アヴァンジャーノッブ、うぐぐ……その設定、あと一か月前に欲しかった!!
第六天魔王(1)
「ねぇ、ノッブ」
清水寺への道を走りながら、立香は先ほどの話を思い出す。
敵のサーヴァントは6人。巴御前、岡田以蔵、ジル・ド・レェ、呂布、天草四郎、そして、後藤又兵衛。ジル・ド・レェは倒したので、残りは5人になったわけだが、いくつか疑問が残っていた。
「後藤又兵衛って誰?」
他の5人の名前は知っているし、カルデアに召喚されている。
だが、後藤又兵衛だけは知らなかった。中学の時に習った日本史を思い出しても、該当する人物が思い当たらない。戦国時代の武将か、幕末の志士か、それとも、全く違う時代の人なのかすらも分からなかった。
「後藤又兵衛とは、簡単に言えば不運な戦国武将じゃ」
「不運?」
「武勇に秀でた男での、黒田長政に仕えておった。じゃが、不仲が原因で追い出された挙句『再就職禁止令』を出され、仕官先が見つからず、やっと池田家に拾ってもらえたが、理由をつけて厄介払いされた男じゃ。
『大坂の陣』では豊臣方に加勢し、最期は討ち死にしたらしい」
「……悲しい最期だね」
立香は目を伏せる。
武勇に秀でていても仕事が見つからず、最期は討ち死になんて、世界を恨んでいそうだ。
「ランサーの疑似サーヴァントと名乗っておった。実に見事な槍裁きじゃった」
「疑似さーばんと? なにそれ?」
清光が首をひねる。
「えっと、英霊を人の身体を依り代にして召喚したサーヴァント……で、いいんだよね?」
立香はロード・エルメロイ二世に教えてもらった内容を思い出す。
ロード・エルメロイ二世自身も本来は一介の魔術師に過ぎないのだが、英霊 諸葛亮孔明の依り代となることで、サーヴァントとして戦う力を手に入れている。
「たぶん、風魔小太郎も疑似サーヴァントだと思う。風魔小太郎を依り代に、英霊としての風魔小太郎を召喚しているから」
「その通り! ……しかしな、わしが会った後藤又兵衛は少し毛色が違っておった」
信長はここで言葉を止めると、素早く家屋の陰に隠れる。
ちょうど向こうの通りを遡行軍が通り過ぎるところだった。清光は戦いたそうに刀に手を伸ばしていたが、信長が彼を制する。遡行軍は周囲を見渡しながら、ゆっくりと通り過ぎていった。
「……毛色が違ったって、どういうこと?」
遡行軍が去ったことを見届けると、立香は声を潜めて尋ねる。信長は再び清水への道を急ぎながら
「依り代が、人ではなかった」
と短く答える。
「一度遭遇した時、わしとの相性が悪かった故に引き下がったが……その時の戦いで、本人が自嘲しておった。酒瓶を脇に置きながら
『曲がりなりにも神の身体に、人の魂を入れ込み、疑似サーヴァントにするなんて。マスターは変わり者だ』
と、言っていたのじゃ」
「神の身体に人の魂?」
それでは、あべこべだ。
神霊を格落ちさせて、疑似サーヴァントにするのは聞いたことがある。例えば、インドの女神 パールバティは、とある女の子の身体を依り代にすることで神格を落とし、疑似サーヴァントとして召喚に応じてくれた。
だが、その逆はない。神のままでいることができるなら、神のままでいた方が強いに決まっている。それを、わざわざ神に人の魂を入れ込んで格落ちさせるなんて、どうかしている。
「信長公、質問していいい?」
清光が少し考え込むそぶりを見せると、信長に真剣な眼差しを向けた。
「そいつって、酒瓶を持っていたほかに、どんな特徴があった?」
「そうじゃのう……前髪が数本触手みたいに伸びていて、くせ毛を後ろで雑にまとめておったな」
「それって!」
清光が足を止めた。
頭を釘バットで叩かれたような、愕然とした顔をしていた。
「そいつ、天下三槍の日本号だよ!!」
「……文殊智剣大神通」
すとんと、清水寺の屋根に舞姫が降り立つ。
狐の耳に桃色の髪をなびかせた少女の頭上には、三つの輪が広がっていた。ただの輪ではない。刀の輪だ。一本一本が金色に輝く刀が250本、輪を成して宙に留まっている。
「……恋愛発破……」
狐耳の少女の黄金色の瞳は、鋭く射貫くように清水の舞台に向けられていた。
そこには槍を構えた男が一筋の汗を流していた。
「……こりゃ、まずいな……」
「『天鬼雨』!!」
少女の号令と共に、250本の刀が雨のように男へ降り注ぐ。
男は最初こそ槍で防ごうとしたが、250本の刀が相手では為す術もない。男の姿は刀の雨に埋もれて、少女空は見えなくなってしまった。
