンが滅んだ」という結果が人理に固定された場合、 レイシフトや時間移動をして「ブリテンを繁栄させ、戦争を終結させ、誰もが幸福になった」という過程を成功させても、固定帯に到達した瞬間「しかし、それでもブリテンは滅びた」という結果になるらしい。

 その結果、一人か二人は幸福になるかもしれないが、人類史という大きなうねりを変えることは決して出来ない……らしい。

 

「豊臣はもう滅んだけど、結果的に北条も滅びて、徳川が江戸を手に入れ、幕府を開く。その歴史は変わらないってこと?」

「その通りだ。

 だから、解せない。あの量の遡行軍がいるとは事前調査になかったはずだ。ましては、英霊とやらが絡んでいるとも聞いていない」

「政府に連絡はとれないの?」

「連絡はしている。だが、まったく応答がない!」

 

 監査官は苛立ちをぶつけるように、柱を強く叩いた。

 

「どうなってる! この世界は隔離されているとでも言うのか!?」

『隔離。そう、隔離さ!』

 

 監査官が言い放った瞬間、目の前に青い映像が浮かび上がった。モナリザそっくりな女性が投影されたと思ったら、すぐに最も信頼のおける後輩の姿が現れる。

 

『ご無事ですか、先輩!?』

「ダ・ヴィンチちゃん! マシュ!」

「うわ、なに妖怪? 妖術!?」

 

 清光が少し身体を引いたが、監査官が少しだけ怒りを潜めた様子で

 

「どうやら、お前の仲間のようだな。かるであ、だったか?」

 

 と尋ねてきた。

 

「はい。私の大切な仲間です!

 それで、ダ・ヴィンチちゃん。隔離って?」

『うん。状況的には新宿の時と近いかな。

 聚楽第を中心とした洛中、洛外以外の様子が確認できない。意図的に閉鎖しているのか、なにか準備が整ってから解放するのか……細かいところは分からない。

 いつもなら座標を特定して追跡できるんだけど、今回は困難でね。とはいえ、私は天才だ。なんとか通信まで漕ぎつけたというわけさ』

『ところで、先輩。

 牛若丸さんしか見当たりませんが……それに、その方たちは一体?』

 

 マシュが不思議そうに清光と監査官を交互に見てくる。

 

「彼は歴史修正主義者と戦う刀の付喪神の加州清光さん。それで、こちらがその働きを確認する監査官さん」

『はぁ、歴史修正主義者ですか』

『いやいや、マシュさん。驚くのそこじゃないでしょ!?』

 

 マシュを押し出すように、沖田総司が顔を出した。

 

『加州清光と言いましたか!? 言いましたよね!? しっかり聞こえたんですけど!?』

「えっ?」

 

 清光はぽかんとした顔で投影された沖田を見つめた。沖田も少し目を見開き、清光を見つめ返した。そして――……

 

『さすがは、沖田さんの加州清光! カッコよくて、強そうで、それでいて、どこか可愛らしいです!

 ムニエルさん、通信先へレイシフトできます? え、できない? できたとしても守備範囲外だからやらない!? そんなー、せっかく清光が目の前にいるのに!』

『沖田さん、落ち着いてください。その、清光さん? も驚いています。……清光さん?』

 

 マシュの戸惑いの声を聞き、立香も清光に視線を戻す。 

 清光は半分ほど口を開け、通信映像を見つめながら、ほろほろと涙を流していた。清光はマシュに話しかけられ、ようやく自分が泣いていることに気付いたのだろう。頬に手を当て、濡れていることを確認する。

 

「あっ……俺……ごめん。まさか、また会えるとは思っていなかったから」

 

 清光は通信に背を向け、涙をぬぐい始める。その様子に気付いたのか、再び沖田が投影される。

 

『……私も、清光と会えて嬉しいです。だから、こちらを向いてくれませんか?』 

「でも、俺の顔、いま可愛くないから……」

『どんな清光も私と共に歩んできた……大切な私の刀です』

 

 沖田の穏やかな言葉を受け、清光は振り返った。沖田も少し泣きそうな顔になっている。

 

『できれば直接会いたかったです』

「……俺も……会いたかった」

『感動の再会を邪魔してごめんね。でも、長く通信できないんだ』

 

 ダ・ヴィンチが早口に話し始める。

 

『そちらの情報を教えてくれるかな』

「では、私が説明します」

 

 牛若丸が要点をまとめて話し始めた。

 刀剣男士と時間遡行軍について。同行した他のサーヴァントと合流ができていないことについて。洛中に入ろうとした瞬間に現れた呂布将軍、そして、時間遡行軍を引き連れて現れた天草四郎時貞について。

 

「天草殿たちは北条氏政がマスターだと確かに言っておりました」

『ふむ……つまり、北条氏政が複数のサーヴァントと遡行軍とやらを使役しているということだね。

 こちらの解析でも、聚楽第が中心となっていることは確かなようだ。北条氏政と接触、もしくは、敵方のサーヴァントと接触できれば、もう少し情報が得られると思うけど……。

 ちなみに、清光君だったかな? 時間遡行軍と対話することはできる?』

「今まで試したことはないな」

 

 清光が答えてくれた。

 

「というか、俺、それなりに長く戦って来てるけどさ、あいつらが話しているところ、聞いたこともない」

「そこは俺も保証する。遡行軍との対話は不可能だ」

『……なるほどね。遡行軍とやらの仕組みにも興味があるが、まずは遡行軍を倒しながら、聚楽第の内部に侵入することが最優先だね』

「でも、どうやって侵入すれば……」

 

