北条氏直。
北条氏政の嫡男で小田原攻めの時の当主。
そして、その実権の多くは父の氏政が握っていたとされる。
「で、その氏直が氏政と敵対してるってこと?」
小太郎と信長に案内されながら、清光が口を開いた。
「うむ。詳しい話は到着してから話すとしよう。
というか、マスター。さっきの話は本当か? 刀の付喪神というのは!」
信長が目を輝かせながら尋ね返してくる。
だから、立香はもう一度、先程したばかりの話を繰り返した。
「うん。彼らは刀剣の付喪神で、時間遡行軍と戦ってる人たち」
「利害が一致しているから一緒にいるって感じかな。まあ、あの人に立香のことを頼まれたってのもあるけど」
「で、あれか? わしらサーヴァントのことも知っているってことか?
え? わしの真名知りたい? 知りたい? やっぱり!? えー? でもわし有名だしなぁー」
信長が浮足立った発言をする。
立香は呆れたような半笑いを向けた。きっと、清光も岩融も彼の真名に察しがついているに違いない。実際、清光が少し興ざめしたような視線を向けながら
「織田信長公でしょ? 女だから、少しびっくりしたけど」
と、答えていた。
信長は彼の発言を受け、少し気分を害したような表情になる。
「反応薄っ! それだけか? え、なに、まさか本物の信長公!? カッコよすぎない? 最高じゃない!? というか、女って何故!? みたいな反応はないのか?」
「あの人も女だったから、驚きが薄いって言うか……」
「うむ、義経公も女性だと聞いている」
信長は意外と驚かれることもなく、淡々と受け止められた事実が悲しかったのだろう。少しいじけたように、道端の小石を蹴った。
「まあ良い。ところで、あれか? 本丸とやらには、わしの刀も顕現されておるのだろう? きっと、わしの刀剣たちなら『さすが、信長公! 素敵! カッコいい! サインして!』みたいな反応をしてくれるはずじゃ!」
「……」
清光も岩融も何も答えない。
すっと顔を背けていることから考えるに、そういった反応をしない刀たちなのだろう。
「信長公、静かにしてください。そろそろ到着します」
風魔小太郎から諫めの言葉が飛ぶ。
立香は静かになった信長に、こっそり尋ねた。
「ねぇ、あの小太郎君って……もしかして、この時代の小太郎君?」
「あー、それはなー……」
「はい、僕はこの時代の人間です」
信長が話し出す前に、小太郎が答えてくれた。
「正確に言えば、この時代の風魔小太郎に、氏政が英霊としての風魔小太郎を憑依させた存在です。
したがって若返り、少し戦闘能力が上がっています」
「英霊の風魔小太郎が憑依しているってことは、本当の時代に関する知識もあるの?」
「はい。この時代が本来の歴史と乖離したことは、すでに存じ上げています」
だから、彼は北条氏政と敵対しているのか?
そんなことを考えていると、とある建物に辿り着いた。そこそこに大きめな寺である。小太郎は周囲を確認しながら、立香たちを招き入れた。
寺に入る。どこにでもあるような寺だ。
仏が鎮座し、賽銭箱があるが、他に人の気配はない。小太郎は慣れた足取りで寺を進むと、ごく平凡な壁の前で立ち止まり、軽く叩いた。
「小太郎です。信長公とその仲間をお連れしました」
「…………入れ」
「はっ」
小太郎は片膝をつくと、壁をそっと押す。
すると、壁が回転し、人が一人通れるくらいの隙間が生じた。一瞬、立香の脳裏に南蛮寺での出来事が横切ったが、悠然と信長が入っていったので、こわごわ彼女に続いた。
「……お戻りなられましたか、信長公」
そこにいたのは、僧侶だった。
纏っている袈裟は上物だったが、あちこちが汚れ、ほつれが目立っている。
「うむ、戻った」
「そちらの方が、現世に蘇られた信長公の主、ということでしょうか?」
僧侶の視線が立香たちに向けられる。
立香が答える前に、信長が口を開いた。
「そうじゃ。我が主の立香。そして、刀剣の付喪神……岩融と加州清光じゃ。
マスター、こやつは板部岡江雪斎。北条家の家臣じゃ」
「なんと、付喪神とな?」
江雪斎は目を見開き、清光たちを見入った。
「かの織田信長公が我らの窮地を救ってくださったときも驚いたが……まさか、付喪神に見えることができるとは。
しかも岩融といえば、あの武蔵坊弁慶の!!
