「……っていうか、どうして岩融は一人なわけ?」
読経が終わった後、清光が口を開いた。
「1部隊6振り編成だよね? 他の5振りは?」
「はっはは。簡単に言えば、はぐれた」
岩融は数珠をしまいながら、笑いながら答える。
「はぐれた?」
「うむ。本丸を出立した時は六振りだったが、こちらへ着いてみたら周りに誰もいなかったということだ」
「転送を妨害されたってこと?」
立香はレイシフトした時、織田信長たちと離れ離れになったことを思い出す。
今回のレイシフト以外にも、ぼんやりとしか覚えていないが、レイシフト先のジャミングのせいで同行サーヴァントがランダムに転送されてしまったことがあった。
サーヴァントのレイシフトを妨害できるのだから、本丸からの転送も妨害できて不思議はない。
「ちなみに、岩融。他の5振りは誰?」
「部隊長は山姥切国広。ソハヤノツルキ、へし切長谷部、和泉守兼定、そして、陸奥守吉行だ。
主殿は膝丸も加えたかったみたいだが、遠征中でな。あと、三日は帰ってこないのを悲しがっておった」
「あれ、今剣君は?」
立香は別れ際、今剣が牛若丸との再会を楽しみにしていた姿を思い出す。
今剣の名前が出ると、一瞬、岩融の表情が悲しそうに歪んだ。だが、その表情をすぐに引っ込め、先ほどまでの薄らと笑みを浮かべた顔で答えてくれた。
「今剣は、義経公が敵に襲われる様を目撃し、気が動転していた。無理もない。今剣が無茶なことをしでかさないように、大和守が見張りに着き、その間、主が歴戦の刀剣たちを中心に、状況の整理と部隊の再構成をしておったのだが……」
「なにかあったの?」
「今剣と大和守殿が、一足先に本丸を出立してしまったのだ」
「安定も!?」
「一人残してきた加州殿が気がかりだったのだろうよ。主が気づいたときには、2人して出陣した後だった」
「……安定の奴……」
清光は困ったような、嬉しいような表情を浮かべながら、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。そして、中から小さな栗を取り出した。
「大和守殿だけでない。皆が加州殿を心配している。特に、主は、自分も探しに行くと言っていたな! 燭台切殿と歌仙殿が必死に説得して、思い止まらせておった!」
「……俺、愛されてるな」
清光は微笑を浮かべたまま、栗を口の中に放り込む。
すると、清光の身体が俄かに緑色に輝き、傷が塞がり始めた。傷だけではない。縮れたシャツや血の沁みついていたローブまで新品同然の衣服へ変わっていく。立香がまじまじと見ていると、清光はシミひとつついていないローブを羽織りながら答えてくれた。
「あー、これね。主から支給された栗の力だよ。主が栗に込めた霊力で、損傷を回復させてくれるって優れもの」
「今回の特命調査では、1人につき1つずつ支給されている。だが、逆に言えば1つしかない。加州殿、無理は禁物だぞ?」
「分かってるって。それで、次はどうする?」
もう、南蛮寺には用がない。
北条氏政に繋がる手掛かりもなく、ここに巣くっていたサーヴァントも消滅させた。
「私は……牛若丸の無事を確かめたい」
牛若丸は、冬木から帰ってきた直後、初めて召喚したサーヴァントだ。キャスターのクー・フリンと同じく最古参であり、オルレアンから一緒に駆け抜けてきた。彼女が巴御前に負けるとは思えないが、なかなか合流してこないことを考えても、少し不安である。
「んじゃ、義経公と別れた場所まで戻ろっか」
清光は立ち上がり、寺の入り口の方へ歩き始めた。立香もその後に続き、後ろから岩融も歩いてくる。
「立香殿だったか? かるであとやらには、多種多様な英雄がいると聞いた。
我が主、武蔵坊弁慶はそこにいるのか?」
「弁慶……うーん……」
立香は腕を組んだ。
「武蔵坊弁慶を名乗る常陸坊海尊ならいます」
「海尊? がはははは! そうか! あの海尊が弁慶を名乗っているとはな!」
岩融は愉快そうに歯を見せながら笑った。
「ちょっと、岩融。声大きいって」
「いや、加州殿すまん。だが、あの海尊殿がな……後悔か、それとも……」
岩融は声を少し落としたが、どこか懐かしそうに目を細める。
彼の横顔は、サーヴァントがカルデアで馴染みの人物に会ったり、レイシフト先で関係のある人と出会ったときの表情と似ているように思えた。
「でもさ、そう考えると兼定は幸運だね」
清光はあたりを警戒しながら言った。
「俺はあの人と通信越しにしか話せなかったけど、兼定は土方さんと会えるかもしれない」
