”黒”のビースト、愛歌ちゃん   作:ぴんころ

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第一話

 どうしてこうなったんだろう。

 言葉は空間に零されることすらなく。

 掌に出現した赤い紋様を眺めながら、それの出現によってもたらされた”己”という意識の復活を嘆く。

 ただ、嘆いたところでどうしようもない。

 この紋様の存在によって、俺の運命はすでに定まってしまっている。

 

 赤い三画の紋様の名前は”令呪”。

 聖杯戦争に参加するための資格。

 そしてこの世界における聖杯戦争とはつまり基本的には亜種聖杯戦争と呼ばれるものであり───

 

 俺が参加するだろう代物はその大元、『冬木の大聖杯』が呼び出した十四騎のサーヴァントが二つの陣営に分かれて争う聖杯大戦。

 つまりは外典(アポクリファ)

 前世でFate/Apocryphaと呼ばれた物語が、俺が今生きている現実の舞台なのだ。

 

 二つ存在する陣営の名前は、それぞれ”黒”と”赤”。

 あの物語においてどちらが主人公だったかと言われれば”黒”の陣営、そちらに存在する一人のホムンクルスであり、赤の陣営に至っては二人のマスター以外は全員毒を受けて気がつかぬ間に聖杯戦争から脱落と言ってもいい状態に陥っていた。

 俺の手に出現した令呪は赤の陣営のものなのか、それとも黒の陣営のものなのか、それすらわからないが、どちらであったとしても地獄のような予感しかしない。

 赤の陣営になれば毒を受ける可能性があり、それを免れたとしても(俺の知る通りに進んでいけばの話ではあるが)最終的には空中庭園に突入せねばならず、死ぬ可能性が高い。

 黒の陣営であれば死ぬか生きるか、それすらも不透明。

 どちらがいいのかと言われれば、きっと赤の陣営。

 魔術協会側であれば他の誰か……戦闘特化の魔術師にでも令呪を移譲すれば俺はこれからも普通の魔術師として生きていくことができる。

 黒の陣営側であれば、きっとユグドミレニア一族の長であるダーニックに丸め込まれて聖杯戦争に参加させられるか、それとも”このような魔術師に任せてはおけない”と処理されて他の魔術師に令呪を渡すか、そのどちらかとなるだろう。

 

 魔術師としては落第点だろうが、俺は死にたくないのだ。

 あんな辛い思いは一度経験すればもう二度といらない。

 きっとこの肉体、坂月真幌(まほろ)の魔術師としての知り合いであれば”魔術師であるにもかかわらず死を恐れるとは何事だ”と侮蔑の視線を向けてくるのだろう。

 だが、俺は”俺”であって普通の人間として育ち、普通の人間として死んだ”俺”なのだ。

 幼い頃から死と隣り合わせで育てられてきた魔術師では、ないのだ。

 

 俺になる前の”真幌”の両親は、真幌が魔術師たちの巣窟である時計塔に留学するに先立って魔術刻印を継承し終えたのと同時に姿を隠している。

 令呪が発現したのは現代魔術科(ノーリッジ)で授業を受けている時。

 その存在はフラットに気がつかれ、エルメロイ先生……ウェイバー・ベルベットから参加しないほうがいいと言われて喧嘩するような形で教室を飛び出して家に帰り、そうして”俺”が目覚めた。

 ”真幌”はまず間違いなく聖杯戦争に参加するつもりで、きっと彼を含めた全ての人間が”坂月真幌は亜種聖杯戦争に参加する”と考えている。

 というか俺だってそう思いたかったけれど、他の人たちが調べてくれている限りでは令呪が出現したという情報はないらしく、亜種聖杯は本来の聖杯に比べて出来損ないだという事実を考えるに誰か一人にだけ先に令呪を与えるなんてことはありえない。

 

 ここまで思考が及んでは認める他ない。

 俺が参戦するのは黒の陣営としてなのだと。

 

 なぜなら、赤の陣営というものが出現する大前提となるのは”ダーニックが離反し、ユグドミレニアを討伐に行った魔術師たちが聖杯の予備システムを起動した”ということなのだ。

 今はまだダーニックは魔術協会から離反したという話を聞いていないし、たとえ離反していたことを俺が知らないだけだったとしても”聖杯大戦に選ばれた”という考えに先生たちが至らないのはおかしな話だ。

