”黒”のビースト、愛歌ちゃん   作:ぴんころ

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本日ライブのため感想返信は遅れると思います


第十話

「はぁっ!」

 

 その日、真幌はケイローンからの呼び出しを受けてミレニア城塞へと向かっていた。

 内容としてはビーストも知っている。

 赤の陣営は当然のことながら彼女のことを危険視しているのは黒の陣営も同じこと。

 それは能力もさることながら、彼女の精神性についての話だ。

 だからこそ、マスターとしての立ち位置である彼に、もしもの場合には令呪を使用して、それでも無理ならば自分の手で葬ることが求められている。

 そのための授業だ。

 数多の英霊を導いた教師たるケイローンが、見た所まともな精神性を有していると判断した真幌にビーストを殺害するための諸々の手段を叩き込んでいるのだ。

 それを知っていてなお、彼女が手を出さない理由は簡単。

 今の彼は所詮はペット、彼女は飼い猫に引っ掻かれた程度でその猫を殺すような飼い主ではないし、そもそも殺そうとしてもケイローンの授業だけでは絶対的に実力が足りない。

 そんな絶対的な安心があったので、今の彼女はそちらは放置してシドが使い物になるように聖杯の泥から作り出したシャドウサーヴァントと戦わせているのだった。

 

「これで、終わりだっ!」

 

 シャドウアーチャーの頭上をとった夢幻召喚(インストール)済みのシドが、固く握った拳で短剣の柄を殴り飛ばす。

 剣の投擲という、本来の使い方からは外れた攻撃方法ではあるがシグルドの力を受け継いだ彼からすれば最も順応した戦い方。

 そこに原初のルーンも組み合わせることでキャスタークラスとしても通用する腕前なのだが、彼は己の魔力だけではクラスカードという形である彼の力を顕現させることができず、クラスカードとともに埋め込まれた聖杯の魔力を使用する形でその力を行使しているために、魔力の残量を気にしているのかそちらは使用できていない。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 シャドウアーチャーが消滅する姿を見届けて、シドは息を荒くしながら夢幻召喚を解除する。

 彼が戦いを行い、そのために思考を働かせながらクラスカードに魔力を注ぎ続けてその礼装を起動させていられる時間はわずか五分。

 それも、シャドウサーヴァントに対しての戦闘であれば向こうはその大元のサーヴァントの動きに忠実に動くだけなために、実際のサーヴァントと相対した時にはもっと動ける時間は短くなるだろう。だいたい三分といったところか。

 それを見届けてビーストは言葉を紡ぐ。

 

「その程度だと、明日の夜の戦いには参戦させられなさそうね」

 

「明日の夜……? 何かあるのか?」

 

 この中ではシドだけが聖杯大戦がどのように進むのかについての一切の情報を持たない。

 すでに外れてしまったとはいえ、彼が仕える形になった真幌は外典と呼ばれた物語における聖杯大戦についての知識を持っているために多少は想像ができる立場にいる。

 ビーストに至っては根源に接続しているのだからその気になればここから先の繋がり方だって理解することができる。

 彼女は『自分の未来についての未来視を封印している』というだけであり、『未来視そのものを封印している』というわけではないのだから。

 

「ほら、これよ」

 

 パン、と黒のセイバーと赤のランサーが戦った時と同じように、映像をスクリーンに映し出す。

 

 

 そこに映っていた男は───筋肉(マッスル)だった。

 

 

「……」

 

 そうとしか言えない様相に、シドは口をポカンと開いていた。

 トゥリファス東部に存在するイデアル森林、ミレニア城塞に向かうにあたりおそらく東部の中では最も越えることに時間がかかりそうな空間に突入する男は、まさしく筋肉だった。

 どう考えてもそう例えるしかない二メートルを超える大男であるが、彼を目にした人物が一番最初に目を奪われるのはきっと身長よりもまず、その超密度の、規格外という言葉すらも生ぬるいであろう筋肉。

 青白い肌に刻まれた無数の傷跡は肉の内側にまで届いていないことは明白であり、それでもなおその筋肉に傷跡を残すには凄まじいまでの修練と戦場を乗り越えてこないことには不可能なものだと容易に想像がつく。