「……はぁ……はぁ……」
少女は肩で息をしながら、自らの刀を鞘に納めた。
「宝具出す羽目になるなんて……マジありえないんですけど」
少女 鈴鹿御前は清水の舞台に舞い降りる。
250本の刀は役目を終えて消え去っていた。舞台には男だけが倒れている。
「こいつ……あれだけの攻撃を受けて、まだ息が残ってるなんて……!!」
鈴鹿は再び刀に手を伸ばした。
「……飲み過ぎたか……いや……これで良かった」
「あんた、なに言ってんの?」
鈴鹿が刀を振り抜き、警戒しながら近づく。
男は愉快気に笑った。もう虫の息なのだろう。身体の半分は金色の粒子で覆われ、消滅していく。
「だいたいよ、福島正則を殺して奪い取った槍を依り代に、後藤又兵衛を召喚して戦わせるなんて、マスターは何を考えてんだって話だぜ。
後藤又兵衛としては、そりゃ、オレを認めなかった世界を恨んでる。仕官を認めておきながら捨てられたり、嫌がらせをされたり、散々だった。
だがよ、オレの中の正三位が叫んでんだ。『この聚楽第はおかしい』ってな」
鈴鹿御前は男の末期の言葉に耳を傾け続ける。
「前の主の福島正則を殺し、豊臣を全滅させ、無関係な人まで皆殺し。そりゃ、おかしいだろ。酔った幻覚ならともかく、実際に起きたことだから質が悪い」
「なら、さくっと裏切れば良かったじゃん?」
「あのなぁ、オレはこれでもサーヴァントだ。主を裏切ることはできない。
だが、まあ、負けたとなっては話が別だ。オレの代わりに、あの化け物を倒してくれよ」
男の身体は半分以上が消えていた。
しかし、男は鈴鹿御前に言葉を伝える。消失の痛みを堪えながら、一矢報いるための言葉を口にした。
「あいつは、カルデアのマスターを待っている。カルデアのマスターが、打ちひしがれる様を見るために、聖杯を使ってこの聚楽第を隔離した、と言っても過言じゃねぇ」
「はぁ? なにそれ。意味わかんない」
「主は肌身離さず聖杯を持っている。オレを含めたサーヴァントも遡行軍も近寄らせないで、聚楽第最奥で聖杯を抱いたまま座しているって話だ。
つまり、その聖杯をとれば……聚楽第の隔離は解かれ、歴史が動き出す……ッ!!」
男は唸った。
既に胸の位置まで金砂に埋もれ、消失寸前だった。男は青々とした空を見上げると、悔いるように最期の言葉を口にする。
「次があるなら、オレみたいな付喪神を正しく使いこなしてくれる……審神者の元で、正三位の槍を振るいたいものだぜ。
その時は、飲み過ぎて、負けたなんてことが、ないように……しねぇとな……」
鈴鹿御前の足元で、男は消失した。
鈴鹿は刀を握りしめたまま、男が横たわっていた場所を見つめた。
「……マスターを狙うため? 自分のサーヴァントを近づかせない? どういうことなの?」
鈴鹿は男の遺した言葉の意味を考える。
一部分だけ、納得がいった。
この地にレイシフトした際、鈴鹿は立香の元から弾かれ、八坂神社の辺りに立っていた。
藤丸立香を打ちひしがれる姿を見るために、わざとサーヴァントを離散させたと考えると説明がつく。しかし、何のためにそんなことをする必要があるのだろうか。
「――ッう、とりま、移動しないと」
刀の痕は消えたが、舞台に刺さった痕は残っている。
しかも、あの男の口ぶりからして、他にも敵方のサーヴァントがいることは明白。戦いの痕跡を辿られ、すぐに襲われたら面倒だ。
鈴鹿は宝具の発動で、魔力の大半を失っていた。JK風の衣装を纏っていたが、槍で切り裂かれた箇所を修復する魔力すら惜しい。
幸いここは清水寺。
山へ隠れれば、人の目をごまかすことが出来るだろう。
鈴鹿御前はそう判断し、舞台を去りかけた、その直後だった。
「誰だし!?」
鈴鹿御前は殺気を感じ、すぐに舞台の入り口へ目を奔らせる。
「……日本号は、今回の部隊にいなかったはずだが……」
煤色の髪をした青年が刀を抜きながら、鈴鹿の方へ近寄ってきた。
釣り目気味の藤色の瞳は、怒りで燃え上がっているようだった。
「なに? あんた、こいつの知り合い?」
「……同じ主に仕えた間柄だ」
「ふーん……」
鈴鹿御前の眼が光った。
「じゃあ、こいつの仲間ってことでOK?」
「お前に恨みはないが、この事態を解決することが主命だ。散れ」
青年が地面を蹴り飛ばした。
その速度は並みのサーヴァントよりも遥かに速い。丁度、一緒にレイシフトして来た牛若丸と同じくらい素早かった。