 もしかしたら俺がユグドミレニア側だから確保してしまおうという考え方なのかもしれないが、あらゆる要素が俺が赤の陣営である可能性を奪っていく。

 

 だから、きっと俺は黒の陣営。

 

 そうであるのならば”坂月”という家もユグドミレニアと協力関係にあるか、それともその一族に取り込まれているのか、どちらかであるはずなのだと、その証拠があるはずなのだと、都合よく”真幌”は令呪が出現するのと同時に、怪しすぎるから参加するなという先生に一度休学届けを叩きつけていたので、実家の方に戻って来たのだ。

 

 数日間かけてユグドミレニアとの繋がりを探したのだが、俺の探し方が悪いのか見つけられない。

 この数日間で少しは落ち着いた───なんてことがあるはずない。

 

 令呪が出現したこのタイミングは、俺の記憶が正しければ原典の方の世界では今から十年前ほどに第四次聖杯戦争(Fate/Zero)があったはずの時間軸。

 つまりもうそろそろダーニックが魔術協会を離反するようなタイミングで令呪が出現して休暇に入るなど、自分がユグドミレニアだと言っているようなものだと少し考えればわかるようなことなのだが、それにすら思考が及ばない程度には俺はショックを受けていたのだ。

 

「先生……」

 

 思わずロード・エルメロイII世に電話をかける程度には。

 こういうところ、自分が現代魔術科に所属していて良かったと思う。

 きっと他の教師だったら電話なんて持っていないから、思わず魔術師としての”真幌”ではない、俺としての当然を実行してしまってもきっと返答なんて来なかっただろう。

 

『貴様……いきなり休学届けを叩きつけておいて何の用だ』

 

 いきなりの休学に対しての怒りもある。

 にもかかわらず電話をかけて来たことに対しての困惑もある。

 ただ同時に、生徒が無事であることに対しての安堵も見られるのだから、彼はいい先生だ。

 どんな生徒であっても、悪態をついたとしても、基本的には見捨てない善人だ。

 

「先生……実家(日本)に帰ったのに令呪が消えないんです……」

 

『それがどうし……なんだと?』

 

 エルメロイII世もその異常事態に気がついたようだ。

 基本的に聖杯戦争において令呪とは『マスターとして聖杯戦争に参加する資格』であり、例外があるとはいえ基本的には『聖杯が存在している都市にいる魔術師に分配されるもの』であるのだ。

 通常の聖杯ですらそれなのだから、亜種聖杯なんて紛い物の聖杯は『聖杯が存在しない都市に魔術師が出ていった』時点で戦う意思はないと判断して令呪を剥奪していたとしてもおかしくはない。

 エルメロイII世もそのことを知るために、異常なのだと理解したようだ。

 

「逃げられないみたいなんで、俺はもう参加することにします」

 

『いや待て! 今からこちらに戻って来て別の魔術師に移譲すれば……』

 

「それをする間に他の聖杯戦争参加者に殺されかねないじゃないですか」

 

 この連絡から少しして、ダーニックがユグドミレニア一族ごと離反したとなればエルメロイII世も俺がユグドミレニア一族なのだと知るだろう。

 ただ、そうして敵になるとわかっているにもかかわらず連絡したのはきっと”真幌”の魔術師としての知識と”俺”の前世から得た知識が関係している。

 これまでお世話になったロード・エルメロイII世ならば、先に連絡しておけばもしかしたら終わった後にかばってくれるかもしれないという。

 終わった後、ダーニックがすぐに離反したのだからわざわざ伝える必要もなかったにもかかわらず伝えて来たのは本当に関係がなかったからなのではないかと疑ってもらえるかもしれないという微かな希望である。

 

「じゃあ、聖杯戦争が終わったら先生のところに聖杯を持って帰りますよ」

 

 できる限り、普通の聖杯戦争参加者と同じ程度の知識しかないように思わせることができただろうか。

 電話をそこで少し強引に切って考えるのは、家の外に感じる濃密な死の気配。

 自分程度の魔術師では決して敵わないだろう、明確に魂そのものが別階梯にあるだろう存在について。

 

 きっと、サーヴァントなのだと思う。

 

 俺がユグドミレニアの魔術師だから迎えに来たのか、それとも期待できないから殺して別のユグドミレニアに令呪を移してしまおうということなのか、それともそうでないにもかかわらず令呪が出現したから先に殺してしまって自分たちの思う通りに進めようということなのか、彼らが何を思っているのかはわからない。

 