「兼定って……岩融と一緒に来た人の中にいた……?」
「そう、和泉守兼定。土方歳三の刀だったんだ」
なんとまあ運のよいことだろう。
土方歳三はクラスこそ凶戦士だが話が通じないわけではない。ただ、彼が自身の刀の付喪神と相対した時、どのような行動をとるかは予想できなかった。
「そうえば、4人のさーばんとと来たんだよね? あとの2人、聞いてなかったけど」
「1人は鈴鹿御前で、もう1人は……」
立香はそう言いながら路地の角を曲がった時、その先に広がっていた光景を見て言葉を失った。
一面の焼け野原だった。
立香たちが侵入してきた川よりこちら側は、文字通りの焦土と化していた。家屋の痕はもちろん、骨すら残らないほど、焦げた地面が広がっている。焼け跡からは白い煙が立ち昇り、近づくと火傷しそうなくらい熱を感じた。
誰の仕業なのか、考えるまでもない。
「巴御前だっけ? さっきの女の仕業?」
「巴御前といえば、木曽義仲の伴侶で武人だったと聞くが……ここまでの所業を成すとは……」
立香は言葉が出ない。
巴御前は、武人だ。しかし、それなりの節度は持っている。たとえ、憎き牛若丸と敵対したとしても、ここまで周りを顧みない戦い方はしない。
一帯を炎で焼き尽くし、死をまき散らす――……その姿はまるで、下総で見た「アーチャー・インフェルノ」そのものだ。
けれど、彼女は英雄剣豪のはずがない。
狂気にかられた天草四郎時貞は死に、キャスター・リンボと名乗った安倍晴明も消滅した。もちろん、洛中の入り口で天草四郎と出会ったが、あれは下総の天草四郎と異なり、どちらかといえば、カルデアの天草四郎に近い空気を纏っていた。
「……ねぇ、立香。さーばんとって本当に英雄? 俺、英雄に思えないんだけど」
清光が疑いの眼差しを向けてくる。
ジル・ド・レェに巴御前。
二人がしでかしたことを思えば、即座に否定することが出来なかった。
「俺たちに協力してくれてたけど、あの義経公も本当は――……」
「加州殿」
岩融に咎められ、清光はその先の言葉を口に出さなかった。
だけど、彼が何を言おうとしたのか、立香に伝わっていた。
源義経。
彼の最期は悲惨だった。兄に裏切られ、身を寄せた先で裏切られ、非業の死を遂げたのだ。この世を恨んでも不思議ではない。
「……牛若丸は、絶対に裏切らないよ」
立香は自分に言い聞かせるように呟いた。
「負けるはずがない。きっと、どこかで生きているはず」
「いえ、死にましたよ」
物腰穏やかな声が立香の耳に届いた。
巴御前だ。焼け跡の熱など感じていないかのように、悠々と歩きながら近づいてくる。赤い鎧には傷が目立っていたが、十分健在のように見えた。
「憎き源氏は、私の炎で焼き尽くされました」
「そんな……!」
「ですが、ご安心を。私は貴方たちに矢を向けるつもりはありません。速やかに投降することをお勧めします」
巴御前は悠然と微笑む。
そのたたずまいは、貴人と称しても過言ではない。この周辺に住んでいた人、生えていた草木、ひっそり暮らしていた小動物や虫、そのすべてを灰燼と化した女性とは、とてもではないが思えなかった。
「ほう。ちなみに、拒否したらどうなる?」
岩融が薙刀を構えながら、巴御前を睨み付ける。
巴御前は首を微かに横へ傾けると、小さく手を叩いた。
「残念ですが、力尽くで連れていくことになりますね」
巴御前の背後から、数多の遡行軍がくらりと立ち上がる。
「がっはっは!! 遡行軍を従えているような奴に、投降するつもりはない。行くぞ、加州殿!」
「んじゃ、始めますかねー!」
遡行軍が矢を放ってくる。
岩融が薙刀で矢を払いのけ、清光が駆けながら刀を抜いた。遡行軍はただ考えもせず突撃してくる海魔とは異なり、多少なりとも思考力がある。海魔100体倒すのと、遡行軍を100人倒すのとでは、まったくもって難易度が異なるのだ。
立香に視認できる範囲で、遡行軍は20体。
2人で相手をするには、少し多すぎる。そんな二人めがけて、巴御前は焼き討ちを免れた家の屋根に飛び移ると、弓を構えた。一気に遡行軍たちを斬りかかる清光めがけて、燃え盛る矢を放つ。
立香は咄嗟に手のひらを清光に向けて
「回避!」
と叫んでいた。
立香の中の魔術回路に魔力が迸り、清光めがけて放たれた矢が当たる直前に軌道が逸れる。
「……やった!」
サーヴァントではなく、刀剣男士への付与魔術だったが、どうやら上手くいったようだ。成功したことで、少しだけ安堵するように肩を落とす。