 洛外から続く入り口には、あの呂布がいる。

 呂布が別の場所に移動していたとしても、大量の遡行軍が警備を固めている可能性が高い。

 

『そこは天才、ダ・ヴィンチちゃんの仕事さ。

 聚楽第のマップを立香ちゃんに送るよ。そこに書いてある裏口から中へ侵入することができる』

「さすが、ダ・ヴィンチちゃん!……あ、でも……」

 

 立香は本丸に戻った刀剣男士たちのことを思い出した。

 自分たちは比較的安全と思われるルートで洛中に侵入することができるが、再び洛外から現れる彼らは裏道を知ることが出来ないのではないだろうか。

 

「おい、その情報。俺にも寄こせ」

 

 監査官が言った。

 

「お前たちは一足先に洛中に侵入しろ。俺は後続の刀剣男士たちと合流してから、後を追いかける」

「大丈夫ですか?」

「構わない。後続の奴らがどう判断し、動くのか。その実力を見定めるのも俺の仕事だ」

 

 監査官が答えた時、ちょうど通信に雑音が混じり、映像が乱れ始めた。

 

『どうやら、ここまでみたいだ。また、感度が取れ次第、連絡をするよ』

『先輩、無茶はしないでくださいね!』

『清光、私の代わりに立香さんを頼みますね!』

 

 沖田の言葉を最後に、映像は完全に消失した。

 

「……では、俺は別行動をとる。負けるような惨めな結末にはなるな」

 

 監査官はそう言うと、外へと駆けだしていった。

 

「主殿、私が偵察をしてきます。安全であることを確認してから、出発しましょう」

 

 牛若丸が立ち上がると、通りの向こう側へ駆けだしていった。

 狭い家には、立香と清光だけが残される。

 

「よろしくお願いします、清光さん」

「清光でいいよ。……でも、驚いた。まさか、あの人と話せるなんて」

 

 清光は心から幸せそうに呟いた。

 

「安定が羨ましがる顔が目に浮かぶよ」

「そういえば、安定さんは新選組の羽織を着ていましたね」

「そうそう。あいつ、あの人のこと大好きでさ、池田屋が遡行軍に襲われた時は遡行軍と戦いながら、あの人を助けようと歴史を変えようとしたぐらい。

 ま、主や長谷部にみっちり叱られてたけどね」

 

 清光は懐かしそうに話してくれる。

 

「清光が沖田さんの刀ということは、土方さんの刀も本丸にいるんですか?」

「うん、いるよ。和泉守兼定と堀川国広。もしかして、かるであに土方さんがいるの?」

「今回、一緒にレイシフトしてきました」

「本当に!? 会いたいような、会いたくないような」

 

 清光は腕を組むと唸り始めた。

 同じ新選組の刀として、なにか思うところがあるのだろう。

 その様子を見て、立香は、もう一人の同行サーヴァントについて思い出した。

 

「あと、一緒に来てくれたのはね……」

「主殿、ただいま戻りました!」

 

 立香が話し始める前に、牛若丸が戻ってくる。

 

「敵影は見当たりません。今のうちに進みましょう」

「あ、うん。牛若丸、ありがとう!」

「……んじゃ、行きますか」

 

 立香は牛若丸、そして加州清光と一緒に洛外の街を走り始めた。

 相変わらず、人の気配はゼロ。牛若丸の偵察のおかげで、遡行軍と遭遇することもなく、接敵してもそこまでの手練れではなく、清光の一撃と牛若丸の刀裁きでダメージを負うこともなかった。

 

「でも、裏道も遡行軍が封鎖していそうじゃない?」

 

 清光が走りながら疑問を口にする。

 

「たとえいたとしても、ご安心ください。私が主殿を抱え、八艘飛びで突破しますので!」

「いや、牛若丸。それだと清光がピンチだよね!?」

「では、清光殿も私が抱えましょう!」

「ごめん、俺、抱えられるのは恥ずかしいというか……あまり可愛くないなって」

「そうですか? 私にはよくわかりませんが……あ、ここです!」

 

 牛若丸は足を止めた。

 そこに道はない。代わりにあるのは石垣。その石垣に挟まれるように水路が流れている。

 

「この水路を辿って上がるらしいです!」

「いや、狭くない!?」

 

 ちょうど立香がぎりぎり入るくらいの幅である。

 清光と牛若丸はともかく、あの分厚いフードを着た監査官が通れるだろうか。

 

「これ、主が大太刀を編成してたら、絶対に入れないって!」

「よく分かりませんが、その時は別の方法で突破してもらいましょう。では、私から行きます!」

 

 牛若丸はぴょんっと跳ねると、水路を泳ぐように進み始めた。

 

「うーん……少し流れが強いな。立香さん、だっけ? 俺に捕まって」

「え、でも……大丈夫?」

「へーき、へーき。それに、あんたのこと頼むって、あの人から言われたしさ」

 

 清光はそう言うと、立香を抱えて泳ぎ始めた。

 さすがに水路を進むときは立香が先に泳ぎ、後ろから清光が流されないように支えてくれる。狭い水路を抜けたところで、牛若丸の白い手が立香に差し出された。

 

「主殿、引っ張りますよ」

「ありがとう、牛若丸。清光もありがとう」

「当然のことをしただけです。しかし、このままでは風邪をひきますね……なにか拭くものがあればいいのですか」

 

 牛若丸が周囲を見渡した、その時だった。

 何かが倒れる音が聞こえた。近くの路地の奥から聞こえてくる。

 

「誰だ!」

 

 牛若丸は立香を庇うように前に出ると、刀を引き抜いた。

 ゆっくり、ゆっくりと音がした方向へ間合いを詰め、そして―――……

 

 

 

 

 

 

 

 

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