さあ、どうぞお座りください。布団もなく、申し訳ござらん」
「マスターも遠慮せずに座れ。話はそれからじゃ」
信長が胡坐をかき、とんとんと隣を叩く。立香は信長の隣に座ると、その隣に清光たちも腰を下ろした。
「江雪斎殿。僕は見張りに行ってまいります」
「頼んだぞ、小太郎殿」
江雪斎が小太郎に頷くと、風のように姿を消した。
「わしが話すより、江雪斎、お前が話した方が分かりやすいじゃろう。
ことの発端を話せ」
「……全ての始まりは、あの小田原攻めの時でした……」
江雪斎は苦しそうに話し始めた。
「あの戦は負けを先延ばしにすることはできても、勝つことは到底不可能。殿は和睦を打診しておりましたが、大殿は『いずれ伊達が来る。伊達が来れば、まだ持ち直せる』と思い込んでおられたのです」
しかし、伊達政宗は北条に援軍を出さなかった。
それどころか、豊臣の臣下に下ったのである。史実では、そこで北条の最後の望みはついえた。
「ところが、大殿は突如、変貌なされたのです。
豊臣方から使者として遣わされた黒田官兵衛殿を切り殺し、城から打って出ました。遡行軍なる妖の集団を引き連れて」
その後に起こった出来事は、彼に言われなくても想像できた。
いくら戦上手で大量の兵を動員したとしても、兵は人間に過ぎない。人間離れした能力を持つ遡行軍を相手にして、勝ち目があるはずがなかった。
「虐殺、でした」
江雪斎が顔を歪めながら、苦しそうに言葉を絞り出した。
「通り過ぎる村や道にいた男も女も子ども老人も、そのすべてを殺しながら上洛をしたのです。
唯一、良かったことは、噂を聞き付けた京の民たちが、我らの上洛を待たず、逃げ出したことでしょう。上洛した時には、天皇も貴族も大名も、すっかり逃げ出した後でした」
「じゃあ、茶々や北政所は無事なんですね」
てっきり、豊臣に連なる者は全て死に絶えたと思っていたので、少しだけ安堵する。
だがしかし、江雪斎の表情は暗いままだった。この世全ての悪を飲み込んだような、息苦しそうな顔をしている。
「……小田原の合戦には、大名の妻子を連れてくることが許可されていたのです。秀吉の側室は、その時に………。
ですが、正妻や連れて行かなかった側室たちは大阪に避難したと聞いています」
「そう、ですか」
立香は悼むように目を閉じた。
その間にも、江雪斎の語りは続く。
「大殿は聚楽第に籠り、遡行軍なる妖が逃げ遅れた民たちに宣伝活動を始めました。
これからは、北条氏政が幕府を開く。新たな政治が始まるので協力せよ、とのことでした。逆らう者は殺され、金銭が足りぬと略奪が起きました。
その時に召喚された『さーばんと』なる集団は比較的おとなしく控えていましたが、じる・ど・れぇなる者は幼き子を集めて虐殺したり、天草と名乗る者や巴御前と名乗る者たちは、遡行軍を率いて反乱分子を潰したりしていました。
殿は……大殿の乱行を嘆いておられました」
江雪斎の言葉が途切れる。眼を開けると、江雪斎は寂しげな眼差しを床の一点に向けていた。
「ある晩、殿は私と風魔小太郎を呼び出しました。
『今から、大殿に進言をしに行く。北条の家訓をお忘れになったのかと説きに行く。もし、戻らなかったその時は、どうにかして徳川や他大名と連絡を取り、父を止めて欲しい』と。
そして、『五代目小太郎よ、私が戻らなかったときは、父ではなく江雪斎に忠誠を誓え』と。
……殿は戻ってきませんでした。殿の首は五条河原に晒されたのです」
「実の息子を殺すなんて……」
立香の口から言葉が零れる。
「本来の大殿は、そのようなことをされる方ではないのです」
江雪斎は拳を強く握りしめ、耐えるように眉間に皺を寄せた。
「殿の命を受け、私と小太郎は、なんとかして外と連絡を取ろうとしました。
ですが、どんな手段を使っても、外に出ることが出来ないのです。
私は大殿と刺し違えるしかないと考え、外に出た際に、遡行軍に襲われました。
もう駄目だ、と諦めた時、信長公が救ってくださったのです」
「うむ、そういうことだ」
信長が少し照れくさそうに言った。
「わしは江雪斎の頼みを受け、情報収集を行っておる。