鈴鹿は刀を構えるのが一歩遅く、辛うじて避けることはできたが、頬を切り裂かれてしまう。青年は鈴鹿の頬を切り裂いた後、そのまま足を踏み込み、接近して来た。
今度はなんとか、受け止めることが出来たが、それでも圧が凄い。
「圧し斬る!」
「これ、ヤバッ」
きりきりと圧されてしまう。
鈴鹿は左を頭上に掲げると、黄金色の刀を出現させる。青年がそちらに一瞬、気を盗られた隙に、鈴鹿は別の刀を出現させ、そちらに飛び移った。
「よっと!」
次々に出現させた刀に乗り移りながら、青年との距離をとる。
「待て!」
青年も続けて刀に乗ろうとしたが、鈴鹿が一念するだけで足場としていた刀が消えた。青年は体勢を崩し、舞台へと落下する。
「邪魔だっての!」
鈴鹿は出現させた刀を数本、矢のように飛ばした。青年は落下しながら向きを変え、刀を弾き返すと、猫のように音も立てず着地した。
青年は舞台から、鈴鹿は宙に浮いた刀の上から、しばし互いに睨み合う。
鈴鹿は青年の服装から真名を分析する。
先ほどの男は、正面から「疑似サーヴァントの後藤又兵衛だ」と名乗ってくれたが、目の前の青年は名乗りそうにない。
獲物に刀を選んでいる割には、和装ではない。カソックのような聖職者が纏う服装に近いように思える。そうなると、キリシタン大名なのだろうか。
鈴鹿が分析していると、青年はこちらを睨んだまま動き始めた。
軽く跳びはね、舞台の桟を踏んだかと思えば、そのまま、まっすぐ跳躍してくる。
「空を飛ぼうが無駄だ!」
「はぁ!?」
鈴鹿は刀で圧しだされ、体勢を崩して舞台へと落下する。
また刀を足場代わりに出現させたかったが、そろそろ魔力が底をつきそうだ。
「マジ信じられないんだけど」
鈴鹿は着地しながら、逃げる算段を立て始める。
現状、速度も力も敵の方が上。おそらく、純粋な剣技も青年の方が上だろう。先ほどの戦いは鈴鹿が圧倒的大量の刀を出現させ、物理量に物をいわせた戦法で勝利することが出来たが、今度はそうもいかない。
「しつこいと嫌われるっての」
鈴鹿は刀を構えながら、視界の端に舞台の端を映す。
舞台の下に飛び降りて、自殺に見せかけた逃走をするか。
けれど、青年の戦い方を見る限り、飛び降りても後を追いかけて来そうな勢いがある。
「これで、終わりだ!」
青年の刀が急速に迫ってくる。
避けることもできない。舞台を飛び降りることもできない。鈴鹿は駄目もとで刀を前に突き出し、受けて立とうとした。
ところが、その刀は鈴鹿に届かなかった。
鈴鹿の目の前の床が黒ずみ、とあるナマモノが盾のように出現したのだ。
「なにぃ!?」
「ノッブー!」
これには青年も足を止め、ナマモノを凝視する。
黒いマント、長い黒髪、軍帽に輝く木瓜紋。大きな白い眼に、デフォルメされたぬいぐるみのように可愛らしいナマモノ。
「な、なんだ、悪趣味な生物は!?」
「ちょ、待って。これって、ライブラリで見たことあるし!」
青年は固まっているが、鈴鹿はこのナマモノに見覚えがあった。
ナマモノは増殖し、そのうちの一体が鈴鹿に近づいてきた。そいつは
「ノッブ、ノブ!」
と言いながら、どこかへ案内するように手を振っている。
鈴鹿は八重歯を見せるように笑った。
「サンキュー、マジ助かった! あいつ、勝手に第六天魔王とか名乗ってて、ちょームカついてたけど、前言撤回! オダノブ、マジ感謝だわ! この場は、あんた達に任せた!」
「待て! 第六天魔王だと!?」
「ノッブ!」
青年が後を追いかけようとしたが、ちびノブがわらわらと群がり行く手を邪魔する。
ちびノブたちは青年に突進し、自爆しようとする。無論、彼女?たちは、自爆しても魔力が尽きない限り復活する優れものだ。
鈴鹿は安心して逃げることができた。
ちびノブに案内されるまま舞台の袖から下の参道に駆けおり、ひたすら走り続ける。
「あ、誰かが登ってくるじゃん! オダノブが迎えに来てくれたって感じ?」
鈴鹿は前方に見えた塊を見て、ほっと胸を落とした。
だがしかし、物事とは上手くいかないのもの。
前方に見えたのは、織田信長ではなかった。
時間遡行軍の群れ。太刀や薙刀を抱えながら、白い髪の青年を先頭に近づいてくる。
「あんた……! 天草四郎!」
「後藤又兵衛の様子を見に来ましたが……その様子では、既に倒された後、ということですね。残念です」
天草四郎はさほど悲しむそぶりも見せず、平然と鈴鹿御前を見返した。
「第四天魔王の娘、鈴鹿御前。我が陣営に投降しますか?
それとも、この場で討ち死にしますか?」