 ただ、一番最初の考え以外だった場合、俺は殺されたくない。

 

「っ……!」

 

 弾かれるように走り出して、考えるのはこれからのこと。

 

 令呪の兆しが存在したために、召喚しなければならないとは思っていた。

 ただそれも、Fate/Grand Orderという作品で様々な英霊を知っていたために、性格と能力からサーヴァントを決めて、それにあった触媒を探して召喚を行えばいいという考えだった。

 というかそうでなくとも、記憶が正しければ大聖杯発見の報から一ヶ月ぐらい経ってからヴラド三世とアヴィケブロンは召喚されていた気がする。

 まだ聖杯発見の報すら入れていないのにどちらかは確実に召喚しているとは、一体どういうことなのか。

 

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 

 重要なのは、今から我が家の中にある触媒を探す時間はないということ。

 消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲む。

 そうした魔法陣はこちらに帰って来てから用意はしていた。

 今から触媒を用意して、なんてことはもう間に合わない。

 触媒なしでのチャレンジを行うしかない。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。手向ける色は”黒”。

 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 魔力がこの身を蹂躙する。

 内臓を他者の手で犯されるような感覚、という曖昧な表現しかされていなかったそれを初めて体感して顔を歪める。

 けれどこの肉体はその感覚には慣れ親しんでいるのか呂律が回らないなんて無様は晒すことなく、魔術詠唱を進め世界に奇跡を顕現させる機構となることに一切の障害はない。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する」

 

 詠唱が進む度に魔法陣が熱と光を帯びていく。

 英霊という存在の召喚、それがいかなる神秘なのかを今の自分は魔術を知ってしまったからわかっている。

 だから、今だけは外に迫っている死の恐怖を忘れないといけない。

 

「──告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 俺は一体どんなサーヴァントの召喚を望んでいるのだろうか。

 ふと心の中で問いかける。

 無論、考えるまでもなくこの窮地を脱することができるサーヴァント。

 ただそれは当たり前のことで、自分が考えているのは七つの(クラス)のどれに座る英霊を呼ぼうかという話。

 

 アサシンが一番正しいのだろう、とすぐに思い浮かんだ。

 ユグドミレニアのサーヴァントがアサシン以外は全てミレニア城塞に揃っていたことを考えれば、ミレニア城塞外部にいたアサシンであった方が基本的な戦いに与える影響としては小さいだろう。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善となる者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 最後の一節に向けて力を入れる。

 こと此処に至って、きっと魔力の猛りを感じているだろうにもかかわらずサーヴァントをけしかけてこないという現実に少しだけ早まったかなんて思う。

 俺を殺すつもりだったのならばすでにサーヴァントに突撃させていただろう。

 もしくは俺から令呪を剥ぎ取るために捕らえて洗脳をしていたか。

 どちらであったにせよ、ダーニックであれば問答無用にできること。

 

 それらをしなかったことから、彼は俺にマスターとして参加することを望んでいるのだと信じて、召喚の詠唱の最後の一節を紡いだ。

 

「汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───!!」

 

 魔法陣から吹き荒れる魔力の暴風。

 目も眩むような光もまた、暴風と出所を同じくして。

 閃光が収束していき、暴風はそよ風へと緩んでいく。

 魔法陣を中心として姿を覆い隠していた全てが剥がれていき、その人影をこの瞳が捉えた時、思わずして声を漏らしていた。

 

「え……え……!?」

 

 金糸のような、という形容がとても似合うプラチナブロンドの髪のショートカットが一番最初に見えた。

 次に印象的だったのは青の瞳。

 そして少女の全体像がこの瞳に映り、思わず嘘だろと天を仰ぎたくなった。

 

 青緑のフリルドレスに身を包んだ幼い少女。

 俺の知る()()と違うところなど、その額から生えている、彼女の”令呪”のデザインにこんな部分はなかったかと記憶のどこかを刺激される令呪と同じ赤き角と、これまた彼女の令呪を思い起こさせてくる翼。

 

 そんな彼女がこちらに対して距離を詰めてきて。

 

「サーヴァント、黒のビースト。召喚に応じて参上したわ。……さあ、聖杯戦争を始めましょう?」

 

 こてんと首を傾げる可愛らしい姿と、吐き気を催すほどの恋情と邪悪と純粋さが混ぜ込まれた声音で、少女はそう告げた。




カーマも擬似サーヴァントながらビーストやってたし、きっと愛歌ちゃん様もできるよ
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