だが、安心するには早い。
巴御前の注意が刀剣男士たちから、立香へと向けられてしまった。
「……カルデアのマスターを連れてこいとの命でしたが、邪魔するなら容赦しません。腕や足をもいで、連れていくとしましょう」
巴御前はたんっと飛び降り、赤く燃え盛る薙刀を取り出した。
そのまま弾丸のような速度で間を詰められ―――……
「いまじゃ、放てぃ!!」
鈴のような声と共に銃声が鳴り響く。
ちょうど、遡行軍たちの背中側から、火縄銃を連射する音が響き渡ったのだ。巴御前も足を止め、弾かれたように振り返る。
遡行軍たちは背後からの銃撃に為す術もなく、片っ端から消失し始めた。
「これは!?」
「待たせたのう、マスター! このわしが来たからには、もう安心じゃ!」
火縄銃を肩に置くように持ち、にかッと笑いかけてくる。立香はその人物を見て、顔が自然と綻ぶのが分かった。
「ノッブ!!」
「さて、巴御前じゃったか? わしのマスターに手を出そうとは――……」
織田信長は再び火縄銃を構えると、彼女の背後に火縄が3本浮かび上がる。
「三千年早いわ!!」
その掛け声とともに、一斉射撃をした。
巴御前は銃弾を避けるが、その隙をつくように清光が迫る。
「っく、こうなったら、マスターだけでも!」
巴は反転し、立香に手を伸ばす。
サーヴァントの脚力に、ただの人間がかなうわけがない。ところが、逃げる必要はなかった。
「御免」
短い言葉と共に、立香は腹回りを抱きかかえられ、空を飛んでいたのである。耳元で風が音を立てながら通り過ぎ、とんっと軽い音とともに、信長の横で降ろされる。
立香は自分を運んでくれた存在を見て、目を丸くした。
「こ、小太郎!?」
忍び装束を纏った赤髪の少年が、自分の隣でクナイを構えている。
立香の頭はこんがらがりそうになった。風魔小太郎はカルデアからレイシフトしていないはずだ。しかし、なぜ、隣にいるのだろうか?
「はい、風魔の小太郎です」
「風魔小太郎……なぜ、マスターに逆らうのです!」
巴御前が血走った目で小太郎を睨み付けた。
風魔小太郎は怒りが煮えたぎる視線を受けても平然と佇み、淡々と口を開いた。
「僕は北条氏直様に使える忍びです。氏政様ではありません」
「――ッ!」
「さあ、どうする? わしらと一戦交えるか?」
信長が挑発するように火縄銃を構える。
巴御前は悔しそうに唇をかみしめた。自分が率いていた遡行軍は既に全滅し、敵はサーヴァント含めて4人もいる。しかも、巴御前は弓使いのサーヴァントだ。接近戦も不得手ではないが、彼女の力を最大火力で発揮するのは弓矢に違いない。
「……憎き源氏を倒すことができました。この場は一旦、引くとしましょう」
巴御前はそう言うと、聚楽第の方へ走り去っていった。
「ふむ、ひとまずは一件落着のようじゃな。無事か、マスター?」
信長は巴御前が走り去っていった方向を見ながら、火縄銃をしまった。
「ありがとう、助かった。ノッブも無事で良かったよ」
「うむ! それで、マスター。後ろにいるのは……ん……?……んんん!?」
信長の眼が清光と岩融に向けられた。
「その薙刀……刃の長さ、柄の長さ、そして、三日月宗近作と似た波紋、……もしや、岩融ではないか!?」
「え、知ってるの?」
「マスター、わしを誰だと心得ておる? 刀の蒐集にかけては、右に出る者はおらん!
で、どうじゃ? 当たっているか? 当たっているに決まってるよのう!」
信長が少し目を輝かせながら薙刀を見つめる。
「がははは! 左様。俺は岩融、武蔵坊弁慶の薙刀よ!」
「やはりな! いやー、やはり、わしの審美眼はなかなかのものじゃ」
信長は子どものように無邪気にはしゃいでいる。岩融も正面から褒められ、嬉しいのだろう。声高らかに笑っていた。
「お取組み中、すみません。そろそろ出立したいのですか」
風魔小太郎が静々と彼女たちのやり取りに口を挟んだ。信長は少し我に返ったらしい。薙刀から手を放し、立香の方に向き直った。
「では、行くとしよう」
「行くって、どこに?」
「ふっふふ、マスター。この間、わしが何もしていないとでも?」
信長は不敵な笑みを浮かべた。
そして、普段のうつけ気味た言動からは想像できないくらい、真面目な声色で話し始める。
「わしは、この事態を引き起こした原因の一端を知る者と接触した。
その者と手を組むことにした。マスター、案内しよう。
北条氏政の嫡男で現北条家当主、北条氏直一味の隠れ家へ!」