 彼の肉体を覆うのは革製のベルトだけだが、肉体を守るということには適さないその装備だけでも問題ないほどの超筋肉。

 そんな怪物が、夕暮れ時の森の中を駆けるという悪夢のような光景。

 今彼がいる場所はシドにはわからなかったが、それでも明日の夜の戦いということでこの映像が映し出されたということは、きっともうミレニア城塞からはそう遠くない距離にいるのだろう。

 さすがにあれと戦いたくはないな、と思いながらもそんな連中と戦わざるを得ないビーストのことを思い出す。

 実際に駆り出されるかどうかは別として、彼女が戦うかもしれないという事実に心配の視線を向けようとして。

 

(いや、必要ないな)

 

 シドはそれを斬って捨てる。

 彼女が彼に対して施した救いだけでも、彼女が最上位の存在であることに疑う余地はない。

 そんな彼女が敗北などするはずがないと、ある種の崇拝じみた思考に至っているシドは、あれを恐れた自分を『こんな形では彼女の役には立てないぞ』と奮い立たせる。

 

「なっ!?」

 

 だが、さらにそこに二人のサーヴァントが追加されてしまえば話は別だ。

 そのバーサーカーの後を追いかけるように二つの人影がある。

 一人は野性味溢れる顔立ちの、翠緑の衣装を纏ったまさしく人型の獣と呼ぶにふさわしい少女。

 もう一人は屈託のない笑みを浮かべた、力強いがっしりとした体躯の英傑と呼ぶにふさわしい風貌の青年。

 サーヴァントだ、とシドは気がついた。それも超級の存在だと。

 神性を持つ英霊をその身に置換したからか、男に関しては同じように神性を持つと理解した。

 だが、彼は理解できたのはそこまで。

 だから、隣にいるビーストが言葉にしたことは彼には一瞬理解できなかった。

 

「赤のアーチャー、アタランテに赤のライダーのアキレウスね」

 

「え……?」

 

 どうして真名までわかるのだろうか。

 彼女は黒の陣営であるはずなのに。

 そんな思考がぐるぐると。

 もしかして彼女は赤の陣営と通じているのだろうか、という思考にまで至ったのはかなり遅れてのこと。

 それが顔に出るよりも先にビーストはシドの方を向く。

 

「あら、私がどうして知っているかなんてあなたが誰の味方をするのかに関係あるの?」

 

「……いや、ないな。俺は命を救ってくれた貴方達に仕えるだけだ」

 

 にこりと微笑んだビースト。

 世界を喰らう女神(ボトニアテローン)

 それを使役する(に使われる)マスター。

 そして彼らを守ろうとする神代の力を纏う騎士(ホムンクルス)

 黒の陣営であるにもかかわらず、黒の陣営どころか聖杯大戦とすらも関係のない勢力である。

 

「それで、貴女はどうするんだ。今日はバーサーカーがミレニア城塞に攻め込むのなら、やはりそちらに向かうのか?」

 

「うーん、そうね……別に放置してもいいのだけれど──」

 

 

 

 

 

「理想の王子様ならホムンクルスを死なせない」

 

 ポツリと、体を地面に投げ出しながら俺は呟いた。

 ついさっき、ダーニックから期待できる駒というような目で見られながら、全員集合という連絡をアーチャーのついでに受け取った。

 これから起こることに対して大体の予想はついているために、その予想の通りであればビーストからはきっとそれを望まれるということも理解できていた。

 無論、俺があの戦いに参戦することなどは不可能であるが、それでもホムンクルスを救うことに限定するならば俺の魔術を使えば不可能ではない。

 だからきっと(俺が不可能だった場合はわからないが)ビーストからはそれを言われるのだろう。

 

「何か言いましたか?」

 

「いや、別に」

 

 さっきまで俺に対してパンクラチオンを仕込んでいたアーチャー、ケイローンが俺の呟きを捉えたのか去っていったダーニックの方から視線を移して尋ねてきた。

 彼らがこちらに対して厚遇してくれるのは、きっと黒の陣営に本当の意味で取り込むためだろうと思う。

 ビーストの能力がわかってしまった以上、彼女をうまいこと使えばこちらのサーヴァントの数で優位を取れるようになるから。

 アーチャーに関しては彼女の行動を見て何かまずいと思ったのか、もしもの時にビーストを己の手で葬れるように、なんて理由でパンクラチオンを教えてくれたのだが。

 