わしも氏政を知っておるが、無意味な殺しをする男ではない。少しずつ飯に汁をかけて食べるように、じわじわと攻めることが好きな男だ」
「いや、それもどうかと思うけど」
立香は思わずツッコミを入れてしまった。
信長はツッコミなど気にしていないかのように、言葉を続けた。
「わしと小太郎の調べによると、遡行軍は中心に近づくほど強くなっていく。打刀だけではなく、大太刀に太刀、槍や薙刀を持っている者が多くなってくるようじゃ。
現在確認されているサーヴァントはジル・ド・レェ、巴御前、呂布、天草四郎、後藤又兵衛、そして、岡田以蔵の6人。
カルデア側のサーヴァントについての情報は、いま集めている途中じゃな」
「ってことは、あのカエル男を倒したから、さーばんとは残り5人ってことか」
清光が言うと、信長は感心したように大きく目を開いた。
「ほう、あやつを倒したのか。あの沖田の刀にしては、なかなかやりおる」
「あの人を知ってるの?」
「知っているも何も、あやつは因縁のライバルよ」
信長はハッキリ言いきった。
「え、でも、あの人と生きた時代が違くない?」
「うむ。じゃが――……」
信長が何か答えようとした、その時だった。
「ノッブー!」
目が白く、信長をデフォルメしたような何かが床から生えてきた。
「うわっ、なに!?」
清光が大きく身体を反らしたが、江雪斎は見慣れた光景なのだろう。落ち着きを払って座っていた。
「ちびノブ!?」
「うむ。なんかこの地に来てから、わしの魔力で召喚できるようになったんじゃ! 便利な斥候代わりに使っておる! 短刀を持っている遡行軍相手なら、負けない程度の強さはあるしの!」
「ほう、小さくて踏み潰しそうだ」
「安心せい、踏み潰しても生えてくる!」
「いや、おかしいくない!? なに、そのナマモノ!?」
清光が反論したが、誰も聞き耳を持ってくれなかった。
「して、何が起きた?」
「ノブノブノブ、ノブブノブブ、ノブーノブノブ!」
「なんと! 清水寺で鈴鹿御前が後藤又兵衛と戦っておるとな!?」
「ノッブ!」
「分かった。すぐに出陣するとしよう! 行くぞ、マスター」
信長は立ち上がった。
「もちろん!」
立香も立ち上がった。清光も軽く伸びをしながら後に続いた。
「俺も行くよ。あの人に頼まれてるからね」
「では、俺は残るとしよう」
岩融がにたりと笑いながら言った。
「室内戦は苦手だが、外から遡行軍が攻めてきたとき、江雪斎殿が逃げる時間稼ぎをすることくらいできる。
江雪斎殿には生きて貰わねば、本丸に帰還した時、江雪殿に何を言われるかわからん」
「江雪殿?」
立香は言葉を繰り返す。
「うむ。江雪左文字殿だ。誰よりも和平の心を愛する刀ぞ」
岩融の視線は板部岡江雪斎の脇に置かれた太刀に向けられていた。板部岡は目が零れそうになるほど大きく見開き、自分の太刀と岩融を交互に見た。
「わ、私の左文字が付喪神になっていると!? しかも、江雪と名付けられているのか!?」
「良い太刀だ。のちの世では、日本国の宝として祀られている」
「私の刀が……日ノ本の宝になるとは……」
江雪斎は左文字を宝物のようにそっと撫でた。
「左文字といえば、わしも左文字を持っていたな」
信長が扉の前に立ち止まり、感慨深そうに話し始めた。
「桶狭間の戦利品でのう!
宗三左文字という打刀じゃが、顕現されておるか? 会いたいものじゃ! きっと『大切にしてくれて有難い。信長公、マジ感謝!』と感謝絶賛雨嵐じゃろうな!」
「あー……なんていうか、恨まれてるよ?」
清光が言いにくそうに答えると、信長はその場で石のように固まった。
「は?」
「江雪は元の主を悪く思ってないけど、宗三は……うん……」
「な、何故じゃ!? わしの銘まで刻んで、大切に飾っておったのに!?」
信長が清光に詰め寄ると、彼は非情に言いにくそうに事実を告げた。
「一度も戦に出してもらえなかったことが嫌だったみたい。
あと、名を刻まれたことも、とても不快だったみたいだよ」
「それは、是非もないネ!」
信長がその場に崩れ落ちたことは、言うまでもなかった。