 とりあえず、ビーストが完全な状態でサーヴァントを召喚するためには三日間は必要になる、なんてことをこのあいだの戦いの時に言ってしまったのが関の山。

 これまでは工房を仕上げていたから作っていなかったとも言ってしまったために、ビーストは戦力を整えることを求められている。

 ただし、それはダーニックの話で、ランサーからすればあれは英霊の誇りを著しく損なうからと蛇蝎のごとく嫌われている。

 そのため、この戦いでは決して投入することができない存在でもある。

 少なくとも、ランサーが消滅しない限りは。

 

「アサシン」

 

「はいはい、何かしら?」

 

 パンクラチオンを実戦形式も合わせて教え込まれたことで節々が痛むのだが、先にアーチャーを王の間に向かわせてからビーストのことを呼ぶ。

 とはいえ城内なので誰が見ているのかわからないためにアサシン呼び。

 転移魔術をしれっと使って入ってきているビーストのことを誰かに見られるわけにはいかないので、アーチャーも先に行かせたのだ。

 彼女がそれこそ切断された部位すらも修復できそうな治癒魔術でこちらを癒している彼女はどことなく楽しそう。

 

 治してもらってから向かった王の間にて、俺たちが見せられたのは赤のバーサーカーが進撃する様。

 もちろん、ビーストに関しては姿を隠蔽している。

 彼女はいま家にいることになっているのだから。

 バレないだろうかという不安とバレるようなヘマを彼女がするはずがないという信頼。

 心臓が激しい鼓動を鳴らしているのではないかと思うような状況だから、ダーニックの言葉のほとんどが耳に入ってこない。

 

「この”赤”のバーサーカー、上手くすれば我らの手駒にすることが可能かもしれぬ」

 

 だから、耳に入ってきたのはそんな、周囲をざわつかせるに足る言葉だけ。

 そのざわめきが治る頃に、ヴラド三世が穏やかな口調で彼がその考えに至った理由、そしてそれを実行するための案をダーニックに求める。

 

「具体的なプランを聞かせてもらおうか。もちろん、こうしてアサシンを除いたサーヴァントたちを集めたということはそれに足る理由があるのだろうね?」

 

「もちろんです、領王(ロード)よ」

 

 ダーニックの指示の下、残りのメンバーたちが捕獲作戦の内容が詰められていく。

 おそらくアサシン(ビースト)のマスターである俺だけがこれを聞かされているのは、ビーストを待っている時間が勿体無いというのが表向き、そして実際には聞かせたくはないけれどバレて謀ろうとしていると判断されるのも厄介と思ったから、なのだろうか。

 本当のところはわからないが、俺に思いつくのはその程度。

 とりあえず仕事がない俺は、バーサーカーの対処をしている間に他のサーヴァント──一番あり得るのはセイバーだが──が攻め込んでこないようにしておいてほしい、ということになった。

 ただ、それを守れるとは俺は思っていないし、ビーストもそれをさせるつもりはないのだろうが。

 

「俺は、ホムンクルスを助ければいいんだよな?」

 

 もう帰っていいという言葉を受けてミレニア城塞の出口へと向かう中、こっそりと呟いたその言葉に気配遮断状態の彼女はどこか嬉しそうに頷く。

 彼女にとって何の価値も持たないホムンクルス。

 その命の価値など、きっと魔術師以上に認めていないどころか、まずその存在すらもしっかりと認識できているのかすら怪しいそれが、『理想の王子様』ならどうするのかをはかる指標となった時、命の価値が存在しないままに新たな価値が彼女の中に浮上するのだ。

 

「きっと王子様ならそうする───だから、あなたもそうしなさい?」

 

 耳元で囁くように言われたその言葉。

 目に見えることはないが、きっと今の彼女は笑みを浮かべているのだろうとわかる。

 その言葉に対して、俺が拒否権を持つことはない。

 たとえそれが、痛ましいぐらいに空虚な言葉だったとしても。

 

 これまでの生活の中での微笑みの方が、よほど少女らしいものだったとしても。

 

 彼女の願う『理想の王子様』に近づけば近づくほどに最後には裏切られることになるとわかっていても。

 

 理想が結実すれば彼女の恋は破れることになるとわかっていても。

 

 俺がそれを指摘することも、彼女の言葉に対して逆らうことも、決して許されていないのだ。




七章まで出終わったら各クリプターが契約した七騎の異聞帯サーヴァントを新しい陣営で突っ込む話とか出そうと思ったけど、蘭陵王とシグルド両方セイバーだからダメやんけ

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